35項目 判定のとき


 〜豊後空、名作劇場、開演。〜



【輝きとナイトメア】



 ある日、輝きを見つけた。



 "闇"の世界に生きる日々の中で。


 "光"の世界を探す旅の中で。



 期待と不安は、春先の夜風と共に吹き飛ばされそうになる。


 進んでみたい。

 信じてみたい。

 だけど、見えない"なにか"を失うのは辛い。



 まるで、私はヴァンパイア。

 灰になるのを恐れた夜の住人。



 だから、今日も殻に篭る。



 高鳴る胸のスイッチを、手探りでオフにする。



 でも、ナイトメアにうなされる。



 コレでいいの? このままでいいの?



 新月の晩、悪夢から抜け出したくて問いかける。



 何がしたいの? そのままでいいの?



 本当は、飛び出したいんだ。


 本当は、羽ばたきたいんだ。



 だって、やっと、一寸の光を見つけ出したんだから。



 曖昧で、ぼんやりとしていて、今にも消えそうな、その煌めきを……。



 探すべき? 進むべき? 



 見てみたい。抜け出したい。



 葛藤は、本能に打ち消される。

 本能は、憧憬を叫び続ける。



 だから、だけど、でも。



 180センチのトビラの先に、期待すると決めたんだ。



 たとえ、灰になって、風に吹かれたとしても、光り輝くスターダストになれると信じて。__



 __騒がしく泣きじゃくる、我が学園の生徒会副会長を横目に、俺は彼女の描いた"詩"を読み終えて、心を震わせていた。



 何故なら、この作品に掲載されている全てのポエムは、まさに、豊後さんのこれまでの"思い出"が如実に表現されていたからだ。



 ……彼女が、当時、抱いていた喜怒哀楽が、文面からすぐに読み取れる。



 同時に、自分にも勇気を与えてくれる暖かさも兼ね備わっていた。



 俺は、余りにも"完成度の高い"彼女の傑作を前に、こんな事を思った。



 ……この娘、もしかしたら、天才なんじゃないか、と。



 だからこそ、圧倒的な読了感に浸ってしまう。



 もちろん、知人補正があるのは分かっているが、控えめに言っても、"素晴らしい"の一言だった。



 そんな気持ちで興奮していると、隣から覗き込んでいた朱夏は、静かに涙ぐんでいた。



「……空ちゃん、文芸部に入ってくれて、本当にありがとねぇ……」



 大袈裟だが、俺も同感だった。



 ……だって、到底、俺からインスピレーションを受けたとは思えないくらいの完成度なんだもの。



 だからこそ、俺達の評価が気になってソワソワとしている豊後さんを見つめると、俺はニコッと笑った。




「……うん、完璧だっ!! 」



 その言葉を聞くと、彼女の不安で澱んだ瞳は、輝きを取り戻した。



 ……まるで、先程のポエムの様に。



「よ、良かったです……」



 やっと緊張感から解放されたのか、小さな両手拳を握りしめながら、涙目で何度も頷いていた。



 正直、俺はホッとした。



 何故ならば、間違いなく、この【ファビュラスなそよかぜは部室へと】は、世間からも正当に評価されるという自信があったからだ。



 だからこそ、女の子座りで泣きじゃくる火山くんに向けて、こう問うのであった。



「……それで、生徒会としての"結論"はどうなんだ? 」



 その言葉に、ぐちゃぐちゃになった顔のまま、彼は、頭をボサボサと動かしながら、こう返答したのあった。



「こ、ごんなもん、見せられだら、"存続"じかないじゃないか〜!! く、クソっ!! 生徒会長には、『悔しいけど、我が校の文化祭に相応しい出し物だ』と伝えておくよ〜!! 」



 そう言い残すと、火山くんは鼻水を啜りながら立ち上がって、こんな捨て台詞を吐いた。



「……だけど、もし、"来年"にまた酷い詩集を展示したときは、覚えておけよ!! じゃあ、さらばだ〜!!!! 」



 彼は、そんなセリフを吐きながら部室から駆け出て行った。



 ……廊下からは、またあの時と同じ様に、「ガシャンっ!! 」と、思いっきり転ぶ音がした。



 何にせよ、彼は今、紛れもなく豊後さんの作品を認めた。



 それが一体、何を意味するか。



 つまり……。



「やったぁ〜!! 空ちゃんの頑張りのおかげで、文芸部は、継続だよ〜!! 」



 朱夏がうるさい程の声で両手を挙げて歓喜しているのを見て、俺は改めて実感した。



 豊後さんも、この1ヶ月程の頑張りが実ったのだと、徐々に自覚していくのがわかる。



 ……そして、その事実を噛み締める様に、彼女は俺と朱夏の事を、力強く、ぎゅっと抱きしめた。



「あ、ありがとうございます……。空も、一歩踏み出して本当に良かったです……」



 胸の中でそう呟く彼女は、泣いていたのが分かった。



 ……特に恋愛感情などは無いが、初めて女の子にハグされた事で、少しだけ、照れ臭くなる。



 ……だが、今、そんな事はどうでも良かった。




 思いっきり、褒めてあげたい。


 きっと、彼女もそれを望んでいるのだから……。



 それに、豊後さん無くして、文芸部の未来はなかった。


 

 だからこそ、俺は、心からの感謝を込めて、お礼を伝えたのであった。



「本当にありがとう。豊後さんは、最高の後輩だよ……」



 小さく微笑みながら本音を伝える。



 すると、彼女は俺を見上げた。



 ……いつにもなく、ボーッとした表情で。



 何だが、不思議と顔が赤い気がする。



「……んっ? どうした? 」



 そう問いかけるも、豊後さんは無反応。



「もしかして、周が変な事を言ったのかしら。ほら、謝りなさいよ」



 横で、あらぬ"決めつけ"を添えて謝罪を要求する朱夏。



 しかし、その声にも返答はなかった。



 ……ただ、純粋な目で俺を見つめる。



 ……えっ? マジでなに?



 暫く、そんな"微妙な空気"が漂う。



 ……すると、やっと我に帰った彼女は、何故か、数回小さく頷いた。



 「ふぅ……」なんて声を出しながら。



 その後で、まるで"何事もなかった"かのような顔に変わると、ニコッと笑った。



「……は、はいっ。お二人とも、これからは"より一層"よろしくお願いしますっ!! 」



 ……にしても、豊後さんは、なんで固まったのだろうか。



 理由はわからない。



 でも、わざわざ詮索する必要はないか。



 きっと、頑張りすぎて疲れたんだな。




 ……ホント、情けない部長でごめんな。



 どちらにしても、彼女は俺にとっても大切な"居場所"を守ってくれたのだ。

 


 その事実だけがあれば、充分。



 朱夏も嬉しそうだし。



 これからもずっと、この部室は変わらずに素晴らしい場所となるに決まっている。そうに違いない。



 そんな"確信"が3人の絆を繋いだ所で、玉響学園の文化祭は、鳴り響くチャイムと共に開催されたのであった。



 きっと、思い出に残る、忘れられない"青春"の一ページとして刻まれると信じて。



*********



「そ、それでね、まさか文芸部があんなにも"素晴らしい作品"を提出してくるとは思わなかったよ!! 」



 文化祭の開始に盛り上がる屋外と対比して静かな生徒会室にて、火山は会長に向けて、悔しそうにそう報告した。



 すると、彼女は苦笑いを浮かべる。



 その表情が意味するのは、予想外"だった。



「『まさか、もう動き出しちゃうなんて……』って、どういう意味なの? 」



 彼は、理由がわからず問う。



 だが、会長は首を振った。



「……まあ、言えないなら仕方がないよ。とは言え、涼ちゃんが"勘"を外すなんて、珍しいね」



 呑気な口調で火山は、何気なくそう呟く。



 ……すると、彼女はニヤッと笑った。



 ……そこで、彼は再び表情を読み取る。



 同時に、彼の頭にはクエスチョンマークが浮かび上がる。



「『……いや、もう動き出していたのかもしれないから、気にしないで』って……。ホント、今日のキミは、訳が分からないなぁ。まあ、どちらにしても、ボクはずっと涼ちゃんの味方だから、いつでも何かあったら相談に乗るよ! 」



 火山がそう励ますと、会長はニコっと微笑んだ。



 ……そんな中、彼はこんな事を思った。



 まさか、文芸部があんな素敵な詩集を作ってくるなんて……。



 それに、あの"内容"や伝えたい事。



 状況は違えど、ボクがずっと涼ちゃんに抱いていた気持ちと一緒じゃないか。



 流石に、その場で号泣しちゃったのは恥ずかしかったけど。マジで、不覚。



 なんにせよ、あの"豊後空"という女の子には、不思議な才能がある。



 コレは、素直に認めよう。


 

 もしかしたら、豊後の名に相応しい、本当の意味での"文豪"になっちゃうかもしれないね。



 彼は、そう思いながら彼女の才能を見抜くと、来年の"詩集"の完成を密かに期待するのであった。

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