34項目 センター・オブ・ジ・文芸部
_____「……あたしの"好きな人"は、周くん。"あなた"なんだよ」
これまでの人生、たった"一度"だって言われる訳がない言葉。
何故か、俺の脳内から、そんな声が再生された。
……なんだ? 今の。妄想を拗らせすぎたか?
それにしても、妙に聞き覚えがあった様な……。
何かのアニメを無意識に引きずっているのか?
そう首を傾げている間にも、2日間にわたる文化祭の初日を迎えたのであった。
昨日は、どうもおかしかった。
なんか、大切な、とっても重要な事を忘れている様な……。
まあ、気にしすぎるのも身体に悪い。
……それよりも、今はもっと大事な事があるんだ。
演劇は、明日、体育館にて行われる。
その前に起こる、重要課題。
……それは、文芸部の"出し物"だ。
結局、当日まで豊後さんは俺と朱夏を介入させてくれなかった。
『空は、製本まで全て一人で完成させますからっ! 当日の朝に来てください! 』
そう促されはしたが、割と"賭け"とも取れる選択をしてしまったのではないかと、ヒヤヒヤさせられる。
……まあ、生徒会に喧嘩を売った時点で、存亡の危機は免れなかった訳だけど。
なんにせよ、我が文芸部の運命は、紛れもなく"小さな後輩"に託されたのは事実。
そんな調子で、朝イチですっかり日課となった演劇の"全体練習"を終えると、俺と朱夏は足早に部室へと向かうのであった。
「……全部任せっきりにしちゃったけど、豊後さん大丈夫かなぁ……」
「何を言っているの? 少なくとも、アンタの"駄作"よりはずっとマトモな詩集を作るに決まってるじゃない」
「そ、それは、そうかもな」
「何よりも、空ちゃんはアレだけの"熱意"を持っていたのよ? どんな物が完成したとしても、絶対に"変な顔"はしちゃダメよ」
「わ、分かってるよ。正直、生徒会からの"お許し"が出なかったとしても、それはまた別で考えるつもりだ」
「そういう事。空ちゃんは部活動の為に一生懸命頑張ってくれたんだもん。ちゃんと褒めてあげないと」
各クラス煌びやかな装飾が施された廊下を歩く際、朱夏と二人で、そんな風に"打ち合わせ"をした。
……ホント、今回は豊後さんに相当な無理をさせてしまった。
俺は、本当に部長失格だよ。もっと、文才があれば……。ハハハ……。
まあ、どんな完成品が出来ようとも、全力で褒め称えよう。
そう決心している間にも、俺達は部室に辿り着いた。
___そこで、まず目に飛び込んで来たもの。
入り口には、とても"素人"に制作するのは困難な、桜色を基調とした織物で出来た"看板"が吊り下げられていた。
『ようこそ、文芸部へ! 』
装飾全体が、和のテイストになっており、思わず魅入ってしまう。
その細工を見た瞬間、思わず呆然とする。
「えっ? コレって……? 」
隣を見ると、朱夏も同様の反応を見せていた。
二人、衝撃に立ち尽くす。
……すると、そんな俺達の存在に気がついたのか、豊後さんは室内からヒョコっと現れた。
「あっ、小原先輩、朱夏さん、お久しぶりですっ! 」
ニコニコと笑う彼女は、何処か大正ロマンの女学生を感じさせる赤い矢絣(やがすり)模様の着物に、紺色の袴を身に纏っていた。
……その姿は、思わず二度見をしてしまう程に似合っていて、まるで時代錯誤してしまったかの様な錯覚に陥る。
「す、凄いね……」
ポカンと口を開けたままそう反応すると、彼女はニコッと笑いながら答えた。
「はいっ! 実は、空のお爺ちゃんとお婆ちゃんは、"機織り業"を営んでいまして、今度の文化祭で『詩集を展示する』って伝えたら、仕事そっちのけで看板や衣装を作ってくれたんですよ」
……まさかの、孫バカ発動。
それにしても、この煌びやかな看板や衣装は、普通に購入したら、幾らになるのだろうか。
そんな、高校生には到底考えたくもない"家族愛"に打ちひしがれると、俺は余所余所しい足取りで変わり果てた部室の中へと足を踏み入れたのであった。
……もちろん、室内もなかなか凄かった。
歴史を感じさせる達筆で書かれた古書の数々に、文学の歴史についてのパネルまで展示されていたのだ。
……豊後さん、想像以上に頑張ったな。
俺はそんな気持ちで、驚きから立ち直れずにいる。
すると、朱夏はすっかり彼女の"本気"に触発されたのか、目を輝かせたのである。
「空ちゃん、本当に凄いよ!! まさか、ここまで気合の入った"出し物"にして来るとは思わなかった!! それに、その衣装、めちゃくちゃ可愛いっ!! 」
嬉しそうに豊後さんを強く抱きしめる。
それに対して、顔を真っ赤にして照れながらも嬉しそうな彼女。
「あ、ありがとうございます……」
そんな二人のやり取りを見て、俺は素直に思った。
……もう、これ自体を"文芸部の出し物"にしちゃっても良いんじゃないかと。
だが、そう思っているのも束の間、豊後さんは朱夏に頬擦りされながら、"本題"に入ったのである。
「……あの、それよりも、随分と待たせてしまってすみません……」
申し訳なさそうにそう告げると、彼女は展示物の中で一際目立つ"棚"の方に目をやった。
……すると、そこには、表紙が見える様に飾られた"一冊の本"が存在感を放っていたのだ。
そこで、俺は初めて彼女の"処女作"と巡り会う。
【ファビュラスなそよかぜは部室へと】
そう描かれた作品は、まさに、俺の作ってしまった"黒歴史"の続編とも思えるデザインだった。
……なんか、嫌な予感がする。
元々、彼女のセンスは、俺のポエムに感動する程。
つまり、もし仮に、"あんな禁書"からインスピレーションを受けてしまっていたとするならば、それは、間違いなく"駄作"になってしまうに違いない。
途端に、緊張感が全身を支配する。
しかし、彼女も彼女なりに一生懸命に制作をしたんだ。
それに、ここまで文芸部の為に、気合を入れて準備をしてくれた。
ならば、全力で褒めてやろうではないか。
……たとえ、結果的に"廃部"という最悪の結末を迎えたとしても……。
そう決意をすると、俺はゆっくりと、その詩集の元へと向かったのであった。
____だが、そんな時だった。
「……ガタンっ!!!! 」
部室の入り口からそんな音が聞こえる。
そこで、俺は一旦、手を止めてそちらの方に視線を移した。
……すると、そこには、入り口の看板に衝撃を受けたのか、ポカンとした顔で部室に入ってきた"火山くん"の姿があったのだ。
彼は、完全に面を食らっていた。
……まあ、そうなるよね。俺もビックリしたし。
そんな気持ちで彼を見つめる。
しかし、俺や朱夏、それに、豊後さんを見てハッと我に帰った彼は、慌てて正気に戻った。
「な、なるほどねっ! た、確かに、文芸部らしい"面持ち"にはなったじゃないかっ! ……でも、今回の査定基準は、飽くまでも"詩集"っ! どれだけのモノを作ったか、展示前に見させて貰おうじゃないかっ! 」
火山くんは、しどろもどろな足取りでそう強がると、小さな体で目の前にいる俺を押し除ける。
「……うわっ。ダッサ……」
と、冷めた目で見つめる朱夏を気にする事もなく。
そんな中、豊後さんの方を見ると、彼女は今にも倒れそうなくらいに緊張した表情に一変していたのであった。
「……こ、これが、今の空の全てです」
怯えながら、小さな声でそう呟く。
すると、そんな弱い存在を前に、すっかりと威厳を取り戻した彼は、得意げな顔で【ファビュラスなそよかぜは部室へと】を手に取る。
「……まあ、駄作だと思うけどねっ! じっくりと読んであげようじゃないかっ!! 」
上から目線でそう言うと、彼はニヤニヤとしながら詩集を開いたのであった。
……その瞬間、部室全体はピリッとした。
まだ、俺や朱夏は彼女の作品に目を通していない。
つまり、もう添削不可能なのだ。
だからこそ、俺達は"奇跡"を信じながらも、固唾を飲んで彼を見つめた。
……それから、約10分が経過した頃だった。
途中で読み進める指が止まる。
……あれ? どうした?
もしかして、やっぱりダメだったのか?
____しかし、焦燥感が全身を支配した矢先。
「……な、なんだよ、これっ……」
火山くんは、大粒の涙を流し、言葉に詰まりながら、声を漏らした。
……おおよそ、高校生とは思えない程に、鼻水まで垂らしての号泣。
同時に、こんな事を言ったのである。
「……な、なんで、ぼ、ボクが、ぶ、文芸部、ごときの作品に、泣かされなきゃいけないんだよ〜」
悔しそうな顔でワンワンと泣き叫びながら、その場に膝を付いた。
そんな彼の様子を見た瞬間、俺は、思わずこんな言葉を漏らした。
「……えっ? 」
まるで幼子に戻ってしまった様なリアクションを目の前に、少しだけ引いた。
だが、対比する様に、豊後さんはホッと胸を撫で下ろしている。
「……と、とりあえず、よかったです……」
……火山くんをここまで泣かせる作品。
それは、一体、どの様な内容なのか、俺は好奇心でいっぱいになるのであった。
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