33項目 詩と共に去りぬ
すっかり辺りが暗くなった部活終わり。
2日後に控えた文化祭の熱気とは裏腹に、あたしは盛り上がる気にはなれなかった。
理由は、今、スマホ画面に映し出された文面が原因だ。
『明日、話したい事がある。もし良かったら、放課後に会いたい』
大好きな人から送られて来た、このメッセージ。
それを見た途端、全てを察した。
待ちに待った瞬間が来るんだって。
……彼は明日、あたしの"告白"の結論を出す。
その事を考えると、自然に心拍数は上がって行く。
期待や不安の中で。
最近は、駆流くんからコッソリ聞いた周くんの趣味である"ライトノベル"のお話で盛り上がったりもした。
これまでの人生、その類とは無縁だったけど、すごく勉強したんだ。
だって、彼の大好きなモノを、あたしも好きにならなきゃいけないもん。
実際、読み始めてみると面白くてハマっちゃったんだけどね。
そんないろいろな努力の甲斐あってか、周くんは告白以来、少しずつ、あたしと自然に話してくれる様になった。
……多分、ちゃんと向き合おうと思ってくれたんだろうな。
きっと、この何日間も、あたしの事を一生懸命に考えてくれた筈。
だって、周くんのそういう所にあたしは惹かれたのだから。
とは言え、正直、"受け入れてくれるか"。
自信は、あまり無かった。
何故ならば、いつも、彼の視線の先には、"忍冬朱夏ちゃん"がいるんだもん。
この前、彼女が本性を曝け出した時だって、まるで、自分の事の様に泣いていたのを思い出す。
その姿からは、カップルなどを通り越した、"家族"にも似た、"無償の愛"を感じた。
それが部活動の仲間だからか、はたまた、恋愛感情からなのかは、全くわからない。
もし、後者だったのならば、何となくこの先にある"未来"を少しだけ察する事が出来てしまう。
とても悲しい"未来"が……。
……でも、どうしても前者に期待してしまう自分がいた。
もしかしたら、『とりあえず、付き合ってみよう』なんて結論を出してくれる可能性もあるかもしれない。
そうなった時、あたしはきっと、その場で彼を抱きしめてしまうかもしれない。
……ぶっちゃけると、本当は不安で仕方がないの。
もし、ダメだったらどうしよう。
何度も、頭の中でネガティブな感情が右往左往する。
そう思えるくらい、本当に、本当に、ほんとうに、大好きなんだ。彼の事が……。
周くんと付き合う為だったら、どんな"犠牲"だって受け入れられると思う程に……。
そんな気持ちで、まだ鳴り止まない鼓動を胸に、あたしは来たる"明日"に向けて、気持ちを奮い立たせるのであった。
……それが、どんな結末を迎えたとしても……。
だからこそ、あたしは一人、帰り道の商店街の中、自転車を降りて立ち止まると、深呼吸をした。
「……頑張れ、芽衣。全てを受け止めよう」
ボソッとそう自分を鼓舞すると、少し楽になれる気がしたのだ。
そう決心すると、『分かった。ありがとね』と、彼に返信した後で、再び車輪を回そうとしたのであった。
____だが、その時だった。
「お前、高いものばっかり買いすぎだろ! 家庭への負担を考えろってのっ! 」
「何を言ってんのよ〜。明後日は、記念すべき私の初舞台なのよ? だったら、アンタも"一番"に労うべきじゃない」
「……まったく。いつもいつも、お前ってヤツは……」
少し遠くから聞き覚えのある二つの声が聞こえたのだ。
それも、とても仲睦まじげに。
あたしは、すぐに誰か分かった。
だからこそ、ゆっくりとその方向に視線をずらす。
……すると、そこには、買い物袋を片手にスーパーから出て来た、"周くん"と"忍冬さん"の姿があったのである。
彼の表情は、今まであたしが見た事のないモノだった。
……とっても、幸せそう。
隣を歩く、忍冬さんも……。
まるで、"夫婦"であるかの様に……。
__その姿を目の当たりにした瞬間、あたしは、全てを察した。
……ああ。明日、あたしはフラれるんだって。
どんなに距離を詰めても、仲良くなっても、絶対に踏み込む事の出来ない"距離"を刹那で感じてしまった。
もう、無理なんだ。
どれだけ頑張っても、勝てるわけがない…………。
そう思うと、あたしの心の色は、次第に"ドドメ色"へと変化して行く。
だからこそ、まだ受け止めきれない"現実"を打ち消したくて、全力で自転車のペダルを漕いだのであった。
……なんでよ。
何度も、頭の中でそう叫びながら……。
*********
あたしは、帰宅と同時に、「どうしたの〜? 」と首を傾げる母の言葉を無視して、そのまま自室のベッドに身体を預けた。
……周くん。
これまで彼と育んできた想い出達が脳裏をよぎる。
宣誓文を考えてくれた時、悩みを打ち明けてくれた時、部活の自主練を付き合ってくれた時、海で遊んだ時、告白をした時……。
その全ての想い出の中で、彼はずっと優しかった。
不器用なりに、一生懸命あたしを理解しようとしてくれた。
素直に相談してくれるのも、とっても嬉しかった。
……だから、好きになった。
でも、もうあたしが彼と歩幅を合わせて歩む"未来"への扉は、閉ざされた。
そう思っているうちに、抑えきれない感情が形となって現れたのだ。
「大好きだったのに……」
頬から熱いものが流れる。
人生で一度も感じた事がない程の"悔しさ"を携えて。
だからこそ、思いっきり泣いた。
我慢するなんて、無理だった。
感情が抑えられない。
ただ、何故か知らないけど、ちょっとだけ嬉しかったりもする自分が嫌いになる。
……だって、さっきの彼は、本当に、本当に幸せそうだったから。
あんな顔を見せられたら、諦めるしかないじゃん。
……そんな時、ふと、彼を気にするキッカケとなった"詩"を思い出した。
格好悪くて、ダサくて、キザで、無駄に暑苦しくて、だけど、とっても暖かい、その"詩"を。
あたしは、部活動で悩んでいる一年生の時、文化祭でその作品に出会ったんだ。
【伸びしロンリー】
この一作に、どれだけ救われた事か。
きっと、これがなければ、あたしはバレーボールを諦めていたかもしれない。
多分、あの時、もう既に彼が好きになっていたんだと思う。
……それくらい心が打たれたのだから。
そんな事を思い出すと、嗚咽を漏らしながらも自然と暗唱していた。
「……君は、とても強い。キミは、いつも凄い。"壁"は、試練なんかじゃない。"夢"に向けての、栄養なんだよ。だから、美味しく食べなきゃ損じゃない。今は、まだ弱くても。キミは、まだ、伸びしロンリー。だから、前だけ見よう。最高の"景色"を、独り占めする為に、ね」
……すっかり読み終えると、あたしの気持ちは少しだけ落ち着きを取り戻す。
結局、また助けられてしまった。
その原因が、彼にあったとしても。
同時に思う。
「ホント、カッコ悪くて、前向きに、なれるんだよなぁ……」
涙を拭うと、そんな事を呟いた。
だからこそ、叶わぬ夢に打ちひしがれつつも、あたしは再び立ち上がらなければならないのだと、悟った。
だって、あたしは"伸びしロンリーガール"なんだもの。
「今日が終わったら、明日から……」
"今日"という最低な記念日をいっぱい悲しんで、"明日"に向かおうと思った。
うんっ。最後くらいは、ちゃんとフラれよう。
そう決意を固めて、あたしは目を瞑る。
__しかし、そう思うのも束の間だった。
_______「ヒュン」
そんな聞き慣れない音と共に、あたしは"この世界"から切り離されたのだった。
*********
何故だろうか、今朝はモヤモヤする。
俺は硬いソファから起きるや否や、不思議とそんな感覚に苛まれた。
「う〜ん……」
歯磨きをしながら難しい顔をしていると、すっかり支度を済ませて朝練に向かおうとする朱夏は、首を傾げた。
「どうしたの? アンタ、なんか変な顔をしてるわね。いつも以上に」
相変わらず、嫌味を言われるが、今はそんな事、どうでも良かった。
「……今日、俺は、何か"大切な用事"があった気がするんだ。だけど、それを思い出せなくて……」
そう本音を漏らすと、朱夏は苦笑いを浮かべる。
「何を言っているの? "木の役"しか出来ないアンタに、そんな重要な用事、ある訳ないじゃない。ただでさえ、クラスにも"親友"と言える存在すらいない訳だし」
そう首を傾げて怪訝な表情を浮かべる彼女の言葉に、俺は頷いた。
「た、確かに……。駆流以外とはまだまだ緊張するし……」
そんな当たり前の事実を突きつけられると、彼女は「じゃあ、先に行くわね」と家を出ていく。
同時に、俺はまだ気持ちの整理がつかなくて、探る様にメッセージアプリを起動した。
……何故か、開くのが"日課"と感じるそのアプリを。
もしかしたら、スマホに手掛かりがあるかも知れないと本能的に思った。
誰ともやり取りをしていない筈なのに、妙に慣れた手付きで自然に画面操作を行う。
だが、家族と駆流、朱夏以外の連絡先は、明記されていなかったのである。
しかし、不思議と切ない気持ちにさせられる。
理由は、分からない。
誰か、"大切な人"を、失った気がして。
そんな人間など、いるはずもないのに。
この、湧き上がる"違和感"。
これは一体、何なんだろうか。
だが、その答えが見つけ出せない。
その事に頭全体が支配される。
しかし、考えても無駄と判断した俺は、無理やり、自分にこう言い聞かせたのであった。
「きっと、夢か何かが、そうさせてるだけだろう……」
そう結論付けると、制服を着て、アパートを出て行った。
当たり前の"日常"を始めるために。
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