32項目 愛と青春の決断


 文化祭を2日後に控えた11月。



 教室は、お祭りモード。



 それは、文化祭が目の前に来ている事を、物語っているのだ。



 俺にとっては、あまり目立たないその催し。



 ……だって、"木の役"だもの。



 そんな調子で、目の前で熱演を繰り広げるメインキャスト達を、"背景"と化した状態で、ジーッと見ていた。



 今は、クライマックス手前の部分。



 すっかり眠りについた白雪姫役の朱夏を追いかけて来るは、"例のイケメンさん"だ。



「何故、こんな場所に眠っているんだ!!!! 」



 彼は、小人役の駆流(この部分の演技はキザで面白い)から居場所に誘われると、キャラにもなく迫真の演技を見せる。



「実は、悪い魔女に毒林檎を食べさせられて……」


「……救う方法は、ないのか? 」


「それは……」



 二人のやり取りの中で、唯一、姫を救う方法。


 それは、"キス"だと告げられる。



 すると、それを聴き終えた王子は、小さく頷くと、迷う事なく、真っ直ぐに慕い人の元へと向かう。



 ……そう、池谷が、朱夏の元に。



 そして、彼はゆっくりと目を瞑ると、唇を突き立てて、綺麗な顔で眠る彼女に顔を近づけたのであった。



「はいっ! オッケーだよ!! 」



 本番まではもうすぐの中行われた全体練習は、長谷川さんの合図を以って、終わりを迎える。



 同時に、先程までの演技から解き放たれるキャスト達。



 それは、俺も同じだった。何もしてないけど。



「ふぅ……。何とか終わったわ」



 池谷は、朱夏から離れると座り込んでそんな事を言った。



 すると、彼女は笑いかける。



「この短期間で、よくセリフを暗記して来たじゃない。もしかして、実は"役者"の才能があるんじゃないかしら」


「いやいや、おだてるな。別に、そんなんじゃねえよ」


「とか言いながら、意外と将来は、"俳優"になっちゃったりして……」



 やけに仲睦まじげに話す二人。



 俺は、自宅で朱夏に聞かされていた。



『説得したら、池谷くんがやっとやる気を出してくれたのよ!! あの人、以前の私と同じ様な境遇だったみたいで……。ついでに、トラウマからも抜け出せたら良いんだけどね』



そんな事を言っていたのを思い出す。



 きっかけは何にせよ、彼女はすっかり家や部室と同じ態度で友人と接している事は、実に良い兆候だと思うのだ。



 思うのだが……。



 何故、二人の距離が近づいている様子を近くで見ているだけで、胸がチクッとするのだろうか。



 特に、理由なんかないし、何なら、美男美女で友人なんて、とてもお似合いだとすら思う。



 ……だけど、もし、そのまま……。



 妙な事を思い付いてボーッとしていると、俺の元に宝穣さんが現れた。



「周くん、お疲れ様っ! 今日も、完璧な"木"の役だったよっ!! 」



 ニコニコと、労いの言葉をかけに来てくれる。



「いやいや、俺はただの"背景"だから、特に良い悪いなんてないよ」



 トンチンカンな賞賛にそう抗いの言葉を示すと、彼女は俺の眼前に近づいてくる。



「違うよ。周くんが演じてるから、観たくなるんだよ。少なくとも、あたしはそう思ってるよ」



 ……吐息が当たるほどの距離感でそう囁く彼女に、ほんの少しだけ照れる。いや、かなり。



「そ、それなら、良かったよ……」



 何だか恥ずかしくなって、目を逸らすと、彼女は「周くんは、シャイすぎだよ〜」と、茶化して来たのであった。



 でも、彼女も同じように頬を赤らめていた。



 ……駆流との"約束"の後、クラスでの俺の立ち位置は、少しだけ変わった。



 以前、激しいほどの嫉妬を剥き出しに睨みつけて来ていた男子達。



 そのフォローを、彼が引き受けてくれたのだ。



『お前ら、男なら堂々としやがれ! オレなんか、宝穣さんに人知れずフラれているんだぞ? それを考えたら、何も行動をしないで彼女の親友に敵意を見せるなんて、ダサすぎるわ! 』



 こんな風に、自分の"恥部"すらも曝け出してクラスメイトを黙らせたのであった。



 おかげさまで、今、"こんな状況"になっていても、周囲からの危機は感じ取らずにいられるのだ。



 ……ホント、アイツには頭が上がらない。



 だからこそ、ちゃんと"結論"を出さなきゃな。



 そう思っているのも束の間、宝穣さんは俺が照れている状況に追い打ちをかける様に、こんな提案をして来たのだ。



「あのさぁ、今度の日曜日の夕方、部活終わりにまた二人で会わない? 周くんが好きそうな、美味しいお店を見つけたんだ! 」



 突然のお誘い。



 正直、まだ結論を出していない状況で、受け入れて良いのだろうか。



 そんな迷いが胸の中に生じる。



 それに、もう"告白"から、十日以上の日付が過ぎ去っていた。



 その間、ずっと、彼女を待たせている。

 


 そう思うと、申し訳なさが優って、躊躇してしまった。



「また後で、メッセージするよ」



 すると、宝穣さんは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた後で、笑う。



「分かった! もしオッケーだったら、駅前に集合ねっ! 」



 そんな言葉を残して、彼女は部活動へと向かったのであった。



 ……結局、ダサいのはいつも俺だな。



 そう思うと、練習を再開した朱夏達を横目に、やる事がなくなった俺は一人、自宅へと足を進めたのであった。



*********



 家に帰ると、ふと、思う。



 そろそろ、自分の中で"答え"を出さなきゃいけないと。



 宝穣さんのアプローチは、日に日に激しくなっている。



 それは、彼女が本心から俺のことが"好き"である事を物語っていたのだ。



 毎日のメッセージに、学校での所作。



 全ては、俺の為に、俺の為だけの行動である事を、改めて実感した。



 きっと、今も、心のどこかで俺の出す"最高の結論"を求めているのであろう。



 だが、どうしても踏ん切りが付かなかった。



 まだ舵を切る勇気が湧かないのだ。



 その事実は、次第に形を以って、膨れ上がって行く。



 ここ最近、余計に。



 理由がどこにあるのかは、明白だった。



 ……今日、朱夏が池谷と馴れ合っている様子を見ていた時。



 そこで、俺は初めて彼女に"嫉妬心"を抱いてしまったのだ。



 これが何を意味するのか。



 まずその"答え"を見つけ出せない限り、宝穣さんとの関係については踏み出せない。



 ホント、自分がいかに傲慢な存在であるのか。



 自責の念に押し潰される。



 もちろん、宝穣さんの事は好きだ。



 だけど、それは友情なんじゃないか?



 はたまた、お付き合いをしていくうちに変わって行くのか?



 ……そうなった時、俺と朱夏の関係は、どの様に変化してしまうのか……?



 結局、蓋を開けば朱夏の事を考えてしまっている自分が嫌いになる。



 だからこそ、このモヤモヤとした気持ちをライトノベルの一冊に吐き出す事にした。



「……マジで、どうしたら良いんだよ」



 そんな事を呟きながら。



 __すると、その時。



 俺の電話が鳴った。



 文字盤に表記されていたのは、"忍冬朱夏"。



 普段から共同生活をしている彼女から電話が掛かって来ることなど、一度もない。



 ……一体、何があったんだ?



 そう思うと、彼女の"危機"が近づいているのではないかという憶測を立てた。



 だからこそ、悩みなどすっかり忘れた状態で動揺しつつ、慌ててスマホを耳に当てたのであった。



「いきなり電話なんて、どうした?! なにか、あったのか?! 」



 そう強い口調で問いかけると、彼女は嬉々とした声で、こう返して来たのだ。



「何を焦ってんのよ……。あのね、今、練習が終わってスーパーにいるんだけど、すぐに来てくれないかしら。最近の私ってすごく頑張ってるって思うの。だから、たまには"労い"の料理があっても良いんじゃないかって。だから、一緒に何を食べるか選ぶわよ」



 ……えっ? それだけの理由で?



 俺は一瞬、もしかしたら朱夏の身に何か起きてしまったのではないかと心配になったのだ。



 だが、状況は違った。



 実に、彼女らしい、唐突な"誘い"だったのである。



 それに気がつくと、安心した。



 同時に、何故か、嬉しくなった。



 ……あっ。俺はまだ、コイツにとっての"特別"のままなんだって。



 そう思うと、この感情がバレない様に、わざとらしくため息を吐く。



「……全く、そんな理由かよ。分かった。すぐ向かうから、そこで待ってろ」



 その声に、朱夏は「1秒で来なさいよ。じゃないと、勝手に買い物を済ませちゃうんだから」などと、いつも通りのテンションを見せた。



 ……全く、本当に、コイツは……。



 そう思いながら足早に支度を済ませる。



 ___だが、その時、ハッと自分の気持ちに気がついてしまったのであった。



 そうか、そうだったのか。



 ……俺は、ずっと朱夏にとって"掛け替えのない存在"であり続けたかったんだ。



 それが、恋愛感情なのか、家族に向ける慈愛の気持ちなのかは分からない。



 でも、ハッキリと言える事。



 どんな形であれ、俺は朱夏の事が"好き"なのだと。



 徐々に、自覚が生まれる。



 同時に、これで悩み続けた宝穣さんへの"結論"は出たのであった。



 ごめん、俺は……。



 だからこそ、俺はゆっくりとスマホを取り出すと、彼女に向けて、こうメッセージを打ったのであった。



『明日、話したい事がある。もし良かったら、放課後に会いたい』



 硬い決意を基に、迷いなく送信をする。



 そして、俺は気持ちを固めた。



 宝穣さん。

 俺は、明日、君を振る。



 やっぱり、朱夏という存在がいる限り、付き合うなんて選択肢は、決して選ぶ事が出来ないから。



 それから、俺は特別な同居人と会う為、アパートのドアを開いたのであった。



 ……複雑な心境の中で。

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