30項目 きみが偽りと別れた日
放課後の生徒会室。
火山は、動揺していた。
「……ねえ、涼ちゃん。何故、文芸部を助けたんだ? 」
何処かミステリアスな表情で、校庭を眺める会長にそう問う。
彼は、思う。
本来、彼らの部活動を阻止する為に、釘を刺しに行く予定だった。
それは、生徒会役員の定例会での決定事項。
あの、詩集は、あまりにも完成度が低く、長い歴史のある"玉響学園"において、不適切だと。
本来、他の部については不祥事を除いた、生徒会において、悪い意味での"特別扱い"をする事はない。
しかし、今回は、普段は温厚な会長が、珍しく"名指し"で文芸部を吊し上げたのだ。
だからこそ、火山はそこに"特別な意味"があるのだと断定した。
何故ならば、いつだって、会長、いや、"風林 涼"は正しいのだから、と。
彼らは、幼馴染。
一学年先輩の涼は、先にこの学園に入学を決めた。
昔から仲の良かった彼女の難関校合格に喜んだのは、彼にとって懐かしい思い出。
……しかし、それは同時に、二人の関係を大いに変化させるキッカケとなった。
以前は、火山の前でだけ感情を露わにしていた玉響学園の生徒会長の性格が、一転してしまったのだ。
彼女は、入学してすぐに、何故か、言葉を発しなくなった。
同時に、感情の起伏が激しかった性格も、すっかり冷静に。
その理由は、分からない。
だが、地味だったはずの日々は、トントン拍子に明るくなっていった。
本来の彼女の性格とは裏腹に……。
同時に、火山は焦りを感じる。
だって、ボクにとって、涼ちゃんは……。
そんな過去を思い出しながら、世界中の誰よりも美しい生徒会長を見つめる。
ボクだけなんだ、彼女の表情を読み取れるのは。
……すると、涼は、『今は言えないけど、待つことにしたわ』とでも言わんばかりの視線を向けた。
そこで、先程まで一瞬でも抗いそうになった気持ちを抑え込んだ。
「ご、ごめん。なんでもない」
彼が慌てて謝罪をすると、逆に、涼も「ペコッ」と頭を下げた。
『薫、言えない事ばかりでごめんね』、と。
それに対して、「いやいや、涼ちゃんは、悪くないよっ! 」と、顔を赤らめて首を振った。
火山は彼女との関係を、誇りに思っている。
いつか心を開いてくれる日を待ち望みながら。
だからこそ、これからも玉響学園生徒会長の"代弁者"として君臨し続けようと誓う。
同時に、文化祭における文芸部の動向に、より一層、注視せねばならないのだと強く思うのであった。
……何故ならば、涼ちゃんはいつだって正しいのだから。
*********
あっ……。
朱夏の"叫び"によって静まり返った教室で、俺は呆然としていた。
「は、はっ? 」と、普段クールな池谷が動揺しながら居なくなった事により、一層、クラスの話題は朱夏一点に絞られたのだ。
それを象徴する様に、ハッと我に返って固まる彼女。
俺は、木の役として背後からその事実を目の当たりにすると、この状況に動揺を隠せずにいた。
だって。
「えっ……? あ、あの、今、忍冬さん」
クラスの女子の一人がそう呟くと、周囲の表情は曇って行く。
……これは、非常にマズい。
朱夏は、一点に集中する視線に耐えられなくなったのか、俺を見つめた。
まるで、『怒りに身を任せて、本性を出しちゃった。どうしよう』とでも言わんばかりの目で。
だが、俺にこの不穏な空気を打破する術はない。
何故ならば、ただでさえ、現在は宝穣さんの一件があるからだ。その件についてはしっかりと向き合うつもりだが。
ここで俺が妙なフォローをすれば、朱夏に対するクラスメイトの態度は変わりかねない。
そうなれば、固く誓った彼女の学園生活をサポートする役目は、悲惨な結果に終わってしまうのだ。
だが、何とか空気を変えねばならない。
例えば、「今のは間違いだ」という方向に結び付けて行くなど。
今、朱夏が"最悪な形"で本性を曝け出すのは良くないからだ。
それなら、どうすれば……。
いや、まずは彼女から目を逸らす事が最優先。
そこで、俺の頭の中には、あまりにも"酷い打開策"が思い浮かんだ。
……正直、多分、俺がその行為を実行に移すと、クラスから居場所が無くなるかもしれない。
最低な作戦の概要。
それは、今からこの場で、『雄叫びを上げながら倒れる』である。
ハッキリ言って、話題逸らしの他、何者でもない。
だが、少しでも先程の朱夏の態度へのインパクトが薄まるなら……。
俺はそう覚悟を決めると、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた彼女をチラッと見た後で、わざとらしく胸の辺りを抑えた。
そして、こう叫ぼうとした。
「う、うわぁーーーー!!!! む、胸がぁーーーー!!!! 」
――しかし、そんな三文芝居を決め込んだ瞬間、クラスの一人の男がこう叫んだのであった。
「アッハハ〜!! 忍冬ちゃんは、やっぱり正義感が強えなぁ〜!!!! でも、そこが最高だなっ!!!! 」
そうゲラゲラと笑う男は、俺が告白を打ち明けて数日、すっかりと元通りのおちゃらけキャラに戻っていた、"駆流"その人だったのだ。
……えっ?
俺は、ポカンとした表情でそのままの状態で固まる。同時に、恥ずかしくなった。さっきの演技を思い出して。マジで、死にたくなる程に。
唯一、俺の奇行に気がついた宝穣さんだけが「だ、大丈夫? 」と、心配そうに駆け寄って来たのが、ダメ押しだ。
だが、そんな俺などには気にも留めずに、彼は朱夏の元にニコニコと駆け寄る。
それから、妙な緊張感が漂う周囲とは裏腹に、堂々と胸を張った駆流は、まだ状況を把握していないクラスメイト達に向かってこう告げたのであった。
「すまんすまん、実はだが、ここにいる"忍冬朱夏"の本性は、"こっち"なんだよ!!!! 」
…………。
…………。
…………?!?!?!?!?!
俺は、先程までの愚行も忘れて、思わず、その場で立ち上がった。
こ、コイツ、これまで朱夏がひた隠しにして来た"秘密"を、堂々と暴露しやがった!!
そんな気持ちを感じながら。
「えっ……? 」
ただでさえ、先程まで穏やかではなかった雰囲気の教室は、余計におかしくなる。
何よりも、朱夏は隣にやって来た我が幼馴染を見て、完全に苦笑いを決め込んでいたのだ。
「ちょ、ちょっと……」
ボソッと、そう漏らしながら。
だが、彼はそんな俺達の気持ちなど察する事なく、ジーッと彼女を見つめた。
「……これは、忍冬ちゃんが"偽りの性格"から抜け出すための、良い機会だと思うんだ。それに、さっきお前が池谷に言った事は、正しいと思う。みんなは、それについてどう思うんだ? 」
彼は諭すように朱夏にそう告げた後で、皆に問う。
すると、辺りからはボソボソと声が聞こえた。
「ま、まあ、確かにそうだけど……」
「ボクらも、彼が悪いとは思うが……」
まだ、現実を受け止められない様子。
……マジで、どうするんだよ。この状況を。
確かに、俺もさっきの朱夏の行動は間違っていないと思うよ。
でも、理想と現実のギャップに焦るみんなの気持ちも分かる。
況してや、それが、これまで"お嬢様キャラ"満載だった彼女だったから余計に……。
そんな気持ちで俺は何も出来ずに、ただただ呆然と朱夏を見つめる事しか出来なかったのである。
……しかし、彼女は違った様だ。
駆流に全ての事柄を暴露されてしまった事で覚悟を決めたのか、ゆっくりと全員の前に歩いて行った。
――そして、頭を下げた。
「これまで、性格を偽っていてごめんなさい」
彼女は、自宅にいる時と"同じトーン"でそう謝る。
それから、こう続けたのであった。
「実は私、本当は、お嬢様でも何でもないの。別に、普段からこんな喋り方をしている訳でもないし、もっと普通の女子高生になりたかった。……でも、そうしたら、嫌われちゃうかも。そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかったの。だから、本当にごめんなさい」
お辞儀の状態で、ハッキリと"本心"を告げる。
……同時に、俺はポカンと見つめるみんなの目を見て、緊張感で押し潰されそうになった。
果たして、クラスメイト達は、お前を認めてくれるのかと。
先程の演技ではなく、本当に胸が痛くなる。
……もっとできる事はあったのではないか?
俺は、心拍数を上げながら"行く末"を見守った。
気がつけば、宝穣さんも「そうだったんだ……」と、すっかり朱夏の方に目を向けている。
……すると。
「……そうだったんなら、先に言って欲しかったなぁ」
いつも朱夏の側にいる取り巻きの"長谷川さん"が、ボソッとそう事を呟いた。
ほとほとガッカリした様な口調で。
彼女の言葉に、朱夏は顔を上げるなり落ち込んだ。
「そ、そうよね……」
やはり、世の中は、そう上手くはいかないのか。
そう思った。
だって、今の長谷川さんの一言に、全てが凝縮されていたのだから。
つまり、クラスメイトは、彼女の"猫を被った性格"を受け入れてくれなかったのだと。
今の朱夏の気持ちを考えると、俺はやるせなくなる。
……きっと、駆流も、こうなる未来など見えていなかった筈。
ごめんな。守れなかった。
俺は心の中で、そう謝罪を述べた。
――しかし、すっかり諦めムードの俺や朱夏に対して、長谷川さんはこう続けたのであった。
「……もし、もっと早く朱夏ちゃんが"普通の女の子"なんだって知っていたら、気軽に遊びに誘えたのにっ!! 」
微笑みながら出たその言葉を聞くと、朱夏はポカンと口を開ける。
「で、でも……」
だが、長谷川さんの言葉に続く様に、クラスメイト達は彼女の元へと駆け寄って行ったのであった。
「そうだよ、ウチら、もう"お友達"なんだもんっ! 嫌いになんかなる訳ないじゃないっ! 」
「ちげえねえっ! これまでは忍冬さんが高嶺の花に見えたけど、随分と距離が近づいた気がして、嬉しいわ! 池谷には、こっちからも言っとくわ! 」
「ふぉーーーーーー!!!! 新生"朱夏姫"、爆誕っ!!!! 」
同級生達は、各々の言葉で、化けの皮が剥がれた"剥き出し"の朱夏を受け入れてくれたのだ。
……こ、これは……。
俺は、泣きそうになった。
だって、これってつまり……。
そう思いながら、すっかり囲まれた彼女に目をやる。
……すると、朱夏は嗚咽を漏らして泣いていたのであった。
まるで、数年越しに両親と再会した時の感動の様に。
「……ごめんね、本当に、ごめんね……」
と何度も言いながら……。
その声からは、強い"開放感"が感じ取れた。
それは、そうに決まっているさ。
だって、朱夏はライトノベルの時から、ずっとずっと、この時を願い続けて来たのだから。
"偽りの自分"という名の殻を破った瞬間が、彼女の頬を濡らす。
つまり、彼女はこれから、人目を気にせずに"自由"に生きられる様になったのである。
その扉を開けてくれたのは、紛れもなく駆流、その人だったのだ。
「良い話じゃねぇか〜!! 」
何故か朱夏よりも号泣する彼は、謎ではあったが。
……とは言え、俺はその事実に対して、心から感謝した。
『本当に、ありがとな。駆流』と。
正直、ギャンブルではあったけど。
だが、何よりも、こうして"素晴らしい始まり"を迎えられたのは、朱夏本人である。
彼女が、押し潰されそうな程のプレッシャーの中、ハッキリと自分の声で、想いをみんなに伝えたからこそ。
……ホント、良かったな。
しみじみとこの事実を実感しながら、再び団結を取り戻した教室の中心を眺める。
気がつけば、泣いていた。
……どうしても、抑えきれなかったんだ。
これまでの、彼女の努力や葛藤を知っているから。
すると、俺の隣にいる宝穣さんは、その姿を見て、こう微笑んだ。
「……本当に、良かったね。後、いかに周くんと忍冬さんの仲が良いのかが、よく分かった。……うん、みんなの力で、"文化祭一位"を目指そうね」
俺は、彼女の言葉を聞くと、「ぞ、ぞうだね……」と、情けなく鼻水を垂らしながら何度も頷いた。
こうして、朱夏は、ライトノベルの中では決して出せなかった"本当の自分"を、現代日本の2年B組で、見せつける事が許された。
そのキッカケが、何であろうと、どうでも良い。たとえ、これまで支えて来た俺じゃなかったとしても。
だからこそ、今は、この記念すべき日を、心の底から祝おうと思いながら、泣いて笑う彼女を、ただただ、歪んだ視界で見守るのであった。
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