29項目 想い人と俺と幼馴染
俺は、放課後、駆流に呼ばれた。
だが、その事に集中しなければいけない筈なのに、俺は別の場所に意識が向いていたのだ。
原因は、やはり、元親友。
宝穣さんは、登校時の一幕から相変わらず、ずっと俺にアプローチを仕掛けてきた。
「次の美術の時間、一緒にデッサンしようよっ! 」
「今、何を読んでいるの? もし面白いなら、あたしも買ってみようかな」
そんな感じで、積極的な態度は変わらない。
……更には、またも俺の"人生初"をプレゼントしてしまった。
普段、昼食時の教室は騒がしい。
故に、大抵は誰もいない屋上手前の階段で食事を摂っているのだが(朱夏と同じ弁当の内容だとバレないように考慮して)、その場所にも、彼女は現れた。
「こんな穴場スポット、あったんだっ! 」
などと言って。どうやって見つけたんだ。
本来、宝穣さんは多くのクラスメイト達に囲まれて、楽しく歓談しながら弁当に舌鼓を打っている。
しかし、今日は一転、わざわざ俺を見つけ出して、隣にやって来たのである。
つまり、人生で初めて、学校で女子と弁当を食べているという不可解な現象が起きたのだ。
いわゆる、ファースト・ランチを奪われたとでも形容できよう。
まあ、クラスで話しかけられて教室が"ピリつく"よりは、よっぽどマシだけど。
……それに、彼女と話をしていく中で、意外な事実が判明した。
「周くんって、毎日お弁当を作ってるんだ〜。偉いねっ! 」
「それでね、先週のバレー部の試合で、スパイクを決めて……」
「家で飼っているオウムが初めて喋ったんだ! 『フェイタリティスラッシュ! フェイタリティスラッシュ! 』って、自分から言い出したんだよ! 毎日話しかけてた甲斐があったよ〜」
以前よりも距離が近くて照れるものの、話の内容に関しては、想像以上に"普通の会話"だったのだ。
もしかしたら、意識していたのは、俺自身だったのかもしれないと思う。
それに、オウムに教えていたワード。
紛れもなく、ラノベの主人公が使う必殺技だった。
豊後さんの時の様に熱くならない様、事実を恐る恐る確認すると、彼女が実は"隠れオタク"であると判明したのである。
そこから、妙に親近感が湧いて、意気投合。
気がつけば、告白された事などすっかり忘れて、趣味の話に没頭してしまっていたのだ。
素直に微笑む宝穣さんは、とても楽しそうにしていた。俺も。
ここでやっと、先日以来、彼女と普通に会話をする事ができる様になったのであった。
……ただ、唯一引っかかる所。
それは、"さいけんガール"を知っているかだ。
宝穣さんの口から、その言葉は出てこなかった。
もし、あの作品を知っているならば、同姓同名で性格まで瓜二つな忍冬朱夏の話題にならない訳がない。
つまり、あの作品は知らないと判断。
そこにホッとしている間にも、楽しいお昼の時間は過ぎた。
その後も、ヒソヒソ話が続く雰囲気を気にしながらも普通に彼女と接する努力をした。
気がつけば、駆流との約束がある放課後を迎えたのであった。
*********
『授業が終わり次第、近くの公園に頼む』
駆流からそんなメッセージを受け取ると、「じゃあ、部活に行ってくるねっ! 」と、わざわざ俺に告げに来た宝穣さんに手を振った後で、指定された待ち合わせ場所にやって来た。
……すると、彼は既にベンチに座っていた。
「お、お疲れ〜」
俺は、途端に緊張すると、作り笑いを浮かべて辿々しい口調でそう告げる。
だが、彼は真顔だった。
いや、どちらかと言うと、真っ青に近い。
「おう」
言葉短めにそう返答したのを聞くと、探るように彼の隣に座る。
……この表情、雰囲気。
裏切った俺に制裁を与えるつもりなのかもしれない。
素直に、ビビる。
この幼馴染、やたらと腕っぷしだけは強いしね。
そう思って、ビクビクしている俺に向かって、彼は重い口をゆっくりと開いたのであった。
「……あのな、隠していたんだが、オレの好きな人は、"宝穣さん"なんだ」
いきなり本題に入る駆流。
この潔さも、彼の性格をよく表している。
「そ、そうだったのか……」
知らなかったフリをして、そんな言葉を返す俺。
……なんだか、ヤバい雰囲気が漂う。
一言で言い表わすならば、"悲壮感"が漂っているような……。
すると、そんな空気のまま、彼は低いトーンでこんな問いかけをして来た。
「今朝から、ずっとお前と彼女の動向を見させてもらったよ。そこで、一つ問いたい。お前、告られたりしてないか? 」
……早速、痛いところを突かれた。
その声に、俺は固まる。
ちゃんと話さなきゃいけないのに、躊躇してしまうのだ。
理由は、先程から感じている"ビビり"な一面もある。
だがしかし、それ以上に。
もし、俺が事実を伝えたら、彼はどんな顔をするのだろうか。
きっと、悲しむに違いない。
そう思うと、どうしても口にする事が出来なかったのだ。
だが、ここで嘘をつけば、これまで積み重ねてきた信頼は、音を立てて崩れ去ってしまうだろう。
それに、朝、彼から呼び出しを受けた時、もう決意した。
ちゃんと、話すんだって。
どんな展開が待っていようと、ちゃんと伝えなければ。
そう覚悟を決めると、一度、深呼吸をした後で、俺は小さく頷いたのであった。
「うん、昨日、告白された……」
気まずい気持ちの中、言葉少なめにそう呟くと、駆流はため息をついた。
「やっぱりか……」
しなだれて、頭を抱え、辛そうに絞り出した一言を聞くと、素直にこう零す。
「まだ付き合うかは悩んでる。ごめんな……」
まさに、この態度こそが、如何に彼が彼女を慕っているかを、痛感させる。
だからこそ、その後は、何も言えずに、口を固く紡いだ。
罪悪感に押し潰されそうになりながら。
……そんな時、落ち込み尽くしていた駆流は、ゆっくりと顔を上げた。
同時に、赤い目で俺をジーッと見つめる。
そして、そう告げたのであった。
「……まあ、フラれちまったのは、仕方がねえ。オレも、男だ。だが……」
彼は、そう言った後で、立ち上がった。
それから、呆然とする俺をよそに、勢いよく90度の角度でお辞儀をしたのである。
「それなら、親友であるお前に頼みがある!! ちゃんと、宝穣さんと向き合ってやってくれ!! きっと、彼女も沢山悩んだ上で、お前に告白したに違いないから。だから、オレの事は、もう気にするな!! 」
まるで自分に言い聞かせる様に、潔く"敗北宣言"をする駆流。
「でも、そうなると、お前の気持ちはどうなるんだよ」
思わず、そう抗ってしまった。
だって……。
しかし、彼は強く、何度も首を振る。
「違うんだよ。オレは、宝穣さんが好きだ。好きな人の幸せを願うのは、当たり前だろ? それに……」
駆流は俺の両肩を掴んで、泣きながら笑った。
そして、結びの言葉を告げたのである。
「……今、真相を聞いた時、"お前"で良かったって思ったんだ。もし、何処の馬の骨か分からない"チャラ男"が相手だったら、負けたくないと考えたかもしれない。でも、正直、オレは安心したんだ。『ああ、やっぱり、宝穣さんには見る目があったんだな』ってな」
彼は、俺を信頼してくれていると、実感する。
それは、幼い頃から培われてきた土台がそうさせているのかもしれない。
どちらにせよ、ここまで宣言させてしまったのだ。
ならば、周りの目なんかを気にして、彼女としっかり向き合わなくてどうするんだ。
……いや、それこそ、全てを裏切るに値するのではないだろうか。
そうだよ。
駆流は今、自分が辛い気持ちを我慢して、俺に託してくれたんだ。
もう、迷わない。
言い訳などせず、答えを出そう。
「……分かった。俺も、ちゃんと考えた上で、結論を出すよ。駆流、ありがとな」
しっかりとした口調で返答する。
それに対して、彼は涙を拭うと、ニコッと笑った。
「おうっ! 頼んだぞっ! まあ、お前がどんな"返事"をしても、友達で居てやるからよっ! 後、周りのヤツらなんか気にすんなよっ! もし"因縁"を付けてくる奴がいたら、オレが蹴散らしてやるから! 」
力強く、優しくそうフォローを約束してくれた駆流。
俺は、そんな彼を見て、素直に"凄い"と思った。
「ありがとな、駆流」
その言葉をキッカケに、俺と駆流はガッチリと握手をした。
こうして、二人の友情が深まると、俺の緊張感は、溶けていった。
同時に、今後は一層、宝穣さんについて考えなければいけないと実感したのであった。
*********
「まあ、なんて綺麗な林檎なの? お婆さん、本当にありがとう……」
私は、帰りのホームルームの時間を利用して、台本を片手に、魔女役の友人と劇の稽古に励んでいた。
そんな努力に感化されるクラスメイト。
彼らも彼らで、演出作りや舞台の装飾の制作など、各々の仕事を始めていたのだ。
「あれだけ、頑張っている姿を見たら、1位を目指すしかないでしょ」
などと声が聞こえる。
……つまり、一致団結しているのだ。
周も周で、"木の役"として、私の背後でジーッとしている。
その滑稽な様に笑いそうになるのだけど。
今、爆笑なんかしちゃったら、空気を悪くする。
それに、何故か、私に役を譲ってくれた宝穣さんは、模造紙を切りながらもずっと彼の事を見ているし……。
考えてみれば、二人の距離って、とっても近づいた様に思う。
これは、とってもいい事。
だって、やっぱり親友は仲良くするべきなのよ。
私も、この前の喧嘩でそれを痛感したんだもの。
だからこそ、彼らの良好な関係については、肯定的なのだ。
……少しだけ、仲が良すぎる気がするのには、違和感を感じるけど。
どちらにしても、その問題は、二の次。
今はとにかく、クラスメイト一丸となって文化祭で最高の結果を残す事に集中しなければならないのだ。
そう思うと、私は再び台本を手に、演劇の練習に熱を入れるのであった。
「じゃあ、もう一回、通しでやってみましょう! 」
そうみんなに激を飛ばす。
すると、演者の全員は、「うんっ! 」と、再び張り切った。
……だが、そんな輪を乱す存在が一人いたのだ。
「……もういいだろ。そろそろホームルームも終わるし」
不貞腐れた口調でそう言い出したのは、王子役の"池谷 輝男"だったのだ。
同時に、数名の男子のキャストも、彼に賛同。
「ま、まあ、確かに、池谷くんがそう言うなら、な」
なんだか、合わせている様にも思える。
つまり、気を遣っているのがすぐに分かった。
……私は、元々、彼のこの"やる気のなさ"に憤りを感じていた。
だって、せっかくみんながやる気なのに、腰を折るなんて、あり得ないもの。
でも、今は教室。
ここで本性を出したら、みんながビックリしちゃう。
だからこそ、私は優しい口調で彼を引き留めたのだ。
「まあ、そんな事を言わないで頂きたいですわ。皆さんでクラス"1位"を掴み取るって決めたんですもの……。もう少しだけ頑張ってみませんかしら? 」
お淑やかにそう告げる。
正直、めっちゃ腹が立つけど。我慢した。
……しかし、彼はそんな私の"慈愛に満ちた"提案を、簡単に翻したのであった。
「……大体、白雪姫なんてガキっぽい演目で、本気で勝てると思ってんのか? 無理だろ、普通に考えて。だから、"こんなモノ"はそれなりにやっときゃ良いんだよ」
池谷くんは、冷めた口調で私を突き放す。
同時に、数名の女子は小さく頷く。
「ま、まあ、推薦しちゃったのは、ウチらだし」
「確かに、全クラスの1位なんて、難しいかもしれないわね……」
そんな声が、耳元に届くのだ。
気がつけば、せっかく纏まりかけていたクラスの雰囲気は、次第に分裂して行くのが分かった。
……なんなのよ、コイツ。どうして、こんなにやる気がない上に、偉そうなの? そんなに嫌なら、王子様役なんて受けなきゃ良かったじゃない。なのに……。
次第に、怒りは増幅して行った。
いや、我慢、我慢。
だが、私が震えながら堪えるのも束の間、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、彼は追い討ちをかけて来たのであった。
「……って事で。忍冬も張り切りすぎ。じゃあ、部活行くわ」
私が、張り切りすぎ?
こんなに、みんな頑張ってるのに。
これまで、やる気に満ちていたのに。
でも、彼の一言がキッカケで、みんなは光を失った。
それが、何を意味するの?
何もないじゃない。
私が、ここまで譲歩していると言うのに……。
そう思うと、私の足は、教室を出ようとする彼の元へ自然に進んでいた。
同時に、肩を掴む。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
突然引き留められた池谷は、一瞬だけ動揺しながらも、そっけなくこう答えた。
「だから、おれは部活に……」
その瞬間、私は爆発した。
「さっきから黙って聞いてれば、アンタ、何様なの!? あんまり調子に乗ってるんじゃないわよ!!!! 」
怒りに身を任せて叫んだその一言がキッカケで、クラスは静寂に包まれる。
しかし、私はまだ止まらなかった。
「みんな、一生懸命頑張って最高の文化祭にしようとしてるの! なのに、なんで"王子様役"なんて素敵な大役を貰っているアンタが一番やる気がないのよ! そんなに嫌なら、断れば良かったじゃない! 私だって、そんな奴と劇なんか、やりたくないわよ!!!! 」
思わぬ態度に面を喰らったのか、彼は呆然としていた。
私は、やっと言いたい事が言えた"達成感"から、スカッとした気持ちになる。
ホント、許せなかったんだもの。
……だが、その行為が、何を意味するのか、刹那の時間を経てすぐに理解した。
それから、辺りを見渡すと、クラスメイト達は、「ポカン」とした顔で私を見つめていたのだ。
続けて、木の役の周の方に目をやる。
彼だけは、『お前、やっちまったな』とでも言わんばかりの表情を浮かべていたのだ。
そこで、私は思わずこう呟いてしまったのであった。
「あっ……」
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