27項目 大いなる苦悩
また、"悩みの種"が増えてしまった。
それは、これまでのファンタジーなモノとは全く違う。
ある意味で言うと、嬉しい話かも知れない。
……俺は、宝穣さんに告白をされた。
本来ならば、学園のヒロインからのアプローチなど、即刻で首を縦に振るべき展開なのは、重々承知している。
しかし、すぐにそう出来ない理由がいくつかあるのだ。
一つ目は、駆流の存在。
彼の恋の相手が、"彼女"であるから。
このまま行くと、俺は幼馴染を裏切ってしまう形になる。
どうしても、そこに引っかかってしまう。
いや、むしろ、今も"罪悪感"で押し潰されそうになっているのだ。
何故ならば、彼はずっとずっと、宝穣さんを振り向かせる為、不器用なりにアプローチを続けて来たのだから……。
二つ目は、臆病な自分。
ただでさえ現在、彼女と関わる事によって若干、浮いている実情。
まあ、その中でも、声をかけてくれるクラスメイトは多少なりいるのだが……。
とはいえ、誰もが憧れる美少女が、こんな取り柄もない地味な陰キャと仲睦まじく話していれば、数名から嫉妬の対象になるのは仕方のない事。
これまでは友達として接していたが故、多少なりとも周囲の目を見ないフリする事が出来たが(実際はかなり気にしてた)、流石に恋仲となれば、今以上に孤立してしまう可能性が高い。
それに、耐えられる覚悟があるのか。
……とまあ、まだ気持ちの整理がつかないまま、宝穣さんと別れると、重い足取りで自宅に到着した。
「ただいま」
すると、朱夏はもう先に寝る支度を始めていた。
……現実を受け止められず、帰るのが億劫になった結果、暫く一人で街を彷徨っていたら、遅くなってしまったのだ。
「あら、おかえり。随分と不貞腐れた顔をしているじゃない。もしかして、血迷って宝穣さんに告白でもして、フラれたのかしら」
パジャマ姿の彼女は、俺を見るなり、そんな冗談を口にした。
……このヤロウ。逆だわ、逆。
「そんな訳ないだろう」
素気なくそう返すと、何も知らない朱夏は、いつも通りの口調で笑った。
「まあ、アンタにそんな度胸はないわよね。……それじゃあ、なにがあったの? 」
……普段は、めちゃくちゃ鈍感なクセに、こう言う所だけ、勘が鋭い。
だが、その問いに、少しだけ安心感を抱いた。
正直に話してしまえば、もしかしたら、この苦悩の結論を助言してもらえるかもしれないと思ったからだ。
誰かに打ち明けて、楽になりたい。
だって、一人では抱えきれない程の、あまりにも重い"決断"を強いられているのだから。
人の力、況してや、同居する"家族"に相談をすれば、背中を押してくれる気がして。
だからこそ、俺は彼女を信用して、「あの……」と、衝撃の事実を伝えようとした。
……しかし、その瞬間、朱夏はタッチの差で口を開いたのだ。
「……まあ、何があったか知らないけど、あまり悩み過ぎない方が良いわよ。それに、アンタの顔見てたら、宝穣さんに土國くんの事を協力して欲しいとは言い出せなかったっぽいし」
……駆流の名前が出た途端、俺は口を紡いだ。
だからこそ、話題を変える。
「ま、まあ、そんな所だよ。それよりも、お前の方は演劇の打ち合わせ、どうだったんだよ」
「……まあ、普通ね。でも、この世界で一番好きな"白雪姫"が演じられるなんて、夢みたいよっ! これは、みんなが推薦してくれたおかげ。それに、ヒロインの席を譲ってくれた宝穣さんにも感謝しないとだわ……」
キラキラとした瞳で、抜擢に対する感想を口にした朱夏。
緊張どころか、これから舞台の上で姫になる事を、心の底から楽しみにしているのが伝わった。
……本当に、お前はすごいよ。
それから、すっかり乙女モードになって、頬に手を当てながら、「アンタも、ちゃんと"木の役"として、私の"勇姿"を見ていなさいよ〜」と、完全に浮かれ切った顔をしている。
……こんな状況で、宝穣さんの件なんて、言える訳がない、そう思った。
だから、俺は今日あった"非現実的な事実"を相談するのを諦める。
だって、こんなにも文化祭の出し物を楽しみにしているんだぞ?
俺は、コイツが"さいけんガール"の世界以上の幸せを掴める様、サポートする役目。
もう、"木鉢 中"と自分を比較するのは辞めたんだ。
俺は、俺のやり方で彼女の幸せを支えると決めたのだから。
そう考えれば、朱夏の意見を尊重するのは、当たり前。
つまり、彼女には演劇だけに専念して欲しいと思うのは、自然な流れなのである。
それに、これは、俺自身の問題。
正直、どうして良いのか分からない。
宝穣さんが、好きかと問われれば、間違いなく好きだ。
……でも、さっき、あの瞬間から、この気持ちが"友情"か、"愛情"かが、全く分からなくなった。
こんなもの、『意識するな』と言う方がおかしい。
だって、俺は彼女の"良いところ"を沢山知っているのだから。
それに、俺は宝穣さんに二度も助けられた。そんな恩人を"俺の手"によって傷つける事が出来るのだろうか。
……だが、もしここで"肯定的な選択"をすれば、逆に、駆流を裏切る事になる。
そんな葛藤の最中、宝穣さんからの告白については、自分の力で結論を出さねばならないのだと、自覚したのであった。
たとえ、"間違ってしまった"としても……。
それにしても、何故、あの瞬間、真っ先に朱夏の顔が浮かんだのだろうか。
その理解不能な思考こそが、ある意味、最も俺を悩ませる"種"になっているのかもしれない。
だって……。
混沌とする脳内でボーッと眠り支度を始めると、彼女からのメッセージが来た。
『今日は、とても楽しかった! ご馳走してくれて、本当にありがとうっ! 後、いきなり告白なんてしちゃって、ごめんね。……でも、周くんが答えを出してくれるまで、「好き」って言ってくれるまで、ずっと待っているから。だから、これからのあたしを、ちゃんと見てくれると嬉しいな』
不覚にも、胸の中で「ドキッ」という音が聞こえた気がした。
故に、思う。
俺はこれから……。
そう頭を抱えると、『分かった。とても嬉しかったよ』と、言葉少なめに返信をした後で、疲れ果てた身体をソファに預けたのであった。
……横で、幸せそうにスヤスヤと眠る朱夏の顔を見つめながら……。
*********
私は、白雪姫に抜擢された。
これは、とても嬉しいこと。
だって、あんな素敵な役を貰えるなんて思っていなかったから。
悪い魔女から毒リンゴを食べさせられ、眠りに就く。
そんな窮地を、白馬の王子様が救ってくれる。
なんて、素敵な話なのかしら。
それこそ、私は元の世界でも、少女漫画や童話が大好きだった。
やっぱり、女の子は誰だって、ドラマチックでロマンチックな展開に憧れるモノなの。
だからこそ、今もこうして、有頂天になっているんだから。
……でも、一つだけ引っかかる点がある。
それは、白雪姫が目を覚ます瞬間のシーンにある。
そこで行われるのは……。
王子様からの"キス"だ。
正直、私はその類の経験は、一切ない。
今のところ、予定もないし。
故に、幾ら劇中とは言え、赤の他人からファーストキスを奪われるのだけは、絶対に避けたかったのだ。
やっぱり、そう言うのは、大切にしたいし。
大好きな人と、愛し合いながらロマンチックに熱いベーゼを交わしたい思うのが普通じゃない。
……まあ、昨日の打ち合わせで、流石に本当に『唇を重ねるのはナシにしよう』と決まって安心したんだけど。
なによりも、相手の池谷くん。
やたらと女子からの人気があるみたいで、私同様、クラスメイトの推薦で決まったみたいだけど、あまりやる気を感じられない"嫌々"やらされているみたいな顔をしていた事に、少しだけ腹が立った。
だって、みんな文化祭で"1位"を掴む為に頑張ろうって決意したんだもの。
それは、私も同じ気持ちだし。
……そんなに嫌なら、辞退すれば良いじゃない。こういう煮え切らない人は、一番許せない。
とはいえ、学校で猫を被っている私に本性など出せる訳も無く、結局、今回の相方は彼になってしまったのだ。
……もし、周が王子様役だったら。
考えるだけで、笑っちゃうわ。
だって、ヒョロヒョロで、頼りなくて、地味なアイツが華やかな"衣装"を身に纏い、白馬に乗って私の元にやって来るなんて、想像するだけで似合わないのが分かるもの。
それに、キスシーンの時も、きっと、オドオドするに決まっているし……。
「お、おま、おまえ、を、す、救って、見せ見せ見せ……」
とか、言われたら、思わず吹き出して、目を覚ましちゃうわよ。
……周と、キスか……。
私は、途端に妙な妄想をすると、早朝のソファでスヤスヤと眠る彼の唇をチラッと見た。
意外と、ツヤツヤしているのね。
それに、なんて幸せそうに寝ているの?
…………。
……って、私ったら、何を考えているのよっ!!
一瞬でも、変な事を考えてしまった自分の破廉恥さに、爆発した。
な、何を想像しているのかしら。
そんなもの、あり得ないもの!!
絶対に嫌だっ!! 不潔よっ!!
ホント、馬鹿にも程があるわよっ!!
コイツは、ただの同居人なのっ!!
そう否定を繰り返すと、私は大きく首を振って、妙な"邪念"を振り払った。
不覚にも、役に入り込みすぎてしまった、と。
……それにしても、昨日の周、帰って来てから、ずっと変だったなぁ。
一旦、冷静さを取り戻すと、私はふと、そんな事を考えた。
また、いつも通り、何かに悩んでいた様に思えたから。
流石に、もう半年以上一緒に住んでいるから、そんな些細な変化にすら気がつく事が出来るわ。
一体、何があったんだろう。
食事相手は、宝穣さん。
もしかして、喧嘩でもしちゃったのかな。
だけど、そんな雰囲気ではなかった気がする。
……どちらかと言うと、あの表情は……。
ってことは……。
しかし、すぐにその線を否定した。
だって、アイツはハッキリと"友達"って言っていた訳だし。
「まさか、ね……」
そう小さく呟くと、時計にAM5:30と記されているのを確認した後で、彼を起こさない様、静かに身支度を始める。
すっかり、先ほどのあり得ない"予想"を忘れて。
ところで、何故、早起きをするのか。
理由は、簡単な話。
それは、白雪姫の練習の為だ。
クラスメイト達は、子守先生が提示した『一位になったら焼肉』のおかげで、やる気満々になっている。
ならば、みんな以上に頑張らなきゃいけない。
だって、私は2年B組が大好きだし、全員で1位の座を掴み取りたいと、心の底から思ったから。
……やっと見つけた居場所なんだもん。
実は私、編入初日、とても不安だったの。
周には無理なお願いを受け入れて貰ったから言わなかったけど。
だけど、みんなは暖かく受け入れてくれた。
それから、徐々に、私にとって2年B組は、"特別な空間"になって行った。
ならば、何か恩返しをしたいって思うのは、当然の話じゃない。
その為なら、努力なんて全く苦に感じないわ。
……それに、周もきっと、褒めてくれる筈。
いや、絶対に褒めさせなきゃ。
私が学園を楽しんでいるって所を、見せなきゃいけないの。
そうすれば、彼はきっと、安心してくれるから。
周はずっと、異世界から来た私を"心配"し続けている。
自分の気持ちすらも押し殺して。
だったら、私が"自由"を求めた様に、彼も"理想"を手に入れる権利だってあるに決まっているから。
その為の第一歩として、『もう大丈夫だよ』って所を、見せつけなきゃいけないの。
周のお母さんに約束しちゃったんだもん。
『彼が立派になるまで、見守り続ける』
ってね。
だから、平気な姿を見せつけたら、今度は、私から彼の日常を充実させる手助けをしないといけないんだ。
きっと、今回の演劇こそが、その為の"第一歩"となる筈なのだから……。
心の中でそう自分を奮い立たせると、ゆっくりアパートの扉を開いて、まだ辺りが暗い街の中を、一人歩き出すのであった。
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