25項目 木になった少年


 生徒会に喧嘩を売ってしまった後、我々文芸部は、正式に文化祭に向けた詩集を書かねばならなくなってしまった。



 ……正直、部活動の存続危機まで代償にする必要がある案件ではないと思う。



 ただでさえ弱小な文芸部は、下手したら、廃部に追い込まれる可能性もあるし。



 だが、豊後さんはやる気に満ち溢れていて、去年のトラウマが尾を引く俺に、こんな"要望"をしてきたのであった。



『第二弾の詩集は、空に書かせてください。小原先輩の作品には、遠く及ばないかもしれませんが、負けたくありませんので……」



 真剣な口調でそう頭を下げる彼女を見ると、了承せざるを得なかった。



 朱夏が、「本当に、平気なの? もしアレなら、一緒に生徒会に謝りに行くわよ」と、何度も撤回するかの確認を取ったが、「お願いです。やらせてください」という強い意志を示した為、結局、そのまま決まってしまったのだ。



 ……そう、文芸部の運命は、この小さな下級生の手に委ねられたのだ。



 まあ、もし俺があの続編を書いたら、一瞬で終わる未来しか見えないから、この選択は正しいのかもしれないけど。



 という訳で、豊後さんから『しばらく部室に篭って創作活動をしたい』との申し出があったので、俺と朱夏は2年B組の出し物に集中する事になったのであった。



 ……だからこそ、今は、やけに活気づく教室にいる。



『お前ら、もし学園で"1位"になったら、焼肉を奢ってやるよ!! 』



 ゴリマッチョ子守先生の一言によって、クラスメイト達のやる気スイッチは「カチッ」と押されたのであった。



 玉響学園の文化祭は、とても珍しい。



 一般客や教師らが、各クラス、部活動、有志の中で、より優れた出し物に投票をする。


 結果、後夜祭の最後にランキング形式として結果が発表をされ、上位3組には表彰状が授与されるのだ。



 担任はその方式に目を付けて、クラスにやる気をもらす為に、そんな提案をした。



 ……目論見は、大成功。



「よっしゃー!! もう言い逃れなしだぞ! 」

「先生、"ジャジャ苑"の特上カルビ食べちゃうよ! 」

「拙者もようやく"ポテチ生活"から脱却出来るでござる!! ならば、【ハーレムスキル極振りの俺は、異世界でモテモテパーティーを築く】を舞台化するのは、どうであろうか!? 」



 盛り上がる生徒達。


 一人だけ、別のベクトルで騒ぎ立てるポチャは、まあ……。無視されていたが。



 なんにせよ、そんな感じで、2年B組のボルテージは、体育祭に続いて最高潮に達したのであった。



 ……そして、長い話し合いの末に、我々が"勝利"の為に選んだ出し物。



 それは、"白雪姫"の演劇だった。



「……とまあ、そんな感じで、白雪姫に決まった訳なんだけど、誰がお姫様をやる? 」



 演目が決まったホームルームの最後、クラス委員もこなす宝穣さんがそう尋ねる。



 ……すると、全員の視線は"2点"に絞られた。



 それは、まず、教壇に立つ彼女。



 後は……、後ろの席で「白雪姫……。素敵ね……」と、ロマンティックモードになっている"朱夏"だったのだ。


 彼女は、スマホでこの世界の童話をよく読んでいた。

 その中でも、シンデレラや白雪姫なんかは、まさにドンピシャだったらしい。



 だからこそ、こんな浮かれた顔をしているのだ。



「……どちらにせよ、二人のどっちかしかないっしょ」



 これまでのおちゃらけモードからすっかり素に戻った駆流がそうボソッと零すと、全員は頷いた。



 ……まあ、妥当だよね。



 だって、白雪姫なんて役、可愛くて人気のある女の子にやって欲しいと願うのが当然の話だし。



 後、多分、駆流は宝穣さんにヒロインをやって欲しいと思っているのであろう。



 なんか、冷静ぶってる割には、無駄にソワソワしているし。



 俺は、ボンヤリとそんな事を考えていた。



 だが、宝穣さんは、皆の提案を気まずそうに断った。



「ご、ごめんね……。そうなると、部活もそっちのけになっちゃうからさ。だから、今回は、パスさせて貰いたいかも……」



 申し訳なさそうにその理由を述べると、クラスの数名が残念そうにため息を吐いた。



「それなら、仕方ないね」

「まあ、芽衣はバレー部のエースだしね」


 結果、彼女は辞退した。



「そ、そうか……」



 と、あからさまに残念そうにする駆流を横目に。



 ……すると、必然的に先ほどの視線は一つになった。



 だが、朱夏は"白雪姫"の作品を辿っているのか、「ポヤ〜」とした恍惚の表情をしていて、周囲に気がつかない。おいおい、お前、そこまでのロマンチストだったっけ?



 ……それに対して、痺れを切らしたのか、宝穣さんは、彼女にこんな言葉を投げかけたのであった。



「……って事で、悪いんだけど、みんなは忍冬さんに主役をやって欲しいみたいなんだけど、良いかな? 」



 そこでやっと素に戻った朱夏は、彼女からの提案に、動揺する。



「わ、私ですの? 」



 その質問を聞くと、クラスメイト達は、拍手を送った。



「やっぱり、お嬢様には"姫"が似合いそうだし! 」

「朱夏ちゃんがやってくれるなら、ワタシも裏方を頑張っちゃうわよ! 」

「……毒牙に眠る、姫」



 全員の意見が一致している事が分かった。



 すると、周囲の期待に後押しされてか、朱夏は上品に立ち上がると、その場でニコッと笑ったのであった。



 続けて、めっちゃポジティブな発言をしたのだ。



「私に務まるかは分かりませんが、もし、ご期待して頂けるのであれば、謹んでお受け致しますわっ! 」



 こうして、最も重要な"ヒロイン役"は、我が同居人に決まったのであった。



 ……後、王子様役も……。



「チッ。うるせえな……。そこまで言うなら、やってやるよっ! 」



 そう悪態づきながら観念したのは、俺の宿敵、リア充"池谷 輝男"だったのだ。



 彼は、女子達からの暑い、いや、暑苦しい"推薦"をされ続けた結果、渋々引き受けたのだ。


 いや、受け入れざるを得ない空気を作られたのだ。



「うん、二人とも、"優勝"目指して、頑張ろうねっ! 」



 すっかりメインキャストが決定すると、宝穣さんがニコッと笑った。




 同時に、教室からは大歓声が湧き上がったのだ。




 ……それから、劇中のサブキャストの配役と裏方の担当が、順次決まって行った。



 ちなみに、俺は木の役になった。



 ただ、背景として何もしないでジーッとするだけの、声もない存在。いわゆる、モブ以下。



 まあ、陰キャには打ってつけのポジションだ。



 一瞬だけ、クラスメイト何人かの「お前、文芸部だから変わった台詞とかかけそうじゃん」などと、脚本に抜擢されそうになった。



 しかし、あからさまに顔を青ざめる俺を見た宝穣さんのアシストによって、ギリギリで回避する事が出来たのであった。



 ……と言う訳で、すっかり役割が決まると、文化祭優勝と副賞の焼肉(こっちがメイン)に向けた、第一回の会議は滞りなく終わったのであった。



 同時に、主役陣は早速、打ち合わせを始めたので、俺は朱夏と別れて先に帰る事にした。



 "木の役"で残っても、浮くだけだしね。



 ……まあ、豊後さんの邪魔をすると悪いので、しばらく部室に行くのは避けよう。



 家で"オタ活"でもするか。



 最近では珍しく一人で暇になった事だし、たまには羽でも伸ばそうと思った。



 ……だが、靴箱にたどり着いた矢先。



 俺のスマホが鳴った。



 すると、一件のメッセージが入っていた。



 そこには……。



『実は今日、部活が休みなんだ。そこでなんだけど、もし良かったら、これから何処かで話さない? 』



 相手は、宝穣さんだった。



 そういえば、最近、男子達の殺気が後押しして、自主練も手伝っていない。



 後、海水浴や、花火大会もお断りしてしまった。



 それに、今度、謝罪の意味を込めて"食事でもご馳走しよう"と思っていた所だった。



 ならば、今日のこのタイミングというのは、親友に対するフォローに打ってつけなのではないか?



 親しき仲にも礼儀あり。



 いつもお世話になっている彼女が、こんな陰キャに目をかけてくれてるんだ。



 だったら、お礼と謝罪を伝えるのは当然の話。



 ……そう考えると、俺は照れ臭さもあったので真意を隠して、こんなメッセージを送ったのであった。



『誘ってくれて、ありがとう。実は、すっかり遅くなっちゃったから、俺も今日は自炊を休むつもりなんだ。だから、良かったらご飯でも行く? 』



 ……しかし、送った後に思った。



 いくら親友とはいえ、人生で初めて女子を飯に誘ってしまったという事実を。



 朱夏はもう家族みたいなもんだから置いておいて。



 だからこそ、若干、緊張した。



 ……もし、断られたら、泣いてしまう、と。



 逆に、宝穣さんはいつも、こんな気持ちで誘ってくれていたのかなとか、傲慢な勘違いすら発動させた。



 しかし、そんな俺の不安を払拭する様に、速攻で返信は来た。



『行く行くっ! 絶対に行くよ! ……じゃあ、駅前の"イタリアン"で良い? 学校で一緒に向かうと周くんが気まずいなら、お店で待ち合わせにしよっか! 』



 人生初の誘いを受け入れてくれた事に、ホッとした。



 ……後、嬉しかった。



 だって、彼女も楽しみにしてくれているのが、文面から伝わったから。それに、俺への配慮にも。



 こういう気配りをしてくれる所が、実に宝穣さんらしくて頼もしい。



 ……ホント、駆流と一緒になってくれたら、俺は成仏出来るのになぁ……。



 という事で、すっかり今日の予定が決まった。



 それから、俺は朱夏に『すまん、今日は親友と飯に行く事にしたから、テキトーに食べてきて』とメッセージで伝えた。



 ついでに、さり気なく"駆流"についての印象も聞いてみるとしようか。



 だって、俺はアイツに『好きな人とくっ付く為のアドバイスをする』って約束してしまった訳だし。



 もし、少しでも脈があるならば、万々歳だ。



 宝穣さんは、最高だからね。

 可愛くて、優しくて、とても気が利く。



 それは、俺が相談を重ねていく中で、身をもって感じたんだから。



 だからこそ、幼馴染と親友の恋愛成就というミッションも、頭の中に浮かんだ。



 ……まあ、今日に関してのメインは、"謝罪"なんだけどね。



 そんな気持ちの中で、俺は校門を出ると、足早に駅前へと向かったのであった。

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