24項目 残暑の部室の時は止まる


 例年にはない、実に騒がしい夏休みを終えて、普段通りの学園生活へと戻る。



 そんな中、月日が経つのはあっという間なもので、気がつけば、9月の末日に差し掛かっていたのだ。



 まだ残暑が残る放課後、俺はいつも通り、文芸部の部室へと向かう。


 すっかり平凡な日常を行う為に。



 ……まあ、実際は、以前とは全く違う生活を送っているのだが、それなりに楽しい日々を過ごしているのは事実だ。



 あれから、駆流は朱夏の言いつけを守って女子に対して、まるで"小学生"の様なちょっかいをかける事もなくなり、密かに宝穣さんへのアプローチを模索している。



 ……まあ、それもそれで周囲の目からは異様に思えたのだろう。彼の体調を心配する声も後を絶たないのだが。



 その対象である宝穣さんは、最近、教室で俺に話しかけてくる機会もグンと増えた。これまでよりも、より一層ね。


 おかげさまで、俺はクラスメイトの男子達から嫉妬の目で見られ続けているのだが……。

 特に、やましい気持ちなどないのに。



 結果、自身の身の危険から逃れる為、こっそり行ってきた自主練に付き合う機会も減ってしまったのが玉に瑕だが。



『ちょっと、周囲の目が怖いから』


 そう伝えると、"分かりやすく"落ち込んでいるのが分かった。


『そんなもの、気にしなくて良いのに』


 彼女の返答はこうだったが、俺が耐えられないので、『ごめんね』と謝罪を述べると、渋々受け入れてくれたのだ。


 

 ホント、みんなは勘違いが多い。

 友人関係としてはかなり良好だが、俺と宝穣さんがそんな関係になる訳がないのに……。



 見りゃ分かるだろ。ほぼボッチだった、俺だぞ。自分で言って泣きそうになる。



 とは言え、俺と宝穣さんの友情について、朱夏も肯定的に捉えてくれているみたいだから、これ以上のいざこざには発展しないと思う。



 それならば、今度、謝罪の意味も込めて親友である彼女に食事をご馳走するのもアリだなとか思ったりもした。



 そんな風に、少しずつ学園生活の過ごし方は形を変えてゆく。



 でも、決して、嫌な気持ちはしなかった。



 まあ、そう考えながらも、俺達の部活動は変わりなく続くのである。



 もちろん、同居人の幸せを、なによりも願いながら

……。



 ――しかし、そう思うのも束の間、突然に、事件は起きたのであった。



「おいおいっ! キミたちっ! 少し話があるっ!! 」



 激しい勢いで部室の扉を開いて入って来たのは、我が玉響学園の生徒会副会長、"火山ひやま かおる"君だった。



 彼は、オレンジ色の髪をかき分けながら、とても同学年とは思えない小柄な身体とは裏腹に、大きな声で、俺たち文芸部にそう叫ぶ。



 ……いきなりの出来事に、豊後さんは「ビクッ」とする。



「いきなり、どうしまして……? 」



 一瞬で"お嬢様モード"に切り替わった朱夏は、そんな副会長の訪問に、毅然とした態度で問いかけた。



 ……すると、彼は得意げに胸を張りながら、ドヤ顔を見せた。



「それは、だね。今年の"文化祭の出し物"に対して、会長が一言、モノを申したいと言われたからさ」



 その言葉をキッカケに、背後からは、まるで示しを合わせた様に"風林かぜばやし りょう"さんが入ってきたのである。



 ……すると、俺は一瞬、彼女の美貌に見惚れてしまった。



 170センチ(本当は169センチ)ある俺と同じくらいのスラっと伸びた身長に、綺麗に整った黒髪ロング。

 端正な顔立ちとは裏腹なボーッとした瞼の中にある瞳の色は、どこかミステリアスなライトグレー。


 更には、3年生の中で圧倒的な成績を収めて学年一位に君臨する博識さを兼ね備えているのだ。



 もちろん、男子からの人気は非常に高く、宝穣さんが体育会系女子だとするならば、彼女は文化系の頂点とでも形容出来る。


 

 大人しい性格なのか、会話をしている姿は一つも見たことがないものの、そこがまた奥ゆかしさを感じさせる。


 この前、朱夏と訪れたアンティークショップですれ違った時も、なんか不思議なオーラを放っていた気がするし。



 ……実は、俺も入学当時は、三次元での"高嶺の花"として、風林さんに密かに憧れたものだ。



 もし、放課後の部室で一緒にラノベを読めたら……。ブボボボボ〜。なんてね。



 ……そんな会長が、今、騒がしい火山君から紹介されて、この寂れた部室の中にいる。



 まずそれが、非現実的。



 すると、彼女はそんな風に呆然と見つめる俺の視線に気がつくと、ジーッと目を合わせた。



「……で、どうしました? 」



 上級生の美人とあって、緊張しながらそう尋ねる。



 しかし、何も喋らない。



 ただただ、ボーッと、気力のない目で見つめ続ける。



 …………。



 ……えっ? 何? 今、何の時間? 怖いんだけど。



 心の中でそんなツッコミをする。



 すると、その雰囲気を壊す様に、副会長の火山君が彼女の表情を見て、気がついた様に解説を始めたのだった。



「……ふむふむ。なるほどですね。つまり、『"文芸部"には、去年の様な"お粗末な出し物"は、やめてもらいたい』と、仰っている!! 」



 会長は、そんな彼の発言が正解だったと伝えたいのか、ニコニコと頷く。



 ……その言葉を聞いた瞬間、朱夏は「プッ……」と、思わず吹き出していた。コイツ……。



 そこで、生徒会が来た理由を理解した。



 ……つまり、釘を刺しに来たのだ。



 俺が去年産み出してしまった、あの"禁書"の発禁命令をする為に……。



 同時に、羞恥心でガタガタと震え出した。



 ……当時憧れていた先輩にも、アレを見られていた事実を知って。



 更には、"お粗末な出し物"との評価。



 俺の入学当初のコッソリと抱いた"青春の1ページ"は、無惨にも崩れ去って行くのを感じた。



 だが、心の折れた俺など気にもせず、火山君は風林さんの視線に「うんうん」と頷くと、更に畳み掛ける。



「……『今年もあんな"駄文"を出されては、学校の品位に影響を与える。だから、考えて頂きたい』と、言いたいのだよ、会長はっ! ボクも、それには賛同だねっ! 」



 ……そこまで酷評されるとは思わず、俺はその場に跪いた。



 まるで、心をボッコボコに殴打されてしまった様に……。



 すると、朱夏は何故か、火山君に対抗する様に、枯れ果てて廃人と化した俺の通訳を始める。



「……まあまあ、そう熱くならないで欲しいですわ。我が部長も、『もう【フレンチなひとときは部室から】みたいな痛々しい黒歴史は書きません。"渚のビーチパイ"の様な、誰もが大爆笑してしまう"お笑い作品"も』って仰ってますわよ。つまり、二度とあの様な悲劇は起こさないとの事ですわ」



 無駄に嬉しそうに、作中ワースト一位と自評した最も痛い"ポエム"を口にしやがった。



 ……も、もうこれ以上、傷に塩を塗るのは、やめてくれ。



 そう思いながら、過去に自分がやらかしてしまった過ちに打ちひしがれて朱夏を睨みつけていると、会長は満足げな顔をした。



 同時に、まるで勝ち誇った様に、副会長火山君は、結びの言葉を告げた。



「まあ、今年の文化祭の状況次第では、キミ達の部活動の存続にも影響をするだろうからね。ボク的には、出版を見送るのが正しい判断だと思うけれども。……それが分かったら、我々は忙しいから、行くね」



 ……完全な敗北感。



 何も、言い返す余地がない。



 だが、若干、ホッとしている。



 だって、去年は子守先生に促されて勘違いした結果、あんな"悪夢の様な書物"をこの世に解き放ってしまったのだから。



 今年は、生徒会の"お墨付き"で文芸部の出し物はナシで良いと言われている。



 正直、安堵感を抱く。



 だからこそ、去り際の二人の背中を見つめながら、「はい……」と小さく頷いたのであった。



 ――だが、そんな俺とは裏腹に、酷評された事に熱くなる人間が一人いたのだ。



「……ち、ちょっと、待ってくださいっ!!!! 」



 そう叫んだのは、豊後さんだった。



 思わず足を止める生徒会の二人。



「なんだい、まだ何かあるのかね」



 火山君は、震えながら真っ直ぐに二人を見つめる彼女に、自信満々な口調でそう問いかけた。



 ……すると、彼女は顔を真っ赤にしながら【フレンチなひとときは部室から】を抱きかかえてこう続けたのであった。



「この詩集は、絶対に、"駄作"などではありませんっ!! 」



 キャラになく、怒る。



 だが、火山君は、またも会長の表情を読み取った後で、小馬鹿にした様な口調でこう首を振った。



「だから、何回言われても、『とても文芸部に相応しい文章とは思えない』って会長も言っているんだよ。逆に、キミがおかしいんだってね。だから、ちゃんと現実は受け入れないと」



 ……もしかして、この副会長、会話のマウントを取る癖でもあるのか? それに、彼から放たれる溢れ出る圧倒的な小物感……。



 俺は、自分の詩集が問題になっている事を棚に上げて、一瞬だけそんな事を考える。



 しかし、そんな彼の発言にも、豊後さんは屈しない。ホント、傷口を広げるからもう良いよ?



「そ、そこまで言うのなら、今回は文芸部として前作を超える、"最高の詩集"を作ってみせますから!! 見ててくださいねっ!! 」



 ……彼女がそう宣言した瞬間、部室は静寂に包まれた。



 ……えっ?



 いやいや、待て待て。今、今年は何もしなくてもいいってお墨付きをもらったばかりじゃないか。



 それなのに……。



 すると、彼女の魂の叫びに後押しされたのか、会長はゆっくりと豊後さんの目の前に立った。



 それから、ジーッと彼女を見下ろす。



 真っ直ぐな瞳で睨みつける、豊後さんを。



 ……そして、何かを確認したのか、何も言わずに小さく頷くと、副会長を見つめた。



「えっ?! 本当ですか?! 生徒会長っ!! 」



 彼女はなにかのメッセージを伝えたのか、驚く火山君。



 ……てか、なんでお前は風林さんの言いたい事が分かるんだよ。ちょっと怖いわ。



 そんなツッコミも束の間、彼は小さく咳払いをすると、俺達にこう告げたのであった。



「……会長は、こう仰っている。『そこまで言うのなら、もう一度だけチャンスをあげましょう。その代わり、もしまた去年の様な"駄文"を発表した時は、分かってますね? 』っとね」



 ……いやいや、もう良いんだって。ナシで。



 そう思うのも束の間、彼女らの温情を聞いた豊後さんは、何度も大きく頷いていた。



「任せてくださいっ! 空たち、文芸部が如何に素晴らしい部活動かを、学校全体、ましてや、訪れた一般の方々全員に知らしめてあげますからっ!! 」



 堂々と宣言。



 ……俺の気持ちなど気にせずに。



 しかし、結局、これだけ分かりやすく"喧嘩を売ってしまった"以上、『やっぱり今の話はナシで』と言える雰囲気ではなくなったのだ。



「じゃあ、やってみると良いさ! まあ、結果は見えているけどね」と、副会長火山君はドヤ顔で格好付けながら部室を去っていった。同時に、廊下で転んだ音が聞こえた。



 ――でも、すっかり彼が去った後も、何故か会長は、その場に留まった。



 無言で、何も言わずに。



「あ、あの……。まだ何か……」



 気まずくなって恐る恐るそう問いかけると、彼女は俺を手招きした。



 隣で呆然とする朱夏を無視して。



 そして、彼女のもとへたどり着くと、会長は俺に耳打ちをしたのだ。



「……貴方は、まだダメ」



 ……小さな肉声で伝えられた"その言葉"。



 謎の、意味不明で支離滅裂な一言。



 俺には、その意味が全く分からなかった。てか、何がダメなんだよ。それに、"まだ"ってどういう意味?



 ……もしかしたら、会長って、かなりの変わり者なのかもしれない。



 てか、ちゃんと話せるなら、わざわざ副会長に通訳させるなよ。



 そう思っていると、会長は、訳が分からずに首を傾げる俺をよそに、すっかり目的を果たしたのか、満足げに部室を後にした。



 ……こうして、俺達、文芸部は、昨年に引き続き、ポエム作りをする事になったのであった。



 無駄に燃える豊後さんと、苦笑いを浮かべる朱夏と共に……。

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