23項目 打ち上げ花火、半分見えるか?見えないか?


 花火が打ち上がるギリギリのタイミングで、俺達は地元の公園に向かう階段を登る。



 ここは、俺にとっても、思い出の地。



 決して忘れられない出来事として、色濃く残る10年前の記憶。



 山の上から見下ろす色とりどりに咲く大輪に、純粋な心で感動を抱いた幼少期。



 もし、あの時の俺が、今の俺を見たらどう思うだろうか。



 ……きっと、思い描いていたものとは違う人生を歩んでいるのであろう。



 そんな気持ちにさせられながら、最も不可思議な少女を連れて、目的を達成しに来た。



「早く、花火が観たいわ。なんでも、二万発も打ち上がるんでしょう? それに、まさか周がこんなにエスコートに情熱を注いでくれるなんて思わなかったわ」



 これから訪れる感動の瞬間に心ときめいているのか、上機嫌に歩く朱夏。



 まさか、この場所に、大嫌いなヒロインを連れてやってくるなど思わなかった。



 ……なんにせよ、今日は散々だったな。



 結局、何も上手くいかなかった。



 出店も、オススメの花火観覧スポットも、不発に終わった。



 それは、自分の"底"を示している様にも思えて、受け入れ難い程の屈辱を受ける。



 だからこそ、最後だけは、しっかりとした所を見せたいと思った。



 何故ならば、この花火大会は……。



 今もなお燻る、"木鉢中"の存在を頭にちらつかせながらそんな事を考える。



 ……そして、やっと公園の頂上に登り切る。



 朱夏には、とても無理をさせてしまった。



 象徴する様に、草履の鼻緒の辺りを気にしている。



 だが、それを決して態度に出さない辺りが、このヒロインなのだ。



 その事に対して強い罪悪感を感じながら、俺は港の方角へと視線を移した。



 ――しかし、そこには……。



「えっ……? こんなもの……」



 呆然としながらそう零す。



 何故ならば……。



 ……本来ならば、みなとみらいのビル群が遠くに見える筈だった景色の手前には、10年前にはまだ存在しなかった、"巨大なマンション"が建っていたからだ。



 結果、光すらも当たらなければ、到底、花火など眺めることのできない、ただ、殺風景な風景が広がる。



 その事実を知った時、俺は思わず腰を落とした。



「そ、そんな……」



 ただただ、その事実を受け止めざるを得なかった。



 時計の針はもう既に、19:30。



 花火が打ち上がるまでは、後、5分。



 もう、何を足掻いても、間に合わない。



 だからこそ、自分の力不足を嘆く。



 ……俺は、負けたくなかったんだ。



 物語の主人公に。



 そう思い起こさせられたのは、紛れもなく、朱夏の存在。



 もし、あのまま"作品の世界"で生きていたならば、きっとこんな残念な展開などを経験する事がなかったであろう。



 俺は今日一日中、心のどこかでずっと"木鉢中"と自分を比較し続けていた。



 いや、これまでも。



 だって、朱夏は……。



 俺はそう思うと、彼女に謝罪した。



「ごめん……。俺がもっともっと、ちゃんとしていれば……」



 すると、そんな言葉に対して、朱夏は笑いながら背中を叩いた。



「何をクヨクヨしているのよっ! そんなに悲しむ程の事じゃないじゃない! それに、花火だったら、"また来年"観にくれば良いだけだし! 私は、浴衣を着れただけでも、とても嬉しいわよ! 」



 嘘偽りのない口調でそう激励したのを聞くと、余計に罪悪感が押し寄せる。



 ……同時に、彼女は、前髪に付けた"桜の髪飾り"を優しく撫でた。



 木鉢中と出会うキッカケとなる、その髪飾りを。




 ――彼らが知り合ったのは、高校2年に上がる前の春休み。



 お嬢様だった朱夏は、使用人の監視を掻い潜って、たった1人で街に繰り出した。



 彼女は、大胆な行動を取った自分にビクビクしながらも、街に溢れる"新鮮な光景"に心を躍らせていた。



 寂れたゲームセンターに、主婦たちが右往左往するスーパーマーケット。

 路地裏の狭い道に、集団下校する小学生達。



 その視界に入る全てを見つめた時、一瞬だけ"自由"を手に入れた気がしたのだ。



 だからこそ、上機嫌になって走り回った。



 ……しかし、注意力散漫になった所で、一人の"少年"とぶつかってしまったのだ。



 その勢いによって、彼女は彼におぶさる形になった。



 ……人生で初めて、男の人と"ハグ"をしてしまったのだ。



 慌てて離れるも、少年は気怠げ。



「な、なんだよ、いきなり……」



 顔を真っ赤にしている朱夏とは、裏腹に……。



 その瞬間、彼女は激しい"怒り"の感情を覚えたのだ。



 これまで、他人には決して見せてこなかった、"素の部分"を。



 だからこそ、そんな気持ちに身を任せて、思わず少年を殴ったのだ。


「こ、この、バカっ!! 」



 それが、中との初めての出会い。



 しかし、その最中で、朱夏はとんでもない事に気がつく。



 ……そう、お守り代わりに付けていた父からのプレゼントであった"桜の髪飾り"を無くしてしまったのだ。



 慌てて辺りを見渡すも、何処にもなかった。



 だが、哀しそうに落ち込む彼女を放っておけなかった中は、共に"お守り"を探す。



 ……結局、見つかる事はなかった。



 それから、罪悪感を感じた彼は、代わりとして、"向日葵の髪飾り"を朱夏にプレゼントしたのだった。



 ここから、二人の物語は始まった。



 結果的に、その装飾品は、主人公とヒロインとの絆を繋ぐ"象徴"となったのだ。――



 ――つまり、朱夏は、まだ"木鉢中"と出会う前の時間軸から転移して来た事になる。



 だからこそ、俺は対抗意識を燃やしたのだ。



 ……いや、というよりも、本来訪れる筈だった"幸せ"の補填がしたかったというのが正解かもしれない。



 朱夏と出会って約4ヶ月。



 今更、そんな大切な事に気がついた、バカな俺だ。



 何も知らずに日常を過ごす朱夏の未来を、俺は知っていた筈なのに。



 だからこそ、今回の花火大会は、"中との恋が動き出す事"など比較にならないくらい最高の思い出にしてあげたかったのだ。



 ダメ元でも、何でも良いから。



 ……でも、結局、俺ごときでは、無理だった。



 だからこそ、優しく励ます朱夏を見ていると、申し訳なくて仕方がなくなる。



「……いや、やっぱり、俺なんかじゃ……」



 自然に、そんなネガティブな言葉が漏れる。



 どうしても、追いつく事の出来ない、さいけんガールの主人公の背中が遠ざかって行く様な感覚に苛まれながら。



 ……そんな時、「パンっ!! 」という音が響き渡る。



 どうやら、花火が始まったみたいだ。



 でも、結局、見えないのには変わりない。



 そう思いながら、"本来ならば上手く出来たはずの展開"に対して、落ち込むと、姿勢は更に丸まってしまったのである。



 ……だが、俺の感情とは、裏腹に……。



「ねえ、周っ!!!! 観て!!!! 」



 朱夏は、嬉々として俺の肩を叩いた。



 そう促されると、情けない表情でゆっくりと顔を上げた。



 ――すると、遠くには、大輪の花火がマンションに隠れた状態で"半分だけ"見えたのであった。



「何よ、ちゃんと観えるじゃない。それに、花火って、やっぱり綺麗なのね……」



 ……もう、これ以上、同情しないでくれ。



 そう思いながら、少しだけ顔を出す色彩豊かな"半円"から、朱夏の方に視線を移した。



 ……そこで、彼女の発言に、嘘偽りがない事を、理解した。



 何故ならば、朱夏は、プロジェクションマッピングを見た時と同じ、恍惚の表情を浮かべていたのだから。



 今、あまり視界の良くない花火に本気で魅入っている。



 とても、この世の者とは思えない程、美しい顔で。



 そんな事実を目の当たりにした事によって、俺はすっかり先程までの失態を忘れてしまった。



 だって……。



 すると、朱夏は最中で俺の方を向く。



 続けて、冬の厳しい雪すらも溶かしてしまいそうな眩しい笑顔を見せたのであった。



「やっぱり、夏の終わりは、"花火"ね。想像以上よっ! 今日は、私の為にエスコートしてくれて、本当にありがとう。最高の、忘れられない"一日"になったわよ!! 」



 優しくて、暖かい彼女の発言を聞くと、俺は誰の為に奔走していたのかを考える。



 本気で朱夏の気持ちを考えていたのか?

 


 出会う事のない中に対する劣等感ばかりを抱えていたんじゃないのか?



 思えば、このヒロインが訪れてからこれまで、本当に彼女の為に行動出来ていたのか……?



 ……いや、結局、全部自分の為じゃないか。



 安いプライドが先行して、いつもさいけんガールと比較ばかりしていたのは、俺自身じゃないか。



 それで良いのか?


 これからも、ずっとそうして"仮想の未来"に取り憑かれるのか?



 現実ではあり得ない"フィクション"を追いかけ続けるのか?



 それで、本当に朱夏は自由を手にする事が出来るのか……?




 ……いや、絶対にあり得ない。



 これでは、アンティーク店で"異世界へのヒント"を見つけて悩んだ時から、何も変わらないじゃないか。



 だからこそ、たった一つの結論を俺は導き出した。



 ……そう、これからは……。



 そう思うと、俺はマンションの陰に隠れる数十発の花火を見つめながら、こう呟いたのであった。



「……来年は、ハッキリと見せてやるよ。"俺のやり方"で、な」



 ようやく、結論に辿り着いた。



 もう、振り返らない、比較もしない。



 ただ、ありのままに、自分の思った形で、朱夏を幸せに導いてやる。



 こんな小さくて、情けなくて、カッコ悪い俺にだからこそ出来る事もある筈。



 ならば、とことん付き合ってやるよ。



 お前が"最高の自由"を手に入れるまではな。



 だが、決意も込めた俺の発言に、朱夏は首を傾げた。



「いきなり、何を言っているのか? もしかして、また"オタクアニメみたいな中二的"な発言? 」



 到底理解していない様子でそう呟く彼女を見ると、俺はすっかり素に戻った。



 それから、「ま、まあな」と照れ隠しをした。



 おい、木鉢中。



 悪いが、朱夏のことは任せてほしい。



 いつか、いつの日か、きっと、彼女に笑顔の絶えない日々をプレゼントするから。



 だから、恨まないでほしい。



 お前との"出会い"が叶う事はないかもしれないが、きっと……。



 そう心の中で決意表明を行っている間に、25分の幻想的な時間は、夏休みの終わりと共に、幕を閉じたのであった。



*********



 今日の周。



 本当におかしかったなぁ。



 私は、すっかり花火を楽しんだ帰宅後、湯船

の中に沈みながらそんな事を思う。



 彼は、いつも以上に必死だった気がする。



 いつもテンパってばかりいるけど、今日に関しては全く違かった。



 ……なんというか、何かと戦っている様な、そんな風にも思えたのだ。



 私をエスコートしている様で、そうじゃない、別の景色を見ているみたいだった。



 それが、何を意味するのかは分からない。



 ……だが、ハッキリとわかった。



 きっと、周は、何か大事な事を隠しているのだと。



 途中まであれだけ落ち込んでいたのに。



『俺のやり方でやる』



 花火の途中で出た、不思議な発言。



 同時に、それまでのネガティブ思考が吹き飛んだ様子だった。



 その言葉の真意は、理解不能。



 最初は、いつものオタク的なモノかと思っていた。



 ……しかし、彼の表情からは、"並々ならぬ覚悟"を感じ取れたのである。



 だからこそ、考えてしまう。



「……アンタは一体、何を考えているの? 」



 浴槽に覆い被さると、私はそんな風に脳裏に焼き付いて離れない"さっきの言葉"によって、憂鬱になるのであった。



 この世で最も頼りになる相手の気持ちが理解できない事に、もどかしさを感じながら。

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