21項目 重ねゆく秘密のなかで


「ピンポ〜ン」


 太陽がほぼてっぺんに近づいた昼間、安っぽいインターホンの音が鳴り響くと、"ある男"が入ってきた。



「う、うい〜っす」


 なんだか気まずそうな雰囲気で玄関に立つのは、駆流だ。



 理由は、先日に行った海に由来する。



『あれ? お前らってそんなに仲良かったっけ? それに……』



 その結びで、彼はこんな疑惑を口にしたのが、全ての始まりだ。



『忍冬ちゃんって、そんなに"乱暴な喋り方"してなかったよな? 後、もしかして、二人って……』



 この一言を聞いた瞬間、俺と朱夏は『色々とまずい』と思った。



 ……だって、朱夏の本性が。



 だからこそ、まるで合わせる様に彼の口を塞ぐと、無理やり海の家の裏に連れて来て、こう釘を刺したのであった。



『理由は全て話すから、次の部活が休みの日、俺のアパートに一人で来い。絶対に、誰にも言わずに!! 』



 余りの必死な形相に、彼はドン引きしながら何度も頷いていたのだが……。



 そんな形で、不良から助けてくれた件についてはしっかりとお礼を告げた後で、俺達は彼との会合の約束を、強引に漕ぎ着ける事に成功したのであった。



 ……という訳で、今、彼は我が家に招かれている。



「……それでよ、周。なんでわざわざオレを呼び出したんだよ。そろそろ教えてくれって! もしかして、こっそり忍冬さんと付き合ってるとか……」



 入室早々、そんな戯言を言い出す旧友。



 本来なら入室早々、口を紡ぐ場面で、すぐに本題へ入る彼を見ていると、そこに"モテない理由"がある気がした。



 ……でも、そうだよな。普段は"お嬢様な女の子"が、特定の人間のみにあんな喋り方をしていれば、特別な存在に見えるのは当たり前だろうし。



 まあ、何にせよ、変な感じではぐらかすと妙な噂を流されるに決まっている。


 ならば、その前に、先手は打った方がいい。



 だからこそ、今日、彼を呼んでいるのだから……。



 そう思うと、俺は部屋の奥に待機している彼女を呼び出した。



「お〜い、朱夏。駆流が来たぞ〜」



 そう告げると、朱夏は『待ってました』と言わんばかりに強い足取りで現れて、彼の目の前に立ち塞がった。



「……アンタ、好き勝手言ってくれてるみたいだけど、この前のこと、本当に誰にも言ってないわよね〜」



 腕を組み、仁王立ちをしながら、凄みのある声でそう問いただす。



「えっ……? やっぱりこの前の態度は、夢じゃなかったの? 」


 思わず呆然とする彼は、詰め寄る朱夏に押されてすっかり小さくなりながら、「言ってない、言ってない! 」と、必死に首を振った。



 その様子を見て、とりあえずホッとすると、まだ状況を把握出来ていない駆流を招いて、リビングに移ったのであった。



*********


「えぇっ?! マジで?! つまり、周と忍冬ちゃんって、親戚だったのか?! 」



 これまでの経緯と事情を説明すると、分かりやすくびっくりするイガグリ坊主。



 ……まあ、それもそうだよな。この前の豊後さんがすぐに受け入れた事の方が、おかしかった訳だし。



 続けて、俺達が一緒に住んでいる事を告げる。



 何故ならば、コイツは中途半端に物を伝えると、絶対に"変な勘違い"を始めるから。尾行とかされたら、事だしな。



 すると、彼は悔しそうな表情を浮かべるのであった。



「……おいおい、マジかよ。事情は分かったが、こんな美少女と同棲とか、どんだけ徳を積めば良いんだよ……」



 何故か涙を流しながら、そう哀愁に満ちた声を出す。



 ……まあ、同棲ではないけどね。



 だが、そんな言葉を聞いた朱夏は、軽蔑する様な顔で、こんな"事実"を口にしたのであった。



「あのねぇ……。土國くん、だっけ? アンタ、そんな事ばっかり言っているから、いつも、クラスの女子から"陰口"を言われちゃうのよ……」



 ほとほとウンザリした顔で、彼にとって一番"刺さる"、俺ですら気を遣って敢えて言わなかった事を、簡単に口にしてしまった。



 ……すると、彼は更に落ち込んだ。四つん這いになって。



「そ、そうだったのか……。し、ショックだわ……」



 いつもの"お調子者"の駆流は、朱夏の余りにも"分かりやすい"痛恨の一撃によって、見る影も無くなってしまったのであった。



 ……悪いな、駆流。コイツは、素になった時、一切の嘘がつけないんだ。すまない、強く生きてくれ。



 そう心の中で謝罪をすると、俺は"本題"を口にしたのであった。



「……まあ、そんな感じで、俺達が今後も何かに発展する事はないんだよ。親戚だし。後、ここで一緒に暮らしている事と、朱夏の"本性"である"粗暴な所"については、黙っていて欲しいんだ」



 俺が、思わず本音を口にすると、彼女は隣から「粗暴……? 」と、脇腹に肘打ちをして来た。やっちまった。



 ……ウッ。肋骨さん、元気かしら?



 そんな風に、今回の目的であった"二人の関係"はそっとしておいて欲しいという提案を告げると、彼は頷いた。



「……まあ、そういう事なら分かったよ」



 何とか了承を得られて、俺達はホッとした。



 彼は、女子に対する執着の強さを除いては、とても信頼できる存在。



 これまでも、『誰にも言わないで欲しい』と約束した話については、絶対に口を割らない、"男気"があるのは知っていたから。



「……悪いな、駆流」



 巻き込んでしまった事を含め、しっかりと謝罪した。



 すると、彼は余り賢くなさそうな笑顔で、グッドポーズを作った。



「まあ、気にすんなっ! 一度言わないと約束したんだから、それを裏切ったら、男が廃るってもんだしな! 」



 ……やり慣れないウインクが、とてもダサい。



 だが、彼なりに俺達を考えて納得してくれたのであろう。



 ……しかし、そんな中、彼はこんな疑問を口にしたのである。



「……でもよ、忍冬ちゃん。つまり、アンタは学校ではずっと"猫を被って"生活しているって事だよな? それって窮屈じゃねえの? 」



 ヤツにしては珍しく的を得た言葉。俺もそう思う。



 でも、全くラノベに精通していない彼とは違って、俺は朱夏が人に本性を曝け出す事を"苦手"にしていると知っているが故、何も言わなかった。



 すると、首を傾げる彼に、彼女は大きくため息をついて、こう言い放ったのだ。



「……何を自分の物差しだけで話をしているの? ホント、流石は"周の幼馴染"って感じのアホね」



 またまた、ストレートな罵り。後、それだと俺もアホの仲間入りになりますわよ?



「別に、好きで"あんなキャラ"を演じている訳じゃない。……でも、人それぞれ、"嫌われたくない"って思う気持ちはあるじゃない。結果、私はあの行動を取っているの。それに、今は、周って言うストレス発散が出来る人間もいるから、楽なものよ」



 おいおい。お前、いま、俺を"ストレス発散要員"にしやがったな。



 そう思って彼女を睨みつけていると、駆流は「そういうもんかねぇ」と、余り納得の行っていない様子を見せた。



 ……まあ、確かに、彼がそう思う気持ちは、理解出来る。



 だって、このまま進んだとしても、朱夏はずっと、"仮初"のまま生活しなければいけない訳だし。



 とはいえ、彼女も彼女なりに悩んで行動しているのを知っているからこそ、そこに踏み込んではいけないと思っているのだ。



 そんな風に、今ある朱夏の"微妙な立場"について熟考を繰り返していると、彼女は若干、痛い所を突かれたと思っているのか、話題を転換する様にこう言い出したのであった。



「……それを言い出したら、土國くんは、なんであんなに、わざわざ"女子に嫌われる様な素振り"を見せるのかの方が疑問ね」



 朱夏は、またも駆流の一番突かれたくない急所の部分を蒸し返したのだ。



「そ、それは……」



 二度も知りたくはない"現実"を突きつけられて、ガタガタと震える駆流は、言葉に詰まっていた。



 ……ドンマイ、駆流。今度、スポーツドリンクを奢ってやる。



 可哀想だが、ここまで真っ直ぐに事実を伝えられてしまっては、俺に弁明の余地はなかった。



 だからこそ、彼に向けて"成仏"の意味を込めて手を合わせたのであった。



 ……だが、その発言に、彼はこう抗う。



「だけどよ、やっぱり、"モテてますアピール"って、大事だと思うんだよ」



 突然、謎理論が発動する。


 なんだよ、モテてますアピールって。



 誰に向けて発信してるんだよ。



 もしかして、コイツの頭の中では、"ピカピカの高校生活でクラスメイトハーレム計画"とかが練られてたりする訳?


 絶対に、有り得ないのに。ただでさえ、嫌われかけてるし。



 しかし、そう考えると、本当に勿体無いとは若干思った。



 元々、小学校の時から付き合いのある駆流は、本来、実に男らしくて、度胸があって、優しくて、何にだって一生懸命なのだから。



 実際に、この前、不良から助けてくれた時が、それを証明している。



 だけど、いつもいつも、結局、おちゃらけて"カッコ悪い所"を見せつけてしまう悪い癖が、彼をその道から遠ざけているのだから……。



 正直、そこさえなければ、すぐにだって本当の意味での"リア充"になれる筈なのに。



 実にもったいない。



 それに、高校に入ってから、女子に対するガツガツ感が顕著に現れたのを知っていた。



 だからこそ、俺にとって"たった一人の友達"の現状を憂うのであった。



 ――そう、ある種、"家族にも似た感情"を抱いていると、駆流は、「ほんっと、アホにも程があるわよ」と、ウンザリする朱夏に、悩みながらもこう本音を吐き出したのであった。



「……ああっ! もう、ここまでボロクソに言われたら、仕方ねえか! お前らの秘密ついでに、理由を教えてやるよ! 」



 坊主頭をクシャクシャとしながら、何かを決意した様にそう叫ぶ彼。



 ……えっ? 何? あの行動には、理由があったの?



 俺は、昔から仲の良い駆流に、何らかの意図があった事に驚く。



 そして、彼は決意を固めた様に、交互に俺達を見つめながら、こう告げたのであった。



「……実は、オレには好きな人がいるんだ。"誰"と言う勇気は、今はない。だが、その娘に、振り向かれたい。好きになってもらいたい。そう思ったからこそ、こうして毎日、『モテますアピール』をしていたんだよ」



 ……えっ?



 つまり、駆流はその"好きな人"に振り向いてもらう為だけに、ああして、いつもいつも、わざとらしく格好を付けていたのか?



 だとするならば、完全にベクトルを間違えている。



 ずっと陰キャだった(今もだが)俺でも分かるくらい、不器用過ぎる。



 完全に、小学生の発想だ……。



 どう考えたって、そんなもの、相手に届く筈がないし。



 そう思っていると、痺れを切らした朱夏は、バッサリと間違ったやり方を否定したのであった。



「……馬鹿じゃないの? そんな事したって、アンタの想いなんて、永遠に届かないわよ! 」



 真っ直ぐに彼を見つめる朱夏は、ハッキリとそう告げた。



 ……でも、彼女の表情は、先程までの蔑む様なものではなかった。



 むしろ、真剣に、アドバイスをしているのだとすぐに分かる。



 真面目に回答しているのを理解したのか、駆流は「ガーンっ!! 」とでも言わんばかりの衝撃的な表情を浮かべた。



「そ、そうなのか……? 」



 ……そして、色々と頭の整理がついたのか、納得した顔をすると、こう宣言したのである。



「……まあ、忍冬ちゃんがそこまで言うなら、多分、そうなんだろうな。それなら、オレも少し違う"アプローチ"を考えてみる事にするわ! 」



 その言葉に、朱夏は得意げな顔で納得した様子。



「そうよ。これ以上、無駄な時間を過ごすなら、突き進んで来なさいねっ! 」



 自信満々に、ヒロインオーラ満載でそんな労いの言葉をかけると、彼は何度も頷いた。



「……オレ、頑張るわっ! 」



 ……そんな感じで、彼女は2人目の"本性が出せる存在"が出来たのであった。


 

 俺の唯一の"友達"と。



 気がつけば、秘密を共有出来る事すらも嬉しくなっている自分がいる。



 これまでは照れ臭くて言わなかったが、駆流は、最高なんだよ。


 こんな俺が、孤独にならない様に気遣ってくれたりした恩もあるし。



 もし、必要ならば、微力ながら協力したいと思った。



 そう心の底から、彼の恋愛が成就してくれる事を願うのであった。



 ――すると、そんな時、俺のスマホの着信音が鳴った。



 恥ずかしながら、流行りアニソンの。



 普段、親以外から電話など来ないからね。



 ……また、悪いタイミングで。



 そう思うと、ウンザリしながら画面を確認する。



 だが、そこに記されていたのは、両親や妹ではない、"宝穣 芽衣"だった。



 すかさず、「すまん……」と謝罪を口にすると、会話が途切れた二人を見ながら、申し訳なさそうに電話を取る。



 そして、彼女との通話は始まった。



「ごめんごめん、お取り込み中だった? 」


「いやいや、今、駆流と、偶然会った忍冬さんと話していた所だよ」


「そう、だったんだ……」


「……で、で、どうしたの? 」


「あっ、いや、今日、部活が早く終わったし、一緒にご飯でもどうかなって思って……」


「あ、ありがとう、"お友達"に誘われる事なんて、ほとんどないから、めちゃくちゃ嬉しいよ。一応、二人にも来られるか聞いてみる」


「う、うん……。じゃあ、駅前のファミレスでいいかな? 」


「分かった。また連絡します」



 初めて掛かってきた親友との通話を終えると、俺は、二人に今あった事を伝えた。



 ……すると。



「アンタ、流石に宝穣さんと仲良すぎでしょ。まあ、彼女とは、スポーツを通じて仲良くなれたし、是非ともお友達として参加したいわねっ! ……土國くん。絶対に、私達の関係は話さないでね? 」



 朱夏は、あっさり承諾をした。



 同時に、先程の"約束"に釘を刺す形で。



 ……だが、駆流は、そんな事は余り気にしていない様子だった。むしろ、不思議と困惑している様子。



「お前、宝穣さんと、そんなに……。それに、これから……。わ、分かった!! オレも、そのお食事会に、同行させてもらうっ!! 」



 一瞬切ない表情を浮かべた後で顔を赤らめながら、覚悟を決めた様にそんな事を言う腐れ縁。



 ……んっ?



「アンタも普通に女の子と接する良い"お勉強"になるじゃないのっ! 」


 得意げに、ニコニコと笑う朱夏。



「そ、そうだな……」



 しおらしくなる駆流。



 ……これって、もしかして……。



 俺は、そんな事実に気づいてしまうと、何も気が付かなかったふりをして、宝穣さんが待つ駅前のファミレスへ、二人を連れて向かうのであった。



 それから、宝穣さんと合流すると、夏休みに即興で始まった食事会は、とても楽しい思い出として終わった。



 最中、妙な緊張感で空回りする駆流を除いては。



 そこで、疑惑は確信へと変わった。



 つまり、彼が好きな相手って……。

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