20項目 陰キャから一番遠い場所


「じゃあ、第二試合、始めよっかっ!! 」


 露出の多いビキニに身を包んだ宝穣さんがそう点呼を取ると、「あいよ〜」などと言う返事が続々と聞こえる。


 俺も、動揺しながら「は、はい……」と、辿々しく返答。



 今、何が行われているか。



 ……それは、"ビーチバレー"である。



 結局、偶然会ったクラスメイト達との合流後、急遽行われる事になったその競技は、3チームに分けられた。



 宝穣さんを始めとしたバレー部チーム、駆流がリーダーを名乗り出たモテない運動部チーム、そして……。



 我々、文芸部チームだ。



 先程の試合では、完全に嫉妬心で燃え上がった駆流に、集中攻撃を受けてしまった為、完全敗北したのだが。



「貴様だけには、絶対に負けんっ! "二人の美少女"と海なんて、抜け駆けをしやがって〜!! 」


 とか、完全に私情ありきで運動神経の無駄遣いをされたのである。



 もちろん、そんな速いスパイクを返せる筈もなく、俺はボコボコにされていたのだ。



「周くん、大丈夫? 」



 まあ、その後に親友の宝穣さんから献身的な看護をされたから、深傷を負うことはなかったのだが……。



 ……何故か、"その出来事"をキッカケに、妙なバチバチ感が夏の煌びやかな砂浜に漂ったのだ。



「小原のヤツ、みんなのアイドル芽衣ちゃんからあんなに優しくされやがって」

「ち、ちくしょう。かっこいい所を見せようとしたのに……」


「……ったく、周のヤツ、昔は"ぼっち"だったくせに、美少女二人では飽き足らず、宝穣さんにまで……」



 ……いやいや、こんなにアザだらけにしてくれたのは、お前らだろ!!!! 誰とも何もねえよ!!!!



 それに、駆流よ。お前は、絶対に許さん。



 そんな感じで、男子達が俺に対して見苦しい嫉妬心を燃やしている。



 ……だが、それ以上に、今現在行われている宝穣さんチームとの試合の方がよっぽど"不穏"なのだ。



「あのですね、宝穣さん。我が部の"部長"は、とっても身体がお強いので、そこまでの気遣いは、全く必要ないですわよ? 」



 自陣にて、何故か、引き攣った笑顔で怨念込もった口調をする朱夏。



「何を言っているの? あたしはただ、"親友"が怪我をしていたから助けてあげただけだよっ! 別にそれが何か悪い事だとは思わないけどね」


 アスリートモード全開で得意げな顔をして、堂々とそう返答する宝穣さん。



「……お、お二人とも、落ち着いてください」



 状況を読んで慌てて辿々しくフォローをする豊後さん。



 ……まさに、カオスっ!!!!



 その中心に、俺アリ!!!!



 まさに、ハーレムモードだぜっ!!



 ……とか、粋がってみたが、別にそんな理由ではない事を、俺は知っている。



 単純に、全員のプライドが高いだけの話なのだ。



 だから、特に嬉しくもなかった。



 ……それにしても、朱夏はさておき、宝穣さんもこんなに熱くなる人だとは思わなかったわ。



 そう思っている間に、対抗意識が入り乱れるビーチバレーは、スタートしたのであった。



 ……途中からは、宝穣さんvs朱夏状態になって。



「なかなかやるねっ! 」



 彼女がバレー部のエースの風格をそのままにバチバチとスパイクを打ち込む。本気で。



 それを拾うは、我が文芸部のエース。



「まだまだですわよっ!! 」



 気がつけば、両軍の仲間達は追いやられ、二人だけの戦いになっている。



 よほど必死なのか、辺りの事も気にしないで。



 ……その姿を見て、駆流は鼻血を流していた。



「なんて、いやらしい、荘厳な景色なんだ……」



 とか、恍惚の表情で。



 不快な気持ちになったから、一発蹴りを入れておいたが。



 ……とまあ、約15分にも及ぶ打ち合いは、結局、引き分けという形で終わった。



 勝負を終えた二人は、息を荒げると、ニコッと笑いながら握手をした。



「……なかなかやりますわね」


「いやいや、忍冬さんこそ」



 そんな風に、運動を通じて"友情"が芽生えたのを確認すると、周囲の歓声の中で、ビーチバレー大会は盛大に終了したのであった。



 ……呆然とする俺を置き去りにして。



*********



 気がつけば、すっかり海を楽しんでいる。



 最初は、偶然会ったクラスメイト達と上手く話せるか緊張していた。



 しかし、そんな不安要素は簡単に消え去ったのだ。



 駆流達と泳いでみたり、全員で海の家に行き昼食を食べながら世間話をしたり。



 ……まあ、シンプルに面白い。



 宝穣さんも、すっかり朱夏と仲良くなった様で、何人かの女子と共に豊後さんに泳ぎの練習を教えてくれていたし。



 という訳で、俺は今、ひと泳ぎを終えると、休憩がてら、トイレへと歩いていた。



『私、ジュース買ってくるわね』



 朱夏も、飲料水の購入に出かけたみたい。



 まあ、豊後さんについては、また持ち前の"妹オーラ"のおかげでクラスメイト達に囲まれているから溺れる心配もなさそう。



 そんな事を思いながら、パラソルの影から抜け出すと、砂まみれのサンダルを履いて、足早に目的地へと急ぐのであった。



 ――それから、すっかり用事を済ませて元に戻ろうと思っていた矢先……。



「ねえねえ、キミ、めっちゃ可愛くない? もしあれだったら、これから遊ぼうよ」



 ペットボトルを持った一人の少女が、肌の焼けた、金髪のチャラい男数人に絡まれていた。



「いやいや、冗談はよして貰えるかしら」



 毅然とした態度で、あっさり拒否をするその少女。



 ……そう、紛れもなく、朱夏、その人だった。



 だが、なかなか諦めないチャラ男達。



「いやいや〜。嬉しいくせに! まあ、分かったらコッチに……」

「そうそうっ! めっちゃ楽しいからさ」



 ……そう言うと、ヤツらの一人は、朱夏の腕を掴んだ。



「な、何してんのっ! 」



 必死に抗う彼女。



 ……気がつけば、まさに、さいけんガールの本編を辿るような展開になってしまっていたのだ。



 それを、遠目で呆然と見る俺。



 同時に、先程の思考が頭を駆け巡った。



 ……早く助けないといけないのは、分かっている。



 ……だが、あんな不良達から、俺一人で朱夏を守り切れるのであろうか。



 俺は、"木鉢 中"じゃない。



 きっと、救う事が出来ないに決まっている。



 でも、それでいいのだろうか。



 このまま、朱夏が連れて行かれてしまったら、どうなってしまうのだろう。



 ……もしかしたら……。



 そう思うと、俺は自然に走り出していた。



 ……今、助けなきゃ、きっと、彼女は傷つく事になるのだから。




 ――そして、すっかり不良達の元に辿り着くと、俺は何も言わずに彼女の腕を振り解いた。



 同時に、朱夏は「し、周……」と言いながら、俺の背中に隠れる。



 すると、彼らの一人が殺意満載の視線で睨みつける。



「はぁ〜? お前誰ぇ〜? 」



 ……めっちゃゾッとした。



 だって、俺はこの手の人種と対立したことなんて一度もなかったから。



 次第に、身体は震え出す。



 これから、俺はどうなってしまうのだろうか。そんな恐怖が全身から力を奪う。



 しかし、このままでは、状況は変わらない。



 ……それならば、男にならなくてどうする。



 固い決意を決めると、俺は覚悟を決めて、ヤツらに指を差してこう言ってやったのだ。



「お、俺の、だ、大事な"部員"に、て、手を出すなぁ〜!!!! 」



 ……手は震えてるし、声も裏返るし、緊張から噛むし、最低な叫び。



 だが、絶対に朱夏を守ると決めたから、後悔はなかった。



「ぶぁっはっは〜!! このクソガキ、めっちゃキモイんだけど!! 」



 ヤンキーの一人は俺を笑った。



 ……途端に、恥ずかしくなる。



 しかし、そんな風に馬鹿にする不良どもに腹が立ったのか、朱夏は俺の背中に手を当てながらこう言い返したのであった。



「キモイのは、アンタ達の方でしょ?! 嫌がっている女の子の腕を無理やり掴むなんて、最低よっ! 」



 ……その一言で、ヤツらの雰囲気は一瞬で変わった。



「……はっ? てか、お前、さっきから何様なの? 調子乗ってんなよ? そこの"キモイ彼氏"共々、ボコボコにしてやるよ」



 ……"彼氏"ではないが、この状況が非常にまずいことに気がつく。



 何故ならば、ゴリマッチョなヤンキーの一人は既に、完全な"臨戦体制"に入っているからだ。



 だが、気がつけば、既にもう恐怖はなかった。



 それよりも、"必死"だったんだ。



 とにかく、この場はどんなにカッコ悪くても、『朱夏を助けなければいけない』のだから。



 そう思うと、俺は彼女から一歩踏み出した。



「……お、俺が、あ、相手に、なってやんよぉ〜!!!! 」



 情けない震え声でそう叫ぶと、不良は腕を振りかぶった。



 ……ああ、痛いんだろうな。



 まあ、アイツらの気が済むまで殴られれば、きっと観念してくれる筈。



 だからこそ、これから起きる悲劇を悟ってゆっくりと目を瞑る。



 ……両親よ。もし、俺が死んだら、朱夏の事を頼んだぞ。



 ――そう諦めた矢先だった。



「パシッ」



 目の前で、そんな音が響く。



 痛みは、ない……。



 状況に困惑して動揺をすると、俺はゆっくり目を開けた。



 ……すると。



「あのさ、オレの"親友"に手出ししないでもらえないかな? 」



 そう言って守ってくれたのは、紛れもなく、"駆流"だったのだ。



 突然の体育会系が現れた事により、動揺する不良共。



「は、はぁ?! なんだよ、テメェ」



 しかし、そんな発言にすら臆する事のない駆流。



「一応言っとくけど、未成年をナンパするのは犯罪だからね。あんまりオイタしてたら、通報するよ? 」



 すると、堂々と喧嘩を買う彼の放った"通報"という言葉を聞いた不良達は、悔しそうな顔をしながら立ち去って行った。



「……チッ。舐めやがって」



 そこで、やっと自分が安全になった事を確認して、ホッとする。



「……し、死ぬかと思った……」



 初めて感じた人生の危機に、思わず腰を抜かした。トイレ、行っておいて良かった。



 すると、朱夏はそんな俺の姿に安堵したのか、人目も気にせずに駆け寄ってきた。



 ……それから。



「ばか、馬鹿。なんで、あんな無理をしたのよ!! 」


 半べそをかきながら俺の両肩を掴む。



 そんな言葉に、俺はまだ安心感から抜け出せずに首を振った。



「いや、だって、このままじゃ……。そう思ったら、自然に身体が……」



 ぼんやりとそう返答をすると、彼女は何度も俺を叩いた。



「無理しすぎよ! ばかっ! もっと、自分を"大切"にしなよ! 」



 ……確かに、言われた通りかもしれない。



 もし、あの場面で駆流が助けに来てくれなかったら、俺は下手したら相模湾に沈められていただろうから。



「ご、ごめん……」



 力なくそう謝罪を口にする。



 ……だが、そんな俺をみた彼女は、目に涙を浮かべながら、こう言ったのであった。



「……でも、ありがとう。"珍しく"カッコよかったわよ」



 その一言を聞くと、何故か心臓からは「ドキッ」という音が響いた。



 同時に、思う。



 ……朱夏を、助けられたんだ。って。



 だからこそ、俺は顔を真っ赤にした後で、こう返答した。



「き、気にすんな……」



 そう告げると、彼女は微笑んだ。



 ……しかし、俺たちは、"ある事"を失念していた。



 突如として訪れた安堵感のせいで。



「……えっ? てか、周。お前、そんなに忍冬さんと仲良かったっけ? それに……」



 そう、その場に駆流がいた事を。



「「あっ……」」



 朱夏は、思わずそんな言葉を漏らした。

 俺も、同様に……。



*********



 すっかり豊後ちゃんに泳ぎを教え終えると、あたしは周くんを探した。



 どうやら、持ち場を離れてしまったみたいだ。



 特段、彼を探す必要性はない。



 だけど、親友として、ほんの少しだけ"話したい"。



 そう思ってしまったが故、あたりをキョロキョロと見渡していた。



 ……それに、忍冬さんの存在が気がかりになった。



 だって、彼女はあたしが周くんを助けたあの時、何故か"熱くなった"から。



 元々、文芸部の部員同士なのは知っている。



 しかし、自然に行ってしまう"人間観察"から得た勘が察するに、彼らはそんな肩書きでは片付けられない"なにか"で結ばれているのが分かった。



 だから、どうだという訳ではない。



 ……でも、不思議とその理由が気になってしまうのだ。



 だからこそ、彼を探す。


 いちいち声をかけてくる男の人達を無視して。



 頭よりも先に、身体が動くのであった。



 ―――すると、やけに騒がしい一角に、周くんの姿はあったのだ。



 彼は、柄の悪い人達から護る様にして、忍冬さんの前に両手を広げていた。



 近くには、土國くん。



 その状況を見て、何が起きているのかを悟った。



 ……彼、周くんは、今、彼女を助けていたのだ。



 事情を理解する度に、心の中は騒つく。



 もし、あたしが同じ状況だったならば……。



 ――同時に、これまで彼と過ごしてきた日々がフラッシュバックした。



 "あの詩集"に出会ったとき、必死にあたしを探してくれたとき、最高の宣誓文を不器用なりに考えてくれたとき、悩みを打ち明けてくれたとき……。



 その全ての記憶が蘇ると、あたしは"ある感情"を抱いた。



 ……次第に音を立てて、次第に膨れ上がってゆく、感情を。



 その時、初めて、あたしは、あたしの中にある"モヤモヤとする違和感"の原因を見つけ出したのであった。



「……そっか。あたし、周くんの事が、好きになっちゃったんだね……」



 すっかり腰を抜かした彼と忍冬さんが仲睦まじく会話をする姿に、"嫉妬"する気持ちこそが、ダメ押しの答え。



 あたしは……。



 だからこそ、彼らに声をかけず、静かに元の場所へと戻って行った。



 同時に、こう思う。



 忍冬さん、ごめんね。



 あたしは、彼と結ばれたいって思っちゃったんだ。



 だから、もし、"ライバル"になっちゃった時は、正々堂々と戦うね。



 だって、きっと、この世界で一番、彼の事を理解出来るのは、"あたし以外"誰もいない筈だから。



 そう思うと、密かに決意を固めた。



 きっと、いつか、『周くんとお付き合いするんだ』ってね。

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