18項目 バック・トゥ・ザ・ファミリー
我が家族は、アパートに上がり込んできた。
母は、家事を始める。
父は、何もせずにただ、姿勢正しくソファに座ったまま、微動だにしない。
……だが、我が愛しの妹、
「朱夏さん、絶対、兄貴に"エッチな事"されてるでしょ。この変態が"陰キャ"のクセに一人暮らしを始めたのは、そーゆーの夢見てるからに違いないしっ! 」
小さな身体で腕を組み、そんな風に口を膨らませる彼女。
もう中学2年生になった円は、いつも俺に悪態付く。
昔は、「おにぃちゃ〜ん」とか、向日葵にも負けない笑顔で背中を追いかけていたのに。
今では、すっかり尊敬すべき兄をぞんざいに扱う様になってしまった。
……素直に哀しいわ。
そう静かに目を潤ませていると、円は、俺を見て「陰キャ! 」と、舌を出して睨みつけた。
すると、哀愁ゲージがマックスになって落ち込む俺にニヤニヤしながら、朱夏はこう返答したのだ。
「そこは大丈夫よ。周は基本、"何もできないヘタレ"だから。特に不自由なく生活させて貰ってるわ」
フォローなのか、否か、分からない弁明によって、妹は納得する。
「それなら良かった。もし、なんか"セクシャルハラスメント"をされたら、いつでも言ってね! ……あっ、それなら連絡先を……」
「分かったわ。まあ、連絡する前に張り倒してるとは思うけどね」
段取り良くSNSの交換をする円と朱夏。
なんだか、その姿は、不思議と姉妹にすら見えてくるのであった。
考えてみれば、性格も似ている様な……。
なんにせよ、2人は俺という"共通の敵"を以って、既に仲良くなっていたのだ。
てか、この家族達、朱夏が異世界人と知りながら馴染むの早過ぎだろ。
そんな感じで、狭いワンルームにはキャパオーバーな人数で不思議な団欒を続ける。
……すると、すっかり洗濯を終えてくれた母は、ニコニコと笑いながら俺達にこう告げたのであった。
「……では、そろそろお昼ごはんにでも行きましょうか〜。流石に、こんな"狭っ苦しい所"じゃ、窮屈でしょうし」
……久しぶりに会っても、母は、相変わらず"天然"だった。
だって、正直すぎるし。久々に会った息子の部屋を狭っ苦しいとか言わないだろう、普通は。
まあ、そんな所で、俺は親父以外騒がしい皆を連れて、近所のファミレスへと向かったのであった。
……本当は、宿泊しているホテルのランチでも良いと言われたが、値段も高いだろうし、仕送りを貰っている罪悪感から、断ったのだ。
*********
ファミレスでの会話は、弾む。
主に、俺の話で。
「それで〜、周ちゃんったら、『お父さんの転勤を機に、家を売って家族みんなでカナダに移住する事が決まった』って言ったら、土壇場で『やっぱり嫌だ』とか言い出したのですよ〜」
事実をペラペラと喋るオカン。
「ふんっ、ど〜せ、エッチなことを考えていたからに違いない。それに、このオタク兄は自堕落な生活をしていた筈っ! 」
容赦ない決めつけを投げつけてくる妹。
「……周も、大きくなったな……」
言葉少なめに涙する父。
「も、もう、俺の話は、どうでも良いんだよ!! それに、部屋だって綺麗にしていたろ? ちゃんと生活できてるわ!! 」
空気に耐えられなくなって、大袈裟に怒鳴る。
素直に笑う朱夏。
その表情に含みや飾りなどは、一切感じられない。
……どちらかというと、羨望にも似た眼差しをしている様にも思えた。
なんだか少しだけ、昔の風景を投影しているみたいな。
だが、彼女の境遇を察しての共感からセンチメンタルな気持ちにさせられていると、またも円が突っかかってくる。
「たとえ、そうだとしても、こんな"オタク"な兄貴と生活する事自体が罰ゲームなんだから、もっと朱夏さんを甘やかすべきっ! 」
……ビシッと指を指して命令をするな。
「何回言ったら分かるんだよ、コイツは、ただの、いそうろ……。いや、行き先がないから養っているだけだ! 」
一瞬、禁句を口にしそうになったが、慌てて仕舞い込む。
朱夏は「今、なんか言いかけたよね〜」と、戯れてきたから、ホッとした。
まあ、そんな感じで、年末に会った時と同じように円との喧嘩に発展する。
……すると、それを見かねたのか、母は強引な話題転換を始めた。
「ところで朱夏ちゃん、"学校"といえば、最近のお二人は青春を楽しんでいますか? 」
……誰も"学校"なんてワードは出していない。マジで、引くくらいの天然炸裂だ。
「う〜ん、そうですね。おかげさまで、周も私も、クラスに馴染んでますよ。この前の体育祭でも、二人とも大活躍でしたし。……まあ、周の成績は赤点ギリギリでしたが……」
おい、余計な事を言うでない、居候改め、同居人よ。
だが、その言葉に親父と母はポカーンとしていた。
まるで、俺にそんな事実がある訳ないとでも言いたげな顔で……。
「ま、まあ、普通だよ、普通」
若干強がってそう告げると、途端に両親は泣き出した。
「……あの駆流くんぐらいしか友達がいなかった、周ちゃんも、やっと……」
「……よくやったぞ、周」
無駄に泣き出す夫婦。
もうね、これだからこの家庭は……。
「なんで泣いてんだよ」
そう吐き捨てながらも、少し嬉しい様な、恥ずかしい様な、妙な感覚に支配されるのであった。
……そんな暖かい雰囲気が全体を包み込んでいる所で、朱夏は更にこう付け足した。
「それに、私達は今、文芸部で共に活動していますしね」
彼女が発言すると、またも悪態付く円。
「出た出た! 学校でもオタクなラノベばっかり読んでいるんでしょっ! 」
心外な言葉を投げつけやがる。まあ、事実だが……。
ぐうの音も出ずに歯軋りをしていると、朱夏が仲裁に入る。
「円ちゃん、そんなことはないわよっ! ちゃんと活動もしているっ! ……だって、彼はちゃんと"執筆活動"もしているんだもの。【フレンチなひとときは部室から】なんて、オシャレな詩集だって去年の文化祭で披露していたらしいし」
……何を言っている?
「へぇ〜! 兄貴、まだそんな事しているんだ〜」
……何を言っているのですか?
「あらあら〜。周ちゃんは昔から本が好きでしたものね〜」
……何を言っておられるのかしら?!?!
「それでね、内容なんですけど……」
朱夏はそう告げると、我が家族の方にスマホを差し出す。
……どうやら、豊後さんから見せてもらった際、写真を撮っていたらしい。
そして、呆然とする俺を横目に全てを読み終わった時、こんな声が聞こえた。
「……『大好きな、ハニーに、マイスウィートダーリンって言わせる、ボクはミツバチ』……っぷ……」
おちょくる様な視線で俺を見つめるマイシスター。
「……や、やめてくれー!!!! 」
必死な表情でそう嘆願するも、完全にエンジンの掛かった朱夏達を食い止める事はできなかったのだ。
……同時に、枯れる俺。
拡散される社会の怖さを感じて。
「……もう、お嫁に行けない……」
魂が抜かれた様な顔でそう零すと、朱夏はまともなツッコミをした。
「いやいや、アンタはお嫁を迎える方でしょ……」
俺達のやり取りを見て、ニコニコとする両親。
それから、海外生活の現状などを話しながら、気がつけば、数時間が経過していた。
……なんだかんだで、懐かしさを感じる。
そうそう、昔は、こんな風に食卓を囲って家族団欒を過ごしていたなって。
だからこそ、幸せな時間が一瞬で過ぎ去って行ったのだった。
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか。これから、昔の"ママ友"とかにも会いたいし、久々にこの街を歩きたいですからね」
すっかり会話がひと段落すると、母はそう告げる。
「後、周ちゃん。約束は覚えていますね? しっかり学校に通わなかったら、"仕送り"をストップしますから」
……たまに見せる怖い顔に、ゾッとした。
「……当たり前だろ。今は朱夏もいるし、流石にルールは守るよ」
俺の発言に安心したのか、「ならよしですっ」と小さく微笑む。
そして、その言葉を最後に、今日は解散という流れになった。
……だが、親父が精算を終えて店を出ようとした時、女性陣達がコソコソと会話をしているところが見えた。
なんか、円は顔を真っ赤にして怒ってる。
母はいつも通り笑っている。
朱夏は……。
もしかしたら、また俺の黒歴史でも暴露しているのかもしれない。
そう思うと、少しだけ苛立ちを覚える。
……だが、それ以上に、朱夏と家族が打ち解けているのが、嬉しかった。
受け入れてくれただけではなく、仲睦まじく会話をしていることが。
……そんな流れがあってから、翌月から仕送り額がアップする事を、俺はまだ知らない。
後、最後に言わせてもらおう。
俺がカナダに移住しなかった理由。
それは、『高校生を残して海外に行く家族なんて、めちゃくちゃラノベの主人公っぽい』というだけの話。
当時の発想が中二過ぎるから、この事実だけは、墓場まで持っていくつもりだ。
絶対に、朱夏と妹に引くぐらい馬鹿にされるだろうし、激怒した両親に仕送りも止められる可能性すらあるし。
……とまあ、そんな事を考えて一人、コッソリと心を痛めている間に、家族と暫しのお別れをしたのであった。
*********
「あの、朱夏ちゃん、ちょっと良いですか〜? 」
私は、元の世界ではあまり感じられなかった経緯から、憧れていた"家族団欒"の空気に心が満たされていると、こっそりお母さんに呼ばれた。
退店の為、周とお父さんが席を離れたのを確認した後で。
「どうしました? 」
立ち上がる動きを止めて、そう問いかける。
すると、彼女はこんな事を耳打ちしたのであった。
「……いつも、ありがとうございます」
それを聞いた私は、大袈裟に首を振る。
「いやいや、こちらこそ、ご両親のおかげで楽しく生活をさせてもらって、本当に感謝しかありませんよ」
だが、そう否定をする私の肩をお母さんは優しく撫でた。
「そんな事はありません。それよりも、根は優しいけど、内気で、友達も少ないあの子が、今ではこんなに頼もしくなっている。きっと、貴方がいたからでしょうから」
ニコッと笑いながらそう言われると、照れ臭くなった。
……だって、本当に、ご家族には感謝しかない訳だし。
それに、周にだって……。
そう思っていると、彼女はペコッと頭を下げた。
「だから、これからも彼の事を見守ってあげてください。少し、頼りない所もあるでしょうし」
真剣な口調でそう"お願い"を託される。
きっと、親として息子を心配しているんだろう。それは、当然の話。
それに、信頼してくれている事が、嬉しかった。
だからこそ、私は彼女の気持ちを汲んだ上で、本心を告げた。
「はい、任せてください。彼が、もっと立派になる様、ちゃんと"監視"しておきますねっ! 」
その言葉を聞いて安心したのか、お母さんはニコッと笑った。
「はいっ、頼りにしてますねっ! ……まあ、円は、お兄ちゃんが一緒についてこないって言うもんだから、いまだに拗ねていますけど……」
突然のキラーパスに、隣にいた円ちゃんは、顔を真っ赤にしてアワアワとしている。
「は、はぁ?! そんな事ないって! ママは何を言ってるんだか! アッハハ〜」
……本当に、素敵な家族。
そう思った。
後、彼の家族とのやり取りをした中で、一つの"疑問"が浮かんだ。
……私と周の関係って、これからどうなって行くのかしら。
いつまでも、"ぼんやりとした関係"のまま過ごしていくのだろうか。
そんな気持ちが増幅して行く度に、今後の彼との"未来"への不安を感じた気がしたのである。
……まあ、今は悩んでも仕方ないわね。
そう思うと、「じゃあ、行くぞ〜」という彼の声を頼りに、ファミレスから出ていくのであった。
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