13項目 帰還者のメソッド


 朱夏が見つけた小さなアンティークショップに入ると、騒がしい街並みから切り離された様な、不思議な気分にさせられる。


  それを象徴する様に、客は誰一人として居なかった。



 いや、さっき入店する直前、一人の女性が出て行くのを見かけたが……。



 それは、玉響学園の"生徒会長"だった。

 


 ……なんにせよ、この店、大丈夫か?

 


 若干の不安を感じながらレジの方に視線を移すと、やる気のなさそうな初老の店主は「いらっしゃい」と素気なく挨拶をした。



 ……なるほど。これが、原因か。このおっさん、なんか怖いし。



 ……そう思うのと対比して、店内に広がるアンティークの数々は不気味な輝きを放っていた。

 


 つまり、懐かしき中二心を掻き立てる品々が、所狭しと並んでいるのだ。

 


 過去に数多の貴族が座った事を想像させる光沢を放ったソファに、年代物のテーブルの上には、大きなラッパが目印の蓄音機、砂時計や古いデザインの食器。



 その全てを演出するかの如く、薄暗い店内に吊るされたシャンデリア。

 過去を想像させる様な、ノスタルジックな雰囲気にさせられるのである。



「か、かっけぇ……」



 思わずそう漏らす。



 だが、圧倒される俺を気にする事なく、朱夏は店内の"古めかしい品々"から、叔父にピッタリのプレゼントを探し始めたのであった。



「何がいいかなぁ〜」



 随分と機嫌が良さそうに。



 俺にその類のセンスがまるでない事を知っているのか、彼女は一人、奥の方へと行ってしまったのであった。



 ……すっかり取り残された俺は、仕方がなくウロウロと歩く。



 多分、俺のセンスでプレゼントを選んでも、「こんなダサいの有り得ない! 」とか、怒られるだけだし。



 ……にしても、本当にすごいな。



 怖い顔をしたピエロの人形に、何度も修理した跡のある先の尖った革靴。



 どれにも"歴史"を感じられる。



 ……それに、なんかテンションが上がってきた。



 まずそもそも、この"アンティークショップ"の雰囲気自体が、少し前にやっていた深夜アニメ【異世界アンティーカー〜どうやら俺の審美眼はSランク武具を見極める?!〜】を彷彿とさせる。



 世界観がまさにそれと同じだし、腕利きの魔女とかが来そうな感じ。



 それに、この人一倍背の高い本棚も、センスに満ち溢れている。



 色褪せて何語か分からない文字が描かれている、本革のカバーに包まれた色とりどりの本。



 かなり、そそる。



 なんだか、数多の魔術師達が目を通した"魔導書"みたいで、テンションが上がる。



 ……そんな風に、まるで中学生にでも戻った様な、懐かしき高揚感に包まれていると、一冊だけ分かりやすく表紙が展示されている、『非売品』と書かれた"ある古書"が目に付いた。



 えんじ色に包まれていて、中のページは色褪せている、その一冊に。



 相変わらず"謎言語"で書かれているためタイトルは読めないが、好奇心が駆り立てられる。

 まるで、"禁書"にも見える異常な魅力を放つそれに、魅了されてしまったのだ。



 だからこそ、衝動に負けた結果、手に取ってしまった。



 ……理由は、シンプルにかっこいいから。こんな物、読まない訳には行かないだろ。



 続けて、店主に目視で確認を取ると、まるで「好きにしろ」とでも言わんばかりに頷いた。



 すっかり了承を得た俺は、とりあえず額の前に三本指を立てるポーズを取る。



 続けて、適当なページを丁寧に開くと、俺は先述のアニメの作中で敵キャラが使っていた必殺技の呪文を詠唱したのであった。



「混沌の闇より迷い込む、愚かな弱者に救済を……スペル・サンダーボルトっ!!!! 」



 ……うん、実に気持ちが良い。たまらんわ。



 だが、すぐに我に帰る。



 ……朱夏に見られていないか?



 すると、彼女はプレゼント探しに夢中になっている様で、気づかれなかったみたいだ。



 そう思うと、ホッとする。



 ……ふぅ。危なかった。詩集と共にバカにされる所だったぜ。



 すっかり安全を確認すると、一度で良いから言ってみたかった"中二ワード"を唱えさせてくれた事に感動しつつ、その古書を閉じようとした。



 ―――だが、偶然開いたそのページを見ると……。



 ……えっ?



 そこに書かれた"不可思議な文章"を前に、先程までの中二的感情は全て、泡の様に溶けて行ったのであった。



『ワタシは、貴方を慕っています』



 綺麗な活字で記された手書きの文。



 それは、紛れもなく日本語だったのだ。



 まるで、中世の欧州を彷彿とさせるデザインとは裏腹に。



 ……どうして?



 激しい違和感を感じると、俺は始めから書物に目を通す事にした。



 あまりにも不気味なその一冊を冒頭から。



 ……しかし、先程のページまでは、全て白紙。



 その事に気がつくと、日本語の文章の所まで戻った。



 不思議と湧き上がってくる、まるで母と再会した様な懐かしい感覚に心を支配されながら。

 


 それから、誰かが記した"日記"と思われる内容を読み進めるのであった。



『貴方は、私の救い』

『美しい日々は、いつか終わるもの』

『貴方といると、笑顔でいられる』



 そんな内容が陳列している。



 この文が誰かに対する"特別な気持ち"を表現している事は、すぐに分かった。



 一体、何故、この国の言語で書かれていて、どの時代の、どんな境遇で記されたのかは理解できないが……。



 それに、どうして、こんなモノが"非売品の品"として展示されているのであろうか。


 

 ――しかし、そんな疑問は、文章の末尾を読む事によって、吹き飛ばされた。



『ワタシは今日、愛する男性(ひと)を残して、"元の世界"に帰る。きっと、貴方は悲しんでいる筈。でも、これが二人で出した"答え"なのだから、前を向いて生きるしかない』



 その文書を最後に、次項からは、"何者かの手によって"破られていた。

 


 そこで、俺はこの不気味な日記の"書き手"が何者なのかを理解した。



 いや、理解してしまったのだ。


 

 ……思わず、動揺が隠せなくなる。



 だって、これって……。



 そう思うと、呆然とする。



 ……何故ならば、この日記を書いた人物は、朱夏と同じ"異世界人"なのだから。



 内容から察するに、書き手はこの世に存在していて、元の世界に戻っている。



 つまり、もし、ここに書かれている事が事実なのだとするならば、彼女が作品の世界に帰れる"方法"があるのだ。



 過去の日本に、朱夏と同じ境遇の人物がいた事を意味する。

 その人物が、どうして、どうやって、この国に転移してきて、誰と出会い、どのように、どんな形で戻って行ったのか。



 考えれば考える程、頭は混乱する。



 もし、ここにいるライトノベルのヒロインが帰れる方法を知ったのならば……。



 そんな思考が頭いっぱいに広がり始める最中、朱夏は何かを発見した様子で俺を呼び出した。



「ちょっと周、これなんてどうかしら」


 その言葉に、慌てて本を元に戻すと、動揺しながら彼女の元へ向かう。



「ど、どうした……? 」



 すると、朱夏は普段と様子が違う俺に、不信感を抱いた。


 ジーッと俺の顔を、まじまじと見つめる。



「……何その態度。気持ち悪い」



 そうストレートな傷つく嫌味を放つと、すぐに切り替えて、綺麗に展示された小物の中から一つの品を指差した。



「この小さなマトリョーシカなんてどうかしら。なんだか、不思議だけど、異常に魅力的に感じるのよね。それに、値段もリーズナブル。これだったら、叔父さんも喜んでくれそうじゃない? 」



 彼女はその"マトリョーシカ"を嬉々として手に取ると、俺に最終確認を求める。



 ……確かに、理事長室に並んでいる彼の"趣向"にはピッタリだ。



 それに、彼女の言った言葉と同じ感覚が生まれる。



 言われてみれば、懐かしい様な気が……。



 妙な気持ちにさせられながらも、俺は頷いたのである。



「うん、良いんじゃないか? 」



 そう告げると、朱夏はニコッと笑った。



「そうでしょ?! きっと、コレなら叔父さんも喜んでくれるはずっ! 」



 彼女は、いつも通りの元気な様子を見せる。



 そして、俺達に興味がなさそうにアクビを決める店主の元に"マトリョーシカ"を持って行き、無事に叔父へのプレゼント選びを成功させたのであった。



 ……だが、既に、そんな事はどうでも良くなっていた。



 何故ならば、今もなお、先程読んだ"日記"と思しき文書の衝撃が脳裏に燻っているからだ。



 転移の方法は、分からない。



 しかし、もし、それを実現させる"秘術"を見つけ出した時、俺はどの様な決断を彼女に迫るべきなのだろうか。



 そんな事を考えている内に、気がつけば、気持ちは葛藤に苛まれてゆく。



「いやぁ〜! とっても楽しかったっ! 」



 退店後に、買い物袋を持たせ、今日という"特別な休日"を嬉々として回想する朱夏とは裏腹に。



 ただ、彼女がこの世界で自由を謳歌している事は明確。


 だからこそ、さっき見た事実を伝えるのは、適切ではないと判断した。



 ならば、決して、態度でバレる訳にはいかない。



 だって、きっと今の朱夏は"それを望んでいない"のだろうから……。



 絶対に、この燻る"感情"を見透かされる訳には行かない。



 俺はそう覚悟を決めると、ニコッと笑う。



 そして、こんな言葉で返答したのであった。



「ああっ! 今日で俺も"普通の高校生"にレベルアップ出来た訳だしな! その"記念日"として、今日はご馳走を作るとしようか! 」


 無理やり作った元気な声でそう伝えると、朱夏は足を止めて喜んだ。


「……まあ、アンタにしてはマトモな事を言うじゃない。仕方ないから、"皿洗い"くらいは手伝ってあげるわ。その代わり、最高の料理を私に提供しなさいよっ! 」



 俺を見上げてワンピースを揺らす真紅の瞳は、相変わらず、この世の者とは思えないほどに美しい。



 ……だが、それはそうに決まっている。



 何故ならば、この"忍冬朱夏"という人物そのものが"フィクション"の産物なのだから。



 その事実が重くのし掛かった時、それすらも忘れてしまう程、俺達の距離が近づいている事を実感させられたのである。



 なんにせよ、今すぐにどうこう出来る話ではない。



 とはいえ、これから俺達はどうなるのだろうか……。



 考えているうちに、決して消える事のない"胸のつかえ"が残ったのだった。



 ……この瞬間から、俺の中で"刻(とき)"が動き出した事に、今はまだ気づかない。

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