12項目 二万円とクソダサ男
体育祭が終わってから数週間。
梅雨の暖かい雨が、街に湿気を与える季節。
体育祭で俺の元に起きた奇跡の"瞬間"が終わりを告げると、教室はすっかりと平凡な日常に戻っていた。
あれから、クラスメイト達は少しずつ話しかけてくれる様になったし、宝穣さんとも時折メッセージを交わす間柄になっている。
そんな事もあってか、日々の"活力"は、より一層高まっていくのであった。
……そう、すっかり学園生活を楽しむと、気がつけば一週間のカリキュラムを終えて、金曜日の夜になっていたのである。
「……ところでアンタ、せっかく"友達"が出来たっていうのに、相変わらず土日は家に引きこもってばかりじゃない」
俺が作った夕飯の"手捏ねハンバーグ"を食べながら、朱夏はそう文句を口にする。
……確かに、いくらクラスで話す相手が増えたとはいえ、相変わらず俺の休日は地味なままだ。
「まあ、学校で魔力を使い果たしてるから、休みの日はゆっくりと英気を養わないと」
苦し紛れに言い訳をする。
そんな比喩表現に、彼女は不快感を見せるのであった。
「……うっわ。オタク発言。それに、何をオッサンみたいな事言ってんのよ。だから、いつまで経っても陰キャなのよ」
すっかり主菜を食べ切ると、小さな口でオニオンスープを啜った後で嫌味を言う。
……てか、誰がおっさんだ!! これでも、ピカピカな男子高校生なんだからねっ! 勘違いしないでよっ!
などと心の中で叫んでは見たものの、彼女の発言は、理に適っている。
だって、俺も友達が増えたとなれば、もしかしたら休日に遊びに行くなんてリア充な展開もあるかもしれない。
その時に、"地元"すらマトモに歩けなければ、笑い者になってしまうのだ。
「そ、そうだな。いつ友達から"突然の誘い"があるかも分からないし。……じゃあ、明日はその予行演習として出掛けるか!! 」
俺がそう宣言をすると、朱夏は「待ってました! 」と言わんばかりに、食器が跳ねるほどの勢いで強くテーブルを叩くと、向かいに座る俺の眼前に顔を出した。
「そうよっ! たまには外を歩かないと"枯れる"わよっ! 」
まるで旅行前の小学生の様にキラキラとした瞳を見ると、俺は少しだけ照れ臭くなった。
……顔が、近い。
そう思いながら頬を赤らめて目を逸らすと、「そ、そうだな……」と、感情を隠す様に返答。
……これは多分、朱夏の作戦だ。
本当は、単純に自分が外出をしたいだけで、わざと俺を貶めてその気にさせたのだ。
象徴する様に、普段は嫌々食べ終わった食器を洗うクセに、今は率先して鼻歌を歌いながら取り組んでいる。
……つまり、完全にハメられたのだ。
その事に気がつくと、ソファにしな垂れて大きくため息をつく。
「はぁ……。にしても、何処へ行ったら良いのやら……」
俺がそう発言したのに対して、キッチンにいる朱夏はこんな事を言い出したのである。
「それは、一つしかないじゃない」
「なんだ? 」
「この前、アンタと約束したでしょ? 」
「なんだっけ」
「はぁ……」
ウンザリする朱夏を目の前にすると、俺は脳内をフル稼働して"約束"について考える。
だが、結局答えには辿り着かない。
すると、機嫌を損ねた彼女は、吐き捨てる様に答え合わせを始めたのであった。
「……じゃあ逆に、今後、友達と会う時も"あのダサい服"で遊ぶの? 」
……彼女の言葉を聞いて、俺はフィールドワークの帰り道で話した事を思い出した。
『服を買いに行く』
そう、そうだよ。
確かに、今の余りにも気持ち悪い格好で友人の前に顔を出せば、馬鹿にされてしまう。
『うっわ、芋くさ……』とか言われてしまう。
それは、まずい……。またぼっちに逆戻りしかねない。
だが、自分にその類のセンスがない事を知っている。
つまり、一人で選びに行けば、地獄を見る。
ならば、頼るしかない。
そう思うと、朱夏に土下座した。
「お願いします、ピッタリな服を選んでください……」
あまりにも潔く嘆願する俺を見ると、朱夏はすっかり機嫌を取り戻した。
「仕方ないわねぇ……。じゃあ、明日は"横浜駅"のデパートを回りましょう!! 」
完全に主導権を握られた彼女の決定で、明日の行き先は決まった。
だが、それは俺にとっても有益な選択。
ここで素敵なアイテムを見つけて、誰から見てもカッコいい高校生になってやるんだ!
「うしっ! ここから俺は、"ナウいヤングボーイ"を目指すぞ! 」
俺がそんな決意に燃えていると、風呂の支度を始めている朱夏は冷めた目で俺を見た。
「……うわっ。その発言のオッサン臭……。どこで知ったのよ」
……マジで、頑張ろうと思った。
*********
横浜駅。
ここは、地元から数駅離れた、数多くのアパレルブランドが点在する市民のメッカ。
ちなみに、意外にもラノベやアニメなどの"オタクショップ"も多く、新書を買う際には、よくご利用させてもらっている。
逆に言うと、それ以外の用途で降り立った事はない。
だからこそ、今はいつも見る風景とは違って見えるのであった。
「何をボサっとしているの! 早く行くわよ! 」
朱夏は、この前のフィールドワークの際にちゃっかり買わされた麦わら帽子にベージュと白のキャミソールワンピースを着こなしている。
……今の俺とは違い。
そう思うと、ウンザリしながら"みっともない背中"でついて行くしかないのだった。
辺りを歩く人々が振り返る"視線"に気まずさを感じながら……。
……それから立ち寄ったのは、デパート地下にある若者向けのセレクトショップ。
「いらっしゃいませ〜」
……入店するなり聞こえたその声に、早速、人見知りが発動。
「お客さま〜。どの様なアイテムをお探しで」
今風の格好をした若いイケメン店員にそう言われると、俺は「あっ、あっ……」と小さくなる。
それは、こんなピカピカな人生歩んでそうな人間に声をかけられれば、そうもなるだろ。
しかも、今の俺はある種"スクラップ置き場"ともとれる衣装箱から朱夏が頭を抱えながら選んでくれた、無地の紺のTシャツに、ベージュのチノパンという脆弱な装備。
つまり、何を挑んでも、絶対に勝てない相手なのだ。
そう思って萎え切ると、俺は静かに店から出ようとした。
「い、いえ、間違いでした……」
……しかし、朱夏は逃げようとする俺の襟首を掴んで止める。
それから店員に向かって、こんな事を言ったのだ。
「あの、自分で選びたいので大丈夫です! 」
彼女のアシストによって、難を逃れる。
それに一安心すると、俺は彼女に怒られた。
「アレくらいでビビってんじゃないわよっ! だから、いつまで経ってもコミュ症のままなのよ。分かったら、さっさと選ぶわよっ! 」
朱夏がオカンに見えた。
なんにせよ、本当に付いてきてくれて良かった。
そう心の中で感謝すると、服選びを開始するのであった。
慣れない様子で辺りをキョロキョロ。
……すると、俺は運命的な"出逢い"を果たす。
色鮮やかに虹のプリントがされたポロシャツ。
対比する様に、ゴールドの"ドクロ"のワッペンがワンポイントで主張をしていた。
こんな地味な俺の顔でも、華やかに彩ってくれそうな"そのアイテム"に、思わず一目惚れ。
値段はお高めの税込、9,000円。
……まあ、貯金を叩けば全然行ける。
「こ、これがオシャレってやつか!! 」
そう感動を口にすると、俺は躊躇なくレジに足を進めるのであった。
……そんな時。
「アンタ、マジで"そのダサいポロ"を選ぶつもり? 」
朱夏の一言に、ゾッとする。
「……えっ? これ、かなりオシャレじゃ……」
「いや、最低レベルでダサい」
「だよね」
うん、即答。
それから、何事もなかったかの様に、その"運命の相手"を戻した。
「はぁ……。ホント、周を一人で行かせなくて良かったわよ」
呆れ果ててため息を吐いた朱夏はそう文句を言うと、手際良く全身のコーディネートを選んでくれた。
「とりあえず、これを試着してみなさい」
押し出される様に試着室に押し込まれると、着替えを始めた。
……それから、すっかり衣装替えを終えた俺は、鏡の前に立つ自分の姿を見て、衝撃を受ける。
胸元のポケットがアクセントになったロングタイプネイビーのTシャツに、ワンポイントとなると白のインナーが下半身との境界線を作る。
その緩さを補う様に、ピッタリな黒のストレッチパンツ。
スニーカーは有名スポーツブランドの白をセレクト。
どこからどう見ても、オシャレ高校生。
……これって、本当に俺なのか?
そう思って呆然としていると、朱夏は外から「着替え終わった? 」と問いかけてくる。
「あ、うん」
まだ衝撃から抜け出せずに辿々しい仕草でカーテンを開けると、彼女はマジマジと俺を眺めた。
「……うん。まあ、良いんじゃない? "元は悪いけど"、無難に纏まったって感じね」
一言余計だが、俺もそう思った。
それから、朱夏はイメージが固まったのか、「じゃあ、ここで買うと高いからもう少し安い店で……」とさっさと着替える様に促す。
だが、俺はその提案を断った。
「いや、これ、全部買うわ」
「……本当に? 」
そう告げると、俺はそのままレジに向かった。
結果、20,000円という家計に大ダメージを受けるのであった。
だが、後悔はしてない。
何故なら、今の俺は、最高に"輝いている"のだから……。
*********
すっかり自分の買い物を終えると、俺はそのままの格好で街を歩く。
む、ムフフ……。
もしかしたら、道行く女の子に『あの人、カッコいい』とか言われちゃうのかな。
そんな勘違いをしながら。
だが、すっかり有頂天になっている俺を見て、朱夏は苦笑いを浮かべる。
「アンタって、本当に単純よね……」
それから、気分が乗っている俺は、彼女に新しい服を買ってあげることにした。
「まあ、今日は『ホントの私デビュー』に付き合ってもらったし、好きな物を買ってやる」
ニヤニヤしながらそう告げると、彼女は喜んだ。
「本当に?! じゃあ、私、行ってみたいショップがあったの! 今から行きましょう! 」
余程嬉しいのか、俺の手を自然に取ると、朱夏は急かす様に次の店へと向かって行ったのであった。
……そんな彼女の無意識に取った行動で、頬を赤らめる俺など気にすることもなく。
そして、4点の服を購入した。
どれも、彼女のために作られているのかと疑う程、似合っていた。
……小計、6,000円。
そこで、初めて自分のお買い物とのギャップで後悔をしたのであった。
あの店、高すぎだろ、と。
とはいえ、"お嬢様育ち"の筈の朱夏は、もしかしたら俺に気を遣ってくれているのではないかと、一瞬だけ考えるのであった。
*********
目の前に海が見える小洒落たレストランでランチを摂った後、ウインドウショッピングを楽しんでいると、気がつけば、夕方になっていた。
今日はとても刺激的な一日だった。
これから、誰から誘いを受けても堂々と会える自信を持てたし。
そんな自己啓発のキッカケを作ってくれた事に、思わず感謝を述べる。
「朱夏、今日はありがとう。これまでの俺が如何にダサかったかを痛感したよ」
素直にそう告げると、彼女は照れ臭そうに頷いた。
「まあ、私と一緒に暮らしている以上、気持ち悪い格好をして欲しくなかっただけだし」
悪態付きながら目を逸らす。
だが、悪い気はしなかった。
……そんな中、そろそろ帰ろうとしたタイミングで、朱夏はこんな事を言い出した。
「あの、最後に寄りたい店があるんだけど」
……ん? もうすっかり買い物も終えたぞ? それに、これ以上の出費は、家庭に大打撃を……。
そう考えると、彼女にこう問う。
「……で、それは何処だ? 」
すると、彼女は足を止める。
それから、一軒の店を指差した。
「……ここ。まだ編入させてくれた叔父さんにお礼をしてないなって」
同時に、彼女の指を辿る。
そこには、小さな"アンティークショップ"があったのだ。
確かに、考えてもみれば、理事長である叔父さんには随分と無理をさせてしまった。
それに対して、朱夏が"プレゼント"という形で感謝を伝えたいと思うのは、当然の話。俺も同じ気持ちだし。
良い心がけだと思った。叔父さん、アンティーク好きだし。
だからこそ、財布の中を確認する。
……よし、まだ行けるな。
そう思うと、彼女の提案を受け入れたのであった。
「確かに、何もお礼を出来てないもんな。じゃあ、行くか」
俺が頷いたのを見て安心したのか、朱夏は「叔父さんが喜ぶ様な、素敵な品を選ぶわね! 」と、ニコニコと店内へと入って行った。
こういう情に厚い所は、ラノベ時代から変わらない。
だが、それが彼女の"良さ"なんだよな。
そんな事を考えながらも、俺達は叔父へのプレゼント選びを開始するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます