11項目 あるいは青春という名の汗


 盛大に始まった体育祭は、気がつけば午前の部の半分が過ぎていた。



 これまでに俺が出場したのは、個人で争われる100メートル走のみ。

 6人で競われるその競技では、5番目のゴールだった。



 まあ、最下位じゃなかっただけ良かったことにしよう。



 朱夏や宝穣さんに関しては、圧倒的一等賞だったが。すごいよね、ホント。別次元の人だわ。



 1〜3年が、6クラスに分かれて行われる玉響学園の体育祭。

 それは、更に白熱してゆくのであった。



 ……その最中、気になるモノを目撃する。



「はい、あ〜んして。運動には甘いものが良いわよ! 」

「疲れてないか? 靴紐、結び直してやるからな! 」

「もしアレなら、このタオル使ってね! 」



 同じチームに所属する1年B組から、そんな不自然な声が聞こえる。



「も、もう大丈夫ですからぁ……」



 輪の中心で、思いっきり甘やかされているのは、紛れもなく"豊後さん"だったのだ。



 まるで、全員が親になったかの様に、小さな彼女の世話をしている異様な光景。



 その状況に大変困っているのか、次の競技の準備の為にスタンバイをしている俺と目が合った。



 ……完全に、助けを求める目。



 だが、下級生とは言え、あんなリア充みたいな軍団の中に入るのは不可能と判断した為、目を逸らした。



 そんな調子で、これから行われる玉入れに緊張していると、隣からこんな事が聞こえて来た。



「むふふ〜。空嬢も、なかなかな妹属性っぷりですな、萌えでござる!! 」


 隣で"オタク三銃士"がそんな風に息を荒げている。


「激しく同意。三次元とは思えぬ少女でヤスねぇ。まるで【妹らぶ(イモラブ)】の日菜たそでヤス。ハァハァ」


「……綺麗」



 この、クソロリコン共が! 何をハァハァしてんだ! お巡りさん、こっちです。



 だが、そんな中、彼らは豊後さんと比較をして"妙な事"を言い出した。


「でも、立体世界にて、"朱夏姫"に勝る生き物を見た事ないでござるな」



 ……ポチャがそう言うと、背中がヒヤリとする。


 同時に、ヤセとジーザスも頷く。



「やすやすっ! 彼女はまさに、"さいけんガール"の忍冬たんの生き写し! 氏名もそのままという奇跡! 一瞬、本物が"異世界転移"でもして来たのかと疑ってしまったのでやした! 流石にそれは現実的に無いのは知ってやすがね、ブボボボボ〜」


「……同意」



 ……やっぱり、コイツらレベルの"オタク"になると、過去の作品にも目を通しているよな、況してや、さいけんガールはアニメ化までしてるし。



 でも、彼らは朱夏がラノベから出てきた事を、疑惑ではなく、否定をした。



 "そこ"には安心させてもらったが……。



 ホッと胸を撫で下ろした所で、「次の競技は、玉入れです」というアナウンスが流れた。



 ……まあ、どうせ、このメンツじゃダメだろうけど。



 そう思いながら、俺達は会場へと向かうのであった。



「我が、最強の神滅邪竜煉獄波(しんめつじゃりゅうれんごくは)を魅せる時が来ましたぞぉ〜!! 」


 とか、恥ずかしい事を叫ぶポチャにウンザリしながら。



*********


 玉入れの競技が始まってから、約5分。


 俺達のチームは、奇跡的に上位2組として、トップを競っていた。



 相手チームには、野球部やバスケ部の連中が多く、こちらのオタク陰キャ軍団とは華が違う。



 後、オタク三銃士は、やはり使えなかった。



「それでは、小生の攻撃を喰らわせてやるでヤス! メテオ・ビックバン・フォース!!!! 」



 今期の中二アニメの敵キャラが使う必殺技を、惜しげもなく叫びながら投げた玉。



 それは、籠に入る事はなく、それどころか、何故か真横にいる俺に当たった。



 ……やはり、家に帰ってスナック菓子を食べ、ゲームをしては惰眠を貪っている彼らは、予想通りダメダメだったのだ。



 ……流石に、このままじゃ最下位になる可能性もあった。だからこそ……。



 俺はそう思って、彼らを無視しながら籠に玉を投げ続けた。



 少年時代に野球をやっていた時の事を思い出しながら。



 ハッキリ言って、元々、センスはない。

 球速もなければ、守備もダメダメ。動体視力の無さから、バッティングも得意ではなかった。



 ……だけど、たった一つだけ、誰にも負けない自信がある"特技"があったのだ。



 それは、コントロール。



 万年控えだったが故、いつもみんなのバッティングピッチャーをさせられていたからこそ、手に入れられたスキル。



 ……ここで出さなきゃ、何の役にも立たない。足を引っ張りたくもないし。



 そう思って一心不乱に投げ入れる玉は、10個に9個の確率で入っている。



 その内に、オタク三銃士は息を荒げて汗だくになり、投げるのをやめた。



 同時に、五月蝿い声量で俺の実況中継を始めやがった。


「な、何という美しきフォームであるのか!! まるで、【ブラッド・サドンデス〜忌み血の盟約〜】に出てくる"デビル伯爵"にも似た、圧倒的存在感っ!! 」


「これぞ、革命でやす! 彼一人の力によって、世界、世界がぁ〜!! 」


「……手柄」



 お、お前ら、呑気に休んでないで、早く投げやがれっ!!



 そう思いながら、フラフラになって必死に投げ続けた。



 ……流石に、運動不足が祟って、疲れて来た……。



 いい加減、肩にも限界が来ている。



 やばい……、このままじゃ……。



 ――そう思っていると。



「頑張ってー!!!! "周くん"ならやれるよっ!!!! 」



 クラスのブースからそんな声が聞こえた。


 驚きを隠せず、チラッとそちらの方を見ると、呆然とするみんなを気にせずに、思いっきり手を振る"宝穣さん"がいたのである。



 続けて、周りのクラスメイト達も、彼女に促される様に声援をくれたのである。


「小原、頑張れよ! 」

「C組とかなり拮抗しているぞ! 」

「こんな時、ウケ狙うなよ笑 」



 ……ひとつだけ心外な勘違いが聞こえたが、みんなの応援が、後押しになった。



 朱夏も、拳を握りしめて「頑張りなさいよ」と唇だけを動かして激励してくれている。



 もう、とっくに限界なんて突破してるんだよ。



 ……でも、そこまで応援されたら、頑張るしかないじゃないか。



 そう思うと、俺は地面に落ちる玉を二つずつ持って、一人で最後まで戦い抜く決意を固めた。



「「「立ち上がれ、勇者よ」」」



 水を差してくるオタク共をシカトして。



「う、うぉーーー!!!! 」



 ちょっとだけ、気持ちいい。

 今の俺、めちゃくちゃ主人公じゃね?



 そう思うと、気がつけば体力は戻ってゆく。



 人生初のランニングハイを感じていた。



 ……そして、終了の笛が聞こえる。



 続けて、玉数を確認する。



 ……結果は、"2位"だった。



 同時に、その場でぶっ倒れた。



*********



 会場の外に担架で運ばれて安静を終えると、2位という結果になってしまった事に落ち込みながら、情けない顔でブースに帰る。



 正直、悔しい。



 あれだけみんなが応援してくれたのに。



 そう思って、バツが悪そうに戻ったのだ。



 ……すると。



「……お前、すげえな! 」



 一人がそんな事を言った。



 それから、何人かのクラスメイトに囲まれる。


「そうだよ! 一人で2位を掴んじゃうなんて、本当にびっくりした! 」


「小原くんって、面白いだけじゃなかったんだね」


「ホント、大健闘だよ。玉入れ名人だわ」



 そんな暖かい言葉で、俺を迎えてくれたのだ。



 突然起きた状況に、思わず動揺する。



「えっ? えっえっ……? 」



 だが、自分に訪れる事などないと悟っていた状況に動揺を隠せずにいると、目の前には宝穣さんが現れた。



「……やっぱり、周くんにして良かったよ。実は、駆流くんから聞いていたんだっ。『アイツなら出来る』って! とってもかっこよかったよっ! 」



 彼女にそう賞賛されると、呆然としたまま駆流の方を見る。



「ま、まあ、お前は昔から"コントロール"だけが取り柄だったからな」



 彼は照れ臭そうにそう言った。



 ……つまり、俺は、捨て駒なんかじゃなかったのだ。



 ちゃんと、"戦力"に数えられていた事を知る。



 同時に、今起きている出来事が全て夢なんかじゃない事を理解した。



 だからこそ、泣きそうな顔で朱夏を見た。



 ……すると、彼女は珍しく優しく微笑んでいた。



 そんな非現実の連続に、飛び跳ねたくなる程の喜びに包まれたのであった。



 ……それを最後に、午前の部は滞りなく終わりを迎えたのである。



*********


 午後の部が始まった。


 教師による有志の出し物や、リア充共の応援団パフォーマンスなどが終わると、体育祭も気がつけば"あと2種目"を残すのみとなっている。



 最終の前の種目は、1年生による大縄跳び。



 メンバーの中には、もちろん、豊後さんの姿がある。



 相変わらず甘やかされている彼女は、まるでエスコートされるお姫様の様に、女子二人から手を繋がれて登場。



 ……アレじゃ完全に"娘扱い"だ。



 とは言え、彼女は先ほどのウンザリした表情と別で、緊張した様子だった。



 「失敗したらどうしよう」とでも言うような顔で。



 だが、競技が始まると、状況は変わる。



 開始のピストルが鳴ると同時に、1年B組の生徒達は、まるで、"同じ生き物"かと錯覚させられる様な一体感で、大きく振る縄を飛び続けていた。



「37、38、39、40」



 真剣な顔で飛ぶ豊後さんは、文芸部にいる時の彼女とはまるで別人。



 そこで、初めて、彼女が最近部室に顔を出さなかった理由がわかった。



 ……ずっと、この時のためにクラスメイト達と練習をしていたのだと。



 だからこそ、心の底から応援をする。



 頑張れ、豊後さん。



 続けて、80回を超えた辺りから、次第に各クラスが脱落してゆく。



 ……気がつけば、グランドには1年B組だけを残したのであった。



「99、100、101」



 だが、100回を超えた時、縄は止まった。



 豊後さんの左足で。



「あっ……」



 それを合図に、一体感を帯びていた全員の動きが止まる。



 ……同時に、涙目になる彼女。



「……ご、ごめんなさい……」



 ……だが、そんな悲しみを吹き飛ばす様に、彼らは歓声を上げて熱い抱擁を交わしたのだ。



「やった〜!! 一位だぞ!! 」



 ムードメーカーと思われる男子が、そう大声で喜びを叫ぶ。



 続けて、他の生徒達も賛同した。



「そうだよ、練習を含めても、100回を超えたのは初めてだったし!! 」

「ほんと、このクラスで良かった! 」



 湧き上がる1年B組。



 そんな光景を見た豊後さんは、悲しみの表情から一転、歓喜の渦に巻き込まれていくのだった。



「はい、空も嬉しかったですっ! 」



 ……こうして、大縄跳びの活躍により、我がチームの得点は、トップを走っていたC組と並んだのである。



 正直、ここまで来ると、優勝を狙いたくなる。


 それは、陰キャな俺も同じだった。



 だからこそ、"前年"とは違い、クラスの端っこで競技を見続けているのだから。



 ……そして、決着はメインイベントの男女混合リレーへと持ち越されたのであった。



 準備を促されると、メンバーは入場門の方へと向かってゆく。



 もちろん、そこには朱夏の姿もあった。



 クラスにいる時は、自然と距離を取っている俺達。



 だが、無駄に『大丈夫か』と緊張し出している俺の前を通過する時、彼女は小さな声でこう告げたのであった。



「必ず優勝させる。だから、ちゃんと見ててね」



 目も合わせずにそう伝えられたのを聞くと、俺は聞こえないくらいの声量で「頑張れよ」と伝えた。



 ……こうして、遂にリレーが始まる。



 さいけんガールと同じ展開、同じ状況の中で。



*********



「位置について、ヨーイドンっ!! 」



 一年のリレーをC組に明け渡すと、我々2年の部が華々しくスタートを飾る。



 全校生徒の盛り上がりは、最高潮だ。



 そんな中、お調子者の駆流がスタート。



 元々、性格さえ改善すればスペックの高い彼は、ドヤ顔で足を進める。まるで、盗塁でもしているかの様に。



「ここで負ける訳にはいかねぇんだっ!! うおーーーー!!!! 」



 とか、めっちゃ格好悪い叫びを上げてるのが引くくらいダサいが、とにかく速い。



 他の追随を許さない程の走りを見せる。



 そのスピードをそのままに他クラスと大きく差を付けた状態で、第二走者の宝穣さんにバトンを繋ぐ。



 しっかりと受け取った"勝利への絆"を片手に、彼女も懸命に走る。



 駆流と違い、真剣に。



 学園のアイドルの走りに、観衆の男子達は頬を赤らめて魅入っている。おいそこ、胸に目をやるな。



 だが、それよりも抜群の運動神経に驚かされるのである。



 ……こんな輝く女の子の連絡先を……。



 俺は、ほんの少しだけそれに対して優越感を覚えた。みんな知ってるんだろうけどね。



 なんにせよ、身体測定学年一位の実力は本物で、駆流が作ったリードをアッサリと守る。



 続けて、俺の得意ではない男、池谷。



 彼は、「あとはよろしくっ! 」と叫ぶ宝穣さんから無言でバトンを受け取ると、そのままトップスピードで走り出した。



 ……しかし、想像以上に他クラスのメンバーは第三走者に"エース級"を送り込んで来た。



 だからこそ、キャラにもなく必死に走る池谷に、少しずつ近づいてくる。



「く、くそ……」



 そんな悔しさを滲ませながら、池谷はかなり詰められた状態で、最後のバトンを繋いだ。



 ……そう、朱夏に。



 彼女は、背後まで迫る他クラスの皆をチラッと見ると、慌てる事なく冷静に走り始めたのであった。



 アンカー対決のデットヒートの中、序盤からトップを守る。


 それから、ジワジワと他クラスとの差をつけていく朱夏。



 その走りは、誰がどう見てもこのクラスの"エース"である事を証明していた。



 そして、遂に最終コーナーに差し迫る。



 このまま行けば……。



 固唾を飲んで見守る俺は、そう勝利を確信した。



 ……だが、その矢先。



 彼女の足はもつれ、体勢を崩したのである。



 ……同時に、妙な事を思い出した。――



 ――「ドサッ」



 さいけんガールの作中、朱夏はリレーのアンカーとして主人公の"木鉢 中"からバトンを受け取った直後に転倒する。



 気がつけば、あれよあれよという間に、全クラスから追い抜かれ、涙目になる彼女。しかも、捻挫までしていた。



 だが、そんなグラウンドでひとりぼっちの彼女を見兼ねた"中"は、「朱夏ぁ!! 」と駆け込んで肩を背負う。



 そして、二人で歩幅を合わせながらゆっくりとゴール。



 彼の優しさによって、朱夏は救われるというワンシーンが。――



 ――だが、今、この世界に"木鉢 中"はいない。



 だとするなら、彼女が転んでしまったら……。


 俺はそう思うと、朱夏の元へ駆け出そうとした。



 だって、この場面を助けられるのは、全ての事情を知る"俺"しかいないのだから。



 ……そう思って、助け出そうとした時。



 体勢を崩して今にも転びそうになっていた彼女は、こんな叫び声を上げる。



「……なにくそっ!! 絶対に、負けないんだからっ!!!! 」



 "お嬢様"らしからぬ声で気合いを入れると、思いっきり地面を踏み付けたのだ。



 続けて、身体のバランスがすっかり元通りになると、また走り始めた。



 そして、一度抜かれたC組の相手を、ゴールテープギリギリで交わし、見事に勝利を収めたのであった。



 ……その光景に、俺は思わず呆然とする。



 だって、彼女は、彼女の足で、走り切ったのだから。



 ……同時に思う。



 もし、あの場面で朱夏が転んでいたら、俺はちゃんと彼女を救い出す事が出来たのだろうかと。



 "木鉢 中"の様に、優しく、真っ直ぐに、孤独から解放させられたのだろうか。



 "主人公"の様になれたのだろうか……。



 そう思うと、勝利に沸くクラスメイトを他所目に、少しだけ切ない気持ちにさせられるのであった。



*********



「じゃあ、みんな、本当にお疲れ様〜!!!! 」



 体育祭が終わった。



 結局、3年のリレーでC組に負けた事により、我々B組は準優勝という結果だった。



 だが、みんなの顔は、全てを出し切った"充実感"に満たされている。



 ……それと……。



「……で、誰が最初に歌う? 」



 宝穣さんがクラスメイト十数名に問いかけると、駆流が嬉々として手を挙げた。



「じゃあ、オレオレっ!! 」



 ……今、俺は人生初めての"打ち上げ"に参加している。



 しかも、一度も足を踏み入れたことのない、カラオケに。


 もちろん、人気者の朱夏も。


 彼女は、周りの男女達とお淑やか(笑)に思い出話に花を咲かせていた。



『一人だと息が詰まるし、アンタも来なさいよ』



 すっかり春の祭典を終えて打ち上げの話をする教室をひとりで離れようとすると、朱夏からそんなメッセージが来た。



 だが、俺みたいな陰キャが参加すると、場の空気が悪くなる。


 そう思って、お断りしようとしたのだが……。



「じゃあ、周くんも行こっかっ!! 」



 目を輝かせる宝穣さんに誘われた事で、断るタイミングを失った。



 結果、"リア充"の必須条件であるカラオケルームの端っこで、ソフトドリンクのグラスを傾ける事になったのだ。



 ……最初は気まずくなるとは思っていたが、クラスメイトの笑顔を見ていると、少しだけ落ち着く気がした。



 オレンジジュースが進むぜ。



 それに、ずっと暗黒の様な学生生活を送ってきた俺が、端くれながらクラスに溶け込んでいる。



 その事を実感すると、感慨深い気持ちにさせられるのだ。



 いつか、誰かと結婚したら、息子にこの事を伝えてやろう。



『パパも、体育祭の打ち上げに参加する程度にはリア充だった』



 ってな……。



 そんな調子でドヤ顔を決め込む俺。



 ……すると、そのタイミングで宝穣さん隣に座ってきた。



 それから、小声で話す。



「……今回は、本当にありがとね。周くんのお陰で、あたしにとって忘れられない"青春の1ページ"が出来たよ」



 彼女は、俺の書いた"宣誓文"になぞって、そう感謝を述べた。


 少しだけ、恥ずかしい。



「い、いや、アレは、宝穣さんの人気があったからで……」



 だが、彼女は胸を揺らす勢いで首を振ると、俺の消極的な発言を否定した。



「そんな事ない。あんなにワクワクして、あんなにドキドキする文章を見たのは、初めてだよ。……だから、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」



 彼女は、二人だけにしか聞こえない声でそう言う。



 ……もしそれが、社交辞令だとしても、感慨深いものがあった。



 ――だが、その瞬間、駆流は俺達がヒソヒソ話している事に気がつくと、こう詰め出したのである。



「はい、そこっ!! 何を話してんのー?! 」


 マイク越しに聞こえるその声からは、劣等感を感じる。



 しかし、宝穣さんはニコッと笑いながら彼の言葉を躱した。


「いやいや、今日の周くんの活躍、凄かったよねって話してたの!! 」



 彼女の言葉をキッカケに、クラスメイト達は俺の元へ集まる。


「確かに、ホント、最高だったよ! 一人であそこまで奮闘するとか、ハンパないって! 」


「うんうん! 小原くんの意外な才能を見たね! 」



 そんなありがたい言葉達が胸を刺激する。



 ……実に照れ臭い。



 でも、同時に、何故か抑えきれない感情が芽生える。



 俺は、これまでずっと……。



 そう思った矢先、宝穣さんからマイクが手渡されたのだ。



「せっかくの打ち上げだし、一緒にデュエットしよっ! 」



 彼女からマイクを渡されると、誰もが知る国民的アニメのOPが流れ出した。



 ……本当に、みんな、ありがとう。



 そのタイミングで、俺は思わず涙流す。



 みんなが仲間と認めてくれた嬉しさから。



 ……そして、目の前が歪んで見える状態で、感謝の意味も込めて思いっきり歌ったのであった。



「…………」



 それに対して、彼らはしばらく固まった。



 ……その後、大爆笑をする。



「めっちゃ音痴じゃねえか! それに、何泣いてんだよ!! 」


「相変わらず、面白いなぁ、小原くんは! 」



 またも思いっきり恥をかいてしまった。



 だが、そんなことは決して気にならなかった。



 何故なら、今、この瞬間、俺は初めて、"クラスで居場所"を掴んだのだから。



 そんな中、朱夏の方をチラッと見た。



 すると、彼女もまた、ほんの少しだけ、目を潤ませている気がした。勘違いかもしれないが……。



「み、みんな、ありがとぉ〜!!!! 」



 こうして、俺の長すぎる1日は終わった。



 一生忘れられない、忘れることの出来ない、大切な思い出を残して。

 

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