10項目 おれたちには時間がない


『初メッセージっ! 昨日はありがとうっ! 小原くんが宣誓コメントを考えてくれるから、もっと体育祭が楽しみになりました。色々と迷惑をかけちゃって申し訳ないけど、完成、とっても楽しみにしてるねっ! 』



 朝の支度のフィナーレに歯磨きをしていると、俺の元に絵文字満載のメッセージが届いた。



 ……相手はもちろん、宝穣さんだ。



「のっへへ〜。友達から……」



 人生で初めて友人から(駆流以外の)の連絡が来たことで、俺はすっかり有頂天になっている。



 ……だが、そんな目尻を垂らして喜ぶ俺を、朱夏は冷めた目で見ていたのであった。



「……何、その顔。まるで犯罪者ね」



 容赦ない一言で、途端にテンションが下がる。

  


「お前は、相変わらず酷いことを言うな」



 彼女だけには、宝穣さんの選手宣誓の台詞を俺が作る事を打ち明けたのである。



 ここ最近、帰りが遅い事で腹を空かしているのか不機嫌だったし。

 それならいっそ、今ある現状を伝えてしまった方が平和なのではと判断したのだ。



 この前、俺が宝穣さんに呼び出された場面も見られているしね。何故かそれについては一切触れてこなかったけど。



 そんな流れもあり、朱夏はアッサリと受け入れてくれたのであった。



「ま、良いんじゃない? やっとぼっちから離れられそうだし」



 そんな事を口にしながら。すぐに人気者になったからって、上から目線で腹が立つ。



 なんにせよ、これから大変だ。



 3日という貴重な時間を"ストーキング"という最低な形で無駄にしてしまったのだから。



 あっ、もちろん、朱夏には"ストーカー扱い"された事は話してないよ。ドン引きされたり馬鹿にされたりしたくないもの。



 なんにせよ、今日からはまた気を引き締めて、宣誓文を考えなくてはならないのである。



 ……っと、その前に、返信返信。



 思い出した様に、俺はぎこちない動きでメッセージを書き始める。



 記念すべき一発目の返信なのだから、ここは、丁寧に……。



『この度は、ご依頼頂いた事、大変感謝申し上げます。以後、素晴らしい選手宣誓を執筆出来る様、一層、励んで参りたいと思いますので、宜しくお願い致します』


 よし、失礼がない完璧な文章。送信っと。



 すると、一秒も待たずに"既読"の文字。


 それから、一瞬で返信が来た。


『なにそれ、面白いねっ笑 小原くん固すぎだよ笑 でもありがとう。今日も1日、学校頑張ろうねっ! 』



 ……完全に変な奴だと思われたみたいだった。



 そう思って呆然としていると、朱夏は俺のスマホを覗き込んで、「……それじゃ、営業メールでしょ」と、呆れていたのであった。



 まあ、何にせよ、初メッセージは失敗に終わったが、めげずに台詞を考えようと、無理やり自分を奮い立たせるのであった。



*********



 すっかり放課後になると、俺は部室に辿り着いた。



 考えてもみれば、今日一日は一瞬で過ぎた気がする。


 授業中も、昼休みも、ずっと宝穣さんからの依頼について考えていたからだ。



 彼女を表現するイメージは、昨日会話する中でなんとなく掴めた気がする。



 だが、どうしても、それを印象付ける"テーマ"だけが思い浮かばなかったのである。



 ならばと、それを見つけるべく、ずーっと彼女を見続けた。あっ、ストーカーに間違われない様に気をつけながらね。



 すると、やはり、今日も彼女は輝いていた。



 まるで、日々の生活を余すことなく謳歌しているかの様に……。



 その光景に、不思議と胸は熱くなる。



 ……あっ、それなら……。



 そこでやっと、彼女を象徴する"あるテーマ"を見つけ出す事が出来たのであった。



「もしかしたら、これは俺史上、最高傑作になるかもしれないぞ……」


 

 そう思うと、誰もいない部室で一人、ニヤニヤと笑いながら、創作活動を開始するのであった。



 ……と、意気込んでみたものの、なかなか上手くは行かない。



 完成した物を、宝穣さんが宣誓していると想像してみたのだが、何かが違う。



 最初の文は、固すぎる。次の文は、非常にダサい。そのまた次は、パンチが足りない……。



 ここで初めて、人の台詞を考える事の難しさを痛感したのだ。



「ぐぉーー!!!! どうしたら良いんだ〜!! 」



 思わず、頭を捏ねくり回して雄叫びを上げた。



 ……すると、ナイスタイミングで朱夏が現れる。



「……なにそれ、キモ……」



 まるで、俺を"害虫"か何かと勘違いしたかの様な、不快感満載の顔。



 ……だが、手には差し入れの栄養ドリンクを持っていたのだ。



 続けて、煩わしそうにそれを手渡す。



「す、すまんな。俺の為に」



 思わぬ優しさに、呆然とする。



 だが、朱夏は俺の感謝に首を振った。



「いや、勘違いしないで。だって、大切なクラスメイトに恥をかかせる訳には行かないもの。だから、アンタにはちゃんとした宣誓文を書いてもらわなきゃいけないからってだけの話よ」



 すごくマトモな意見を仰った。



 まあ、それを知っているから、これだけ悩んでるんだけどね。



「そうだよな……。どれだけ書いても、イマイチ、ピンと来ないって言うか、"何かのピース"が足りないって言うか……」



 大きなため息を吐きながら、心の声を漏らす。



 すると、朱夏はそんな俺の弱音に対して、こんな"助言"をしてくれたのであった。



「それは多分、アンタが"宝穣さん"だけの事だけを考えて作ろうとしているからなんじゃないの? 」


 彼女の意外な言葉に、俺は妙な納得をした。


「……た、たしかに」


「それに体育祭って言うのは、"全員"でやるものでしょ? そこには、アンタだっているんだから。そこら辺も含めて考えれば、少しはアイデアも浮かぶんじゃないかしら」



 ……朱夏が出してくれた"ヒント"を聞くと、たった一つだけ引っかかっていた"疑問"は、スッキリと晴れて行ったのだ。



「……そうだ、そうだよな……」



 そう思うと、俺は再び彼女に感謝を述べる。



「ありがとう、朱夏。なんか、良い感じに構想が纏まってきたよ!! 」



 そう心からお礼を伝えると、朱夏は、少し顔を赤らめた後で、「プイッ」とした。



「もう弁当ばっかりの生活は飽きたもの。早く完成させてちゃんとした料理を作ってくれないと、お肌にも悪いし、さっさと書き上げなさいねっ!! 」



  ……理由はそこか。

 


 相変わらず、俺を"使用人"ぐらいにしか思っていない彼女にほんの少しだけ苛立ちを覚えるも、創作活動の中で重要なヒントを貰ったのは事実。


「分かったよ! さっさと終わらせて、美味いメシ食わせてやるから! 俺はもう少し頑張ってみる。だから、先に帰っていてくれ! 」



 そう伝えると、朱夏は右手でグッドポーズを作った。


「早くしなさいねっ!! 」



 うん。そうだよ。



 体育祭って言うのは、宝穣さんだけの為にある訳じゃない。



 そこを失念していたんだ。



 よし、あと少しで完成だっ!



 アイデアが固まってきた高揚感に心を躍らせると、俺は差し入れのドリンクを一気飲みした後で、再びペンを走らせるのであった。



*********


 体育祭の設営後、バレー部の練習が終わった19時半。


 あたしは、あるメッセージを待っていた。



 ……彼の作る宣誓文が届くのを。



 気がつけば、明日に控えた体育祭。



 にも関わらず、まだ完成したとの報せは来ないのだ。



 だけど、それについて苛立ちを覚える事は、決してない。



 ……何故なら、一緒に帰ったあの日から、"文芸部"の部室の電気が遅くまで灯っている事を知っているから。



 彼らの使用する旧校舎の教室は、体育館から見える位置にある。



 彼の苦悩は、蛍光灯の光を通じて確認する事が出来るのだ。



 ……ごめん、小原くん。一人でなんとかするから。これはあたしの責任だし。



 毎日、その様子を確認するたびに、強い罪悪感に苛まれるのであった。



 そんな中、今日も暗がりの中で、あたしは見上げる様に3階にあるその一室を眺めた。



 ……すると。



 いつも、バレー部の練習が終わる頃には電気が消えているはず。



 でも、今日はまだ……。



 そう思うと、あたしは一緒に帰る同級生達に「ごめん、先に帰っててっ! 」と別れを告げた。

 


 続けて、その光の差す方へと走り出すのであった。



 ギリギリまで付き合わせちゃって、ごめん。もう無理しなくてもいいよ。



 その一言が言いたくて。



 そして、すっかり部室にたどり着く。



 ……すると、彼はまるで、"全てを出し切った様な表情"で眠っていたのだ。



 机の上には、開きっぱなしのノート。



 しかも、何かが記されている。



 そこから起こさない様に細心の注意を払ってノートを手に取ると、ゆっくりと彼の書く文章に目を通した。



 ……内容を見て、驚いた。



 何故なら、そこに書いてあった"宣誓文"は、まさにあたしが伝えたかった事が、色鮮やかに表現されていたからである。



 辺り一帯に散らかるクシャクシャに丸められた紙の山が、いかに彼があたしの為に真剣に考えてくれたかを物語っていた。



 その事実を知った時、先程までの罪悪感などすっかりと忘れ、"感謝"のふた文字が脳裏に浮かび上がってきたのである。



 ……あたしを救ってくれた"あの詩"のように。



 そして、こっそりとこんな事を伝えた。



「いつもいつも、助けてくれて、ありがとう……」



 あたしは小さくそう囁くと、彼を起こした。



「……大丈夫? もうこんな時間だよ? 」



 優しく肩を揺さぶると、彼は寝惚けている様子。



「……だから、もう少しラノベを読ませてくれって。……って、えっ?! 」



 あたしを見た瞬間、彼は飛び起きたのであった。



「な、何でここに?! 」


「もうこんな時間なのに、電気、点いてたから」


 

 そう告げると、時計を指差す。



 すると、彼は顔面を真っ青にした。



「ご、ごめんっ! もっと早い時間に完成していたんだけど、安心感で寝落ちしてしまった! 」



 動揺した様子で、何度もペコペコする。



 なんだか、それすらも……。



 そう思うと、小さく首を振る。



「良いんだよ、気にしないで。それより、寝てる間に、読ませて貰っちゃった! 」



 あたしはそう言うと、彼のノートを開いて微笑む。



 すると、途端に不安そうになる小原くん。



「……あ、あの。多分、それが俺の限界かも。後、最後に"賭け"みたいな演出が入ってるから……」



 相変わらずぎこちない口調で、ソワソワしている。



 この数日間の葛藤を物語っている様に思えた。



 それなら、不安から解放してあげなくちゃ。



 だって、これは、あたしの責任なんだから。



「ううん。とってもよかったよっ! ……いや、本当に最高だったっ! 早く明日にならないかなって思えるくらいにねっ! 」



 だからこそ、あたしは本心から想いを伝えた。



「よ、よかったよ……。でも、ごめん、前日になっちゃったから、覚えられなかったら変えちゃって良いから。後、最後の部分も……」



 相変わらず弱気な事を言う彼。


 でも、あたしはこれで行きたい。


 それは、決して気遣いではないのだ。



「大丈夫。あたし、モノを覚えるのは得意だし。それよりも、小原くんが考えてくれた、この"選手宣誓"で体育祭を始めたいっ! 」



 小原くんは、その発言に一瞬だけ喜んでいた様に思えた。



 そんな姿に、あたしも胸が沸く。



 だからこそ、ちょっぴり照れくさい気持ちの中で、一番伝えたかった事を告げたのであった。



「……ありがとね、"周くん"っ!! 」



 思わずファーストネームで呼んでしまうと、彼は一瞬、ポカンとしていた。



 その感情に流される様に、こっちまで恥ずかしくなった。



 ……よし、これからが大変だ。



 強がってはみたけど、あたし、本当はあまり物覚えが良くない。テストだって、人よりも頑張って、やっと中の上くらいだし。



 ……でも、あたしの為に何日もかけて一生懸命書いてくれた"結晶"を無駄になんかしたくないもん。



 だから、ちゃんと見てて。



 きっと、最高の形で選手宣誓して見せるからっ!!



 そう決意をすると、モジモジしながらも小さく微笑む彼に「じゃあ、明日は早いし、帰ろっか」と明るく告げて、自転車を押しながら家路に就くのであった。



*********



 快晴の午前9時、慌ただしく集まった全校生徒が並んだのを皮切りに、第98回玉響学園体育祭は、小柄な生徒会副会長の開会宣言を以って開幕したのである。



 各クラスの皆は、運動部を中心に『我こそが』と言わんばかりに、意欲を滲ませる。



 それは、うちのクラスも同じだった。



「……今日、オレはリレーで大活躍して学園中の女子からモテモテになってやる」



駆流も、いつも以上にガツガツしてるし。まあ、そんな未来は多分、来ないのだが。



 だが、そんなみんなとは違い、俺にとっての"フィナーレ"は、開会式にやって来る。


 

 何故ならば、宝穣さんが俺の文章を引っ提げて"選手宣誓"をするのだから。



 結局、今日は実行委員会で忙しかった彼女と話す事は出来なかった。



 それがより一層、緊張感を掻き立てる。



 ……やばっ、あの文で、本当に大丈夫かな。胃が痛い。トイレ行きたい……。



 不安からビクビク震えていると、たまたま整列が隣になった朱夏は、耳元でこう呟いた。



「……なんで、アンタの方が緊張しているのよ」



 そう嫌味を言われる。


 続けて、最前列に並ぶ宝穣さんの方に視線を移した。



 ……すると、背後からでも分かる程、とても堂々と立っていたのである。



 そこでやっと、安心する。いや、嘘。やっぱり緊張するわ。



 もし、ラストのところで……。



 ……そんな永遠にも感じられる時間を経ると、遂にその時はやって来てしまったのである。



「プログラム四番、選手宣誓。2年B組、宝穣芽衣さん」



 司会からそう呼ばれると、彼女は元気良く「はいっ! 」と返事をする。



 それから、しっかりとした足取りで、舞台に置かれたマイクの前に立ったのである。



 目の前には、ニコニコと笑う理事長。



 同時に、辺りは静寂に包まれた。



 ……それを合図に、宝穣さんは右手を空に掲げ、ゆっくりと口を開いたのであった。



「宣誓っ!! 君は、青春をしてますか? 」



 いきなりの疑問形に、辺りは騒然とする。


 それはそうだよね。だって、普通の選手宣誓でそんなスタートなんてあり得ないもの。



 だが、臆する事なく、話を続ける彼女。



「親や先生は、よく、そんな事を言います。でも、私達はまだ、その"おぼろげな存在"を見つける事が出来ない」



 後から出てきた言葉によって、それが皆に問われている訳ではない事を理解した様子。



「ただ、この鼓動、この感情、この想い。その全ては今、"この場所"でしか手にする事が出来ないコトだけは確かなのです」



 話が進むにつれ、私語は消えて行く。



 ……生徒達は次第に、彼女の声に耳を傾けていくのである。



「もし、それが大人の言う"ノスタルジックな思春期の1ページ"なのだとするならば、今、この時、この瞬間を、一生忘れられない"素敵な記憶"として心に刻みたい」



 彼女はそこまで話し終えると、堂々と全校生徒の方を振り返った。



 ――それから、息を吸い込んだ後で、思いっきり叫んだのであった。



「皆さ〜んっ!!!! 今から全員の力で、この体育祭を最高の"青春"にしてみませんか〜〜〜〜?! 」



 マイクを通さずに大声でそう問う。



 ……突然の行動に、数百人いる生徒達はポカンとした。



 やば、大丈夫か……? 途端に、心拍数は鰻登りに上がって行った。



 ……だが、その時。



「「「おおーーーー!!!!!!!! 」」」



 割れんばかりの歓声が、グランド一帯を支配するのであった。



 宝穣さんは、すっかり学園全体が盛り上がった事を確認する。


 そんな中、「ねっ、言った通りでしょ」とでも言わんばかりの顔で、チラッと俺を見た。



 それから、再び理事長の方へ振り返ると、再び右手を挙げ、こう結びの言葉を告げたのであった。



「みんなのこの声を持って、私の選手宣誓に変えさせてもらいますっ!!!! 」



 すっかり挨拶を終えた時、周囲からは拍手の嵐が沸き起こったのであった。



「芽衣、良かったよ〜! 」

「みんなで、最高の青春を作ろうぜ!! 」

「……感動に感謝」



 ……こうして、宝穣さんの選手宣誓は、誰の目から見ても"最高の形"で幕を閉じたのであった。



 同時に、俺の不安要素であった超特大イベントも、終わりを迎えた。



 正直、ココさえ終われば、その後の競技なんてどうでも良いとすら思える程にクタクタになりながら。



 ――そして、玉響学園の体育祭は、最高潮の盛り上がりの中で開催されたのであった。

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