8項目 玉入れはリレーのあとで


 すっかり桜が散り、世間が夏に向けて上着を脱ぎ始めた5月の中旬、俺は席替えの抽選の結果、窓際の最後尾の席を勝ち取っていた。



 ここは、ライトノベルの世界では、定番と言っても良いポジション。



 もしかしたら、この席を掴んだキッカケで、隣の女の子とラブロマンスに発展するなんて事も……。



 ……なかった。



『なんで、アンタと隣なのよ』



 隣の席で、ため息をつきながら罵詈雑言のメッセージを送りつけて来たのは、朱夏だった。



 ……これじゃ、心躍るラブコメ展開など全く期待できない。



 そんな理想的な"幻想"を打ち砕かれると、相変わらずほぼ"ぼっち"のまま、今日もホームルームを迎えていたのであった。



「それでは皆さん、今日は誰がどの種目に出るかを決めたいと思いま〜す」



 教壇に立ち、明るい口調でそう提案を始めたのは、バレー部の"宝穣ほうじょう 芽衣めいさん"だった。



 彼女は、一年時のミスコンで圧倒的一位に選ばれる、学園屈指の可憐さを誇る。



 ワインレッドの髪色は空色のシュシュでポニーテールに束ねられ、パッチリ二重の瞳は何処かエキゾチックさを感じさせるエメラルドグリーン。

 身長は全国の平均を少し超えるくらい。

 何よりも、実に健康的な身体は、"スポーツ女子"の理想形とでも言える。



 胸も……。結構大きい。



 そんな学園のアイドルの宝穣さんは、周囲からの推薦を受けて、"体育祭実行委員会"の一員になっていたのだ。



 彼女がひとたび号令をかければ、教室は一丸になるのであった。



「そうだな、2年B組全員で、優勝を目指そうぜ! 」

「ワタシも、スポーツなら頑張れる気がする! 」



 クラスから歓声が湧き出す辺り、いかに彼女の人望が厚いかを証明している。



 ……俺とは、住む世界が違うなぁ。



 今後も交わる事のない存在を目の前に、思わず、心の中でそう漏らした。



 まあ、それはさておき……。



「みんなでがんばろーなっ!!!! 」



 彼女の隣には、駆流がいた。



 そう、ヤツは『モテたい』という一心で、敢えて実行委員に立候補したのであった。



 実際、運動神経はかなり良い。


 だが、ガツガツと運命の出会いを求める姿勢によって、女子からはあまり人気がない事を、俺は知っていた。


 アイツが教室から出た途端、何人かが怪訝な表情でヒソヒソ話をしている光景を何度も見た事があるし。



 その反面、男友達が異常に多いのもヤツの特徴であるのだが。



 何にせよ、少なくともぼっちよりはマシなのは事実。



 なんて事を考えながら、冷めた目でその滑稽な様子を眺めていたのであった。



 隣でイベントの予告に目を輝かせる朱夏とは正反対に。



「……それで、まず最初に決めたいのは、"男女混合リレー"なんだけど」



 それは、学園の最後に行われる一番盛り上がる花形の種目だ。



 もちろん、運動神経があまり良くない俺は、一度足りとも選出された事はない。



 毎年、各クラスの運動部の連中が切磋琢磨しながら、キラキラと美しい青春の汗を流すのがお約束だし。



 ……そんな中、真っ先に手を挙げたのは、またもや駆流だった。



「オレ、野球部でも打順は一番を打ってるし、かなり足が速いぜ! 多分、クラスでもナンバー1かな」



 無駄に格好付けながら、実行委員という立場も忘れて一目散に立候補。



 それを聞いた女子達は、「まぁ……そうかもしれないけど……」と、"事実ではある"彼の言葉を渋々飲み込んだのであった。



 だが、そこは流石の宝穣さん。


 持ち前の明るさで、一瞬どんよりした雰囲気を、まるで魔法の様に消し去ったのであった。



「立候補してくれて、本当にありがとうっ! じゃあ、土國くんは決まりみたいだねっ! 後、他に誰かやりたい人はいる? 」



 そう問いかけた瞬間、再び、周囲の空気は詰まった。



 ……まあ、そうだよね。



 普通、あんな学園全体の目が一点に集中する空間に飛び込もうなんて思わないよな。



 ならば、昨年同様、運動部の誰かが推薦される流れに……。



 ――だが、そう思っていた時だった。



「私、やりたいですわ……」



 ニコニコと上品に手を挙げたのは、紛れもなく"朱夏"その人だったのである。



 確かに、体育の時間に行われた身体測定では、学年上位の成績を叩き出していた。



 その結果、数多の部活動から勧誘を受けていたが、『私、昔から本に興味がありますので、もう既に文芸部に所属していますの』とか、猫を被ったままキッパリと断っていたのであった。



 直後から、なぜか俺に憎悪の視線が集まった。理由は言わずもがな。マジでトバッチリだわ。



 何にせよ、朱夏が立候補したの意外だったが、その結果は、"順当"と言えよう。

 


 ……それに、みんな彼女のメンバー入りを歓声という形で受け入れてくれている様だし。



「忍冬さん、足速いもんねっ! 」

「立候補してくれなかったら、推薦するところだったぜ! 」

「む、むほぉ〜! 朱夏たそぉ〜」



 全員が朱夏の参加を喜んでくれた事を、俺も同居人として少しだけ嬉しく思うのであった。



 ……後、聞いただけで体調不良を起こしそうになる奇声が混ざっていたのは、幻聴だと思いたい。



 それから、サッカー部の池谷いけたに 輝男てるおが、女子達の推薦によって選ばれた。



「……いや、他にも走りたい人がいるっしょ」



 彼は、俺の嫌いな人種。


 だって、池谷は絵に描いたような"リア充"だから。



 いつも、ダルそうに授業を受けているクセに、学年上位の点数を取っちゃうし。

 サッカー部でもセンターフォワードとして、一年からレギュラーを獲得する活躍を見せているしね。


 ……何より、引くぐらいのイケメン。



 文武両道に"美"まで足されるとか、何回転生してるんだよって話だわ。



 そう思うと、滑稽に騒いで空回りする駆流のイガグリ坊主を見て、何とか自我を保つのであった。



 ……そんな卑屈が発動している間に、気がつけば、議題はリレー最後の一枠へと進んでいた。



「……それで、あと一人なんだけど……」



 話し合いを再開した途端、クラスメイト達の視線は、宝穣さんに集まった。



 全員が、一点に見つめる。



 同時に、笑顔のまま固まる彼女。



 それから、教室は、しばらく静寂に包まれる。



「……えっ? あたし? 」



 宝穣さんは、その空気に呆然としながら自分を指差す。



 すると、待ち構えていた様に全員が頷いた。



 まあ、当然の話だ。



 だって、彼女は身体測定の学年一位で、バレー部の絶対的エースに君臨している訳だしね。



「……わ、わかったよぉ……」



 頷かなければどうしようもない状況に追いやられると、宝穣さんは渋々受け入れたのであった。



 同時に、拍手が沸き起こった。



 こうして、男女混合リレーのメンバーは、最高の形で決まったのであった。



 ――それから、宝穣さんは、まるで全体の穴を埋め合わせる様にテキパキと人選を進めた。



 その実力たるや、目を疑うほどに適材適所。



 得手不得手をフォローし合うような構成を、キッチリと纏め上げて行く。



 やっぱり、この人は違うなぁ。



 思わず、尊敬の眼差しを向けてしまうのは仕方がないと思った。



 そんな調子で、順調に話が進んで行ったが、一向に俺の名前が出ない。



 その度に、冷や汗をかきながら待ち構えているのを、隣の朱夏がニヤニヤと見ているのが、実に心苦しい。



 ……そして、最後の最後に余っていた"玉入れ"の所で、やっと俺は呼ばれた。



「じゃあ、小原くんはここで良いかな? 」



 宝穣さんに初めて名前を言われると、俺は周囲の視線もあってか、途端に心拍数を上げる。



 ……ぼっち予備軍には辛い仕打ちだ。



 だが、いつまでも黙っていられない事を悟った結果、緊張感に包まれながら、元気良く返事をしたのであった。



「は、ひゃいっ!! 」



 ……ヤバっ。声が裏返った。



 同時に、クラスからは笑いが起きる。



「アッハハ〜。なにそれ〜」

「アイツ今、絶対に笑いを取りに行ったろう! 」

「"やっぱり"、小原くんって実は面白い人なんじゃない? 」



 妙なキャラが定着し出したのも重なり、恥ずかしさで心臓が止まりそうになった。



 うん、笑いなんかひとつも狙ってないの。必死なの。



 ……もちろん、朱夏も机に顔を埋めて身体を震わせていた。顔を隠しているから分からないが、多分、この部屋の誰よりも笑っているのが分かる。



「ひ、ひゃいって……」



 クソぉっ!! 誰か俺に、圧倒的コミュ力を分けてくれぇ!!



 ……だが、すっかり干物になった俺を見て、すかさず宝穣さんは皆を正した。



「ちょっと〜。みんな失礼だよ! ごめんね、小原くん。一緒に頑張ろうねっ!! 」



 彼女が優しくフォローをしてくれたおかげで、みんなは落ち着きを取り戻すのであった。



 マジで、この人いい人すぎないか? 天使か何かですか?



 ……という訳で、俺の出場競技は玉入れに決まった。



 だが、それが"捨て駒"である事は一目瞭然。



 何故なら、他のメンバーは……。



「モッホッホ〜!! 小原殿、我々の力を結託して、他クラスを蹂躙し、高みを目指し参ろうぞっ!! 」


「ブボボボボ!! "ポチャ"の言う通りでやす。小生達、意外にも小回りが効く体質に恵まれておりまして……。いや、コレは、真なる勇者への覚醒イベントでは?! 」


「……余裕」



 彼らは、"ポチャ"、"ヤセ"、そしてなぜか"ジーザス"と呼ばれる、クラスでの通称は『オタク三銃士』。


 どう見ても、体育祭に適した存在とは言えないのである。



 そこで、俺も彼らと同じカテゴリに分別されたのだと察して、ショックを受けるのだった。



 まあ、仕方ないか。



 だって、たった一言の受け応えすらもまともに出来ないんだし。



 ……そんなこんなで、無事に体育祭のメンバー決めは終わった。



 俺の心の闇が深まる最低なイベントとして。



 そう自分の不甲斐なさに落ち込むと、クラス一丸で盛り上がる教室を、俯きながら出て行くのであった。



 嗚呼。凹むわ。

 


 そう思いながら、下駄箱でローファーに履き替え重い足で校舎を出ようとする。



 ……その時、朱夏が走って追いかけてきたのであった。



「アンタ、何を落ち込んでるの」


 彼女は、そんな風に俺を励まそうとする。


「いや、別に凹んでねえし」


 強がってそう返答する。


「いやいや、完全に落ち込んでるって」


 しかし、そのフォローすら滑稽に思えた俺は、「とりあえず、早く教室に戻った方が良いぞ。みんな、一致団結してるし」と、切なすぎる笑顔で促した。



 すると、そんな様子を見兼ねた彼女はボソッとつぶやいた。



「全く、これだから"ぼっち"は……」



 そんな風に大きくため息をつきながら。



 それから、周囲に誰も居ないのを確認した後で、俺の背中を力いっぱい「バシッ!! 」と叩いたのだ。



「ぐ、グフッ!!!! 」



 痛みで呼吸が出来なくなって、思わずそんな声を漏らす。



 だが、まるで気にしない彼女は、堂々とした口調でこう言ったのであった。



「たかが、ちゃんと返事が出来なかったくらい、体育祭で活躍してカバーすれば良いだけじゃないっ! それに、いつまでも辛気臭い顔をされたら、こっちまで凹むわよ! ……だから、元気を出しなさいっ!! 」



 無駄に迫力のある、その言葉を聞くと泣きそうになる。



 ……コイツ、こんな時だけ、めちゃくちゃ"イケメン"になりやがって……。



 それから、次第に元気を取り戻した俺は、少しだけ玉入れを頑張ろうと決意したのであった。



「……気を遣わせて悪かったな。俺も体育祭、精一杯やってみるよ」



 謝罪を口にしながら弱々しい決意表明を終えると、朱夏は笑った。



「そう、その意気よっ! ……それにしても、『ひゃい』は腹筋が壊れると思ったけど……」



 ニヤニヤしながら、また余計な事を言ってくれた。


「う、うるせえわっ!! 」



 そう怒っている間にも、俺はすっかり元通りになったのであった。



 悔しいが、朱夏のおかげで。



 ――だが、そんな時、俺達の目の前に、ひとりの少女が現れたのであった。



「……あのぉ……。お取込み中の所、申し訳ないんだけど……」



 ……そこには、宝穣さんがいた。



 その事に気がつくと、俺と朱夏は慌てて距離を取る。



「ど、どういたしまして?! 私、今、彼に部活の報告書を届けていた所ですが」


「そ、そうだねっ! 忍冬さん、忙しい所、届けてくれてありがとう! 」



 動揺しながらそんな言い訳をする。



 それに対して、彼女はニコッと納得した様子を見せた。



「そうだったんだっ! 確かに、忍冬さんと

小原くんは、同じ文芸部だもんねっ!! 」


 ギリギリ、さっきのやり取りが見られなかった事にホッと落ち着く。



「ところで、宝穣さん、一体どうしまして? 」



 朱夏が話題転換の為に、追いかけて来た理由を聞く。



 すると、宝穣さんは俺に視線をずらした。



「……実は、小原くんに"ある事"を協力して欲しいなと思って……。もし良かったら、今から時間ある? 」



 ……えっ? 俺? なんで?



 まさかの指名に、思わず呆然とする。



 学園のアイドルの彼女が、俺に一体、なんの御用があるわけ? カツアゲとか?



 そんな風に首を傾げていると、隣にいた朱夏は、俺の背中を押した。



「今日は文芸部の活動もないので、彼には予定がないと思いますわ。今、そう言ってましたものね? 」



 お嬢様モードで、無駄に腹が立つ。



 まあ、基本的に365日、予定はないが。



 強いて言うなら、コイツが帰ってくる間に少しラノベでも読もうかなと思ってたくらい。



 何にせよ、コミュ症丸出しでマトモに彼女の顔さえ見れない俺の代わりに、朱夏は"ありがた迷惑"なフォローをしてくれたのだった。



 俺は、それに後押しされると、断れない空気を作り出された事によって、頷くしかなかった。



「……まあ、少しなら時間あるよ」



 リア充特有のキラキラな雰囲気に身も心も溶かされそうになりながら、辿々しい口調でそう返答をする。



 すると、宝穣さんは俺が受け入れてくれた事で、ニコッと笑った。



「良かった……。じゃあ、近くの空き教室で少し話をして欲しいなっ!! 」



 そう言われると、朱夏の『頑張って来いっ! 』とでも言わんばかりのウインクを横目に、彼女について行くのであった。



 ……これから、俺はどうなってしまうのだろうか。超不安なんだが。



 もしかして、嬲られたりしないよね? 

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