7項目 同居人は静かに微笑む
〜小原周、名作劇場、開演。〜
【港の夕焼け小焼け】
港が、オレを呼んでいる。
水面は、それを望んでる。
背後で、キミはロンリーガール。
背中で語るは、寂しんボーイ。
夢という名の航海は二人を分ける。
キミという名のハーバーから離れるように。
でも、心配いらねえぜ。
いつか、いつの日か、必ず"ビック"になって戻ってくるから。
だって、みなとはみらいを結ぶ、架け橋なんだからよ。
だから、今だけは、言わせてくれ。
ヨーソロー。――
――三日月型のホテルが目の前に聳え立つ港の見える公園にたどり着くと、豊後さんはジーッと海を眺めながら、情緒溢れる口調でそのポエムを読み終えた。暗唱で。
「……まさに、ここが二人の世界観……」
恍惚の表情で微笑む姿は、純粋にその"駄作"への感動を物語っていた。
……裏腹に、俺の血圧は鰻登りに上がってゆく。
だって、今のは、俺の産み出してしまった"身の毛もよだつ文集"の中でも、ワースト上位に食い込む程、痛い作品だから。
豊後さんのナチュラルな攻撃にすっかり全てのライフポイントが削られると、その場で四つん這いになった。
「……もう、やめてくれぇ」
情けない声で、嘆願する。
すると、朱夏はその様子が余程面白かったのか、小馬鹿にした様な顔で波に向かってこんな事を言い出した。
「……ぷっ。ヨーソロー……」
「もう助けて……」
全俺が泣いた。
……と、まあ、そんな調子で始まった文芸部の取材は、すっかり目的を忘れたまま続いているのである。
近くにある中華街で肉まんを食べたり、大きなショッピングモールでファッションショーをしたり。
途中にあった雑貨屋では、横浜みなとみらいを象徴するマリンタワーのストラップを彼女達がお揃いで買っていたのも、印象的だった。
「空ちゃん、これは文芸部の仲間同士の象徴よっ! 私が奢ったげるっ! 」
とか言って、ニコニコとレジに向かう朱夏に、「う、嬉しいです……」と、素直に喜ぶ豊後さん。もちろん、俺の財布から捻出された金だが。後、一応言っとくけど俺も文芸部なんだけどね。
その後、家電量販店に立ち寄った際、朱夏はテクノロジーの進歩に驚きを隠せない様子でいた。
まあ、10数年前の世界観から来た人間なら、ビックリして当たり前だよな。
……そんなこんなで、気がつけば夕方になっていた。
「いやぁ、楽しかったわっ!! 」
夕暮れ時、少し早めの夕食を摂るために立ち寄ったファミレスで、朱夏は満足げに伸びをした。
すると、豊後さんも幸せそうに頷く。
「……はい、空も念願の聖地巡礼が出来ましたし、何よりも、こんなに人と長時間遊んだのは初めてだったので、最高の思い出になりました」
そう微笑んでいる彼女を見ていると、俺も来てよかったなと心から思った。
なんだかんだ、かなり楽しかったし。
「にしても、今の時代って、機械が勝手に掃除してくれるのね。それに、配膳まで……」
朱夏は、遠くで料理を運ぶロボットを見つめながらそんな事を口にした。
すると、豊後さんは首を傾げる。
「知らなかったんですか? 」
なんて呟きながら。
……途端に、俺は焦る。
だって、普通にこの時代で生活をしてたら、知ってて当たり前の情報な訳だし。電器屋でも異様なまでに感動してたしね。
もし、彼女が"異世界人"だとバレたら……。
だからこそ危機感を覚えると、隣に座る朱夏の肩を小突いて、こんなメッセージを送った。
『余計なことを言うと、色々と疑われるぞ』
俺の文章を読んだ彼女は、『確かにそうね』とすぐに返信。
短い間で意見が纏まると、いきなり態度が変わった俺達に豊後さんは「どうしました? 」と問いかけてくる。
そこで、慌てて訂正をした。
「アッハハ〜! コイツ、元々はお嬢様だったから、庶民の生活には疎いんだよ! 」
「そう、そうなの! だからビックリしただけよ!! 」
割と無理やりなフォローにもなってしまったが、豊後さんはその苦しい言い訳を受け入れてくれた。
「なるほど、そうだったんですね」
……ふぅ。危なかった。
だって、彼女が異世界から来た事は秘密なのだから。
まあ、正直に朱夏が『異世界、しかも過去の時系列から現れた存在だから、今の文化に疎い』なんて説明したならば、"頭のおかしい二人"って思われて終わるだろうし。
なんにせよ、どう話が転んでもあまり良くないので、詮索されない様に乗り切るのが得策だったのだ。
そうして、強引な形で危機を乗り越えホッとしていると、豊後さんはナイスタイミングで話題転換をしてくれた。
「……ところで、さっき広告で見かけたんですけど、これから1時間後に赤レンガ倉庫で"プロジェクションマッピング"のショーをやるらしいんですよ。最後に行ってみませんか? 」
すっかり観光気分で浮かれている豊後さんは、ばっちり心を開いたような態度でそう提案をしてきたのだ。
……確かに、綺麗なんだろうな。その類のエンタメとは無縁だし。
でも、それこそ、そんな物を目の前にしたら、周囲にはウジャウジャとカップルが涌くに違いない。
甘ったるい雰囲気で、「好きだよ」なんて囁きながらキスでもされた暁には、嫉妬でどうかしてしまうかもしれないし。
……と、ザリガニの如く威嚇の構えを見せはしたが、もう既に、二人の足がそちらに向いている事はすぐに分かった。
「プロジェクションマッピングってなに?! 」
「それはですね……」
だから、妙な感情から拒否するのを諦めて、流れるがままにならざるを得なかったのである。
*********
すっかり辺りが暗くなった赤レンガ倉庫。
周辺には、案の定、プロジェクションマッピング目当てでやって来た無数のカップル達がいた。
俺の予想通りに。おいそこ、腰に手を当てるな。この破廉恥が。
だが、そんな周囲など全く気にしない朱夏と豊後さんは、これから起きるイベントを純粋無垢に待ち望んでいたのであった。
「すっごい楽しみっ! めっちゃ綺麗なんでしょ?! 早く始まらないかしらっ! 」
「ですです。空も初めて見るので、同じ気持ちですっ」
まるで姉妹の様に仲睦まじく期待を寄せる二人を見て、俺はふと、こんな事を思った。
……よくよく考えたら、朱夏って豊後さんには、すっかり本性をさらけ出しているよな。
まあ、初対面の時に、俺との喧嘩を見られてしまったというのもあるが。
なんにせよ、これは良い事だ。
だって、多分、朱夏にとってこの世界で初めて"本当の友達"なんだから。
よかったな、ホント。
これで、お前の求める"自由"に一歩近づいたんじゃないか?
――そう思っている間に、プロジェクションマッピングは始まった。
壮大なクラシック音楽と共に、暗闇に包まれる赤レンガはスクリーンへと生まれ変わった。
同時に、色とりどりの光が規律正しく照らし出される。
更に、空には七色のドローンが数基。
そこから、美しく輝く光達は、まるで自我でも持っているかのように、様々な形へと変わって行くのだ。
時には、星になったり、動物になったり……。
その光景を見ているうちに、まるで、ファンタジーの世界にでも迷い込んでしまった様な錯覚に見舞われる。
……想像以上にすごいな。
そんな中、俺はチラッと朱夏の方を見つめる。
どんな顔をしているのかという好奇心で。
すると、彼女は美しすぎる演出の数々に見入って、キラキラと目を輝かせていた。
「……綺麗……」
そんな事を呟きながら……。
気がつけば、思わず、夢中になっている彼女に見惚れてしまった。
光に反射して七色に輝く瞳に……。
……彼女は、とても美しかった。
だが、慌てて首を振る。
これは、周囲の雰囲気がそう見せてるだけだ。
……にしても、コイツ、黙ってれば可愛いんだけどな……。
そんな妙な気持ちをすぐに遮ったところで、プロジェクションマッピングは終わりを迎えたのであった。
*********
すっかり一日を楽しんだ俺達は、帰りが逆方向の豊後さんと別れると、最寄駅から自宅へと向かっていた。
「いやぁ〜。今日は遊んだ遊んだっ! 」
満足げに伸びをする朱夏。
慣れない人混みのせいでクタクタな俺。
そんな真逆の二人で足並みを揃えながら、同じアパートへと歩いているのだ。
「それは良かった」
結局、取材はしなかったなぁ。
そうは思ったものの、今日の一日に満足していた事は、否定できなかった。
「まあ、楽しかったよ」
素直にそう呟く。
そんな珍しくマトモに答えた様子が嬉しかったのか、朱夏はニコッと笑った。
「それなら、良かった」
随分と機嫌が良さそうにしている彼女に、小さく頷く。
「……あっ、そういえば」
彼女は突然、そんな事を口ずさむと肩掛けの鞄から何かを取り出した。
「なんだよ」
そこから、何故かモジモジする。
……そして、決心したかの様に、俺の手に"それ"を握らせたのであった。
「……これっ」
「いきなり何だよ」
「良いから、開けなさいっ! 」
そう強引に促されると、訳もわからないままゆっくりと手のひらを開いた。
……すると、そこにあったのは、"マリンタワーのストラップ"だったのだ。
「い、一応、アンタも"文芸部の仲間"なんだからっ! 大事に付けときなさいっ!! 」
そう言われた瞬間、何故か、心が「ドキッ」と音を立てたのが分かった。
湧き上がる様な喜びが、全身を支配する。
……あれっ? これって一体……。
そんな不可思議な感覚に苛まれながら、俺は気持ちに整理が付けられないまま感謝を述べた。
「……あ、ありがとう」
すると朱夏は、安心したのか笑顔になった。
「気にしないでっ!! 」
俺には一瞬でも心拍数を上げてしまった事の意味が分からない。
多分、人生で初めて家族以外から貰ったプレゼントが嬉しかったからなのだ。
たとえ、その贈り主が忍冬朱夏だったとしても。
とは言え、少しずつ、異世界から来た彼女との心の隙間が埋まっている事に気がつく。
でも、決して、"恋愛感情"などと言うくだらない幻想ではない。
それは、共に時間を過ごす中で芽生えた"友情"なのだ。
きっと、そうに違いない。
四六時中一緒に過ごしていれば、当たり前の話だ。
そう、朱夏は少しずつ"親友"に近づいているのだ。
ならば、もう少し優しくしてやるか。
……そう結論づけた矢先。
「……てか、今日のアンタのファッションセンス、最悪だったわよね。……あっ、いつもか。これからもそんなキモい格好で隣歩かれたら私も勘違いされるし、買いに行くの付き合ってあげるから、今あるダサい服は全部捨てたほうがいいわよ」
……おーいっ!! 最初からそう思ってたのかよ!!
俺だって、豊後さんのオシャレな服装を見た瞬間、自分のダサさを痛感したわ!!
あと、キモいって言うのだけはヤメテ……。
あまりにもストレートな批判を投げ込まれると、今、自分が全裸で歩いているのと同レベルの格好をしている様な気がして、両胸と股間を隠した。
そして、冷め切った目で見る彼女に向けて、こう叫んだのであった。
「そう言う事は、先に言えよっ!!!! 」
……さっきの"親友発言"は、撤回させてもらう。
やっぱりコイツは、どこまで行っても俺の大嫌いなヒロインなのだから。
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