6項目 俺の部活動を君達に捧ぐ



 ――「そうかそうか! 部員が3人になったなら、これからはちゃんとした活動が出来るなっ! じゃあ、文芸部らしく本を書く為の"取材"にでも行ってこいっ!! 」



 全ては、この一言から始まった。



 担任のゴリマッチョ"子守先生"は、肉体の完成度とは裏腹に、何故か、文芸部の顧問をやっている。



 なんでも、家族との時間を大切にしたいからとの事。要は、楽だから。ちょっと、いや、かなり失礼だわ。



 押しの強さは異常で、彼のお陰で俺は、例の"詩集"を作る羽目になったのである。マジで恨む。



 ……さておき、彼女達が正式に加入した翌日、俺が入部届けを提出に行くと、暑苦しく「良かったなっ! 」とか肩を組まれた後で、そんな提案をされたのだ。



 いや、俺はただ、静かに読書が出来れば良いと思っていたのだが。



 ……要は、彼の強引なやり方の押しに負けて、首を縦に振らざるを得なかったのであった。



 ハッキリ言おう。



 超めんどくさい。



 休みの日に出かけるのなんて、書店か半額シールを貼り付ける瞬間のスーパーマーケットだけで充分なのに。



 ……などと、ブツブツ愚痴を漏らしながら職員室から部室に戻ると、既にやって来ていた彼女達にその旨を伝える。



 すると、こんな答えが返ってきたのであった。



「良いじゃんっ!! ここに来てから、お出かけとかした事ないし。……アンタ、陰キャだから毎日ヒキコモリみたいな生活をしていてつまらなかったんだからね」


「しゅ、取材……。外に出るのは怖いですが、二人がいれば安心ですね。なんか、とっても部活っぽいです……」



 想像以上に肯定的に食いついた。



 朱夏に関しては、完全に部活動の一環である事を忘れているが……。



 まあ、何にせよ、賛成多数で可決されたのであった。



「……じゃあ、日曜にでも行くとするか」



 若干ウンザリしつつ、そう告げる。



 朱夏はノリノリで「おーっ!! 」と、拳を高らかに掲げる。



 同時に、輪になって何処に行くかを調べ始めた。


「少し遠いけど、東京もいいけどなぁ〜。でも、周はオタクだから"秋葉原"に行こうとか言い出しそうだし……」



 ……そんな中、夢中になって多くの観光地をスマホで調べる朱夏をよそに、豊後さんは俺に手招きをした。



 それから、耳に手を当てて、こんな事を聞いてきたのだ。



「あ、あの、大変失礼な質問ではあるのですが……」


「うんうん、どうしたの? 」


「さっき、朱夏さん、『ヒキコモリみたいな生活をしててつまらない』って言ってましたが……。お二人は、同棲とかしているのですが? 」



 若干の緊張感が伝わる彼女の口から出た、その素朴な疑問を聞くと、俺は脳内で完全否定をした。



 ……いや、同棲ではないわ。ただの居候だわ。



 そんな"交際"などを連想させる心外な勘違いは、絶対に許されない。



 ……まあ、朱夏はクラスメイト達に俺達の関係についてはまだ話してないみたいだけど、豊後さんなら良いか。



 そう結論付けると、せっかく部員になってくれた仲間には、今ある現状を伝える必要があると考えた。



 そして、理事長である叔父と打ち合わせた"フィクション"を添えて、現在、一緒に住んでいる事実を説明する事にしたのである。



 もちろん、異世界については隠して。



「その事なんだけどね……」



 理由を聞いた豊後さんは、すっかり納得をした様子。


「……なるほど。おふたりは親戚さんだったんですね。だから、こんなに仲良く……」



 何故かホッとする彼女を見て、こちらも胸を撫で下ろした。



 仲良くはないけどねっ!!!!



 すると、自分へのフォローを終えた俺に向けて、朱夏は意気揚々とこう呼びかけたのであった。



「ねえっ! それなら"この場所"に行きましょう! ここなら、電車ですぐに行けるし、如何にも"観光地"って感じするじゃないっ! 」

 


 嬉々としてそう言い出した彼女は、俺達にスマホの画面を見せつけた。



 ……ああ、ここね。俺には一ミリも縁がない場所だわ。



 そこは、地元、いや、全国でも有名なデートスポット。



 つまり、俺には無縁の土地だ。



 あんな魔窟に足を踏み入れたら、俺は卑屈さと共に闇堕ちしてしまう。



 それに、人見知りな豊後さんなんか、塵の如く吹き飛んでしまうんじゃ……。



 だからこそ、別の場所を提案しようとした時だった。



「……そ、そこ、行きたいですっ!!!! 」



 ……ぶ、豊後さんっ?! へーきなの?



 以前の大人しい彼女とは裏腹に、目をキラキラと輝かせる。

 象徴する様に、思いっきり声を張って朱夏の提案を全身で受け入れたのであった。



 おいおい。いきなりどうした。



 ビクッとしながらそう思っていると、女子2人はキャッキャと結託をしたのだ。



「分かってるじゃないっ! そうと決まれば、早速、何処を回るか計画を練りましょう! 」


「はい、その場所なら、空、絶対行きたい所があるんです……」



 完全に置き去りにされた状態で、週末に行く場所は決まった。



 ……てか、二人とも。これは飽くまでも"取材"なんだよ?



*********



 あれから数日、週末になった。



 この一週間、朱夏は相変わらず"お嬢様"を演じていた。



 でも、日曜日に楽しみが待っているからか、その事に対する愚痴が出る事はなかった。



 おかげさまで、実に平和的で良かったが。



 まあ、そのしわ寄せで毎日の様に帰宅後は調べ物をしては、「このスポットに行くのは決まりねっ! 」とか、無駄に同意を求められた。もう勝手に決めてくれ。



 ……という訳で、当日になった。



 昼の12時に現地の駅で待ち合わせにも関わらず、アイツは朝の5時にアラームをセットしやがったのだ。



「おはようっ! 何をいつまでもダラダラと寝てるのよっ! 寝顔がキモいぞっ! 」



 そのあまりにも早い一日の始まりに鬱陶しさを感じつつ、重い身体を起こした。



 ただでさえ普段から愛用の布団を占領されている為、固いソファで寝る事を強いられているのに……。



 そんな苛立ちを覚えながら、まだ重い瞼を開く。



 すると、朱夏は既に準備を終えていた。



 この日の為に買わされた中高生に人気のアパレルブランドが仕立てるロイヤルブルーのワンピースを着て。



 その姿に、何かのリアクションを求めている様にも思えた。



 だって、明らかに「褒めなさい」みたいな顔をしてるんだもの。



 そんな彼女の期待をヒラリと躱すと、大きくあくびをしながら正論を述べる。



「……いや、早くね? もう少し寝かせてくれよ」



 すると、彼女は一瞬ウンザリした顔を見せると、恥じらいの表情へと移り変わる。



「い、良いじゃない。それよりも、早く朝ごはんを作りなさいよ……」



 その言葉と共に、痛恨の一撃を腹に食う。



 結果、残念ながらバッチリと目が覚めてしまうと、仕方なく朝食の準備を始めるのであった。



 ……こういう所は、"昔からずっと"子どもだよな。



 そんな事を思いながら。



*********



 予定通りの時間に自宅を出ると、俺と朱夏は市内でも有名な商店街を抜けて最寄り駅から電車に乗った。



 どうやら、電車に乗る事自体が初めてな様で、だいぶ舞い上がっている。



「前の世界では何処に行くにしても"送迎車"だったから、とっても新鮮ねっ! 」



 ナチュラルに"お嬢様"を自慢してきやがる。なんて羨ましい生活をしていたんだよ。



 とは言え、考えてみれば、地元を離れるのなんて久しぶりだな。一緒に行く相手もいなかったし。泣くよ?



 そう考えていると、少しだけ楽しみになっている自分がいる事に気がついて、嫌気が差したのであった。



 ……だが、そんな時。



「あっ、いけないわ……」



 朱夏は、自分の髪の毛を触ると、何かに気がついた様子を見せる。



「なんかあったか? 」



 車窓の外に見える街並みを見つめながらそう問う。



「舞い上がりすぎて"髪飾り"をつけ忘れたわ。一回戻りましょう」



 脈絡なくそう言い出した。



 いやいや、それだけの為に……。



 一度家に引き返すと、豊後さんを待たせる事になる。



 だからこそ、俺は彼女にこう促した。



「そんなもん、一日くらいいいだろ」



 そう告げたのではあるが、朱夏は頑なだった。



「それはダメなの。あの髪飾りは、パパから貰った"お守り"みたいなものなんだから。空ちゃんには申し訳ないけど、先に行ってて! 」



 彼女はその言葉を残すと、停車と同時に一人、"合鍵"を持っているかの確認をした後で、途中下車をしたのであった。



 それから、俺は一人で人見知りな少女の元へと向かったのである。



 ……あの髪飾り。



 桜の装飾が施されていたな。



 そういえば、さいけんガールの作中でも大事にしていたっけ。



 ……でも、それって……。



*********



「ごめんごめん、お待たせ〜! 」



 俺が豊後さんと合流してから約1時間のタイムラグを経て、朱夏はやって来た。



 ちゃんと髪飾りを付けた状態で。



 その間、時間を持て余した俺達は周辺をウロウロとしていた。



 最中、気づいたことがある。



 彼女の服装は、緑色のチェックのカーディガンに、同単色のスカート。頭にはネイビーのベレー帽を被っていた。



 トレンドマークの眼鏡も相まって、まさに完璧な文学少女コーデ。



 豊後さん、実はかなりオシャレなのだと思った。本当に同族なのかと疑うほどに。



 ……対する俺。


 謎の英語がたくさん書かれたヨレヨレのロンTに、サイズオーバーのスラックス。紐を極限まで伸ばした合皮の鞄。



 ……俺、ダサくね?



 ちょっと恥ずかしくなった。



 その事実に気が付かれない為の話題逸らしの一環で、何故、普段大人しい彼女があそこまでこの取材にノリノリだったのかを聞いたのである。



 すると、こんな答え。



『……あのですね。ここは、小原先輩が書いたポエム【港の夕焼け小焼け】の舞台だからですよ。つまり、聖地なんです』



 ……吐血しそうになった。



 確かに、ここ"横浜みなとみらい"で葵ちゃんとの"暫しの別れ"を前向きに捉えるという設定で一つの詩を書いていたのだ。



 だが、そんな理由で……。



 何にせよ、朱夏が来る前に気がついて良かった。



 そう思って安心すると、小走りで駆け寄って来た彼女と合流したのであった。



 ……のだが。



「じゃあ、まずは空ちゃんのリクエストした【港の夕焼け小焼け】の聖地巡礼から行きましょうっ!! 」



 ……情報はバッチリ筒抜けだった。



 という事で、俺たちは部活動の一貫としての取材を始めた。



 過去の古傷に、思いっきり塩を塗られる形で。

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