5項目 彼女の愛した詩集
豊後さんは、めでたく入部した。
おかげさまで、これにて文芸部の部員は2人になったのである。
多分、彼女は俺と同じ"ぼっち"。
それを証明する様に、この哀愁がたっぷりの部室に、週数回ほどの頻度で遊びに来るのだ。
いつも、気がつけば居るというのが、正しい答えなのだが。
まあ、そんな間柄も相まって、新入部員なんていう心躍る新鮮味とかワクワク感などは、特に感じられなかった。
ただ、この"豊後 空"という女の子は、本当に変わってるなと思うだけ。
理由は、彼女が文芸部に足を運ぶキッカケにもある。
去年の文化祭の時、騒がしい顧問から言われて無理やり書かされた(途中からはノリノリだった)自筆の"ある作品"を見てから懐くようになったのだから。
……思い出すだけで、苦痛すら覚える問題作を。
先程の醜態などとは、全く比べ物にならない程のレベルの。
そんな物に感動して"わざわざ感想を伝えにやって来た"彼女は、きっと、かなり独特な感性を持っているに違いない。
……という訳で、変わった新入生と共に、つつがなく新学期の文芸部の活動は始まったのであった。
内容は、ただ、各々がお気に入りの本を読むだけ。
これと言って特別に何かをしているわけではない。
部内で創作活動を行う訳でもないし、同じ作品を共有して批評し合うなんて事もない。
それに、多分、本の趣味は合わない。
彼女は特段、オタク関連の類いには興味がない様子だ。
初めてここにやってきた時、俺はライトノベルの素晴らしさついて熱弁したのだが、ポカーンとされたし。
のちに熱く語ってしまった事を、死ぬほど後悔したのは秘密だが……。
そうと知ってからは、お互いの趣味に干渉しない形で静かな空間は出来たのだ。
……まあ、そのおかげで集中してラノベを読めるんだけどね。
朱夏の登場によって滞ってきたオタ活が出来るのは、ここしかないしね。
だからこそ、思いっきり羽を伸ばして新刊を読み進めていると、気がつけば約1時間が経過したのであった。ホント、一瞬で。
そんな中、俺は展開がひと段落したので、休憩を兼ねて一つ伸びをする。
続けて、チラッと豊後さんの方に視線を移した。
……そういえば、彼女はいつも何を読んでいるんだろう。
何となく興味が湧く。
これまではあまり気にした事がなかった。
というよりも、オタクでないと知った瞬間から、興味が無くなったと言うのが正しい。
それに、ただでさえ臆病な豊後さんに干渉するのも、余り良くないという気遣いもあったし。
でも、正式に部員となった事が、無駄に好奇心をくすぐる。
だからこそ、俺は続きを読むフリをして、彼女の方へと視線をずらしたのであった。
……すると、なんだかみすぼらしい手作り感満載の冊子に夢中になっていたのだ。
まるで素人が作った様な"薄い本"に。
……えっ? なになに?
もしかして、遠足かなんかのしおりとか?
案外、豊後さんってクラスでは友達が多い方だったり?
たしかに、保護欲を掻き立てられる様な小動物的かわいらしさがあるし。
それに、あんなキラキラな瞳で……。
つまり、同族ではないと……?
……いやいや、待て。早まりすぎだ。
まだ入学式を終えたばかりの段階で、そんな代物がいきなり配布される訳がない。
つまり、その選択肢は消去だ。人の嫉妬は正常な思考を妨げるもんだ。
……それにしても、あの冊子、見覚えがある様な……。
そう思うと、彼女の持つ手から溢れる、表紙にに描かれた"文字"にジーッと目を凝らした。
【フレンチなひとときは部室から】
……?
……!?!?!?!?!?!
思わず二度見をして、俺は絶句した。
何故ならば……。
「あ、あの、豊後さん……。そ、それ……」
まるで怪談話を聞き終えた様な感覚で肝を冷やしながらガタガタと震えると、思わず、そう問いかける。
すると、眼鏡越しに上目遣いをした豊後さんは、小さく微笑む。
「はい……。これ、空が一番好きな本なので……」
小さな声で絶賛を口にする彼女の称賛を呑み込むと、俺は悶絶で心臓が止まりそうになった。
今、彼女が童心にでも帰ったかの様な表情で読むその冊子こそ、俺の人生の黒歴史の"集大成"とも言える"禁書"なのだから。
……やばい、あの悪夢が蘇る。
当時、制作段階で無敵状態になっていた俺は、自分に才能があると思い込み、サクサクと約50タイトルものポエムを完成させた。
それから意気揚々と製本をした後に、文化祭の出し物として全クラスに配布されたのであった。
『すごい。いつもは大人しいけど、実は小原くんって天才だったんだね』
とか思われるに違いないと、強く期待して。
……だが、そうはならなかった。
感想が気になったので、期待をよそに廊下の影に隠れて"例の処女作"を手に取るリア充軍団を見守っていた際に、聴こえて来た言葉。
「……ブァッハッハ〜!!!! コレ、超面白いわっ!! 痛すぎる!! めっちゃ傑作だなっ!!!! 」
「きっとワザと笑わせる為に書いたのねっ! まさか、小原くんにこんな"ギャグセンス"があるなんて思わなかったわよ!! 」
「今度、お笑いについて語ってみたいね」
……その日は、翌日トイレに篭る事になるほど飲んだね。牛乳を。
羞恥心から筆を折ったのは、想像に難くないだろう。
同時に、その悪夢について触れられたくないという一心で、以前よりも強く"話しかけるなオーラ"を放つ事になった。
結果、ぼっちレベルは更に上がったのである。
その"超駄作"については、放課後の全生徒が帰ったタイミングでこっそりと回収後、永遠に闇へ葬り去ったのだが……。
彼女は、最初で最後の一作を、何故か持っていたのである。
「い、いつも、それを読んでたの? 」
俺は、引き攣った笑顔でそう問う。
すると、彼女は「はい……」と、ニコニコと何度も頷く。
憧れにも似た表情で大切そうに【フレンチなひとときは部室から】を抱っこしながら……。
そんな純粋な態度を見た瞬間、俺の身体からは力が完全に抜けた。
「……もう、殺してくれ……」
本心からそう呟く。
もう、この世になど居られないと悟って。
……しかし、そんな時、部室の扉が勢い良く開いたのである。
「周っ! やっと見つけたっ! なんなのよ、いきなり居なくなるとかあり得ないわっ! 」
そうキャンキャンと喚きながら入って来たのは、先程まで楽しそうにクラスメイトと話をしていた朱夏だった。
だが、完全に抜け殻状態になっていた俺は、その声に「……仲良しごっこはもう終わったのか? 」と、皮肉を込めて嫌味を伝える。
すると、彼女はニヤッと笑う。
「なになに〜? もしかして、アンタと違って一瞬で人気者になっちゃったからって嫉妬でもしてたの〜? 」
的を得た言葉が胸に刺さる。
悔しさから、さっきまでの悶絶からすっかり抜け出す。
同時に、怒りに身を任せて否定をした。
「はぁっ?! そんな訳ないけどォ?! 俺は、孤独が好きなだけだわっ! 」
「さて、どうだか。それに、今日一日で周が予想通りの"ぼっち生活"をしてるのが分かったし」
「う、うるせぇわ!! ひとり、最高だわっ! 」
そんな喧嘩にも似たやり取りを繰り返している内に、取り残されてしまっていた豊後さんは涙目になっていたのであった。
「う、うぅ……」
その声に反応すると、俺達の口論はピタリと止まった。
同時に、朱夏は更に小さくなる彼女をジーッと見つめた。
「……えっ? アンタ、こんなに可愛い"幼女"を学校に連れ込んでるの? まさか、本当の変態なの……? 」
怪訝な表情を浮かべながら、犯罪者扱いをする。
「断じて違うわっ! 彼女は"豊後 空"。今日、文芸部に入部した後輩だよ」
そう全身全霊で否定を叫ぶと、朱夏は豊後さんに向かって確認を取った。
「……本当に? 」
すると、彼女は小さく頷いた。
「……はい」
そこでやっと、信用を勝ち取ったのであった。
……危なかった。あと少しで"ロリコン"という不名誉な称号が付く所だった。
ギリギリで学校生活終焉の危機を乗り越えホッと胸を撫で下ろした所で、俺は朱夏にこんな質問をした。
「……それで、何でわざわざ文芸部の部室まで来たんだよ。てっきり、これからクラスメイト達と学校案内だとか、部活見学なんてイベントに参加すると思ってたのに」
溢れ出る羨ましさを込めてそう聞くと、彼女は大きく首を振った。
「まあ、その流れになったわ。……でも、逃げて来たのよ」
……おいおい、お前さん。そんな、俺が、叶えたくても叶えられなかった夢を、なんでわざわざ躱してきたのかね。
「もったいないな……。せっかく友達が沢山出来そうな瞬間なのに……」
すると、朱夏は俺の声に対して、更に大きく首を振った。
「そんなの疲れるだけよ。それに、乗っけから"あんな振る舞い"をしてしまった以上、昔と変わらなくなっちゃうじゃないっ!! 」
……あぁ。それはそうかもな。
だって、朱夏ったら、最初の挨拶から放課後までずっと、原作通りの"お嬢様"を演じ続けていたしね。
たしかに、ずっとあんな振る舞いを続ければ……。
「だったら、本性で接すればいいじゃん」
当たり前の答えを口にする。
だって、そうじゃなきゃ本当の意味で彼女が求める"自由"は手にする事が出来ない訳だし。
しかし、そんな安易な助言を彼女はすぐに否定した。
「それが出来たら苦労しないわよ! これはある意味、"条件反射"みたいな物で、染み着いちゃってるの! 」
真剣な目で眼前まで顔を近づけ、そう熱弁する朱夏を見ていると、ただ、呆然とするしかなかった。
「……じゃあ、どうするんだ」
それに対して、朱夏は考え込みながらブツブツと口ずさんでいた。
「……そうなのよね。また普段の生活が窮屈になるなら、"素"でいられる場所が必要ね。本性は少しずつ出して行けばいいし。……それに、こんなに小さな女の子と変態を二人っきりにさせるのも……」
そして、彼女は"ある結論"を導き出したみたいに、堂々とこう言い放ったのであった。
「じゃあ、私も文芸部に入部する事にしたわっ!! 」
……えっ? 何を言ってんだ、この小娘は。
そう思うと、快適な空間を守る為、すぐに反論した。
「いやいや、待てって。お前はいかにも青春みたいな部活に入った方が良いって!! 本にも興味ないだろうし」
だが、原作通り一回決めた事にブレない彼女は、俺の提案をキッパリと断ったのであった。
「だから、そんな所に入ったら息が詰まるって言ってるでしょ。どうせ部活に入るのは義務付けられている訳だし、ここなら自然な状態でいられる。……もしそれでも嫌なら、アンタが"ロリコン変態男"だって、みんなに言っちゃうわよ? 」
……そんな悪魔の様な条件を突きつけられると、俺は力なく頷くしか無かったのである。
後、豊後さん。固まってないで、幼女扱いされている事を怒ろうか。
「わ、分かったよ……。ここにいても良い。だから、お願いだ。それだけは……」
渋々、入部を認める。
すると、朱夏は「じゃあ、決定ねっ! 」と、笑顔で机の上に置いてある豊後さんの入部届けの下に、名前を記入したのであった。
「よし、コレでオッケーっ! じゃあ、これからも宜しくっ!! 」
「お、おう……」
……こうして、俺の最後の砦であった安住の地は奪われた。
それは、必然的にライトノベルと距離を取らなければならない事を意味する。
……そう思って落ち込んでいると……。
朱夏は豊後さんにも挨拶をすると、彼女が抱えている冊子に興味を示した。
「それ、何? 」
その言葉に、豊後さんは満遍の笑みを見せる。早くも打ち解けているのが分かった。コミュ力やばすぎだろ。
「こ、これはですね……」
同時に、彼女の両手へと、その"禁書"が渡ろうとする。
「や、やめろぉーー!!!! 」
机越しにいる彼女から何とかそれを奪おうと必死に飛び込んだが、運動神経の差でヒラリと交わされてしまった。
そして、捕まらない所に逃げた朱夏は、俺の暗黒史に目を通し終わった後で、こんな事を言い出した。
「"ねえ、お花さん。ボクの未来は、美しく咲き誇ってますか? ねえ、お花さん。ボクの心は、可憐に咲き誇って見えますか? もしキミがボクのネモフィラなら、きっと何処に行ったって幸せになれるんだもん。だから、ボクの初恋に恋をしてほしい、な。"」
……口頭で読まれた、記念すべき一作目。
葵たそに向けて作った、ある種の恋文。
それが読み上げられると同時に枯れ果てた。
余りにも惨めな様子を見た朱夏は、感想とでも言うべき半笑いで俺を見つめたのであった。
「……っぷ」
……その瞬間、俺の魂は黄泉の世界へと旅立って行った。
まるで脳内をボコボコに殴り付けられた成れの果ての様に……。
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