4項目 格差社会はつらいよ


 学校が始まった。


 いや、始まってしまったのだ。


 息苦しさを感じる教室。


 特に虐められている訳でもないが、このピカピカな青春の舞台の中で、俺はいわゆる"空気" と化していたのである。

 リア充に憧れたが、スタートダッシュにも出遅れた。



 結果、小原周というモブは爆誕したのだ。



 朱夏に関しては、編入という事もあって職員室へと向かっていった。



 期待に満ち溢れてキラキラな笑顔で別れた彼女とは裏腹に、俺は気まずい空気が漂う教室に入り込むと、音を立てない様に自分の席に座る。


 それから、クラスメイトに関心がないアピールの為に持ち込んだ純文学を開いたのであった。世間の目を気にして、ラノベは封印した。



 ……だが、そんな時。



「やあやあ、周くんっ! 今年も同じクラスだなっ! オレのおかげでボッチ回避だなっ! 」


 突然、一人の男が鼓膜が破れそうになる程うるさい声で、肩を組んできたのである。



 一瞬だけビクッとしたが、そいつの顔を見ると、すぐに冷静になる。


「相変わらず騒がしいな、お前は」


 分かりやすく塩対応を決め込むと、男は意味ありげな笑いを見せる。



「ククク……。それを言ったらお終いよ。どーせ、春休みの間も、ひとりぼっちでラノベばっかり読んでいたんだろ? 」



 本当にうるさい。



 この男は、俺の小学校からの腐れ縁である"土國つちぐに 駆流かける"。


 少年野球をやっていた頃からの腐れ縁で、この学校の同級生にして、唯一、話せる相手だ。



 彼は今も野球を続けているが、対する俺は中学を機にやめてしまったんだが……。



 なんにせよ、毎日のようにこうしてウザ絡みをしてくるのは、きっと、彼なりの気遣いから来ているのだろう。



 そんな事を考えつつ、俺は彼の口から出た、如何にも"陰キャ"とでもいうべき心外な決めつけを、小さな反抗心から否定したのであった。



「色々あって、全然読めんかったよ。全く……。なんでこうなったかなぁ……」



 駆流は想定外の言葉に衝撃を受けたのか、目をひん剥いてこんな追求をして来たのだ。


「お、お前、それってもしかして、か、彼女が出来たから、忙しくなったとかじゃないよな?! 」



 ……めちゃくちゃめんどくせぇ。んな訳あるかい。



 そう思うと、「ちげえわ」とアッサリ否定する。



 あんなツンデレ女と付き合うとか、まずあり得んし。



 すると、彼はすっかり機嫌を取り戻したのか、肩を組む腕の力を強めて大いに笑った。

 


「だよなだよな! お前はさいけんガール……だっけ? その負けヒロインの葵ちゃん一筋って言い続けてるしなっ! アニメとかラノベは全くわからないけど。……まあ、もしオレにスウィートな彼女ができたら、二次元から解放してやるよ! 」



 そんなこんなで、一方的な友情が深まると、彼は別の男子達の輪に入って行くのであった。



 ……ふぅ。やはり、学校は憂鬱だ。



 そう思いながら現実逃避をするべく窓の外をジーッと眺めていると、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴ったのであった。



 ……アイツが登場するゴングが。



「うっす、お前ら。今日から新しいクラスだが、みんな仲良くしてくれよっ!! 」



 まるでボディビルダーを彷彿とさせるマッチョなタンクトップ姿の担任、子守こもり 啓太けいた先生が登場する。



 この人も、駆流同様、暑苦しくて苦手だ。



 ……まあ、そんな、今はどうでも良い。



 それよりも、少しだけ緊張して来た。



 だって、これから朱夏が教室で挨拶するのだから。


 まだ余所余所しさが充満する新クラスは、彼女を受け入れてくれるのかと。

 


 実は、叔父が起点を利かせて、わざわざ同じクラスにしてくれた事を先に聞かされていた。



 だからこそ、一種の"親心"にも似た感情が芽生えた結果、次第に心拍数は上がって行くのであった。



 ……そして、その時はやってきた。



「実はだな、クラス替えと同時に新しい仲間が転入してくる事になった。みんな、仲良くしてやってくれよっ!!!! 」



 先生の無駄にデカい声でそう促されると、朱夏は廊下から教壇に立った。



 同時に、騒つくクラスメイト。



「……えっ? めっちゃ可愛くねえか? 」

「どこかのお嬢様かしら」

「……ブヒッ」



 妙な家畜の声が耳元を掠めて寒気を覚えたが、それよりも俺の心配とは裏腹に、朱夏の容姿を見た皆は"美しさ"に目を奪われていたのであった。



 ……それから、静まり返る教室。



 そんな中、彼女はゆっくりと口を開いて自己紹介を始めるのであった。



「みなさん、ご機嫌よう。わたくしの名前は、忍冬朱夏と申します。この度、家庭の事情によって、この玉響学園に転入してきましたわ。宜しかったら、仲良くして頂けると嬉しいです」



 気品たっぷりの挨拶が終わると、クラスは拍手喝采となった。



 彼女の自己紹介は、大成功を収めたのである。



 誰からどう見ても、"お嬢様"とでも言うべき挨拶によって。



 アイツの事だから平気だとは思っていたが、内心ホッと胸を撫で下ろした。



 何故ならば、彼女の学園生活は、最高のスタートを決める事が出来たのだから……。



*********



 気がつけば、放課後になっていた。



 俺にとっては平凡で、彼女にとっては記念すべき一日がそろそろ終わる。



 突然転入してきた美少女の方は、休み時間や昼休みの度に、沢山の男女に囲まれていた。



 まさに、一日にして"人気者"にのし上がったのである。


「ねぇ〜。忍冬さんはどこかのお嬢様なの? 」

「部活、もう決めたか? もし良かったら、野球部のマネージャーなんか……」

「アタシと連絡先交換しようよ!! 」



 引っ切りなしに人が彼女の周りを右往左往していた。



 ……それを見て、激しい嫉妬心を覚える。



 理由は、彼女に対する独占欲などではない。



 だって、俺が何度も夢見てきた"リア充"な瞬間を、たった一日で叶えてしまっているから。



 既に、何人かの女子と連絡先を交換している。


 「"この時代"には必要不可欠なんでしょ! だから、どうしても欲しい! 」と言われて仕方なく購入したピカピカのスマホをぎこちなく弄りながら振り合う姿は、まさに俺の目指した高校生活そのものだった。



 俺のメモリーには、親と駆流くらいしか入っていないのに。あっ、後、渋々交換した朱夏ね。どちらにせよ、クソっ。



 考えてもみれば、朱夏はもし現実世界に生きていたら、30歳を過ぎている計算になる。



 何故なら、元々、2000年代後半の世界観からやってきた人間だから。



 だからこそ、俺の家にあるタブレットやPC、それに、テレビから流れる最新の情報に目を輝かせていたのを見ていた訳だし。



 ……まあ、そんな話はどうでもいい。



 だって、俺が積み上げてきた1年間の学園生活の全てを持ってしても、彼女のたった一日の出来事の方が、ずっとずっと輝いているという現実が突き付けられているのだから。



 あまりの悔しさから、遠目に彼女を見た。



 畜生、"おばさん"に負けた……。



 すると、朱夏はそんな負のオーラ満載な視線に気がついたのか、俺の現状を察したかの様に、ニヤッと笑いかけてきたのであった。



 まるで、「ドンマイ(笑)」とでも言わんばかりの表情で……。



 そこで、悶絶する程の屈辱を感じた。



 ……なんにせよ、この調子じゃ彼女の一日は随分と長引きそうだった。



 きっと、これから沢山の仲間を連れて校内の案内なんか受けるんだろう。



 シンプルに思う。



 ホント、死ぬほど羨ましいわ! そのポジション、代わってくれっ!



 そう心の中で叫びを吐露すると、俺は歓声が聞こえる教室から抜け出す事にしたのである。クラスで一番情けない顔で。



 ……という訳で、すっかりやる事がなくなった俺は、部活動に向かうのである。



 きっと、アイツは部活選びも、引く手数多なんだろうな。色んなリア充達から勧誘を受けるんだろうなぁ。



 ……クソ、世の中は世知辛いぜ。



 そう考えている内に、自分の現実とのギャップに泣きそうになるのであった。




*********


 2年B組から暫く歩くと、俺はひとりで旧校舎の一番奥にある教室にたどり着いた。



 もちろん、部活動をする為に。



 ここ最近の非現実的な生活から一転、そこにだけは、何も変わらない、当たり前の日常が広がっているのだ。



 俺の部活。


 それは、文芸部だ。


 過去には割と精力的に活動をしていたらしいが、今は俺一人だけの寂しいクラブ。



 でも、決して哀しくなどない。ほんとだよ。



 むしろ、ここは俺のユートピアだ。



 玉響学園は"部活に入ること"が義務付けられている。



 その事情を加味した結果、誰の邪魔も入らずに読書が楽しめそうなココを選んだのであった。



 ぼっちを隠す為の言い訳であるという一面も、若干あるが……。ニヒルなのだよ、俺は。



 というわけで、意気揚々と入口の引き戸を開く。



 同時に、大量の文学(ほぼ私物のラノベ)から漂う紙の匂いがした。



 ……まあ久々に、誰にも邪魔されずにライトノベルの世界にどっぷり浸かるか。



 そう思うと、少しだけ気が晴れる。



 先程、まざまざと見せつけられた現実から逃げられる気がして。



 それに、ここ最近は朱夏の登場で本の世界に触れられてなかったし。



 ……という事で、そんな解放感を全身に感じると、部室に入るや否や、思わず両手を広げてこう叫んだのであった。



「よっしゃーーーー!!!! 俺は今、自由ダァーーーーーー!!!!!! 」



 ……よし、実に気分が良い。



「ぐふふ……。これから、現実世界と離脱する為、禁忌の書物に目を向けてやる!! 覚悟しておれよぉ!!!! 」



 ここ数日間のストレスは、今の為にあるのかもしれないとすら思う。



 

 だからこそ、この湧き上がる高揚感を中二病ばっちりで言葉に出したのであった。



 超、気持ちええ。ハローワールドっ! ビバ、ひとりっ!!



 ――だが。そんな爽快感を全身で感じていた矢先。



「ひ、ヒィッ!! 」



 ……えっ? 誰かいるの?



 誰もいない筈の部室から聞こえてきた声に反応すると、俺は先程のポーズを決めたままの状態でゆっくりと視線をずらす。



 ……すると、そこには、まるで小学生の様なコンパクトフォルムのショートボブで眼鏡をかけた少女がいたのである。



 続けて、怯える彼女と目が合う。



 グォーーーー!!!! 見られた。ミラレタ。見羅蓮多(みられた)……。



 決して人に認識されてはいけない秘め事を現認されてしまった羞恥心に、全身からは脂汗が滴る。



 なんとか、せねば……。



 そう思うと、今あった惨劇を亡き者にする為、無理やり話題を逸らすのであった。



「アレ、今日も来てたんだ……」



 まだ若干動揺しながらもそう質問をすると、少女は何度も頷いた。



「……は、はいっ! き、今日からは、先輩と同じ、高等部なので、入部しに、き、きました! 」



 勇気を振り絞ったのが分かるほど辿々しい口調をする彼女は、震える手で"豊後ぶんご そら"と小さな文字で書かれた入部届けを差し出す。



 この豊後さんという女の子。



 彼女は、併設する中等部の生徒で、俺しかいない"過疎部活動"にちょくちょく顔を出す変わり者だ。



 そんな彼女は高校進学を機に、記念すべき二人目の部員になる為、入学式を終えたその足で部室にやってきてくれたのである。



「こ、これからもよろしくね……」



 まだ先程のダメージから抜け出せないまま、引き攣った笑顔で入部届けを受理する。



 でも、心はそこになかった。



 だって、俺の一番カッコ悪い、ドン引きする場面を見られた訳だし。



 だからこそ、まるで胸のつかえが下りた様にホッと笑う豊後さんを横目に、こう思うのであった。


 

 ……うん。黒歴史はまた一つ増えた、と。

 

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