第2話
俺は思い出した。この男が言っていたことを。何でも出来る。なら――。
「死体を元に戻すことも出来るのか?」
もし、出来るのなら、この人の命は元に戻るはずだ。
あんな芸当が出来るのなら、そういうことも出来るんじゃないかと思った。只、それだけだ。
彼はにやっと笑った。
「無から有を作るのと同じで、僕は有から無を作ることが出来る」
「つまり……?」
「出来るよ。それが君の願いなら」
そう彼が言った瞬間、サラリーマンの体がみるみる元のように戻っていく。そして、俺の心の罪悪感もそれと一緒に元のように戻っていった。
(良かった)
少しの安堵と共に、涙が込み上げてきた。
女子高生とサラリーマンはいつも通りに家に向かって帰って行った。
「なんで、泣いてるの?」
「何でだろうな」
「ついでに女と男の記憶を消しといた」
「……それは良かった」
案外、空気を読める奴なんだなと思った。
そうだ。コイツを利用できれば――。なんて考える俺は守銭奴なんだろう。
「お前、願いってこの一回きりなのか?」
「いや、君は僕の恩人だ。そんな一回きりなんてもったいないじゃないか。君が利用したいなら僕のことを利用すればいい」
「じゃあ――」
俺は人を助けることにした。今まで、良い人生を送ってこなかった。サラリーマンも俺のせいで一回死んだし、コイツも人を助ければ、サラリーマンのように人を死なせることは無くなると思う。
「君は本当に馬鹿だなあ。同じ種族だから?バカバカしい。生命は死ぬもんなんだよ。死ぬように作られている。それを捻じ曲げるのは面倒くさいことなんだよ」
「さっき、お前軽々とやって見せたじゃねえか」
「それはね……ああ、えっと。まあ、簡単だよ?」
彼女は粘土をこねこねする子供のように手でそれを披露して見せたが、ぜんっぜんわかんない。
何をやってんだ。コイツは。
「わかんねえよ」
「じゃあ、ああやって、こう!みたいな?」
「説明下手だな」
「見せた方が簡単なんだよ~」
と言って彼はネズミを見つけると嬉しそうに捕まえに行き、俺に見せた。
「この太っているネズミは東京によって成長させられたネズミ。人様が残した残飯処理を任されてもいないのに勝手にやってしまっているネズミ。そのため、このネズミには重罪が課せられます」
「え」
コイツは何を言っているんだろう。
ネズミは何も悪いことをしていない。そこに生まれただけで、食べるモノを探して、それがたまたま人間の残飯だっただけだ。
それで太っていったのは人間の残飯がありふれていたから。だから、このネズミが太ったのは人間が悪い。
「はい。リピートアフターミー」
「なんで、これから何する気なんだよ!」
「リピートアフターミー!」
「えっと」
「このネズミには重罪が課せられます」
「このネズミには重罪が……課せられます」
「はい。よくできました」
保育士さんが子供たちに向けて言うような視線を向けて彼はそう言う。だけど、俺の心臓が言っていた。なぜ、その言葉を言ったのだと。言っては駄目だったと。冷や汗が流れる。
ネズミは跡形もないほど崩れて、血の水溜まりだけがその下に生まれた。
「あ……あ」
「じゃあ、行こうか。そういえば、まだ君の名前聞いていなかったね」
彼は俺の手を無理やり掴んでどこかも分からない場所に向かって歩いて行った。俺はそれに従うしかなかった。
何で正義面していたんだろう。
「泉日高……です」
俺の視線は彼ではなく、赤い水溜まりから離れなかった。
「そういえば、あなたの名前は?」
「イニティウム。長いからイニでいいよ」
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