第3話
「この、ネズミも元に戻せるんですか?」
「え、日高は殺人を犯した人を元に戻すの?」
「だって……このネズミは生きるのに必死だっただけで、それは俺も同じっていうか」
このネズミは俺に似てて、生きるために必死で、そして、欲望が溜まって太ってしまった。只、それだけなのに。なんで……。
「それに、コイツは只、残飯を漁って食っただけじゃないっすか。重罪じゃないし」
何言ってんだろ。この人にこの言葉が通じないって分かっているのに。次に、殺されるのは俺かもしれないのに。
あ、怖い。死にたくねえ。
「日高はこのドブネズミは重罪だって言ったんだよね」
「……はい」
それは確かな事実だった。
「でも、重罪って言っても殺していいまでのものではないんじゃないっすか?」
これで通じるか分からなかった。だけど、イニさんを説得する方法は馬鹿な俺にはこれしか見つからなかった。
「ああ、そっか。確かにね。じゃあ、足の骨を折ろう。それで、いいでしょ?」
「……はい」
血の水溜まりからいつの間にかネズミが現れ、ネズミは急いで一本の足を引きずりながらこの場から離れた。まるで、イニさんから受けた恐怖を分かっていたかのようだった。
「じゃあ、今度こそ行こうか。そういえば、君の家どこ?」
「あ、そこの店を曲がって真っすぐ行ってボロい家が俺んちです」
この人に逆らったら駄目な気がした。
「分かった」
なんで、この人に手を引かれてんだろ。結と誠、殺されねえかな。母ちゃんも。殺されたらごめんって言っても許されねえよな。そしたら、俺、警察署行って。ってなんで、こんなことになっちまったんだろ。父ちゃん……。
あーあ、もう家に着いちまったよ。
「日高。鍵、しまってるよ」
イニさんは強く何度も古い戸を開けようと試みるが開かない。
この人はまともじゃない。
「あ、はい」
俺は肩掛けバッグの中から乱暴に鍵を取り出す。
ガチャっと家の戸の鍵が開く音がした。イニさんは優しく戸を開けた。
「おかえりなさい」
母ちゃんのやる気のない声と結と誠の嬉しそうな声が混ざる。
「お邪魔してます」
「結、兄ちゃんがカノジョ連れてきたぞ」
「え、ほんと!」
「カノジョじゃない。えーと、説明しがたい仲の方だ」
「なんだかすごいね。って、兄ちゃんケチャップ服についてるよ」
コイツらが汚いモノに触れてこなくてよかったと初めて思った。
「ああ、ハンバーガー零しちゃってな」
母ちゃんが見れば多分すぐに血だって気付く。その前に洗面所で血、落としてこねえと。
「先に俺の部屋行ってて。二階曲がってすぐのところで、日高ってネームプレートがドアについてると思うから」
「ああ、分かったよ」
イニさんが結と誠から離れたことを確認して、俺は洗面所に向かった。
血っていうのはなかなか落ちないらしい。インターネットで調べてみるとお湯に漂白剤を入れてニ・三十分漬け込んでおけばいいらしい。インターネットでは大体検索で出てきた一番上の奴を実行すればいいと学んでいる。
幸い、汚れていたのは上のTシャツだけで、ズボンはあまり汚れていなかったので、Tシャツを脱いでインターネットで調べたやり方で血の汚れを落とす。
その間、俺は洗面所でニ十分程度そこに居た。自分の部屋に行くのが怖かったし、母ちゃんにこの事がバレたらどう説明すればいいのか分からなかったからだ。
その間、風呂に入り、血の匂いを落とした。
髪を乾かしているとスマホのタイマーが鳴る。大体髪の毛は乾かし終わったので俺はその後の処理をまたインターネットの方法を見て学ぶ。
そして、洗い終わったTシャツを脱いだズボンと同じ洗濯かごに入れ、洗濯機の上に置いてあった下着とパジャマを着る。
二階へと上がり、自分の部屋の前で立ち止まる。
(入りたくねえ)
一番好きだった自分の部屋が今だけは地獄の場所に変わっていた。
俺はドアの取っ手を握って、部屋に入った。
「遅かったね」
「血が取れなくて」
「そっか」
イニさんは只、満月を見ているだけだった。
よく見るとイニさんの顔はとても綺麗だ。だけど、この顔の裏には悪魔が潜んでいることを忘れてはいけない。
「そういえば……あの、人を生き返らせるって話。やってもらえるんで……しょうか」
「うん。やるよ。君、それで金稼ぎたいんでしょ」
案外、乗り気でよかったと安堵する。
怒りだしたらどうしようと思った。
「俺たちはビジネスパートナーだ」
俺はグータッチをイニさんに求めたが、イニさんは人間とはそういうのしないとでも言いたげな顔で応じなかった。
まずはアプリを使ってサイトを作る。そのサイトに死んだ人を生き返らせることが出来る。と書く。
「そういえば、どんな状態の人達を生き返らせることができるんだ?」
「無から何でも作れるのと同じ感じ」
しばらくの沈黙の後、イニさんは俺にこう聞いた。
「ねえ、生きてるってどんな感じ?」
「え」
「僕ね、食べなくても一応生きていけんだ。このパンってどんな味するんだろうね。僕にとっては日高くんの言葉で言えばドブ食っているようなもんだよ」
イニさんは俺が買った三割引きのパンを持ちながらそう聞く。
「じゃあ、なんで食うんだよ」
イニさんは一瞬考えて「分かんないな」と一言言った。
「そうっすか」
人生、分からないことばかりだ。何をしているのか自分でもよく分からない時もあるし。そういうもんなんだろう。人間っていうのは。
後悔しないように、なんでもかんでもやってみて、失敗して、そして忘れて繰り返す。そんなバカが人間なんだろう。そして、それは他の動物にも当てはまる。何度も何度も繰り返しやって体が覚えるようになるまで繰り返すのだ。
「五万円はどうっすか?」
「僕の価値は五万円って言っているようなもんだよ。それは」
「初めから百万じゃ、誰も信じてくれないっすよ」
「ああ、確かにね。詐欺も最初から高い金を売りつけちゃ、信じてもらえないもんね。どんどん洗脳していってお金を巻き上げていくんだよね」
「……そんなことしないっすよ。ずっと五万円でいいでしょ」
イニさんは驚いた顔をして、僕の言葉が余程面白かったのか笑いながら話始めた。
「案外、君、守銭奴でもないんだね。良心的というか。五万円で生き返るんだよ。本当なら金で表しきれない」
俺にも人の気持ちってのが分かる。父ちゃんが亡くなって母ちゃんの笑顔は少なくなった。
何をしても母ちゃんは俺らに興味が無くなって「ああ」とか「うん」とかつまらなそうな返事ばかりをする。
母ちゃんのパート代だけじゃ金が足りなくて高校を卒業した俺が金を稼いでいる。元々ばかだったし、大学は別にどうでもよかった。それよりも、妹たちに普通な生活を送ってほしかった。
だから、俺の服が汚くてもどうでもよかった。新しく自分の服を買うよりも妹、弟、そして、母さんの服を買う。
母さんは服のことなんて気にしていなかったから俺が二割引きの服を買ってきた。
「父ちゃん、生き返るの?」
まず、妹たちに父ちゃんが生き返らせれるということを話した。
「やめなさい」
「え」
一番母ちゃんが喜ぶと思っていた。だけど違った。
「父ちゃんは生き返っても喜びやしない。すぐに死ぬさ」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
また交通事故に遭うって言うのかよ。
「あの人はそういう人なんだよ。死期っていう決められたものがあるんだから、それに抗ったら駄目なんだよ。それに、あんた、どうかしてしまったんじゃないかい?そんなこと言って。それと、今までお前さんばかりに迷惑かけてごめん」
母ちゃん、何言ってんだろ。俺の苦労知ってんのかな。そんな一言だけで済むわけないじゃん。何年この辛い仕事してきてんだと思ってんだよ。五年だぞ?恋人がいない歴=年齢。そういうのよりも家族を優先してきた。
少しぐらい自分勝手にさせてくれよ。父ちゃんが居れば元通りになるし。
「父ちゃんがまた働けば、元通りになるんだよ」
「死んだ者を雇ってくれるところなんてないんだよ」
「あ、そっか」
どうすりゃいいんだろ。この仕事、ちゃんとできんのかな。皆、嘘だと思って依頼してくれなかったり……。
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