最終確認

 突然の訪問に驚くのは人も蝙蝠も同じで、ましてや人間が妖狐と龍族なんて従えていればさらに当然で。

 な、な、な、何事ですかね~?

 単刀直入に、魔王を倒しに付いて来てくれ。

 ぼ、僕がですか~?

 他に誰が居る? 人間に魔法を教えているんだろう? そんな抵抗する手段じゃなくて諸悪の根源を廃絶しに行こうよ。

 ちょ、ちょっと考えさせてください~。

 屋敷の地下へと籠った蝙蝠は、思考を巡らせる。

 口元を歪め、尖った歯を覗かせて怪しく笑う彼は一体どんな思考をしたのか。

 かくして童話にある「だいじななかま」は揃い、魔王城へと進んでいくのであった。


────────


「なんや雰囲気変わったなぁ。それに、そないに気ぃ張っとったら疲れへんか?」

「あなたみたいに気ままに生きる、なんてもう無理だと悟りましたわ」

「んな大袈裟な。天下のSランクのマスター様やろ、お互い」

「Sランクより上が無いだけですわ。同じSランクのマスターと言えど、あなたと同じ位の強さ等と自惚うぬぼれてはいませんわ」

「卑屈やねぇ、……ほんで? 今日は何の用や?」


 この間の魔王に対する問い以来か、リリスが神楽を尋ねて来た。

 尋ねて来た目的など一つしかありはしないだろうが。


「分かってて聞いていますわね? 魔王様の記憶を見せていただきに来ましたわ」

「やろなぁ。はいはい、ちぃと待っとってくれるか?」


 そう言って部屋を後にする神楽を目で追って、視界から居なくなれば彼女の出してきた紅茶に視線を落とす。

 いつも通り優雅に、ゆっくりとカップを傾けて。

 香りを、味を楽しみながら、心ではどんな内容であろうと全てを受け止める覚悟を決める。


 神楽が持ってきたのは一振りの刀。

 さやつかつばも、漆黒に塗りつぶされたその刀をゆっくりと引き抜けば、


「――っ」


 思わず息を飲むほどに美しい刀身が晒された。

 神楽のこまめな手入れの賜物たまものか、汚れどころかくもり一つないそれに心を奪われたリリスは、ゆっくりと意識を落としていった。


*


 のどかな町で目を覚ましたまだ誰からも勇者と呼ばれていない存在は、自らのすべき事を理解して旅へと出た。

 最初は順風満帆じゅんぷうまんぱんで、襲い来るモンスターを倒し、時折野宿し、町へとよれば人々の願いを聞き入れてありとあらゆることを手伝った。


 旅を開始して3年ほど経った頃、世界が一変した。

 今まで出会った事の無い強大で、恐ろしいモンスター達が突如として争いを始めたのだ。

 人間の事など意に介さず、まるで己を高めるために、モンスター同士が戦い始めた。

 勇者と呼ばれ始めてていた存在は、初めは多少の抵抗を見せた。

が、人間一人の力などまるで無意味で、いつしか抵抗を止め、様々な町や村の人々を避難させるようになった。


 自分の力じゃ無理だった、どうしようも出来なかった、と。

 それでも弱い事を受け入れて、自分に出来る事をしていた勇者は、目の前で避難させていた幾つもの命が、たった一発のブレスの流れ弾により、一瞬で消える様を目の当たりにした。


 涙は、不思議と出なかった。

 襲ったのは虚無感と拒絶感。自分は今まで何をして来たんだ、と。こんなのが現実なんて辞めてくれ。

 そう考えた一瞬後に、絶望した。これが、この程度が、自身の限界だったのだと。

 夢の中で女神を名乗るものに出会い、力を授けられたはずなのに、自分は、勇者などでは無かった、と。


 視界の端で何やら自分に向けて叫んでいる村人達を無視し、目の前で命を奪ったブレスを吐いた存在を睨みつける。当然こちら等気にもしていないようだが、せめて一矢報いたいと得物を握りしめた時に、視界が純白に染まった。


 のちに転醒と呼ばれるその現象を当時知る者はおらず、勇者自身にさえ理解は出来なかったが、力がみなぎるのを感じた。

 手に持っていた得物はいつのまにか深黒の刀へと変わり、睨みつけていたかたきが勇者を気にするぐらいには強くなっていた。

 ここから、勇者へと転醒した存在の進撃が始まる。

 手始めに多くの命を目の前で奪った龍族を打ち倒し、説教を垂れて今の状況を聞き出して、今度こそ目的をもって旅を始める。

 魔王が弱っている今がチャンスとどのモンスターも野心を剥き出しに、我こそがと思うモンスターどうしでぶつかり合うこんな無秩序な世界を、自分が魔王を討伐して終わらせる。

 という野望を持った勇者が目指すのは、龍族以外の仲間。災厄に分類され、紅宝龍と呼ばれていた、今は従えているこの存在以外にも頼れる仲間。


 その仲間を探して東奔西走し、見つけた仙狐と呼ばれる存在と、神と呼ばれていた蝙蝠少年を従えて、勇者は魔王城へと乗り込む。

 激しい戦闘の末、魔王を討伐した一行は、転醒の光りに包まれて、リリスが良く知る姿へと変貌した。


*


 意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けたリリスは、視界の端が僅かに濡れている事に気が付いた。

 泣きながら、あの記憶を見ていたのか、と理解した時に、


「どやった? 思っとった内容とちごうたか?」


 そう声を掛けられて、涙を拭い、思わず素直な感想を漏らす。


「人間も、大変だったのですわね」

「そやで? ま、今でこそ生意気なチビッ子どもやけど、当時なんざなーんも出来へんチビッ子やったからな」


 煙を吐いて、質問あるか?と神楽が尋ねれば、リリスは僅かに考えて、


「急にモンスターが争い出した理由は、当時の魔王様が弱っていた事が知れたって事でいいんですわよね?」

「その通りやで。ま、ただし、で、どこぞの蝙蝠がモンスター共に吹きまわったせいであんな事になったんやけどな」


 語尾に怒気を孕ませた物言いに思わず神楽を見るリリスは、初めて神楽の、怒り、という感情を見た気がした。

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