代償

 うちはこいつらと行く事に決めたから、後は好きにしぃや。

 そう人間達に告げれば、口々に様々な事を言われた。

 神様が居なくなってはどうするのだ、と。誰が守ってくれるのか、と。

 うちの狐達に頼んどるから、少しだけ我慢しぃや。こんな世界にした魔王を討伐しに行くんやから。

 そう説明すれば、しばしの葛藤の後に皆が皆、頑張ってきてください。と応援してくれる。

 はは、今よりも未来を取れる、っちゅうんは流石やね。

 下手をすればどのモンスターよりも弱い存在である人間は、一体どのようにしてここまで逃げ延びたのか。

 未来を思い知恵を捻る毎日を見ていた仙狐は、いつしか人間贔屓になっていた事を、本人は自覚していない。


────────


 すっかり変わり果てた姿となったギルドの建物を後に、負傷した冒険者や職員達を近くの病院へ。

 無事だった者達で力を合わせれば、そう時間もかからなかった。


「さぁてと、ほんとにどうすっか」


 これは困った、と頭を掻きながら思考を巡らすミヤさんをよそに、私は念話にてデタラメへと連絡を取る。


(今すぐギルドへ来ていただけますか?)


 そう飛ばした後で、素直に来るなど想像が出来ず、何か餌は無いかと思案していれば。


(すぐに向かいます~)


 との事。

 物事がうまく行き過ぎている時は、決まって悪い事が起こる前兆というのが経験則なのですが、大丈夫ですかね?

 連絡の取れたデタラメがこちらに到着するまで、さて、何をしましょうか。


「くしゅんっ!」


 何やら可愛らしいくしゃみの声が聞こえてきましたが、あぁ、やはりツヅラオでしたか。


「水魔法により周りに水がまかれてこの辺りの気温が下がっています。消火活動中にも水を浴びているようですし、今日は帰って風邪をひかないようにしておいてください」

「で、でも。僕も何かお役に……くちゅんっ!」

「ツヅラオ君、ここで無理して風邪ひいちゃったら、明日からマデラが大変だよ? 今日はしっかり休んで、体調を整えた方がいいと思うぞ」


 どうせギルドがこんなじゃ仕事なんて出来やしないし。

 なんて言いながらミヤさんが少し乱暴にツヅラオ君の頭を撫でる。

 撫でられながら少しだけ考えて、


「分かったのです。今日はお先に失礼させていただくのです」


 そう言ったツヅラオ君は深々と頭を下げて、トコトコと早歩きで自宅へと向かって行く。


「神楽に今回の火事の件伝えておいてくれー」


 ツヅラオの後ろ姿にそう叫んだミヤさんは、タバコを取り出して、……火種を探して右往左往。

 指先に火を灯して、どうぞ。と差し出せば。

 悪いね、と一言お礼を言って、美味しそうにタバコを吹かし始める。

 これ、現実逃避ですよね……私もよくやりますから分かります。

 ミヤさんがタバコを一本吸い終わるのと、空からデタラメが降って来たのがほぼ同時だった。


「すっみませ~ん。遅くなりました~」


 頬が少し赤いのと口からの匂いから察するに、ワインを結構な量飲んでおられるようで。

 断られると思っていた念話も素直に来ていただけたのは、上機嫌なだけでしたか。


「えぇと、ミヤさん? そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ? 今の所味方です」

「心外ですね~。いつだって味方であったはずなんですけど~」

「明らかに強そうなモンスターを目の前にするとどうも昔の癖で……な」

「確かにSランクのマスターをして貰っていますが、ちゃんと分別を弁えておられる方ですので」

「Sランクね。何度か挑んだ事はあるが、まるでいい思い出ってのがねぇな」

「それで~? 何故僕を呼び出したんです~?」


 警戒するミヤさんへ吸血鬼を僅かに説明するが、警戒は解いては貰えなかった。

 そんな事は気にしないと吸血鬼に今回呼び出した理由を聞かれ、


「とりあえず目の前の惨状を見て頂いて。あれをどうにか元に戻したいのですよ。」

「あ~、見事に焼け崩れてますね~。……”嘘”で何とかしてあげたいんですけど~、何分魔力がですね~」


 こちらを視線で何度も見てくる彼の意思は分かりました。

 ……血を飲ませろ、という事でしょうね。元に直してもらう手前、こちらに拒否権などありませんし、満足するまで飲んでいただきましょう。

 爪を立てて、手首を一閃。少しばかり景気よく血が噴出し、一瞬で吸血鬼の顔が笑顔になる。


「いただきます~」


 飛び散る血も、滴る血も関係なく、吸血鬼の口の中へと消えていく。

 あの、ミヤさん? 顔色が少しすぐれないようですが、大丈夫ですか?


*


 まだ飲むのか、なんて思う程に血を飲んだ吸血鬼は


「プハ~、大・満・足・です~。ついでに血を瓶詰にしていくつかいただけませんか~? そうすればやる気が出てくるんですけど~」


 という要求までしてきて、仕方なくその要望を承認しギルドを元に戻して貰う事に。


「火災は無かった、という”嘘”でいいんですよね~? 他の案があります~?」

「あ~、火災は無かった。じゃなく、火災はあったがすぐに消し止められた。って方がいいな。……頼めるか?」

「お安くはございませんが可能です~。ではそのように世界に”嘘”ついておきますね~」


 構える吸血鬼の手から夜が広がって、跡形も無いギルドを包み込めば。

 ものの数分で私達の良く知るギルドの姿が現れる。


「マジか、……いや、何て言うか、……デタラメ過ぎね?」

「Sランクのマスターですし。まぁ彼は、というか彼の魔法はおおよそ理解を超えてはいますが」

「好き勝手言いすぎなのでは~? まぁ魔力さえあればこんなのちょちょいのちょいです~」


 胸を張って鼻を鳴らす自他ともに認めるデタラメに向ける視線が、警戒から恐怖へと変わったミヤさんをよそに私はギルドへ入って瓶を探して……。

 約束した報酬として、私の血を詰めて吸血鬼へ渡す。しっかり2つも要求されどうせろくな事に使われないと確信しつつ、私は、ギルドを元通りにした事にだけは心の中で感謝するのだった。

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