戯れ

 ある日、とんでもない来客が来た。

 なんと、恐怖の対象でしかない龍族を従えた人間だった。

 その人間は自らを勇者と呼び、魔王を倒すための仲間を募っているという。

 そんなんうちには関係あらへん。他当たってや。

 そう言って追い払おうとするも、その自称勇者は首を振って力説する。

 今のままでいいのか、と。どこまで続くか分からないこの無秩序な世界を俺たちで終わらせるべきだ、と。

 何故うちなん?

 思わずそう聞く位には自称勇者の言葉は力強かった。

 ぶっちゃけモンスターの事なんざ俺は考えてない。魔王を倒したらモンスターも人間も共存する世界を作る。今好き勝手やってんだ、そうなったらモンスターには少し割食って貰うつもりだ。

 そう前置きして自分の理想を語り始めた自称勇者の言葉に、仙狐は徐々に惹かれ始めていった。


────────


 辺りは静寂、景色は闇。

 地底湖へと続くダンジョンの入り口で入念に道具や動き方などを確認するパーティが一つ。

 強大な盾を持ち、ハンドアックスを構えるシールダーと、残りの4人は後衛職というややいびつなパーティ。

 そもそもの話、戦闘中にポーションを飲むという隙だらけの行動を取れぬ故に回復役は必須であり、その回復役を守るために前衛職もある程度必須。それらを踏まえ前衛後衛のバランスの良いパーティが多い中、このようなパーティはかなり珍しい部類に入る。


 精霊魔法使い2人と僧侶2人。この4人が大なり小なりの回復魔法を駆使し、壁役となってくれるシールダーを回復させ時間を稼ぐ。その間に残りで大掛かりな魔法を発動させる。というのがこのパーティのコンセプトで、事実、ここSランクのダンジョンに来るまではその戦法でクリアしてきた。


 僅かな頷きを合図にシールダーがダンジョンに侵入し、それに続いて後衛職もダンジョンへ。

 道中、かなり苦戦を強いられ、何度か挫けそうになるも、シールダーの激励に奮起し奥へ奥へと歩を進める。


 ようやくたどり着いた地底湖にはその中央でゆっくり上下に漂うマスターが一体。

ワイングラスを片手に、こちらを見ているその存在は、ワインを一気に飲み干して、


「ようこそ~、僕のダンジョンへ~。誇っていいですよ? 自慢していいですよ? あなた方がここ、ボスの間まで来れた最初の冒険者です~。歓迎しますよ~。ワインでも飲みます~?」


 緊張感なくまるでとぼけた様に冒険者達にグラスを向ける。


「冗談。生憎とダンジョン内ではモンスターと仲良くしねぇと決めてらぁ」

「残念です~。ま、賢いんですけどね~それが」

「賢いと褒めて貰えたんだ、ご褒美でもくれよ」

「ご褒美の内容次第ですね~、何がいいですか~?」

「そうさなぁ、……あんたを倒したって証とかか!!」


 会話中に詠唱を済ませていたのだろう。僧侶二人で協力して詠唱した目も眩むどころか辺り一面を白の世界へと変えるほどの光魔法と、同じく2人で協力して発動させた疑似的な小さい太陽とすら思える灼熱の炎玉はデタラメである彼へと向かって進んでいく。


*


「準備いいな? 行くぞ!」


 その言葉を合図に、5人はダンジョンへと侵入する。

 いつも通りの戦法で、これまでより苦戦しながらもようやっと開けた場所へ到着した。

 ダンジョンの最奥、地底湖のあるこの空間に漂う一体のモンスター。


 地に転がった2本のワイン瓶は彼が飲んだという事か。

 チラリと後ろの4人を見やり、目線だけで油断するなと警戒を促す。

 見た目では、どう考えても子供であるダンジョンマスターからは、言い表す事の出来ない気配が僅かに漏れていた。


 盾と手斧を持つ手に力を入れ直した時、目の前のデタラメから闇が広がった。


「――――っ!?」


 思わず後ずさり、味方全体を覆う防御スキルを発動させ、この得体の知れない攻撃が終わるのを、じっと待ち続けた。


*


「うし、準備出来たな。いくぞ!」


 そうパーティメンバーに声を掛け、ダンジョンに侵入する。

 これまで通りの戦法で進み、途中シールダーの僅かなミスで怪我を負ってしまい回復に時間を要したが、それでも彼らはこのダンジョンの最奥へと到達出来た。


「も~、遅いですよ~。待ちくたびれました~」


 奥から歩いて来たダンジョンマスターと思われる子供は、ワイン瓶を逆さまにし、僅かに滴るワインを舐め取りながら、不機嫌に言う。

 飲み干したワイン瓶を投げた先にはすでに6本の瓶が転がっていた。


「そろそろ飽きてきましたし~、とりあえず決着させときますかね~」


 ゾクリと、今まで感じた事の無い寒気が冒険者達を襲う。

 それは剥き出しの殺意で、目の前の吸血鬼が本気で冒険者達に襲い掛かろうとしている合図。


 だが、心を折るにはまるで足りない。今まで俺らがどれほどの修羅場をくぐって来たと思ってやがる。

 そう考えていたシールダーは、手首に激痛が走り思わず視線を落とす。


 彼の手首には、無数の蝙蝠こうもりが無音でまとわりついており、それらが皮膚を、肉を、筋を噛みちぎっていた。

 半狂乱になりながら、そうだ、後衛は? と後ろを見るとそこにあった景色はシールダーを絶望させるには十分だった。


 首から腕から脚からと、どう見ても助からない量の出血をし、今にも倒れそうになっている4人と、その4人の血を、一滴残らず吸い尽くさんと群がる蝙蝠。

 今までの思い出を浮かべ、涙が込み上げてくるシールダーに、背後から掛けられるのは優しい優しい声。


「またの挑戦を、お待ちしております~」


 その言葉を聞いて、シールダーは意識を失った。


*


「むぅ~、挑戦者が少ないからと”嘘”を着いて何度も挑戦させては見ましたが~、あまり効率良くありませんね~。結局おんなじやつらと戦った所で手に入る経験値なんてしょぼいですし~……ん? 念話? 珍しいですね~。僕にしてくるなんて~。よっぽど切羽詰まった用事なんですかね~?」


 念話を受けてどこかへ向かうその吸血鬼デタラメも、吸血鬼に念話を掛けた存在も、この時は知らなかった。


 それぞれがそれぞれの用事を行っている時に地が揺れて、人間の住む所からは離れ、ダンジョンすら近くに存在しないとある場所で、天から光の柱が2本降り注いでいた事に。

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