代理

 困り果てた人間達は、一つの事を思い出す。

 この屋敷に来た時に見つけたボトルの中身。

 彼らにとっては娯楽でしかないが、これを彼に与えてみてはどうか。

 すぐに行動に移して彼に飲ませてみると、最初は飲んだ瞬間に吹き出した。

 何だこの飲み物は? と。

 口いっぱいに含むのではなく、舌の上に乗せる程度に含み、香りや味を楽しんでみてください。

 と飲み方を説明し、もう一度挑戦した彼は、少し眼を見開いた。

 血はいい。これをもっと寄越せ。と。

 かくして、人間にモンスターへの抵抗方法を与えてくれた、人間の間で神と囁かれたモンスターが、血の代わりに欲した物として。

 一部地域には今でも、ワインを「神の血」と呼ぶ地域があるという。


────────


 魔王様へ現在の状況を伝え、リリスの代わりになりそうなモンスターを探して貰うがそう都合のいいモンスターなどなかなか居らず、


「ふむ……どうしたものか」


 と魔王様が呟く程度には行き詰っていた。


「最後の手段ですがリリスが見つかるまで側近に――」

「嫌ですけど?」


 ええ、そう言われるだろうと思いました。


「私がやるくらいなら、貴女がやればよろしいのでは?」

「ダンジョン課は人が居ないという事が欠落しているのですか? 無人になっては魔王様の望みから後退しますよ?」

「…………魔王様、あの者は今どちらに?」


 どうもこの方とは馬が合いません。すぐに口論の様になってしまいます。

 側近も側近でそのことが分かっているのか、魔王様へと話を振る。

 あの者とはどなたの事でしょうか?


「ん? ……おぉ、あいつか。てっきりお前が倒したものだと思って忘れていた。そうだな。あいつに代わりを務めさせるか」

「では、連れて参ります」


 二人の会話に置いてけぼりですが、どうやら代役に心当たりが見つかったようです。

 側近が連れてくるという事なので待ちますか。


「魔王様、どのようなモンスターなのですか? 今から連れて来られるのは」

「詳しくは知らぬ。いつも通り私に挑んできたモンスターでな。側近に相手をさせたのだが、側近の片腕を切り落とした位には腕の立つやつであるらしい」


 ほう。側近も私に負けず劣らずの強さですので実力については心配なさそうです。

 後は頭の方ですかね……。

 そんな事を思いながらしばし待つと、側近が連れてきたのは、

 これは、……屍霊王リッチですか。


*


 屍霊王リッチ

 一般的なゾンビやマミーと言ったアンデッド系モンスターの最上位種である。

 実体のある霊体という少しメンドクサイ特徴を持ち、実体であるがゆえに屍霊王リッチからは触れる事が出来るが、霊体である為に、聖なる力などを持たせなければこちらからは触れる事すら出来ない。

 魔法は有効ではあるが、人間に比べれば魔力の量は雲泥の差。

 ろくなダメージすらなく、防御すらされずに涼しい顔をして耐えきられるであろう。

 一説によれば不老不死を目指した人間の成れの果てとも。


「このモンスターが代役ですか?」

「強さは私が保証しますよ。何分、腕を切り落とされたもので」

「動いて居ないようですがどのような状況なのでしょうか?」

「魔王様の手により、全てを断絶されて封印されております。魔王様、解除を」


 若干の自虐を含ませて説明してくれた側近が魔王様に封印の解除を促す。

 何も言わずに魔王様が屍霊王リッチに手をかざすと一瞬大きく屍霊王リッチの体が跳ねて。


「何事であったか……」


 そのまま宙に浮き、体を起こして辺りを見渡す。

 その時に側近と魔王様の姿を捉え、


「―――っ!?」


 思わず腰の刀に手をかけ、警戒しますが、そんな屍霊王リッチに魔王様が声を掛ける。


「そう警戒するな。別にどうこうしようとは思わん。それよりも、貴様にも悪くない提案があるのだが聞いてみらぬか?」

「信用出来ると御思いか?」

「ならかかってくるがいい。今度は跡形も無く消し飛ばしてやろう」


 一瞬だけ魔王様に匹敵するプレッシャーを放ちましたが、刀から手を放し、警戒を解いて魔王様を見る屍霊王リッチ


「貴様にはダンジョンマスターをやって貰うぞ」


 その言葉が説明の始まり。

 魔王様が大雑把に説明するのを横から聞き、必要な細かい補足を付け足して、私と魔王様とで屍霊王リッチをマスターへと勧誘するのだった。


*


「なるほど。承知した。しかし何が目的なのだ? わざわざ自分へ歯向かうものへ塩を送るような事にしか思えぬのだが?」

「言ったであろう。退屈だ。と」

「随分とわがままな主君を持ってしまったようだ」


 マスターの件は無事に了承して貰えるが他の初めてマスターの話をされたモンスター同様、疑問がわいたようで。

 その疑問を本人へ投げかけて、返すのはこれまた他のモンスターへの回答と同じ。


 どんなにモンスターが強くなったところで魔王様の退屈しのぎになるまでに強くなる事など、私は万に一つ程度にしか思えませんけどね。

 だからこそ数を、分母を増やしているのでしょうが。


「どのダンジョンへ向かうか、またその他のさらに細かい人間相手の決まり事などは、そこにいるマデラから聞くがいい。貴様がもう一度、さらに強くなったうえで我の前に姿を見せる事を楽しみにしているぞ」


 そう言って魔王様は魔操傀儡の中に入り込み、


「側近よ。また手合わせするのじゃ」


 と側近を連れてどこかへと部屋を出て行ってしまった。

 残された私は言われた通りに細かいルールを屍霊王リッチに説明し、リリス不在のパパラのダンジョンへと案内して、ようやく帰宅する。

 パパラのダンジョンへ屍霊王リッチを紹介しに行った時に、ほぼ全員のサキュバスが悲鳴を上げて絶叫したのは、割と心に残る光景でしたね。

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