ギルドの皆で
ワインの入ったグラスを片手に、吸血鬼は笑う。
とうとう来たか。と、心を躍らせながら。
今か今かと冒険者が目の前に現れるのを楽しみに。
もし辿り着いたのならば、盛大にお迎えしよう。
そう心に決め、彼はまだ誰の姿も無い空間に、待ち遠しそうに手を伸ばすのだった。
────────
鬱陶しかった連日の雨も今はもうどこへやら。
むしろ、うって変わってカンカン照りの太陽の陽が降り注ぐ真夏日が続くような日の、とある一日。
すでにいつもならギルドは開いていて、大勢……かは分からないがそれでも冒険者達が出入りをしているものであるが、今日に限ってはただの一人すら姿が見えなかった。
いや、冒険者だけではない。
普段からギルドで働いている職員も誰一人姿が無かった。
そもそもギルドへの幾つもある入り口には、「本日緊急事態につき臨時休館」と書かれた札がぶら下がっていて。
いつものようにギルドを利用しようとした冒険者はその札を見て、しばし考えて、回れ右して来た道を引き返す。という行動を皆が皆取っていた。
一体ギルドの職員達はどこへ行ってしまったのか。
結論から言えば皆あちこちの町へ、村へ、ダンジョンへ。
持てる移動手段を惜しみなく使い、鬼気迫る表情で移動し、ある物を確保する為に全力を出していた。
話は、ギルドが開くほんの1時間前に鍛冶屋の親子が無理矢理ギルドに入って来たのが始まりだった。
「うちのせがれがとんでもねぇ事してやがった! 話だけでも聞いてくれ!」
私やミヤさんなど、腕に覚えのある職員に囲まれ、引きずられながら叫んだそこからの一言に、ギルド内の空気は凍り付いた。
「防具の補正基準値、無視した防具ばっか作って卸してやがったんだ!!」
私はその事実を聞いて、膝から崩れ落ち、絶望した。
終わった。と。今日どころかしばらく定時退社は無理だろう。と。
*
不思議に思ったことは無いだろうか?
誰が作った防具でも、同じ名前の防具は同じ数値だけしか防御力が上がらないという事実を。
店で売られている強化済み防具が、決まって数回しか強化されていない事を。
属性付与されたものは大体が1属性しか付与されていない事を。耐性についても同様に、である。
これらが何故起こり得ているか。そんなもの、そう決めているから、である。
例えばの話、腕利きの鍛冶屋が作った防具の補正値が、平均的な装備より2倍近く補正するならば、みなその腕利きの鍛冶屋の作った防具しか買わないであろう。
それが当然、という人も居るかもしれない。
売れるためにいい装備を作り、作れぬなら作れるように努力するのが普通だろ、と。
しかし、よく考えてみて欲しい。わざわざ冒険者、ではなく、鍛冶屋を生業としている人達がどれだけ少ないと思うだろうか。
わざわざ鍛冶屋などならずとも、冒険者として食っていける世の中で、どれだけの若者が鍛冶屋を目指してくれるかを。
そんな少し考えただけで絶対数が少ないと分かる存在を、さらにふるいにかけるとなれば、残った少ない鍛冶屋で、すでに膨大な数であり、なおも増え続ける冒険者の分の防具を賄うなど到底無理だと理解できるだろう。
故に、誰が作ったものでも装備に差は無い。というのは大前提なのだ。
鍛冶屋はもちろん、冒険者にとっても。
それをこの鍛冶屋の息子が誤魔化していた。というのは、鍛冶屋全体の信用に関わる問題であり、その決まりを作ったギルドの面子に関わる問題である。
もしこの基準を下回った防具を付けた冒険者が、今まで通りにダンジョンに行き、攻撃を食らったら、下手をすれば、本当に最悪の場合、命すら落としかねないのだ。
そんな市場回収不可避にして、回収方法が全ての装備屋に並んでいる防具を片っ端から調査するしかない。となれば皆の絶望の理由も分かる事だろう。
もちろん私はダンジョンの宝箱の中身として供給されているであろう防具を、ダンジョン一つずつを周り、確認しなければならず……。
「とりあえず、いつ卸した防具が基準とは違う防具なのかを聞かせてくれ」
すでにいつでも町へ向かえるように支度したミヤさんが鍛冶屋の親父の方へ尋ねると、
「気付いたのは今朝だ。卸しは昨日の朝と晩に2回」
との答えが。
卸した日が昨日という事は、まだ店頭には並んではいないはずですね。
少なくとも冒険者に買われたという事はなさそうです。
ですが……当たり前のようにダンジョンには流れてますね。
「防具の種類は?」
「……アイアンメイル」
今度は息子の方が、やや不貞腐れながら答える。
よりによって一番ポピュラーな防具でやらかしてくれたのですか、そうですか。
手に入りやすさ、加工のしやすさ、安さ、と初心者の冒険者から中級の冒険者に至るまでのスタンダードな防具にそんな地雷のような物を仕込まれては。
「全員! すぐに回収に向かうぞ! ……と、数はどれくらいだ?」
「全部で30だ。……あ、いや。二回分で60だな」
「防具に製作者の印は?」
「ちゃんと付けてる。lf55ってやつだ」
それを聞いてミヤさんが周りを見渡せば、ミヤさんと目が合った者は、叩き込んだ。と頷いて。
「冒険者の手に渡る前に絶対回収するぞ! 出来なきゃみんなで仲良く始末書だ」
「「絶対に嫌です!」」
皆が皆、それぞれ割り当てられた場所を目指して移動を開始する。
いつこのような事態になってもいいように、予めどの町へ向かうなどは決められていて、
「マ、マデ姉? 僕はいったいどうすればいいのです?」
「ツヅラオはとりあえず、私と共に来てください」
ダンジョン課の割り当てなど当然ダンジョンである為、
「分かったのです」
私はツヅラオをおんぶして、魔力で脚力を強化し、近場のCランク以下のダンジョンからしらみつぶしに探していくのであった。
この時、普段ならようやく仕事が始まる時刻を時計の針が刺した事を、私は視界の端で、ちらと確認しました。
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