長期休暇に向けて

 あら、随分珍しいですわね。

 ドラさんから助けを乞う手紙が届くなどとは……。

 そうね、あの子に行かせましょうか。

 目的の子を呼び出し事情を説明すれば、まぁ、眼が爛々らんらんと輝いていましてよ?

 わたくしにはそんな表情しませんのに、少しだけ妬けますわね。

 頬の輪郭に指を這わせ、口を近づけ耳元で、


「くれぐれも粗相そそうのないように」


 とささやけば。

 腰砕けになりながらも、


「もちろんです」


 と弱弱しく返って来る。

 これだけしてもドラさんへの好意の方が勝っているのは、リリスとして本当に悔しいですわね。

 と、魅了全開でもなお自分に縛れない存在に歯噛みしながらも、彼女はゆっくりと紅茶を飲んだ。

 怒りごと、飲み下すように。


────────


 いや、覚悟はしていましたよ?

 冒険者さんがダンジョンを積極的に利用するようになったと聞いて、モンスターの補充依頼が大変な量来るなんて予想しやすい出来事です。

 ですが……ですが、ですよ?

 何も私とツヅラオの机に置き場が無くなるくらいの量というのはちょっと……。

 ツヅラオは瞬きすらせず黙々と砂山の城を削るような勢いで書類を片付けていってますが、ちょっと終わる気がしませんね……これ。

 と、ツヅラオほどでは無いにせよ、書類の山を片付けていた時にふと、補充依頼ではない書類を見つけ……てしまいました。

 あぁ……もうこんな時期でしたか。

 なんて一人で思っていると、ツヅラオから


「キュウ……」


 と電池でも切れたような音が……。

 って、書類に突っ伏してますが大丈夫ですか!?

 見ればすでに山になった書類の3分の1ほど終わらせていたのですが、疲れてばたんきゅ~……と。

 一旦休憩を提案し、温めたおしぼりを目の上に乗せてくつろぐツヅラオ。

 と、


「そういえば見慣れない書類があったのです。ダンジョン改修申請……てなんなのです?」


 私がさっき見つけてしまった書類。

 その書類の内容を尋ねてきた。


「読んで字の如く、ですね。ダンジョンを住みよい環境に改修したいというマスター達からの提案申請です。改修を行う場合、終わるまでダンジョンが利用できなくなるので、普通はあまり申請されません」


 どうしても必要な場合を除いて、基本的には申請されないのですが、もちろん例外があります。


「何で今こんなに来ているのです?」


 脇に避けた書類の束を指差して言うツヅラオ。


「もうすぐ連休だから。ですね」

「連休……なのです?」

「はい。人間たちの定めた事で……なんでも、普段中々故郷に帰る事が出来ないので、いっその事全冒険者が故郷に帰る期間を設けよう。と提案されたのが始まりらしく、また、勇者が魔王を打ち取ったという伝承がその期間にあるとかで、平和を願う祭典なんかももよおされるとか」

「つまり、その連休中は冒険者が来ないからその間にダンジョンを改修するって事なのです?」

「そういう事です。改修の規模によってはダンジョン内の自分たちで行う所もあれば、ドワーフに依頼をしなければならない所もあるので、早めに申請していただくようにしているんですよ」

「はえー。まだまだ覚える事があるのです」

「まぁ改修に関しては私が対応しますので、ツヅラオは引き続き補充依頼の方を片付けて貰ってよろしいですか?」

「はい! 任せてくださいなのです!」


 すでにまとめられた書類を魔王様に送るついでに、一服へ。

 経験上、まとめて一気に送るよりこまめに送った方が魔王様の対応が早い……気がする。

 戻ったら、何とか定時までに終わらせなければ……。


*


「ちなみにダンジョン改修ってどんな事をするのです?」


 相変わらず書類の山を切り崩す作業をしながら、ふとツヅラオが聞いてくる。


「一番多いのは模様替え……と言いますか、配置換えと言いますか。マスターの待機場所を変えたい、と言った要望や、地形を変えたい、等ですかね。増改築、と言いましょうか」

「家みたいなのです」

「実際マスターらに取っては家も同然ですからね。ダンジョンは刻一刻と姿を変えるもの、と人間は言いますが、変えるではなく変えているんですよね」

「でもどうしてそれに申請が必要なのです?」

「冒険者の中にはダンジョンの地図を描き、その地図を売ったお金で生活をする方々も居ます。その方々の売っている地図と、実際のダンジョンが違っているとクレームが多々入った為ですね。私達の問題ではありませんが、まぁダンジョン関係と言えばダンジョン関係ですし。実際に地図があるダンジョンの方が利用率が高い傾向にあるので、それならば申請を出させて、地形が変わったことを通達しようという事になったんですよ」

「お手伝いをするようになって思うのですけど、人間……しがらみ多すぎるのです」

「ええ本当に。ですがまぁ、それも人間の個性の一つと認識しています」


 ここのダンジョンにはドワーフ3人……いや、5人にしておこう。


「とりあえず補充依頼は片付いたのです。……マデ姉の方はどうなのです?」


 そんな会話をしながら数時間。すでに日も沈み始めたころ

 目が疲れたのか目頭を押さえながら作業を終えたツヅラオがこちらを覗き込んでくる。


「こちらももう少しですね。今年の改修依頼は自分たちでやる方々が多く、ドワーフへの依頼も少なく済みそうで何よりです」


 ドワーフへの依頼もただではないので。

 抑えられるに越したことは無い。

 最後の申請も確認しようやく、城壁のような書類が片付いた。

 本当に疲れました。連休までこれが続くんですよねー……。


「肩をお揉みするのです!」


 と言ってくれたツヅラオの好意に甘えながら、明日以降も続くであろう書類への攻城戦に絶望し、私は帰宅するのであった。

 すっかりと暗くなった空を、トボトボと。

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