もう一踏ん張り
刃についた古い油をふき取って、打ち粉をポンポンと刀身へ。
3度ほど繰り返し、ゆっくりと刀身を観察する。
刃紋は小乱れ。
まるで濡れているように、怪しく月明かりに反射するそれは、見るもの全てを魅了するだろう。
こんなもんか。
と新しく油を塗り直し、手入れを終えた刀を鞘に納め、部屋の中央の刀掛けへ。
魔王より預かったそれが、誰の手にも触れないように、九本の尻尾を持つ影は、その部屋に封印を施すのだった。
────────
さんさんと照り付ける太陽。
額に浮かぶ玉のような汗。
ふぅ、と汗を拭い、一呼吸つく。
いい天気ですね。
と思いながら私は……ダンジョンを掘っていた。
事の発端は連休前の大量の書類を片付けていた時の事。
大量のモンスターの補充依頼と、そこそこのダンジョン改修申請を片付けていると その中に混じった報告書を発見したのだ。
Eランクダンジョン、ゴブリンの巣
そのダンジョンマスター ゴブリンリーダーから送られてきた報告書の内容は、連休前にもかかわらずダンジョンを改修、どころか作り直すハメにさえなった内容で。
冒険者が大量に来たから戦っていたら、通常モンスターのゴブリンが次々と転醒。
ゴブリンリーダーが総計50を超えたという報告だった。
どこか問題があるのか? と思われるかもしれないが、これが問題しかないのである。
ダンジョンマスターという存在は、そのダンジョンにおいて無二の存在でなければならない。
ダンジョン内で一番強く、ダンジョン内で最も指揮を取れ、ダンジョン内で知性に優れた存在でなければならない。
何故ならば、モンスターはみな野心家だからである。
何もダンジョンマスターに限らず、マスターらの配下に甘んじているモンスター達も例外ではない。
隙を見せれば、口実を与えれば。
あっさり立場を逆転されかねないのだ。
たかがゴブリンやスライムがどんなに強くなろうが魔王に敵わないだろう。
だから下克上など、野心など無駄ではないか。
そう考える方も居るでしょうが、そう言う人には私はこう返すことにしている。
「彼らにそれを理解する頭があるとでも?」
と。
話を戻してダンジョンマスターを任せていたゴブリンリーダーと同格の存在が急に50体も増えた。
この事実は、ダンジョン内でのマスターの座の奪い合う争いが繰り広げられるという事であり。
何も知らない冒険者がダンジョンに入ったら、すでに殺気立って戦闘準備万端のダンジョンマスター50体に囲まれてボコられた。
何て事になったら間違いなくクレーム案件である。
故に、その報告書を見た瞬間に、そのダンジョンの利用中止の通達を各所に飛ばし、彼らの為に新しいダンジョンを作るために全力でまずは報告のあったダンジョンに向かうことにしたのだ。
はい? ゴブリンリーダーを別のダンジョンに移せばよいのではないか?
なるほど。
確かに素晴らしい考えです。
――出来るならやってます。
ゴブリンリーダーの特性を、そしてゴブリンの事を知ると、その考えも諦めざるを得ないんですよ。
ゴブリンリーダー
戦闘面ではゴブリンとあまり大差ありませんが、何より知能が発達しています。
集団戦、罠、など面倒な戦いを強いられるモンスターです。
主にCランクのダンジョンに居ます。
罠を仕掛けるという特性。
そのせいでまずCランク以上のダンジョンに配属確定。
そして戦闘能力。
ゴブリンと大差無い為、下手すればダンジョン内のいざこざでやられかねません。
モンスターにも共存可能な種族がちゃんと分けられているんですけど、ゴブリンって絶望的に他の種族と共存出来ないんですよ。
下手するとゴブリンが餌扱いですからね。
仕掛けた罠に他のモンスターが掛かろうものなら、彼らの命は掻き消えます。
それだけ弱いのに、罠と集団戦を駆使して、それはもう
なのでゴブリンはゴブリン種のみでダンジョンに配属するのが鉄板となっているんです。
今回は50体と中々の規模で集団転醒なぞやらかしてくれまして、どうするか、と本人達と話し合った結果。
Eランクのゴブリンの巣のダンジョンの深部に新しくダンジョンを作り、そこに配属して貰おうという事になりました。
当然、誰がダンジョンマスターになるんだ、なんて話が出ましたがそれについてはこちらが手配済み。
ゴブリンの巣は元々崖沿いにあったダンジョンなのですが、その崖を掘って新しいダンジョンを作ろうとしています。
とりあえずダンジョンを掘らなければ始まらない、と炎天下の中、私はダンジョンを掘り進めているんですよ。
掘り進める。と言っても爆破魔法を無詠唱連発して穴を作っているだけなのですが。
穴を複数開け、その穴を全て繋げて無理くりダンジョンにしようという魂胆です。
というかゴブリンリーダー達が拘りでもあるのか、ダンジョン内は自分たちでやるから、と大雑把なところだけお願いされたんですよね。
崖崩れが起こらない程度に穴は開けましたし、後は彼らに任せましょう。
丁度マスターも到着したみたいですし。
「遅れちゃいました? ごめんなさ~い」
何て元気に言うスライムちゃん。
以前ダンジョン内のモンスターを壊滅されたスライムです。
イビルバットのダンジョンでお手伝いをし、順当に強くなり、今では立派なスライムクィーンへとなっています。
物理ダメージ半減、炎、水属性軽減、とCランクにしては少し強い気もしますが、まぁ誤差の範囲です。
それに、このスライムという種族、唯一と言ってもいいゴブリンと共存出来る種族なんですよ。
まず餌にならないし、ゴブリンを餌にしない。
罠にかかってもスライムなら影響ないものがほとんど。
そんなわけで彼女には転属して頂いた次第で、彼女の元居たダンジョンには彼女の推薦で別のスライムが配属されました。
「では、後はお願いしますね」
と、自分のやれる事を終え、スライムちゃんの紹介も終わらせ、細かな注意事項を伝え。
私はギルドに戻ることにした。
帰って新しいダンジョンの案内状を急いで作らなければいけませんし、何より書類の山が残っているはずですので。
ここ最近帰るのが遅いんですよね……一人の頃よりだいぶマシですが。
*
「お帰りなさいなのです!」
ツヅラオが元気にお出迎え。
書類は……おや、大分残り少なくなっていますね。
「今日は思ったほどでは無いのです。補充依頼の方が結構減っているのです」
あぁ……。
「連休が目と鼻の先だからでしょう。冒険者達もダンジョンに挑まず、故郷に帰る為の準備をしているのかと」
「なるほどなのです。ちなみに連休ってどれくらい休みなのです?」
「このギルドは15日間休みですね。ゆっくり出来ますよ」
早速ダンジョンの案内状を作りながらツヅラオの疑問に答えていく。
「あ、そういえば。かか……神楽様から
「手紙が?」
そう言って手渡された手紙には、
「連休中どうせ暇やろ? うちん所に遊びに来いひんか?」
と、達筆で書かれていた。
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