戸惑いと感謝

 むかしむかしにんげんにわるさをするわるいモンスターがいました。

 そのモンスターはまおうという、とってもわるいひとにしたがっていました。

 あるひ、ゆめのなかでめがみさまからつよいちからをさずかったゆうしゃがあらわれました。

 ゆうしゃは、ひとびとのためにまおうをたおすたびにでました。

 たびのとちゅうでであっただいじななかまとともに、せいれいたちをしたがえて、まおうじょうにむかいます。

 まおうじょうではげしいたたかいのすえ、ついにゆうしゃはまおうをたおしました。


 おしまい


────────────────


 何やらいい匂いが鼻腔びこうをくすぐる。

 そういえば私、風邪をひいて寝てたんでしたっけ……?

 ゆっくりと目を開けると、柔らかく私の手を握り、コックリ、コックリと舟を漕いでいるサキュバスの姿が。

 本当に私の体内の魔力を調整してくれていたのでしょう、僅かに開いた口から垂れている涎は眠気によるものだと思いたい。

 と、


「ん、……目が覚めましたか? お姉さま」


 僅かに動いた体にでも気付いたのか片手で目を擦りながらそう聞いてくる。


「えぇ。あなたのおかげで寝る前よりは随分楽になりました」


 もやがかかったようだった頭はすっきりしましたし、体の気怠さも比べ物にならないほどです。


「そうですか。それは良かったです」


 フフフと控えめに笑い、


「ではご褒美をください」


 と続けてきた。


「ろくなお願いで無ければ善処ぜんしょしますが」

「身体を触らせろだの、そんな事は言いませんよ」


 警戒しているのが丸わかりなのだろう、自分からそう申告してくる。


「とりあえず言ってみてください。聞いてから決めますので」

「私を名前で呼んでください!」


 はて?名前などリリスは付けていないはずですが……


「私が勝手に考えましたの。お姉さまと釣り合うような名前を」


 ふむ、まぁ、それくらいならば。


「構いませんよ。今後なんとお呼びすれば?」

「パパラチア……パパラと呼んでください」

「分かりました。ありがとうございますね。パパラ」

「あぁ……! お姉さまが! 誰にも呼ばれた事の無い私の名前を! しかも愛称で! 感無量です!」


 目の前で急に幸福メーターが吹っ切れた方が一名。


「と、幸せにひたって忘れるところでしたが、食欲はありますか?」


 そういえば朝から何も食べていませんでしたね。

 風邪とは食欲も無くすのか、言われて気が付きましたが結構空腹です。


「えぇ、お腹……すきましたね」

「スープを作っているので持ってきますね。パンも食べます?」


 お願いしますと伝えるとスキップ気味にキッチンへ向かう。

 窓に目をやれば辺りは夕暮れ。

 結構な時間寝てましたね。

 ツヅラオはまぁ……心配はいらないと思いますが、気にはなりますね。

 大丈夫だったでしょうか?

 と、そんな事を考えていればパパラがスープとパンを持って来てくれる。

 匂いだけで美味しい事を確信しつつ、ゆっくりとその日初めての食事を口にした。

 途中で、あーんしましょうか? だったり、ふーふーしましょうか? と、不要な申し出が多々ありましたが全てを拒否して無事完食しました。


「また寝ていれば明日の朝には完治していると思いますが、くれぐれも! 二度と! 魔王の悪夢は控えてください。風邪なんかで済んでいるのが本当に奇跡のようなものですからね!?」


 と帰る前にパパラに念を押され。

 流石にこんな体験したらしばらくは使いません。

 そう返してみると、


「二! 度! と! ですよ!! もう……お姉さまだけの御体ではないんですからね?」


 と言われましたが……。

 あなたとの体でもありませんからね?

 まぁですが、かなり助かった事は事実ですし、後日リリスにも合わせてお礼をしなければ。

 そう心に決め、また私の意識は沈んでいった。


*


 こんにちわなのです! ツヅラオなのです!

 マデ姉が体調不良という事で、急遽僕がダンジョン課にて対応させていただいているのですが、いつもと様子が変なのです!

 強そうな冒険者さん達がいっぱい来て、


「マデ姉をパーティに入れたい」

 や、


「マデ姉と手合わせをさせてくれ」


 とお願いに来る人が後を絶たないのです!

 ミヤさんや他の課から対応のお手伝いに来て貰っていますがそれでも大変なのです!

 さらにはマデ姉とかか……神楽様との闘いを見てやる気になった冒険者さんたちもダンジョンの紹介を受けに大勢来るのです!

 今までは一日平均10組前後程度だったのですが、今日だけで40組目になるのです。

 他の組に回したダンジョンと被らないように希望に合ったダンジョンを探すのは骨が折れるのです。

 ようやくギルドが閉まる時間になった頃には、ギルド全体が疲労困憊ひろうこんぱいだったのです。


「というかマデラを指南の相手にしたのは悪手だった気がしてきた……そらあんだけ強いの見せたら引き抜きに来るって分かりきってるわ」


 とミヤさんがぼやきますが、それ、後の祭りなのです。


「本人不在で引き取ってもらったのですが……本人居る時に来られたらどうするのです?」

「本人に対応してもらう」


 親指立てて輝く笑顔で言ってますのですが、マデ姉は怒ると思うのです。

 そもそも今日体調不良の理由も恐らくかか……神楽様との戦闘のせいなのですし。


「なんとかなるっしょー」


 とミヤさんが叫んで皆さん帰ってますのですが……僕、あまりよくない予感がするのは気のせいなのです?

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