初めての……

 オーガはダンジョンの見回りをしていた。

 彼はダンジョンマスターであるが、先日起きたトロールの一件以来、冒険者が居ないときは定期的に見回りをするようにしたのである。

 と、壁に何やら埋まっていることに気が付いた。

 わずかしか露出しておらず、今まで見つけられなかっただろう。

 光に当たってキラキラと青く光るそれを掘り起こすと――それは、サファイアブルーのポーションの瓶だった。


────────────────


 おはようございます。

 朝です。

 体が重いのと頭がボーっとします。

 起き上がろうとしたらフラっとしたのでもしやと思いましたが……どうやら風邪というものをひいてしまったようです。

 姉御とやりあった時にそういえば水ぶっかけられたな、とか。

 普段は書類仕事でしたが、最近はツヅラオに任せてダンジョン回りなんてアグレッシブに動き過ぎて疲れてたのかな、とか。

 考えられる理由はいくつかありますが……風邪。

 ――初めてなんですよねぇ。

 ギルドの人や冒険者が季節の変わり目なんかにひくんだよなー、とか話しているのを聞いてはいましたが、聞いて想像していたより結構辛いです。

 全く頭が働きませんし、何より動くのすらだるい、というのは中々に大変です。

 この間のトロールとやりあったときに似てはいますが、ダメージが無いのにこの症状は本当にちょっと勘弁願いたいものです。

 治癒魔法やら試しましたがあまり効果は得られなかったですし……。

 割と酷かったのでわらにもすがる思いでSランクのマスター達に助けを求めたんですけど、どうやらリリスが人を寄越してくれるそうなので……。

 持つべきものは友ですね。

 あ、ちゃんとギルドには連絡しましたよ?

 ミヤさんから、


「ツヅラオ居るし何とかなるだろうからゆっくり治せ」


 とありがたいお言葉をいただきました。

 そんなわけで今現在ベッドにぐったり横になっているわけで……。

 元気に玄関のドアを叩かれても動きたくないんですよね……。


(どちら様ですか?)


 と念話で聞けば、


(リリス様の所からの使いです)


 との返事が。


(勝手に入っていただいて構いません)


 と返せば、ガチャリとドアが開いて――、


「お姉さま~!無事ですか大丈夫ですかお体の具合は私に会えなくて寂しくありませんでしたか~!?」


 そう早口でまくし立てながら私の手を取り頬擦り。

 あぁ……この子ですか……。

 リリスのダンジョンに居るサキュバスの一体なのですが、何度か訪問するうちにすっかり気に入られてしまい、お姉さまだなんて呼ばれているんですよね……。

 何でも、スーツで働く姿が素敵、なのだとか。

 好意は嬉しいのですが少し……いえ、結構行き過ぎたところがあるんですよね。


「さて、来てさっそくではありますけど、少し”診せて”いただきますね?」


 と私の額に手を置いて目をつぶる彼女。


「……まぁ、人間でいう風邪で間違いないと思いますが……ん? 魔力が……よどんで? ……これ、どこかで……」


 とそんなことをぽつぽつと呟く。

 一体何が見えているんでしょうか……?


「えっと、お姉さま? 正直にお願いします。最近、急に魔力を消費したり、回復したり、なんて事ありました?」

「転醒したトロールを相手にした時に、枯渇寸前まで使って……あぁ、魔王の悪夢で回復を……」

「はぁっ!? 魔王の悪夢って……あれ人間の自殺用のポーションですわよ!? 体力を極限まで消耗して、上限振り切った量の魔力を補充したことによる魔力暴走を引き起こして、さながら悪夢を見ているような死に様からあんな名前がついたんですのよ!?」


 何それ初耳なんですけど。

 いや、でも魔力の回復に使う分には目を見張るものが……、


「あれを使って風邪で済んでいるのが不思議ですわ……あれをゴブリンが飲んで、本当に悲惨になった事すらございますのに……」

「悲惨な事?」

「はい。飲んで死にかけて本能が転醒を誘発して、上限振り切った魔力を全て回復につぎ込むような転醒になり、結果、再生能力のみに特化した個体になって、どんなダメージを受けても受けてる最中に回復するので死ねずに生き地獄となった事がありましたの」


 ん? なんか……トロールと似てませんかね……その再生力の話。


「とりあえず今のお姉さまの体の容体は、魔力の不安定な消費と供給による魔力バランスのプチ崩壊、並びに魔力の流れが停滞している箇所がいくつか見受けられます。結果、内臓等が弱くなっており、今回の様に風邪になってしまったと」


 転醒トロールとの戦闘とその後の魔王の悪夢の使用、昨日の姉御との戦闘時に普段使わない《龍の紋章》を使用したことも要因ですかね。


「まぁこの程度なら少し体を休ませていればお姉さまなら大丈夫でしょう。あ、神楽……さんでいいんですよね? あの九尾の方から薬湯やくとうを預かってますよ」


 スッとどこからか小瓶を取り出す彼女。

 ツンと鼻に来る匂いがするが、まぁ薬ですし。

 一気に呷り、無理矢理飲み干す。

 美味しいはずが無いんですよ。こういったのは。


「すいません。お水を」


 と彼女に頼むと、


「はい。コップに注ぎます? 口移しします?」


 と真顔で聞かれる。

 ほら、結構行き過ぎた思考をしてるでしょう? この子。

 コップで、と伝えると残念そうに口をとがらせ、コップに注いでくれる。

 悪い子ではないんですけどねー。

 未だ口の中に残る薬湯の臭いを水で洗い流し、私はゆっくり寝る体勢へ。


「私も魔力の流れを正常にしたり、バランスを整えたりは多少出来ますので、失礼ですが御体に触らせていただきますね?」


 申し出はありがたいですしお願いしたいのですが……。

 目が怖いのとよだれが出ているのはどうにかなりませんかね……?


「はぁー。にしても散々殿方達に使ってきた、病気で普段しっかりした人が弱い部分を見せるシチュがこんなにもくるものがあるだなんて……やっぱり王道はいいものですね」


 呼吸も荒くなってますが本当に大丈夫です?


「ご安心ください。そこらの野蛮な獣と違い同意を得られなければ私らはいやらしい事はしませんよ? ですから、同意して貰えるよう私の魅力をですね……」


 後半はグヘグヘと変な笑いを出しながら話していたが、無視して意識を睡眠の海に沈める。

 そういえばツヅラオは大丈夫かなーと、なるだけ彼女の事を意識から外して、私の意識は沈んでいった。

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