でたらめとデタラメ

 おはようございますなのです。

 いつもの朝なのです。

 起きてほっぺたをぐりぐりして、顔を洗ってご飯を食べて。

 今日も元気に出勤なのです。

 ギルドに着いたら皆さんの机と窓口の机とテーブルを拭いて、植物に水をやるのです。

 そうこうしているうちに皆さんが出勤してくるのです。

 おはよーと声をかけていただき、尻尾をモフモフ。

 おーすと声をかけていただき、耳をフニフニ。

 そうこうしているうちにマデ姉が……あれ?

 来ない……のです?


────────────────


 ほんまに難儀な子やなあ……まぁ、でも、しゃあないか。

 チビッ子達に教える事は教えたし、ここから先はうちも楽しませてもらおか。


「マデラ、もう指南は終わりやさかい、ステータス上昇バフ使うてもええで」


 そういいながらウインクしたが、果たしてあの子に伝わるかどうか……。


*


 指南は終わり、バフを使え……あぁ、なるほど。

 と。

 流石に羽や尻尾は出すとまずいでしょうが、多少人間には出来ない動きはしても大丈夫という事ですかね。

 姉御がそう言うならやりますが、……問題になったら責任取って下さいね?

 ガントレットを脱ぎ捨て、呼吸を整える。

 魔力を集中して、腕にそして首筋に、うっすら《龍の紋章》を浮き出させる。

 こんなもんでしょう。

 《龍の紋章》。

 名前の通り龍族のバフ、体力と魔力を常に消費し続け、身体能力向上ととある能力を自身に付与する。

 準備が出来たとばかりに姉御を向けば、姉御は一人踊っていた。

 下駄を履いているはずなのに、音すらさせず。

 どこからか取り出した番傘ばんがさを回し、優雅に舞っていた。


十一とおあまりひとつ、水を叩いて」 シャン♪

十二とおあまりふたつ、風を掴んで」 シャン♪

十三とおあまりみっつ、炎をこがして」 シャン♪

十四とおあまりよっつ、土を蹴り上げ」 シャン♪

十五とおあまりいつつ、うちと一緒に踊り狂おか」 シャン♪

急急きゅうきゅう如律令にょりつりょう! さぁ管狐ども!! 今宵は《百狐夜行》としゃれこもか」


 どこまでがうたで、どこからが詠唱か分からず。

 そして、どこまでも美しい舞が終わる。

 ? 別段変化は無い様な……?


「ここからはうちの本気ぃ出した戦いや、どのチビッ子も目ん玉開いてよう見ときや! 二度と見れへんかもしれへんよ!」


 そんな言葉が言い終わらないうちに、ひょっこりと、私の目の前に狐が出てくる。

 唐突に、突然に。

 しかし当たり前のように姉御の作り出しているその狐は、ぜた。

 見ていた冒険者が、その爆風の衝撃でとっさに顔をかばうくらいには強力な爆発。

 これが姉御の使役する管狐って事ですかね?

 ……直前まで見えないのは少し厄介な。

 《龍の紋章》発動下は、炎系統に対する滅性めっせい持ってるんですよ私。

 耐性の上位、滅性。文字の通り耐えるではなく滅ぼす。

 体に触れただけでその属性の攻撃はその場で霧散する程度です。

 ……私以外に持ってる人見たことありませんけど。

 とりあえず後ろを取りますか。

 と、先ほどまでの私とは違う爆発的な一歩で姉御の側面へ。

 馬鹿正直に後ろなんて取れないでしょうし、少し小細工を。

 煙すら纏いながら姉御へ拳を伸ばす。

 あぁ……だから、そんな笑顔で撃ち合うことを良しとしないでください。

 何度か拳を交わし、受け、防ぎ、流し、そろそろか、と。

 ワザと姉御の拳を肩に受け、その部分を基点に体を捻り、うまく姉御と体を入れ替え背後へ。

 肩で爆発が起こりますが問題ありません。

 いつもの姉御の狐火付与した爆発です。

 滅性でダメージすらありません。

 よし、これで背後が取れ――狐さんが二匹コンニチワ。

 いや、そりゃあいますよね。

 死角ですし、途中で意図に気付いて先回り……ですか。

 けど、爆発なら……!?


ヒュンッ!


 という音と、無意識に上体を反らしたのと、私の頬を一陣の風が薙いだのが、ほぼ同時だった。

 そして、ビシャッ! と全身を水流が襲う。

 たかが水、されど水。

 勢いさえあれば水であっても動きを止めるには十分すぎる。

 もしかして……狐が全員別の属性持っている、なんて勘弁してくださいよ?

 炎と風と水、……あとさっき踊った時に出てきたのは土か……。

 というか水が地味に一番厄介なんですが……水のせいで大分重くなってしまいました。

あ と服が肌に張り付くのが気持ち悪いんですよ。

 ……装備のせいで見えないでしょうけど。

 水流を受けた際に姉御の姿を見失ってしまいましたし……下手に動くより守りを意識して、と。

 とりあえず燃えときますか。

 パチンと指を鳴らして自分の周りに火柱を作り出す。

 これで濡れた服も乾いて……ッ!?

 突然火柱の一部が遮られたと思えば、そこから、後は腕を伸ばせば殴れます状態の姉御。

 炎の中に自分から飛び込んで殴ってきますかね普通……いや、ぶっ壊れデタラメでしたね。

 黙って殴られる程マゾでもありませんが構えて居なかったのでとりあえず退きます。

 と火柱から飛び出て振り返ると。

 シャン♪ と背後より鈴の音。

 思わず鈴の音の響いた方を向くが、居ない。

 ……居るわけがない。

 そう思って再度振り返る瞬間である。

 ――突風が吹いた。

 その突風の中から姉御がこれまたとびきりの笑顔で現れて。


 ガゴンッ!


 とおよそ拳同士がぶつかったと思えないような音を出す。

 対応され、攻撃を相殺された姉御は、まるでイタズラのばれた子供みたいな顔で。

 私は、きっと睨みつける様な顔で、お互いに対峙し直す。


「てっきりもろうた思うたけどなぁ?」

「かなり危なかったです。というか当たり前のように複数属性同時発動なんてやめて貰えますか?」


 全属性使える、ならまだ理解できるが同時発動なんて聞いたことすらない。

 というか姉御って魔法すらぶっ壊れてませんかねこれ。


「ええ子やろ。うちの管狐。それに、マデラも大概やろ。どうせふざけた耐性でも持ってん思うたら何やそれ。ダメージすら入らんなんて、こっちの方が聞いてないで」

「言ってませんからね」


 というか日常で《龍の紋章》なんて使いませんし。


「そろそろ終わりにしませんか?」

「もう終いか。うちは遊び足らへんねんけどなぁ」


 指南の為に姉御に合わせて振り回されて、《龍の紋章》を使いながら姉御とやりあって。

 正直もう体力の消耗が激しくてですね?


「しゃーない、ラストか。一発勝負な」


 コクリと頷きお互いに思い思いの一撃を撃つ態勢に。

 姉御も私も、大地を踏みしめて、……もう隕石でも落ちたか、と思うくらいのクレーターが出来るほどに踏み締めて。

 ただ一発、一瞬の為に、力を込める。


「いくで」


 そう短く言って。

 そう言ったのを聞いて。

 二人のデタラメは完全に周りを置き去りにして、……決着をつけた。


*


「堪忍な。うちの方がまだ上手やわ」


うぅ……裏切られた……。

 こちらの一撃は、あっさり地面に受け流され、崩れた態勢に管狐を握りこんだ一撃を綺麗に貰った。

 あの言い方だと絶対正面から撃ち合うと思うじゃないですか。


「しっかし久しぶりに羽伸ばしたなぁ。今日は楽しかったで」


 結局私、姉御に教材にされていいようにされて……というか一撃すら入れて無い気が?


「ほなチビッ子ども、しっかり経験積んで、焦らず強うなって、駆け足でうちのダンジョンに来るんやで!」


 いや……私達の戦い見て、いけると思ってる人の方が少ないと思いますよ?

 なんて私の思いとは裏腹に、


「「「おぉーーっ!」」」


 と最早怒号に近い声を出す冒険者達。

そ れを聞いて、少しだけ笑い、煙管を吹かし、手をプラプラと振りながら、カッポカッポと上機嫌に、姉御は帰って行った。

後日、ミヤさんから、


「マデラが最後まで人間だと思われてたらしく、あんな強さにまでなれると思ってみんな指南前より真剣に取り組むようになった。助かった」


なんて言われましたが、詐欺……じゃないですかねこれ。


*


 はぁ、……あかんなぁ。無茶しすぎたわ。

 自分のダンジョンに戻り、定位置に移動し、椅子にぐったりと身を投げる。


みずのえつちのえ、お茶持って来てくれるかー?」

「「はーい」」


 はは、脚笑てるし。《百狐夜行》使うて、不意打ち気味な事もして、マデラは羽も、尻尾すら出してない状態でようやくうちの勝ち。

 しかももう少し長かったら、《百狐夜行》の消耗に耐えられんで押され始めてたやろし……。

 相変わらずの最強デタラメなんやけどなぁ。マデラも。

 本来はうちが霞む位の。

 にしても今日はもうしんどいわ。

 ……お茶飲んだらはよ寝よ。

 と、実際はお茶が来るまで待たず、デタラメはあっさり、睡魔に負けた。

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