全員集合
どこかの
吸血鬼は相変わらずワインを、ハーピィとリリスは火酒を、私は梅酒を注文しました。
つまみを何にするかと4人でメニューを見ていた時でした。
不意に、シャン♪ と軽い鈴の音が耳に届き。
「オー、やっと来たカー」
その音にハーピィは気付いたらしく酒場の入り口に目を見やる。
ハーピィの視線を追った先に居たのは……。
スラっと伸びた身長に、大胆に胸の谷間を見せるまでに開けた和服を着こなして。
黄金色の耳と、同じく黄金色で
ちらりと店内を見渡した彼女は、私たちに気付いた様子で、カンラカンラと下駄の音を響かせながらゆっくり私たちの席に向かって来る。
背もたれは尻尾があるせいで邪魔になるのか、90度椅子を回転させて、背もたれを腕置きに変えゆっくり座ると。
これまた鈴の「シャン♪」という音と共に、凛とした空気を辺りに
「かんにんな? えらいおそうなってもうたわ」
ふふっと少し笑って謝罪する彼女は、見た目通りの九尾であり、妖狐が転醒を繰り返した姿である。
狐火と呼ぶ炎を両手両足に纏わせ、四肢の触れた先に狐火を移し発火、爆発させるという戦い方を得意としている。
尻尾の先端に付けた鈴を華麗に鳴らし、カッポカッポと下駄を鳴らして肉弾戦をする様は、表すならばさながら
彼女の殴打は剣を折り、彼女の蹴りは鎧や盾を砕く。
どうあがいてもSランクのダンジョンマスターである。
吸血鬼やリリスと違い、純粋な戦闘能力、それも物理攻撃力が高いという分かりやすい
任せているダンジョンはとある建物。
大きな庭と、その庭を囲むように建てられたいくつかの建物で構成されたそのダンジョンは、建物の中にしかモンスターが居ない事が特徴。
ただしそれは、言ってしまえばすべての建物がモンスターハウスという事で。
その中の一番大きな建物が彼女の根城であり、一番大きいが故に、待機しているモンスター数も多く、そいつらをすべて倒してようやく彼女と戦闘できる、といったギミックになっている。
そもそも一つの建物すらクリアした冒険者は今の所居ないが。
「貴女が時間にルーズなのは皆さん承知ですわよ。それより、何をお飲みに?」
「そうやなぁ……ほな冷酒をもらおか。それと、魚の照り焼きを頼むわ」
魚の種類はどうなさいますか? と店員さんに聞かれるが、何でもええよ、と手をひらひらと振って答える九尾さん。
「それで~? 何をしてて遅くなったんです~?」
「チビッ子達にな、尻尾の毛づくろいを頼んでみたら、みーんな真剣にやってくれてな? 気づいたらこないな時間になってもうたわ」
ケラケラと笑いながら、遅れた理由を話す九尾さん。
彼女の言うチビッ子とは冒険者達の事で、彼女の尾の毛は幸運のアイテムであるとされているらしく、彼女が毛づくろいを頼めば2分と経たぬうちにぜひ自分に、と冒険者が群がる始末。
一人一本計算で計9人。その人数になるまでじゃんけん大会となる。
「これデ全員揃ったことだシ、3度目の乾杯と行きますカー」
とそれぞれにお酒とおつまみが行き渡り、三度乾杯。
「というカ九尾は油揚げじゃないのカー?」
「九尾ちゃうくて、
最近、と彼女は言いましたが、そもそも彼女基準の最近とはどのくらい前までを含めるのか……。
私には分かりかねますね。
私がそんな事を考えているとは思っていないでしょう九尾――神楽と言いましたか。
彼女は箸で丁寧に魚の身をほぐし、優雅に口元に運びじっくり味わって。
にっこり笑い、冷酒をチロっと舐めるように飲み、目を細め小さなため息。
その動作があまりに魅力的で、私らはおろか酒場に居た者達ほとんどが無言で見ていました。
人間も、モンスターも。
客以外の従業員さえも例外無く、です。
「幸せやなぁ。好きな食べ物に好きなお酒、ほんまに幸せやわ」
そんな周りを気にも留めず、ご機嫌なのか尻尾を揺らし、心地いい鈴の音を辺りに広げる神楽。
「さっきから思うのですが、なんでわたくし、サキュバスなのに他の人に魅了されているのかしら……」
先程からワインを飲む吸血鬼に見入り、また、今も酒を楽しむ神楽に見惚れた事に、少しだけ落ち込みながらリリスがボソっと呟く。
「僕の方が魅力あるからですかね~?」
「寝言は寝ていいや? あんた男やろ?」
「い・ま・は・女の子で~す。あ、お魚少しください」
「構わへんけど、ワインには合わへん思うよ?」
わいわいがやがや、少し騒々しいとさえ思ってしまう程に盛り上がってきましたが。
ようやく女子会らしくなってきた……かなぁ。
*
「せや、えぇと……マデラでええんやっけ?」
「はい。……何か?」
私より先に来て飲んでいたリリスとハーピィは酔い潰れ、テーブルに突っ伏したハーピィの腕を枕にリリスが寝息を立てている。
二人を尻目に、まだ潰れていない三人で尚も飲み続けていた時に、不意に神楽から声を掛けられた。
「あんたの仕事大変ちゃう? 人いーひんのやろ?」
「まぁ、大変ですけど。……人間の言葉を読み書き出来て、会話も出来て、魔王様への報告もあるから魔王城にすぐ行けないとダメですし。最近は少なくなりましたがダンジョンの調査をするためにある程度強くないといけないので……。――私の代わりとなるようなモンスターは居ませんし、手伝いをしてくれるという物好きなモンスターも居ませんね」
自分で言っていても無茶な条件だと思います。
人が居ない理由が改めて分かりますね。
「呆れたなぁ、無茶苦茶な条件ちゃうん? よう一人でこなしきるなぁ」
「それ思います~。僕だったら三日と言わずにどこかに逃げる自信があります~」
おどけて言う吸血鬼ですが、断言しておきます。
彼に任せると初日で行方を
「それが
私だって好きでダンジョン課なんて仕事、やっていません。
全ては魔王様から言われてやっている、というだけです。
「ま、あんたがええのならええんやけど、書類仕事位は手伝えるやつが居るんやけど……欲しい?」
「「え?」」
ぴったりハモった吸血鬼とこれまた綺麗に固まってしまった。
書類作成が出来て、人間の言葉の読み書き会話が出来る知能のあるモンスター?
逆に聞きましょう。
なぜ要らないと思うのでしょうか?
「いるんですか~? そんなモンスタ~」
嘘でしょ、と言った表情で吸血鬼が尋ねるが。
「不思議な事におるんやなぁこれが。と言ってもまだ小さくてな。戦闘面はまるであかんよ?」
「十分です! むしろ強いとダンジョンマスターにしたくなる可能性を考えれば、弱い方がいいです!」
なまじ戦闘が出来る方がダンジョン課を任せる事など出来なくなります。
人不足は何もダンジョン課だけではありません。
ダンジョンマスターも等しく人手不足です。
知能があって、統率を取る事が出来て、強さを兼ね備えたモンスターが少ない事など考えずともすぐ分かるものでしょう。
「必死過ぎて怖いんですけど~。まぁ……あの仕事は大変ですよね~」
と、半日の間私の内ポケットから仕事を覗いていたのだろう吸血鬼から同情される。
手伝ってくれてもいいんですよ? どうせ貴方のダンジョンには冒険者なんて来ないでしょうし。
「ふぅん、ほな近いうちにそっちに向かわせるわ。かわいがったってや?」
援軍が近いうちに来ることとなり、心の中で力いっぱいガッツポーズ。
「そろそろお酒も話も時間も無くなってきましたし~、今日はお開きにします~?」
吸血鬼のその言葉を受けて、辺りを見渡せば。
残っているお客は自分らと、酔い潰れた常連と、あとはポツポツといる程度。
「まぁせやねぇ。今日はほんま楽しかったわ。また誘ってや」
「ハーピィとリリスはどうします~? 僕二人も持てませんよ~?」
「……」
無言で酔い潰れズに近づき、二人に向けて手を
尻尾が大きく振られ、シャン♪ と鈴の音一閃。
すると、寝ていた酔い潰れズが起き上がる。
「あっレー? なんかすっきリすルー」
「ん……、神楽さんの……おかげ……ですの?」
「酔いと眠気を吹き飛ばしただけや。30分後にまた襲うてくるで、今のうちにはよ帰りや」
なんと便利な。
「あ、そうだ。お会計……」
「遅れてきたうちが払うさかい、マデラもはよ帰り」
あぁ、何と言うか。
……もう姉御と呼ばせてください。
「ごちそうさまでした~☆」
いつの間にかいつも通りの真っ黒タキシードに少年の姿の吸血鬼と。
「ごちそうさマー。神楽ありがとネー」
すっかり元気になり姉御に手を振るハーピィと。
「いつかお礼致しますわ。ありがとうございました」
深々とお辞儀をするリリスと。
「ごちそうさまでした。そしてありがとうございます。――姉御」
同じくお辞儀する私を。
「姉御はやめてや。ほなな」
ひらひらと手を振って見送る姉御。
やめてと言われてしまっては仕方ない。
心の中でだけ呼ぶことにしよう。
追伸 自分のダンジョンに帰宅後、気絶するように眠りに落ちたハーピィとリリスは、しばらく酒を飲まないと誓うくらいの酷い二日酔いに襲われた。
*
……行ったか。
四人を見送り会計を済ませ、町の付近に転がっている岩に腰を掛けて、
ついあんな事を言ってしまったが大丈夫なんやろか。
誰もおらず、それ故誰にも届かない自問自答し、ま、伸るか反るかちゅう事で。
と結論付けて、ゆっくりと煙を吐き出す。
願わくばこの判断が、あの子にとってええ結果になるように、と空の満月に思いながら。
シャン♪ と鈴の音だけを残して、神楽もまた、自分のダンジョンに戻るのであ
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