帰宅後 残った仕事

 定時に帰宅し、やや早めの夕ご飯を済ませ、ゆっくり紅茶を飲みながら陽が沈むのを待つことに。

 ちなみに私の家であるが、普通に人間と変わらない場所に住んでいます。

 断じて洞窟などには住んでいません。

 さて――、陽が沈んだことを確認し、内ポケットに入れていた羽ペンを取り出して、適当に放り投げる。


「いきなり手荒ですね~。怪我したらどうするんですか~?」

「投げられた程度で怪我をする貴方では無いでしょう?」


 語気で不機嫌な事が分かる吸血鬼からの抗議も、知った事か。と受け流す。

 まともに相手していたら疲れるだけです。雑くらいが丁度いい。


「そうですけども~。ようやく夜ですか~。長かったですね~。疲れましたね~」


 やはり音無く、気配無く、羽ペンから少年の姿に戻った彼は、陽が沈んだのを自分の目で確認し、着ていたフードを脱ぎ捨てながら言う。

 というかフードの重ね着って熱くなかったのでしょうか? 季節的にまだ肌寒いのはそうですが、日中は結構暖かかったですよ? 彼が温度を感じて、熱いや寒いと思うかは分かりかねますが。


「よ・う・や・く・僕の時間ですよ~。さぁ~、血をください割とマジで一日中間接的にとはいえ日光を浴びるのを魔法をいくつも重ね掛けして何とか蒸発とか煙とかにならないように頑張ってたんですマジでもう無理なんです~」


 一瞬気取ったポーズを取ったかと思ったら、早口で私の手を取り上目遣いでまくしたててきた。


「直接吸われるのは嫌ですので今血を出します。ちょっと待っててください」


 人間の間では吸血鬼に血を吸われると吸血鬼化する。なんて根も葉もない噂が広がっているらしいのですが、常識的に考えてあり得ませんよね。あんなに弱いだけの人間如きが血を吸って貰っただけでモンスターの上位に位置する吸血鬼になれるとかあり得ません。

 まぁ、直接吸われると、日光に極端に弱くなって、日が沈むまで継続的にダメージを受け続けるステータス以上が半永久的に付与されてしまうので、人間達の噂も分からないことは無いですけど。

 直接吸われない為に、爪で自分の指の腹を切り、血を滴らせる。

 思ったより深い傷になってしまいました。少し景気よく血を与えてしまうかもしれません。


「って、わ~。もったいないもったいないもったいないです~」


 床に血の雫が落ちる前に驚異的な速度で反応し、直接血を口でキャッチする吸血鬼。

 私が垂らした指先の下に、膝をついて上目遣いで口を開いて待機するこの絵面は、もの凄く危険な絵面ですね。

 具体的に言えば私と吸血鬼の性別が逆なら確実に私は憲兵にでも通報してます。それ位危ない絵面です。


「は~。さっきもそうですけど~、ひっさびさに飲む龍族の血は~、やっぱり別格の美味しさですね~」


 一滴飲み込んでは両手を頬に当て、美味しさをアピールしうっとりとした表情を浮かべ、早く次の血が滴らないかと、待ちきれずに口を開いて待機する。

 これをおよそ10分ほど続けたところで、


「あ、もう充分です~。やっぱり龍族の血は回復量が段違いだんちですね~。ごちそうさまでした~」


 満足した。と自己申告された。

 しっかり両手を合わせて合掌するという何ともお行儀の良い行為をして、口元を腕で拭う端に、僅かに赤色が残っているのはわざとでしょうか?


「では、モンスターの移動をお願いします」


 役目を終えた指の傷を、僅かに押さえて修復する。

 腐っても龍族である。自然治癒能力など人間の比ではない。私の父など超再生能力と言っても過言では無い程の速度であるし、私もこの程度の傷くらい秒で治す事が可能です。


 血も与え、さっさと仕事をして欲しい私のその一言に対し、帰って来た吸血鬼の言葉は。


「嫌で~す☆ そんなめんどくさい事しませ~ん☆」


 という額に青スジを浮かべそうになる一言で。

 あぁ……こいつぶん殴ろう。

 と心に決心する程度には私をイラつかせた。


「大体モンスターが2つのダンジョンで総数いくらか理解してますか~? そんな数の転移や移動魔法なんて使ったら魔力枯渇以前に一日で終わるはずないじゃないですか~」


 だから、と両手を広げ、星の光りのみが輝く夜空を、窓枠から仰ぎながら吸血鬼は。


「こ・う・し・ま・~・す☆」


 とご機嫌に叫んだ。

 その瞬間、両の手の間から零れるのは闇……というよりはその見た目は――夜。

 ところどころに見える光は夜空の星か。彼の両手から発せられた夜は。

 部屋を、家を、町を。

 そして空を覆いつくすほどに広がっていく。

 ゾクリ、と感じた膨大な魔力に背筋が凍り、思わず自らの腕を抱く。

 何なのだ、この恐ろしい程の魔力は。

 ……それこそ、魔王様に引けを取らないでは無いか。


「久々ですね~。ここまで大きい‘嘘’を付くのは~。楽しいですね~」


 そうして私が身をすくませている間に、完全に空が、吸血鬼の作り出した新しい夜空に覆いつくされたころ。


「終わりましたよ~☆ あ~疲れました~」


 。と仕事の完了を告げて、開いていた両手をぐったりと下げお疲れアピールの吸血鬼。


「何を行ったか……聞かせてもらえますか?」

「簡単ですよ~? ダンジョン自体に‘嘘’を付いて~、お互いのダンジョンにお互いのダンジョン内のモンスターが入れ替わっていると思い込ませただけです~」


 彼の説明がまるで理解できず、それ故に何故彼が終わった。などと発したのか理解が出来ない。

 何を――言っているのだ?


「モンスターが入れ替わってしまったと思い込んだダンジョンは~、お互いの中身を入れ替える事で合意し~、無事に全モンスターの入れ替えが終わったという事です~」


 分かりませんか~? と前置きして始められた彼の説明は、私が絶句するには十分の内容でした。


「そんな……」


 あり得ない……と思いたい。

 百歩譲って、人間やモンスターなどの生物を騙す魔法というのならばまだ分かる。

 それでどの位の魔力を消費する魔法なのか想像はしたくないが、まだ、分かる。


 しかし、意識すら無いダンジョンを騙した……など。

 それはもう――。


「結構大がかりでしたね~。流石にこのというのは~」


 そう、世界を騙すという事で。

 それが出来ると、出来てしまうという事は……。

 もっと、それこそ魔王様とも十分に戦えるほどではないのか?


 強すぎる故にSランクのダンジョンマスターに押し込んだ吸血鬼。

 その判断は決して間違えていない筈だ。それでも、この目の前の吸血鬼の実力は果たして、どこまで到達しているのだろうか。


 そんな私の考えを読んでいるのか読まれていたのか。


「流石に僕だって身の程弁えていますよ~?あんな何もかもがデタラメな魔王様と一緒にしないでください~」


 口から除く牙をチラリとこちらにのぞかせ少年きゅうけつきは無邪気に笑いながら言う。

 まるで、獲物を捉えた猫のような目で。

 罠にかかった獲物を確認する様な陽気な声で。


「ではでは~、本日は僕のわがままを聞いていただきお手数おかけしました~。暇な時はぜひ僕のダンジョンに足をお運びください~」


 そして、そう言うやいなや。また気配無く、音無く、今度は姿が掻き消える。

 僅かに、蝙蝠こうもりの羽音だけを残して。


 *


「相変わらずデタラメな方でしたね……」


 姿が見えなくなった少年に、少年の使った魔法を思い返してポツリと漏れる。

 想像すらしえなかった、そもそもそんな魔法を思い浮かべる事すらなかった魔法。

 意思の無い土地に認識を誤解させ、土地に与えた認識に向けて、土地自身が修正を加える事を織り込んだ魔法。

 世界すら騙せる便利過ぎる魔法。

 そんな魔法を他の事に使えばどうなるか。

 私であるならばと仮定して、魔王様の退屈しのぎになればと勝負を挑んでみたとする。

 当然私ごときが太刀打する事は敵わない。攻撃の一つでも当たれば終わり。

 どの様な攻撃であっても問題なく、間違いなく、当たれば文字通り存在自体を消し飛ばす攻撃。

 例えば魔法を撃たれたとしよう。

 ではその魔法自体に……対象は私ではなく、魔王様に向けられて放たれた、と誤解させてみたらどうなるか。

 同じ要領で、ありとあらゆる攻撃を、対象を全て相手に置き換えさせ続ければ……?

 攻撃はこちらに届かず、相手の放った攻撃で勝手に自滅していくだろう……。

 いや、と首を軽く振ってその考えを否定する。

 あの少年が、姿は少年であれど500余年生き、Sランクのダンジョンマスターをやっている彼が、龍族の血で魔力を補充しなければ出来なかった魔法である。

 そう気軽に撃てるものではないのだろう。

 それこそ出来ているならば、そしてそれが魔王様に通じるならば、彼はとっくにやっていただろう。

 彼は、ダンジョンに来る冒険者達を倒し続けて自身のランクを、レベルを、モンスターとしての格を上げ、下克上を考える野心家なのだから……。


「羽虫め……」


 空に煌々こうこうと輝く無数の星を、ただ漠然と眺め思わず本音が漏れる。

 といけないいけない。

 まだ仕事は残っているのだ。人間の仕事……ではなく、モンスターとしての仕事が、ですがね……。

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