午後 転属願いへの対応

「というわけでして~、僕にはあのダンジョンは合わないんですよ~」


 若干涙目になりながらそう訴えてくる目の前の存在に、どうしたものかと思考を巡らす。


 吸血鬼 性別男 年齢500超え そして見た目は美少年のショタ。

 それが転属願いを出してきたダンジョンマスターのプロフィールである。


 まだ日中であり、吸血鬼の天敵である陽の光りを遮るために、全身を覆う真っ黒なローブを3枚重ね着し、僅かに顔だけを覗かせる格好という彼には、Sランクのダンジョンを任せていたのだが。

 そのダンジョンの立地に不満が出来たという事でこうして直接転属願いを言いに来たらしい。

 いわく。

 断崖絶壁に出来た横穴のダンジョンに、夕日が水平に入り込む時間が有り、危うく煙になりかける……らしい。


「と言われましても……。当初あのダンジョンの最奥は光が入り込む余地の無い立地でしたはずですよね? 何故今になって?」


 疑問に思った事を口にしながら、この吸血鬼をダンジョンマスターに口説いた時の事を思い出す。

 そういえばこいつ、配置されるダンジョンに嫌に注文つけて来ましたね……。

 日光が当たらないのは前提として、やれ海の近くがいい、だの。

 やれ農業が豊かな町か村が近くがいい。だの


「知りませんよ~。どうせ僕が寝ている間にダンジョン内のモンスターと争った冒険者が、魔法だの技だの撃って地形でも変えちゃったんじゃないですか~? そもそも今まで寝てて煙になりかけて起きたんですから僕も把握できてないんです~」

「あー……」


 僅かに見せている顔の部分からでも困惑している事が分かる様な表情で、半ば投げやりに考察する吸血鬼の意見に、思わず納得してしまった。


 Sランクダンジョン

 難易度最高というより今の人間にはほとんどクリア出来るものが居ない難易度のダンジョンなのだが、冒険者のさがなのか力試しのような感覚で挑戦する者達が居る。

 ダンジョンマスターではなく、ただ配置されているモンスター一つをとっても、並みの人間には簡単には倒せず激戦必至であり……。

 具体的に言えば、ダンジョンを徘徊しているダンジョンマスターでも何でもないモンスターが、Aランクダンジョンのマスターとほぼ同格。

 それを倒そうと技や魔法を撃てば、そりゃ地形も変わるという話である。


「ですけど他に貴方に合うダンジョンというのも……」


 頭の中に入っているダンジョンの情報を思い出しても目の前の彼に合うダンジョンは見つからない。

 そもそも僅かな思考で思いつくダンジョンなど、こいつが現在いるダンジョンに決まる前に、コイツ自身がことごとく却下しているのだ。有る筈がない。


「もうこの際どこでもいいんです。陽の光りさえ入り込まなきゃ。贅沢言いませんから~」

「塔型のダンジョンでも?」

「あ、それは無理です~。太陽に近づくなんて絶対嫌です~☆」


 キュピ☆なんて擬音が聞こえてきそうなあざといポーズを取るが無視。

 このポーズや外見の様に可愛い所があればまだいいのですが。こいつに関しては、こうして話している時ですら気が抜けないんですよね。


「少し待ってて下さい。探して来てみますから」


 とだけ告げ、額に浮かぶ冷や汗を隠しながら、自分の机の上にあるダンジョンの情報をまとめた書類の束を手に取って。

 吸血鬼の彼がとりあえず無事に過ごせそうな環境のダンジョンを探す事にする。

 とりあえずAランクのダンジョンから探していきますか。


 えーっと……まずは地下等の地中や建物内という、陽が当たらないというのが絶対条件で……。

 彼のダンジョン内のモンスターの強さを考えると、人の居る所に近い方がいいかもしれませんね。

一撃が致命傷足り得ますし。

 こういう時にダンジョンマスターさえ置いておけば、ダンジョン内からモンスターが出ない、というのはありがたいです。

 と、頭の中で付けた条件に合うダンジョンを、書類をめくって探していくと。

 おや……ぴったりのがありましたね。

 後は再び探すというめんどくさ……時間のかかる作業を繰り返さなくてもいい様に、どう言いくるめるかを頭の中で整理し……。


「お待たせしました」


 私は満面の笑みで吸血鬼に資料を渡した。


「ここなら貴方でも大丈夫だと思いますがいかがでしょう?」

「なになに……地底湖に続いているダンジョンですか~」


 じっくり目を通している吸血鬼ですが、例えどのような質問や反論が来たとしても、定時退社の為に言いくるめさせていただきます。


「はい。地下500m相当の場所に地底湖があり、そこまでの道中はかなり入り組んでいます。現在は人魚種のローレライがダンジョンマスターですが、貴方が今までいたダンジョンと交換という形でしたら向こうにも話をしておきます」

「助かります~。それで~……どれくらい時間かかっちゃいますか~?」


 書類を受け取るまでは涙目だった目を、今度は輝かせながら。

 上目遣いでこれまたあざとく聞いてくる吸血鬼に、思わず。

 ――えぇ、ほんの僅かですが。抱きしめたい衝動に駆られてしまう。


「書類上でランクを変更しそれを各地に配布。書類仕事は今日終わらせますが……それぞれのダンジョンに居るモンスターを総交換しなければなりませんので」


 気持ちを押さえ、メガネを押し上げ。

 本来はする予定にない、追加される書類仕事を羅列して、少しは罪悪感を与えようと試みましたが。


「つまり~、モンスターの交換さえ終わっちゃえば今日からでもいいんですね~?」


 輝かせていた目を一層輝かせ、言葉の端から、早くしろ。と伝わってくるところを思うに、どうやら欠片も罪悪感なぞ感じていませんね。

 クソが。


「それはそうですが……何分移動などの時間は…」

「夜になれば僕の魔法で一瞬ですよ~。あ、……血貰ってもいいです?」


 更に時間のかかる仕事がある。とチラつかせたそれに吸血鬼は、キラリと口元に光る牙を見せながら唐突にそんなことを言う。


 あぁ……そうでした。

 たまにその姿に騙され忘れかけますが、彼はれっきとした吸血鬼で……。

 下手すれば私の両親を超える年月生きているのでしたね。

 強すぎる故にSランクのダンジョンに半ば思考停止気味に追いやった彼の魔法に、およそ常識と呼べるものは通用しない。

 魔力という栄養源さえあれば、ではありますが。

 そもそも、吸血鬼が血を飲む理由の大部分は魔力の補給目的ですし。

 どんな体の構造をしているのか分かりませんが、魔力というのは多分に血に含まれているそうです。

 そして、彼ら吸血鬼という種族は、モンスターにしては異端と言うべき特性があり。

 そもそも魔力の回復を時間経過で行う事が出来ない。

 つまり、必ず何かを摂取して魔力を補給しなければならないらしいく、結果、血を飲むようになったのだとか。


「では陽が落ちてから、貴方の魔法でダンジョン間のモンスターの移動は行って貰うとして……私は変更しなければならなくなったダンジョンの情報に関する資料を作成しますが、どこかでお待ちしますか?」


 出来れば一度ダンジョンに戻っていただきたいのですがね。Sランクのダンジョンマスターがこの場に居るのは非常に好ましくないです。


「血が欲しいと言ったのはスルーですかね~。まぁ別にどこでも構いませんけど~。出来れば直射日光が当たらない部屋なんてあったりしませんかね~?」


 わざと触れませんでしたが、流石に誤魔化されない様で。

 確かに彼の力が必要になるでしょうが、その時に補充させれば構わないでしょう。

 ……というか、彼の魔力を回復させると何をしでかされるか分かりませんし、魔法を発動してもらう直前で問題ないでしょう。


「この建物にはありませんね。血も魔法を使用する直前で問題ないでしょう?」

「二つとも残念です~。ま、適当なものに姿を変えて待つことにしますよ~。この場所にモンスターが居ては冒険者達が困惑するかもしれませんし~?」


 項垂うなだれた首は残念だ。という意思表示なのでしょう。まぁ気にしませんが。

 そしてダンジョンには戻らないにしろ、姿を変えて待っていてくれる。というのはありがたいですね。

 私のところに来ているのが、今日はモンスターばかりですのであまり問題はありませんが、ここは一応冒険者支援ギルドですし、本来は冒険者達が集まるところです。

 ダンジョン課の窓口がいくら他の窓口から離れているとはいえ、彼のような強い魔物の気配を感知する冒険者が居ないとも限らないです。

 というか彼が来た瞬間ミヤさんが明らかに警戒しだしましたし……。

 と、考えている時に、音すら無く煙すら無く気配すら無く、目の前にいたショタっ子は気が付けば着ていたローブごと1本の羽ペンへと姿を変えていた。


「この姿なら内ポケットに入れられますよね~?日が暮れるまでお願いします~」


 と恐らく羽ペンから届いた声を聴いてしまったので、渋々内ポケットに入れ、私はやるべき作業に取り掛かるのだった。


*


 書類の書き換えを終え、ダンジョンが変更になった旨をローレライに超速達で送り、一旦休憩。

 少し溜まりすぎていたためタバコ2本を使用し炎を吐き出して。


「あ、本当にドラゴンなんですね~。ブレスなんて初めて見ました~。……というかここなら陽が当たらないのでは?」


 という吸血鬼からの感想を貰い、少しだけ上機嫌になった私は、唯一の私の憩いの場である喫煙室に吸血鬼を入れたくなかったことを誤魔化すために、羽ペンに血を一滴しみ込ませた。

 驚きと驚嘆と、歓喜の声を上げ、おかわりを要求してきた吸血鬼を無視して仕事に戻るとしましょう。

 無事誤魔化せたようで何よりです。

 午後に届けられたモンスターの補充依頼も片付け、今日の残る仕事は先ほどの吸血鬼の案件のみ。

 軽く伸びをし、ふと窓から遠くを見ていると……。

 漆黒のカラスが私を目掛け一直線に突っ込んでくる。

 羽ばたきは無く、そして高速で突っ込んで来たはずなのに暴風すら発生しない。

 そんなカラスは生物ではない事は明白で、魔法で編まれた魔王様からの返信であることを確認する。

 私はそのカラスを……、減速なぞ一切せずに遠慮なく私目掛けて突っ込んでくるので、仕方なく素手で鷲掴みに受け止める。

 魔法を解除し書類に姿を変えたカラスを確認していると、


「わ~、それが魔王様からの手紙ですか~?僕初めて見ました~」


 なんて内ポケットから声が聞こえてくるが、反応せずに確認を続ける。


「あの魔王様にしては対応が早くて何よりです。これならスライムちゃんのダンジョンもすぐに再開出来そうですね」


 書類の内容は午前中に頼んでいた魔物の手配が完了したことを伝えるものでした。

 恐らく手配などは側近がしたのでしょうが。手紙に微かに側近の魔力が残っていますし。


「片付けるべき仕事も無くなりましたし、早く帰れる時に早く帰るべきですね」


 などと独り言を言い、


「そうですそうです~。早く帰って僕のダンジョンの仕事に取り掛かりましょ~」


 ……そういえば独りではありませんでしたね。

 内ポケットから届く声に少しだけ気が滅入りましたが、私はギルドの方々に挨拶をして、キッカリと定時でギルドを後にしました。


 これで一日の仕事が終わりなら、町へと飲みに繰り出しても良かったのですけどね。

残念ながらこの後も仕事が残っているのでそれは叶いませんが。

最近飲みに行けてないんですよね。たまにはエールをあおりたいものです。

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