午前中 壊滅したダンジョンの対応
個室に移動し、報告書を作成した主から話を聞く。
”ダンジョン壊滅”の報告書の主な内容はこうだ。
ダンジョンのランクよりもかなり高いレベルの冒険者によりダンジョンにいたモンスター達が一掃。
マスターである彼女はなんとか逃げ延びた。
「ひっぐ、……いきなりで……、グスッ……怖くて……」
私の目の前でスライムリーダーである彼女は、流動する体を人型に固定して、瞳に当たる部分に大粒の涙を溜めながら身振り手振りを交えて説明してくれているのだが……。
「命令を出す前に……ひっぐ……みんな……みんな……」
嗚咽が続き、かなり聞き取るのに苦労しますが、とりあえず彼女以外全滅という事ですかね。
目の前で同族が
思わず話している途中の彼女を抱きしめ、頭を撫でる。
「まぁ、マスターである貴女は助かっていますし、モンスターの補給は魔王様にすぐ補充して貰うとしまして……問題は冒険者のほうですかねぇ」
素直な感想を述べ、どうしたものか。と痛くなる頭を片手で押さえながら今回の問題点を洗い出す。
別にダンジョンに入るなと言うつもりは無い。
いかに彼女に任せていたのが最低ランクであるEランクのダンジョンで、いかに今回の件の冒険者が、このダンジョンのランク帯に対して高レベルでも、である。
素材が欲しかった、新しい技の試し打ち、スキルの確認など考えられる理由はいくらでもある。
理由はあるのだが――
「壊滅は流石に……初心者用のダンジョンでされると初心者の方々が困りますからねぇ」
そう、問題なのはこれに尽きる。つまり――やりすぎなのである。
この冒険者達が壊滅させたダンジョンに挑もうと、準備していた冒険者なりたての人、
ランクが高ければ壊滅させてもいいというわけでは当然無いし、その事は冒険者支援学校でも教えている筈なのである。
それなのにこのような事をされては……。
ダンジョンのモンスターが居なくなってしまったのであれば、まずやらなくてはならない事はモンスター補充のお願いなのですが。
魔王様は強いモンスターの補充を頼めば人間が強くなっていることに喜びすぐにモンスターを送ってくれます。
しかし問題なのは今回のスライム達のような、言ってしまえば弱いモンスターの補充を要請すると、落胆するのか、明らかに対応が遅くなってしまう。
そうして遅くなった分、ダンジョンは再開が伸びてしまうわけでして。
とりあえずモンスター補充の要請は最重要で、
「貴女はモンスターが補充されるまでの間、他のダンジョンに応援をお願いします。つらい体験の後すぐで申し訳ありませんが」
結局今の状況で取れる対応などこれくらいしかありませんし、ダンジョンが復旧出来るまでは別のダンジョンに行っていてもらいましょう。
当然のように、彼女に任せていたダンジョンは封鎖、と。
「うっ……グスッ……はい。どこに行けば……?」
「イビルバットのダンジョンにお願いします。地図は後程渡しますね。あ、それと」
ふるふると頭を振り、気持ちを入れ替えたらしい彼女に私は、もう一つの重要案件について尋ねる。
「冒険者の背格好や見た目等を教えていただけますか?」
絶対に許しませんので。と、心の中だけで呟いて、彼女から冒険者の特徴を聞き、メモしていくのであった。
*
イビルバットのダンジョンへの地図を受け取り、液体になり高速で地を這って遠ざかっていく彼女の姿を見送り、私は報告書の作成へ向かう。
彼女のおかげで事の犯人にはすぐ辿り着けそうなのは本当に助かりますね。
なにせ、
「こんなのと、こんなの」
と、自分の体を、ダンジョンを壊滅させた冒険者そっくりに変身させてくれたのですから。
その二人分の見た目をスケッチし、今回の報告書を作成して……と。
「ミヤさーん。お願いしまーす」
「ん?何事?」
私が呼んだミヤさんへと報告書を渡す。
冒険者教育課:課長『ミヤジ・ローランド』さん。
元々凄腕の冒険者だったらしいが、引退後、ここ支援ギルドで次世代の育成に力を入れる、頼れる渋いおじさんである。
「あー……やりすぎてんのね。ってこいつらか……」
私から受け取った書類を確認したミヤジさんは、思わず顔をしかめる。
「他にもその人達何か問題起こしているんですか?」
当然気になるわけで、というか問題起こしている冒険者なら注意人物リストに載せておいて欲しいものです。後で、冒険者窓口に文句の一つでも言いたくなりますね。
「モンスターのトドメの横取りやらクエストの報酬に関する恐喝紛いやら最近クレーム来てたんだ。……ちなみに、彼らにこのダンジョンへの案内は?」
「していません。していたならこうして呼ばずに報告書を持って行ってますから」
「だよな、了解。ちょっとキツめのお灸を据えとくよ」
一瞬目の奥が怪しく光り、殺気をすこーしだけ漏らしてミヤさんが自分の席に戻っていく。
まぁ、これで任せておけば大丈夫でしょう。
……そしてクレームが来始めたのは最近ですか。では要注意人物リストに入って無いのは仕方ないですね。
ようやく一つ目の書類が片付いたところで、残りをちゃっちゃと終わらせねば……。
サービス残業なんて願い下げです。
全ての書類に目を通し、そのほとんどがモンスター補充の依頼であった為、後でまとめて魔王様に送りつけることにして。
壊滅されたスライムの補充は早急に手配して貰うようすでに速達で送り付けていますし。
私は朝からダンジョン壊滅の対応に追われ、今まで我慢していた事をするべく、席を立ち目的の場所に歩き出した。
*
個室に入り、ポケットの中にある箱を取り出して、箱から1本の乾燥植物を紙に巻いた物を取り出し……。
その先端に親指の腹を押し付ける。
親指を離し、じんわりと赤くなったことを確認し、それを
焦げ付く匂いと炎音を発し、ブレスを大きく吹き出す。
はぁ……やっと出せました…。
朝から一度も吐き出さず、我慢を重ねた後のこれは、何という爽快感だろうか。
もう一度咥えて息を吸い、天井に向かってブレスを吐く。
わざわざ防火魔法のかかったこの部屋で無ければ吐けず。
かつ、この乾燥植物の煙によって炎の威力を弱めなければ防火魔法を貫通してしまうため、このような面倒くさい手順を踏まなければ炎を吐く事が出来ない。
龍族である私は……少なくとも私は。
常に体内でブレス用の炎が生成され続けており、貯めすぎるとひょんな事でブレスとして吐き出してしまう。
仕事が終わらず、一服せずに残業していた時に、ため息がブレスに変わった時などあわや大惨事であった。
その経験を踏まえ色々相談した結果、このように防火魔法を施した部屋と、火耐性を持つ薬草で作ったタバコを作って貰う事でなんとか事なきを得ているのが現状。
ゆっくり時間をかけ体内の炎をあらかた吐き終わり、タバコを空中に放り投げ、残ったブレスで吸殻を消し炭にし、私はゆっくりと仕事に戻るのであった。
*
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。
一服から戻った私を待っていたのは――計算地獄だった。
モンスター補充の依頼をまとめて魔王様に送る。
ええ、文章にするとなんと簡単でしょうね。
実際には、ランク分けもされず順不同に置かれている書類毎に、どのダンジョンにどのモンスターがどの程度必要かを把握し、ダンジョンの位置から魔王城までの距離から、補充に必要な日数を割り出しまして。
さらにそれらを、冒険者の利用率が高いダンジョンに先に向かうように優先順位をつけて……とめんどくさい手順があるのだ。
頭をフルで回転させ、手は書類をめくる事と計算を続けているため止まることは無く。
自分一人しかこのダンジョン課を命ぜられた者が居ない事を呪いつつ、今なお半分は残っている書類と格闘していた。
……自分一人しかダンジョン課に居ない理由? そんなもの簡単です。
まずモンスターが居ないのはそもそもそんな知性を持ち、かつ魔王様に従順なのが私しか居ないから。
当然、私にだって兄弟は居るし親だっている。しかし、その全員が……その……何と言うか――脳筋なのである。
今日の朝の私の机の上の書類、これらを私の家族が見てどうするか。
簡単である。
ブレスで焼き払う。
まず間違いない。ありありとその光景を思い浮かべる事が出来る。
そして私達以外の種族で、まぁ外見を変えるという魔法が使えて、人間たちと共存出来て、そしてこんな書類仕事ができるという条件に当てはまるモンスターなど、魔 王の側近ぐらいなものだ。
そして側近は側近で、
「え?嫌ですよそんなめんどくさい仕事。一人でやればいいでしょう」
とキッパリ魔王様の命令を無視した。
これでめでたくモンスター勢は私以外全滅となり。
次に人間が居ない理由。これも簡単である。
そもそもモンスターと会話が出来ない。身振り手振りなどで多少は伝わるかもしれないが完全ではない事は明白である。
私は一応人間の言葉とモンスターの言葉を扱えはするのだが。
何故なら仕事の為に覚えたからで、それ位の知性があるからこの仕事を命じられた。
では逆に、人間にモンスターの言葉を覚えてもらってはどうか。
なるほど、確かに言う通りであろう。
モンスター側が覚えられないならば知性の高い人間側に覚えてもらう。確かに合理的だ。
人間側に
例えばの話、「ま゛」や「ん゜」と言った発音を出来なければ会話すら出来ない。
と言えばお分かりか。
書類にしろ全部モンスターの言葉で書いてあるのだから書類仕事を手伝う事すら無理。
発音出来なくとも、読み書きさえ出来るならと覚えようとしてくれる人間が現れるまで。
まぁ恐らくそんな日は来ないでしょうから、私はここ、ダンジョン課にいつも一人なのである。
*
「ぐへぇ~~」
ようやく頭痛すら引き起こしそうな計算を終え、机に突っ伏す。
補充が必要なモンスターをまとめた紙に魔法をかけ、カラスへと姿を変えて魔王様の元に飛ばす。
カラスは開けられている窓から飛び出し、やがてその姿が見えなくなって。
少し遅いお昼ご飯にする事を決め。
対応待ちの冒険者が居ない事を確認してサンドを頬張りつつ、次に片付ける書類に目を通す。
あー……うん。”ダンジョンの転属願い”ですかー……。
また……面倒な事を……。
残りを紅茶で流し込み、食後の一服を終えて、私はその面倒な案件に取り掛かるのだった。
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