第5話



「司教、どうかアスランのことは目を瞑っていただけないだろうか。俺が一生懸命子供の頃から世話をしたので人に危害を加えることはありません」

 真剣な目つきのクロウはアスランを庇う様にして前に立つと、ヘイリーの説得に入る。

 クロウはずっとアスランのことを妖精獣ではなく、人に危害を加えない魔物だと思っている。


「アシュトラン殿が子供の頃からお世話をしていたのですか? これまでに前例のない話ですね」

 ヘイリーは妖精獣を子供の頃から育てたというクロウの話に目を見張る。

「はい、俺が一から世話をした結果、彼は人を傷つけない善い魔物になりました」

 ヘイリーはそこで漸くクロウと話が噛み合っていないことに気づくといつもの柔和な表情に苦笑の色を滲ませる。


「……アシュトラン殿、この子は魔物ではありません。知らないのも無理はないと思いますがこの子は伝説の妖精獣です」

「…………え?」


 クロウは目をぱちぱちと瞬かせると「ようせいじゅう」とヘイリーの言葉を反芻する。そして、一拍置いてから言葉の意味を呑み込むと、一瞬にして顔が真っ赤になったのだった。




 ◇


 食堂では夕飯用に作っておいた料理が並べられる。

 ほわほわと湯気が立ち上る、パセリを散らしたソーセージとキャベツの白ワイン蒸し。砕いたナッツがアクセントになっているビーツのマッシュポテト。そしてデザートには森で摘んだばかりのブルーベリーをふんだんに使ったマドレーヌ。

 それらを囲んで座るのはいつものメンバーに加えて顔を手で覆うクロウだった。まだ恥ずかしがっているようでほんのりと頬が赤い。


「その……本当に勘違いをして申し訳ない。アスランが妖精獣だと露知らず……」

「アシュトラン殿が知らないのも無理ありません。妖精獣は教会でも伝説なので私たちも見るのは初めてです」

 穴があったら入りたいと叫ぶクロウにヘイリーが大丈夫だとフォローを入れる。



 クロウがアスランを妖精獣ではなく魔物と勘違いしていた理由は、アスランの見た目だった。魔物はオオカミやクマといった肉食獣の姿に似たものが多いのが特徴だ。そのため、ライオンの姿をしているアスランを見て魔物だと判断してしまったらしい。さらに額には青色ではあるが魔物と同じような核があるのでそれも勘違いした要因の一つだ。

 ただ、アスランからは魔物から感じる邪気や人間に対する悪意を感じることはなかった。よって、クロウは突然変異で生まれた善い魔物だと思い込んでいたようだ。



「お兄さん、日が沈んでしまう前に一緒にご飯を食べましょう。早くしないと料理も冷めてしまいます」

 隣に座るリズがぽんと彼の膝を叩いてご飯を食べるように促す。

「そ、そうだな」

 クロウは小さく咳払いをすると、みんなと一緒に感謝の祈りを捧げてから目の前の皿に視線を落とす。

 手前に置いてあるフォークを手にすると、まずはビーツのポテトサラダを一口食べた。

 その途端、先程まで羞恥心でいっぱいだったクロウの表情が一瞬で幸福に包まれる。


「……なんだろう。ただのマッシュポテトのはずなのに凄くクリーミーで美味しい」

「本当だわ。私が作っていたマッシュポテトと味も舌触りも別物ね。寧ろ違う料理としか思えない!」

 クロウとメライアがビーツのポテトサラダを絶賛するのでヘイリーとケイルズも食べ始める。二人とも口にした瞬間に目を見開いて驚いていた。

 リズはみんなの驚く反応が楽しくてにこにこと笑顔を浮かべる。


「マッシュポテトはミルクと一緒に煮込むのが定番なのですが、それだと水分の調整が難しいのでマッシュしながら適宜ミルクを注ぐのがポイントなのですよ。そうすることで水分が多い少ないといった失敗もなくて美味しいマッシュポテトができるのです」

 リズが人差し指を立てて説明すると、みんなが感心した様子で耳を傾けてくれる。


「なるほど。私のマッシュポテトはミルクと一緒にじゃがいもを煮ていたから緩かったのね」

 納得したようにメライアが手のひらにぽんと拳を乗せる。

 彼女はリズのご飯を食べるようになってから肌の調子や髪の艶が良くなったと喜んでくれる。

 心なしかヘイリーもケイルズも初めて来た頃より血色が良く、肌つやが良くなっていた。


「本当にリズは賢くて物知りだね。それにこのソーセージとキャベツの白ワイン蒸しもとっても美味しいよ。いつもと同じソーセージで作った料理なのに、風味も味もワンランク上がった気がする」

「褒めてくれてありがとうございます、ケイルズ。ソーセージはあらかじめ穴を開けておいたので白ワインを吸収してより一層美味しくなるのです」

 解説するリズはフォークでビーツのマッシュポテトを掬うと一口食べる。芳ばしいナッツが鼻を抜け、バターの風味が利いた滑らかなビーツとジャガイモが美味しい。

 夢中で食べていると、隣に座るクロウがじっとこちらを見つめてきた。



「お兄さん、どうしました?」

 首を傾げながら尋ねると、クロウの手がリズへと伸びてくる。

「じっとして。口端についている」

 クロウはリズの口もとについたマッシュポテトを器用に指で掬うと、それをぺろりと食べた。

「なっ、なななっ!?」

 たちまちリズの顔は火山が噴火したようにボンッと真っ赤になる。


(私の口についたマッシュポテトをクロウさんが食べました!?)

 頭の中が真っ白になったリズは口をぱくぱくと動かすだけ。

「どうしたんだ、リズ? 照れているのか? 可愛いなリズは」

 クロウはリズを幼い子供として扱っている。しかし、中身が十七歳であるリズにとっては、心臓が持たないくらいの破壊力だった。


「もうっ、お兄さんたら。わ、私を子供扱いしないでください。これでも私はれっきとしたレディなんです」

 頬を膨らませて主張するも、クロウはリズが子供扱いされたことをまた不服に思っていると勘違いしているようだ。現に今も頭をぽんぽんと叩いてあやしてくる。

「子供扱いして悪かった。さあ、食事を楽しもう。君が作る料理はどれも絶品だから」

 クロウに促されてリズは再びご飯を食べ始める。



 その後リズはデザートが済んでも、後片付けをしていても、頬の熱はなかなか取れなかった。

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