第4話
まな板の上に置いたソーセージにフォークで穴を開け、キャベツは食べやすいサイズに切っておく。
フライパンを中火で温めたらオリーブオイルをひいてソーセージを転がしながらこんがりと焼き、焼き目がついたらキャベツを投入する。キャベツがしんなりとしたら白ビネガーを入れて煮詰め、白ワインを加えて蓋をして弱火で蒸し焼きにする。
(白ワインを入れるだけでも充分美味しい味がするのですが、白ビネガーを入れるとコクが増して美味しいんですよね)
長年、試行錯誤してドロテアの食事を作ってきただけあってリズの頭の中にはちょい足しすると美味しくなるリストがある。次に作るビーツのマッシュポテトにもそのちょい足しがいかされている。
よく洗ったビーツを皮付きのまま、たっぷりの水が入った鍋に入れて茹でる。その間にジャガイモの皮を剥いて一口大に切り、たっぷり水が入った鍋に入れて茹でていく。
ビーツは茹で上がったら火を止めて粗熱を取り、ジャガイモは茹で上がったらボウルに移しておく。粗熱の取れたビーツは皮を剥き、一センチ角に切ったらジャガイモが入ったボウルの中に入れる。
続いてボウルに塩とバターを加えたらマッシュする。ある程度潰せたら、様子を見ながらミルクを少しずつ加えていく。このミルクを入れることで口当たりの良い滑らかな仕上がりになる。
そしてここでリズの頭の中にあるちょい足しリストが光る。この滑らかなマッシュポテトにオーブンでローストしておいたナッツを砕き入れると、さらに美味しくなるのだ。
「このビーツのマッシュポテトはとってもお気に入りなのです。普段おかわりしない叔母様もおかわりしてくださいました。だからきっと、ここのみなさんも気に入ってくださるはず」
ふふっと鼻歌を歌いながらリズはビーツのマッシュポテトを皿に盛り付けていく。
「あとはソーセージとキャベツの白ワイン蒸しを盛り付けるだけですね。……丁度、パセリがハーブ畑にできていたのであれを散らしましょう」
メライアに教えてもらうまで知らなかったのだが、厨房の裏勝手口を出てすぐの場所には小さなハーブ畑がある。そこにはバジルやパセリ、ローズマリーが自生していて好きに使っていいと言われた。
鋏を手に持ったリズはハーブ畑に生えているパセリを取りに行く。パセリは葉の緑色が鮮やかで、みずみずしいものが食べ頃だ。
(今日はみなさん、どんな反応をしてくれるのでしょう。どうか喜んでくれますように)
美味しそうに食べるみんなの姿を見るだけで、リズは明日も美味しいご飯を作ろうという気力が湧いてくる。
リズが適当に鋏でパセリを摘んでいると、厨房から雄叫びのような叫び声が聞こえてきた。
(一体何でしょう?)
驚いたリズは走って厨房へと戻る。
「どうしました!?」
勝手口から顔を出すと、厨房の入り口には腰を抜かして震えるケイルズがいる。
リズが声を掛けると、ケイルズがこちらに顔を向けて震える指で何かを差した。
「リ、リリリズ、あそこにいるのは……」
指さす方向を見ると、そこにはアスランがいる。
アスランはケイルズが叫んだにもかからず、厨房の床に伏せて目を閉じていた。
リズはケイルズがアスランに驚いたのだと分かると息を吐いた。
「ケイルズ、大丈夫ですよ。アスランは身体が大きいですけど襲いません」
しかし、リズの言葉が耳には入っていないようで、ケイルズは混乱しているままだ。
「なっ、なんでここに……え? ええ!?」
あまりの混乱ぶりにリズは苦笑した。
「ケイルズ、落ち着いてください」
リズがケイルズを落ち着かせていると先程の叫び声を聞いて、ヘイリーやメライアも集まってきた。
「一体どうしたのですか……って、これは……妖精獣ではないですか!」
いつも温厚で少しのことでも動じないヘイリーが珍しく大声を上げる。やはり、滅多に出会えない奇跡の存在なので相当驚いているようだった。
メライアはというと、ぽかんと口を半開きにしてその場に突っ立ったままだ。
「リズ、どうして妖精獣が厨房で寛いでいるのですか?」
ヘイリーに尋ねられてリズは答える。
「アスランはもともとお兄さんがお世話している子なんです」
「まさか妖精獣を飼っていると!? あの妖精獣を!? しかも名前までついてる!?」
予想外の言葉を聞いて、さらにヘイリーの声は大きくなる。
これでは埒が明かない気がしたのでリズはことの経緯をヘイリーたちに話した。
「――なるほど。子供の頃に助けてそのまま懐いてしまったと」
神妙な表情を浮かべるヘイリーに対してケイルズが頭を抱えた。
「いやいや。いくら子供の頃に助けたからといって、妖精獣が懐くなんて聞いたことないよ!」
議論していると、アスランが目を開け、耳を小刻みに動かしながら頭をもたげた。それから身体を起こして裏の勝手口へと移動する。扉をカリカリと軽く爪で引っ掻くのでリズが声を掛けた。
「アスラン、お外に出たいのですか?」
アスランが頷くのでリズは扉を開けてあげる。すると、裏勝手口にはクロウの姿があった。
「騒がしいから泥棒が入ったのかもしれないと思って、駆けつけさせてもらった。一体どうされたんですか?」
帯剣して現れたクロウは血相を変えて、厨房内を観察する。
そして、手前にちょこんと座るアスランを目にした途端、彼は破顔して両手を広げた。
「アスラン! 一体どうしてここに来たんだ!?」
アスランは親を見つけた子供のようにクロウに駆け寄るとゴロゴロと喉を鳴らして顔をクロウの身体に押し当てる。
「何も告げないままいなくなってすまない。寂しい思いをさせてしまっているな。マイロンに面倒を見てもらうよう頼んでいるが……やはりだめだったみたいだな」
以前クロウは、アスランは自分以外の相手には懐かないと言っていた。マイロンに面倒を見るようお願いしていたようだが、アスラン本人がそれを嫌がったようだ。
久しぶりにアスランに会えたことがとても嬉しいクロウは始終彼の白いたてがみをわしゃわしゃと撫でている。やがて、状況を思い出したクロウは咳払いをすると、困った表情を浮かべた。
「呪いが解けたらすぐにでもおまえのもとに帰る……だからもう少し待っててくれ」
クロウは宥めるが、アスランは悲しい声「キュウウン」と鳴く。
その声は親から離れたくない子の鳴き声で、この場にいる全員がアスランの鳴き声を聞いて胸を痛めた。
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