第3話



 守護石を見たリズはアスランがどうしてここまで来ているのか悟った。ずっと教会から帰ってこないクロウを心配して要塞を抜け出してやって来たのだ。

「アスランはクロウさんに会いたいの?」

 尋ねると尻尾を揺らしながら頷いた。

「だけど、アスランを教会へ連れて帰ったら司教様たちがびっくりすると思います。……どうしましょう」

 うーんと唸っていると、アスランが「キュウウ」と悲しい声で鳴いてくる。

 捨てられた子猫のような瞳をしていて、益々庇護欲をかき立てられた。


「ううっ、そんな声で鳴かれたら良心の呵責に耐えられませんよ」

 困り果てていると、イグニスが口を開いた。

『リズ、アスランを連れていっても問題ないよ。彼は魔物じゃないから』

「えっ? そうなのですか? ですがクロウさんは魔物だと仰っていましたよ」

 イグニスはきっぱりと否定する。


『魔物の額にも核があるけど彼らの核の色は赤色をしている。だけどアスランの核は青色だ。赤毛が魔物と言っていたのは多分核があるせいだと思うけど、そもそも彼は魔物じゃない』

 イグニスがアスランのことを「彼」と呼ぶので、どうやら男の子らしい。そしてアスランが魔物ではないなら一体どういった生き物なのだろうか。

 魔物と動物の違いは額に核があるかどうかで見分けがつく。

 青色の核に翼の生えた獅子。これは突然変異の動物と判断するべきだろうか。


 答えが出ずに考えあぐねていると、アクアがアスランの正体を明かしてくれた。

『もったいぶらずに結論から言うの。アスランはまだ子供だけど妖精界の中でも位の高い風の妖精獣なの』

 妖精界にはいろんな種類の妖精がいる。

 水の妖精、風の妖精、火の妖精といった自然を司る妖精。それと同様に自然を司る妖精獣がいて、その他に妖精女王を世話する妖精や妖精獣がいる。


 妖精と違って妖精獣は滅多にこちらの世界には現れないので大変貴重な存在かつ出会えたら奇跡だと言われている。

 リズは聖学で妖精獣については習っていたが、詳しい見た目の記載はされていなかったし、見るのも初めてだった。クロウが魔物と言っていたので、てっきりそうなのだと思い込んでしまっていた。


「アスランは妖精獣だったのですね。それなら、一緒に教会へ帰ってもきっと大丈夫ですね」

 一緒に帰っても良いと分かったアスランは尻尾を元気よく振って笑顔になった。それが可愛らしくてリズは彼の顎下を優しく撫でる。

「でも、どうして妖精獣がこちらの世界に来たのでしょう?」

『妖精獣は女王様の命令がない限り、こっちの世界には来ない。だからアスランは女王様に何かを命じられたんだと思う』

「ふうん? だけど、それが何なのかは分からないですね」


 彼の力になりたいが生憎アスランは喋ることができない。子供だから喋ることができないのか、もともと妖精獣は喋れない生き物なのか、リズには分からなかった。

『アスランはまだ子供なの。多分だけど、もう少し大きくなれば喋れるようになるの』

 リズの疑問に対して丁度アクアが答えてくれる。

 それでもリズは彼が何の目的でここへやって来たのか知りたくなった。

(何か良い手段はないでしょうか)

 どうしたものかと頭を捻らせていると、アスランがおもむろに立ち上がり、リズの前で身体を伏せる。


「まあ、背中に乗せてくれるのですか?」

 アスランが頷くのでリズはお礼を言って背中に乗る。彼がこちらの世界に来た理由を突き止めたいリズだったが、また触り心地の良い背中に乗せてくれるとあってはそれどころではなくなってしまった。

 リズを乗せたアスランは走り出すとスピードを上げ、風のように森の中を駆け抜ける。お陰で予定より早く教会に到着することができた。



 この時間帯だとヘイリーは礼拝堂で信者の懺悔を聞いているし、ケイルズも畑仕事をしている。メライアは写本作業に追われているのでアスランを紹介するのは夕飯時になりそうだ。

 リズは三人の妖精とアスランを連れて厨房へ行き、調理台に立った。


「今日の夕飯は本来であれば魚料理の日なのですが、あいにく魚がありません。代わりといっては何ですが森で摘んだ甘いブルーベリーを使ったお菓子を出します」

 オーブンを温めている間にまずは湯煎でバターを溶かす。ボウルに卵を割り入れて溶きほぐしたら、はちみつを入れて泡立て器で混ぜる。そこに溶かしておいたバターを入れ、さらに薄力粉と砂糖をふるいながらゆっくりと混ぜあわせていく。


 洗っておいたブルーベリーを加えてさっくり混ぜあわせたら、用意していた型にバターを塗ってから生地を流し入れる。

『オーブンの温度、良い感じになったよ』

「ありがとう、イグニス」

 イグニスに温度調整をしてもらったオーブンに型へ流した生地を入れて二十分ほど焼くと、しっとりとしたきつね色に、艶めいたブルーベリーがアクセントのマドレーヌが完成する。

 バターの芳ばしい香りとブルーベリーの甘酸っぱい香りが厨房に充満して食欲をそそる。


 味見したくなったリズだったが、これはみんなで一緒に食べるべきだと自分を戒め、夕食の準備に取り掛かった。

「残ったブルーベリーと他のベリーたちは後でシロップに漬けて保存しましょう」

 マドレーヌを冷ましている間にリズは夕飯の支度にも取り掛かる。

「そういえば、魚の代わりに住人の方がビーツをお裾分けしてくださったみたいなので、ビーツのマッシュポテトと、あとは地下の冷蔵室にあるソーセージを使ってキャベツとソーセージの白ワイン蒸しにしましょう」


 厨房隅の床には、蓋を開けると半地下の冷蔵室へ続く入り口がある。

 リズは蓋を開けて階段を下りると、ソーセージを取りに行った。冷蔵室は薄暗いので灯りを便りに食材を探す必要がある。

 ここにあるのは調味料や小麦粉、保存食などが保管されていて、保存食の棚には数日前に買い置きしておいたベーコンやソーセージが置かれている。


 ソーセージはノーマルのものとハーブが入ったものがあり、今回はキャベツの味を引き立てたいのでノーマルのものを選んだ。

 階段を上がって厨房に戻ると、アクアとヴェントが洗い物を終わらせてくれていた。何も言わなくても二人はリズが使った食器類を綺麗に片付けてくれるので大変ありがたい。


(角砂糖を追加でお礼しないといけませんね)

 三人の働きぶりに感謝しつつ、調理台に戻るとまずはソーセージとキャベツの白ワイン蒸しから作ることにした。

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