第5話
「んんっ!?」
突然クロウが唸り声を上げたのでリズはびくりと身体を揺らした。
(もしかして口に合わなかったのでしょうか)
指をもじもじとさせて俯いていると、クロウが声を上げた。
「これは……もの凄く美味いな! 野菜の甘みとベーコンから出たコクがスープに移って実に美味い」
「本当ですか?」
嬉しい感想を聞いてパッと顔を上げると、クロウの皿は既に空になっていた。
驚きつつも、リズはクロウに尋ねる。
「えっと。まだ、たくさんあるので……お代わりします?」
「ああ、是非頂こう」
先程まで生気のなかったクロウの瞳には光が宿り、幸せそうな表情でスープをたくさん食べてくれている。リズはその様子に心の底から安堵した。
スープもパンも完食するとクロウはリズの頭を撫でながらお礼を言ってくれた。
「ありがとう。リズがご飯を持ってきてくれたお陰で少し気持ちが楽になった。気分が沈んでいたけど元気になれた」
リズはじっとクロウを眺めた。先程よりも血色が少し良くなっている。魂を吸い取られそうな程に弱っていた生気も、今は活力が戻っているように見える。彼が元気を取り戻したのは本当のようだ。
「えへへ。喜んでもらえて嬉しいです。また作って持ってきますね」
「えっ?」
クロウは一瞬、リズが発言した内容を理解するのに時間が掛かった。だが、それを理解すると肝を潰した。
「まさか、あのスープを作ったのはリズなのか? 俺はてっきり他の誰かが作ってくれたとばかり思っていた。……改めてありがとう。本当に美味かった」
褒められて面映ゆい表情を浮かべる一方で、クロウの表情が険しくなる。
「だけどリズ、危険を冒してまでご飯を運ぶのはだめだ。司教の
こっそりここに来たことはクロウにはバレてしまっているようだ。
考えてみればそうだろう。ヘイリーが聖職者でもないリズをわざわざクロウの元へ使いに出すなんておかしい。
リズは顔を真っ赤にして俯く。
「あの、ですが……」
「違いますよアシュトラン殿。リズにご飯を作って運ぶよう頼んだのは私なんです。他の聖職者は私を含めて手が空いていなかったので。叱るならどうぞ私を叱ってください」
廊下から声がして振り返ると、いつの間にか柔和な表情を浮かべたヘイリーが部屋の入り口に立っていた。
クロウはヘイリーの話を聞いて眉間に皺を寄せる。
「そうだったのですか。しかし、こんな場所に小さな女の子に使いを出すなど筋違いでは?」
「仰る通り。だから私も後を追ってここに来ました。いくら死霊の接吻を受けて日が浅いとはいえ、襲われる可能性もありますからね」
ヘイリーは反省するように目を閉じると、クロウに詫びた。
リズはヘイリーに見つかってしまって内心焦っていた。
(どうしましょう。私を庇ってくださいましたが、司教様の顔が怖くて見られません)
普段温厚なヘイリーに怒られるのは何よりも怖い。
リズは彼と目が合わないよう視線を泳がせた。
「……リズ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
リズは上擦った声で返事をするとヘイリーの顔を見た。
「私はアシュトラン殿と話すことがあるので先に修道院に戻ってください。バスケットは私が持って行きます。あと帰るとき、守護陣を踏んで消さないように気をつけてくださいね」
「はい、司教様」
リズはヘイリーに言われるがまま離れ棟を後にした。
守護陣から出たリズは離れ棟を一瞥してから修道院に向かって歩き始める。
(さっきはクロウさんがいたから、司教様は私を叱ることができなかったんだと思います。あとで呼び出されて叱られてしまうかもしれません)
しゅんとして歩いていると、ずっと側にいるアクアが話し掛けてきた。
『リズ、影を寄せ付けないように私がこの建物内を浄化しておいたの。だからもう影は部屋の中には入って来れないの』
「え!?」
その話を聞いてリズは目を丸くした。
水には浄化の力があることは聖学で学んでいたが、それが水の妖精の力にも適用されるなんて思ってもみなかった。
「これなら、クロウさんが影に襲われて苦しむこともありませんね。凄いです、アクア!」
『リズが喜んでくれるなら、当然私は力を貸すの。これくらい朝飯前なのっ』
えっへんとアクアが胸を張ると、今度はヴェントが口を開いた。
『アクアのお陰もあるけど、彼の生気が戻ったのはリズのご飯のお陰だよー』
「そうなのですか?」
首を傾げると今度はイグニスが口を開く。
『リズが作るご飯を食べれば食べるほど、彼は呪いに打ち勝てるようになる。だから毎日欠かさずご飯を持っていってあげて』
お腹が空いたら悪い方向にばかり意識が向いてしまうし、体力も落ちてしまう。ご飯を食べれば心は満たされて前向きな考えができるようになる。
(イグニスの言うとおり、クロウさんには少しでも元気になってもらって、聖力を充分持つ司教様がいらっしゃるまで持ちこたえてもらわないといけません。そのためにも司教様にきちんとお話しして、離れ棟へ行くお許しを頂かないと)
リズは胸の前で拳を作ると、これからもクロウのために美味しいご飯を作ろうと思った。
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