第3話
◇
リズができること。
それは呪いを受けてしまったクロウのために料理を作ることだった。
「きっと死霊の接吻を受けてからクロウさんは何も食べていないはずです。食事を摂るどころじゃなかったでしょうし。体力をつけるためにも、栄養のあるものを作りましょう」
朝食の後片付けを終えたリズは新しいエプロンに取り替えながらクロウのためのレシピを考える。
(もしかすると、身体が弱っているかもしれません。旬の野菜をたっぷり使ったお腹にも優しい料理……シンプルに野菜スープを作りましょう)
メニューが決まったらところで準備を始めていると窓の外から妖精たちが飛んで集まってきた。
『リズ今から何するの?』
『僕たちと遊ぼうよー』
『森にマッシュルームが生えてるから取りに行こう』
「ごめんなさい。今ちょっと手が離せません」
眉尻を下げて謝ると妖精たちはどうして? と一斉に首を傾げた。
「今から、離れ棟に隔離されているクロウさんために美味しいご飯を作ります。呪いに立ち向かうにしても体力が必要になりますからね」
理由を説明すれば妖精たちはふむふむと頷いた。
『じゃあ僕手伝う! 火加減なら任せて』
そう言ってイグニスがトンと自分の胸を叩く。
『イグニスが一人だけ抜け駆けしようとしてるのっ! 私も野菜を洗うのを手伝うの』
『じゃあ僕は材料を運ぶのを手伝うよー』
アクアもヴェントも手を貸してくれることになったのでリズはにっこりと微笑む。
「ありがとうみなさん。あとで角砂糖をあげますからね」
三人はわーいわーい、と歓声を上げながらリズの周りを飛び回ると、作業を手伝ってくれた。
まずはヴェントに必要な野菜を野菜箱から洗い場まで風を使って運んでもらい、アクアに水で洗ってもらう。
リズは踏み台に乗って包丁を手に取ると、調理台の上に運んでもらった野菜の下処理を終わらせてから切り始めた。ニンジンを乱切りにして、タマネギとニンニク、筋をとったセロリをみじん切りする。それからブロッコリーは小房に分け、ベーコンは食べやすいサイズに切る。
イグニスにかまどの火を熾してもらい、鍋にバターを入れて温まって溶けたらタマネギとニンニク、ベーコンを入れて炒める。
タマネギとニンニクが飴色になった頃合いで小麦粉を入れ、粉っぽさがなくなるまでさらに炒め、白ワインを加えて沸騰させてから水も加える。
ぐつぐつと煮立ってきたらニンジンとセロリを入れて蓋をする。火を弱めてもらい、じっくり煮込んでスープがとろりとしたら、最後に塩とコショウで味を調えて完成だ。
味見をするとタマネギの甘みとセロリの風味がアクセントになっていて美味しい。全体的に優しい味がして、空っぽになっているお腹には丁度良さそうな仕上がりになった。
「早速スープを届けに行きましょう」
お玉を使って慎重に水筒へ移してから蓋をして、バスケットに入れる。空いているスペースにパンと皿、スプーンも収納した。
両手でバスケットの持ち手を掴んで持ち上げようとすると思った以上に重量がある。
(ううっ。どうしましょう、今の私の腕じゃバスケットを支えられそうにありません)
足下がふらついていると、突然バスケットが羽のように軽くなった。
『重たいだろうし、もしも水筒の中身がひっくり返ってリズが火傷したら大変―。だから、僕が浮かせてあげるよー』
「ありがとうヴェント!」
ヴェントの計らいによってリズは軽くなったバスケットを持って離れ棟へ歩いて行く。
教会敷地内とはいえ、離れ棟までは結構な距離がある。
ヴェントが手伝ってくれなければ絶対無事にスープを運ぶことはできなかっただろう。さらにヴェントは人気のない道を案内してくれた。万が一、ヘイリーたちの誰かに遭遇して離れ棟へ行くことが知られてしまったら言い訳が難しい。
きっと心配されて修道院へ戻るように諭される。しかし、頼もしい味方がいてくれるお陰でリズは無事に離れ棟へ辿り着いた。
離れ棟は石と木材でできた平屋の落ち着いた造りだった。異様なのは、その建物を中心に石灰で丸い白線が引かれていることだ。円の内部には見たこともない数字や文字が書き込まれて、それは扉や窓など入り口というすべての場所に同じ物が書かれていた。
恐らく、ヘイリーが施した守護陣だろう。
「これ、踏んで消したら効果がなくなっちゃいますよね」
線や文字を踏まないように慎重に除けながら玄関に到着すると、リズはふうっと一息吐いて改めて気を引き締める。
これから行く場所は病人や怪我人がいる場所ではない。呪われてしまったクロウのところへいくのだ。
死霊の呪いは強力であればあるほど、周囲にも不幸を招いてしまう。
だが、妖精たちはリズなら大丈夫だと言ってくれた。その言葉を信じ、少しでもクロウの心を癒やすためにリズはここに来た。
(教会のみなさんができなくて私にならできることです。私がやらなくちゃいけません)
リズは意を決して玄関扉を開くと、棟の中へと足を踏み入れた。
玄関ホールに入るとすぐ隣には小さな礼拝堂と集会場のような部屋が二つあり、奥には廊下が続いている。廊下は右手に窓があり、左手に病人を収容するための部屋がいくつも設けられていた。
手前の部屋の扉は開いていて、中を覗いてみるとベッドが四つ置かれている。
(クロウさんは、どこの部屋を使っているでしょう?)
リズは一つ一つの部屋を確認しながら長い廊下を歩き始めた。
まだ午前中で窓の外から日が差しているにもかかわらず、室内はじめじめしていてどことなく薄気味悪い雰囲気が漂っている。
さらにそれを助長させるように、呻くような人の声が奥から響いてきた。
その声を聞いた途端、たちまち後悔の念が押し寄せてきた。
クロウのために自分ができることは美味しいご飯を振る舞って心と身体を癒やすこと。それしかないと思っていた。しかし、丁度聞こえてきた呻き声からして、クロウは食べられる状況ではない気がする。
これはリズの独りよがりで、彼にとっては迷惑なことだったのではないかという考えが頭を過る。
立ち止まって物思いに耽っているとついてきてくれた妖精たちが心配そうに声を掛けてくれた。
『リズどうしたの?』
『大丈夫ー?』
『怖いなら帰る?』
「私、張り切って料理を届けに来ましたけど、迷惑だったのでは……」
俯いて胸の内を吐露するとアクアが額をよしよしと撫でてくれた。
『大丈夫なの。これはリズにしかできないことだから。早く届けてあげて』
「……うん」
アクアが励ましてくれていると、不意に風が側を通った。窓が開いているはずもないのに、髪とスカートがふわりと揺らめく。
何が起きたのか分からず戸惑っていると、いつの間にか隣に誰かが立っている。
「きゃああっ!」
びっくりして叫び声を上げると同時に、リズはぺたんと尻餅をついてしまった。
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