第2話



 離れ棟はどこの教会にも建てられていて、そこは伝染病に罹患した人や魔物に攻撃されて重体となり、手の施しようがない人などが収容される、いわば隔離所だ。

「クロウ様は魔物の攻撃を受けて重体なんでしょうか? あまりにも酷いとうちでは手の施しようがありません。教会本部に依頼してある程度聖力のある司教以上の方を派遣していただき、治癒を行ってもらわなければいけません」

 リズは初めて耳にする内容に困惑した。


(魔物が人を襲うのは知っていましたけど、攻撃を受けて重体になると聖力がなければ救えないなんて知りませんでした。それに離れ棟が使われるほどなんて……クロウさんは大丈夫なんでしょうか)

 教会本部にも離れ棟はあったが、使っているところは一度も見たことがなかった。

 しかしここは第三部隊シルヴァが最前線で国境を守っている辺境地。これまで過ごしてきた安全な王都と比べて逼迫している空気がひしひしと伝わってくる。


 ヘイリーはゆっくりと首を横に振った。

「彼が受けたのは魔物ではなく……死霊の接吻です」

 それを聞いたケイルズが慌てふためいた。

「死霊の接吻!? あれは持っても三ヶ月の命ですよ! 早く教会本部に連絡して司教様か聖女様を派遣していただかなくてはいけません!!」

 ますます分からない言葉が飛び交うので、リズは隣に座っているメライアの服の袖を引っ張って小声で話し掛けた。


「メライア、死霊の接吻ってなんです?」

「死霊の接吻っていうのはそのままの意味で悪い幽霊に接吻をされること。万が一接吻されてしまうとその人のもとには他の死霊や悪いものが集まってくるの。受けた人間は日に日に生気がなくなって眠ることも食べることもできない廃人になる。最後は死霊に魂を貪り喰らわれて二度と輪廻転生ができない。……この呪いを解くには聖女様か聖力のある司教のお力が必要よ」

「うちの司教様はどうなんですか? 彼も司教様だから凄いんでしょう?」

 思ったことを口にすると、メライアは何とも言えない表情を浮かべて言葉を詰まらせた。


「……司教はお力のある方だったのよ。だけど今の彼には死霊の接吻を解く聖力がないわ」

 メライアは肩をすぼめて表情を曇らせるとそのまま口を噤んでしまった。力が使えなくなった理由があるようだが、これ以上追及するのは野暮な気がする。

 諦めたリズは改めてヘイリーとケイルズの会話に耳を傾けた。



「教会本部には昨夜のうちに水晶を使って連絡を入れました。辺境地なので教会本部から誰かを派遣するにしても時間が掛かりそうです。念のため、近隣の教会も当たってみてくれるそうですよ」

 とはいえ、近隣といっても辺境地のスピナから一番近くの町まで早馬を使っても一日は掛かる。聖力がある程度備わっている司教が近くにいれば幸いだが、いなければもっと到着が遅くなる。

「クロウ様の容態はどうですか? 死霊の呪いは強力であればあるほど、周囲にも不幸を招いてしまいます。私たちにも何かしらの影響はありますか?」

 矢継ぎ早にメライアが尋ねるとヘイリーは肩を竦めた。


「まだ呪いを受けたばかりのアシュトラン殿の状態は軽いです。死霊の接吻を受けた者の側にいれば襲われる可能性が高いですがアシュトラン殿は離れ棟で隔離されているので問題ありません。それに離れ棟には守護陣を施しているので、日中死霊は近づけないようになっています。問題は日が落ちてからです。闇の力が強くなれば、私の陣を破る強力な死霊が現れるかもしれません。陣を強化するためにも、聖水や塩を充分に準備しておく必要があります。二人とも、手伝っていただけますか?」

 ヘイリーが尋ねるとケイルズが勢いよく立ち上がった。


「当然、手伝うに決まってるじゃないですか! クロウ殿はシルヴァを指揮していつもスピナを危険から守ってくれています。必ずお助けしなくては!!」

「ありがとうございます。それでは手分けして手伝ってください」

 あらかじめ分担を決めていたようで、ヘイリーは二人に何をして欲しいのか手際よく伝えていく。


「あの、司教様。私は何をすればいいですか? 私はお兄さんに樹海で助けてもらいました。その恩返しも込めて何かしたいです」

 何も割り振られなかったリズは、何かできることはないか手を挙げて尋ねてみる。

「リズはいつも通りに過ごしていればそれで良いですよ。あなたが作るご飯はみんなのためになりますからね」

 ヘイリーは優しく微笑むとやがて、「まずは朝の祈りを終わらせましょう」と言って祭壇に聖書を置いて頁を開いた。ケイルズとメライアは手を組んで目を瞑る。



 リズもみんなに倣ったが、内心ちょっぴりもやもやとしていた。

(うう、子供扱いされちゃいました。そうですよね……今の私は身体が小さいから、お荷物にしかならないです)

 だが、自分だって何か役に立ちたい。


 聖国騎士団第三部隊シルヴァはいつもスピナを魔物という危険から守ってくれている。ソルマーニ教会の一員なのに、自分だけ何もしないでいるなんて耐えられなかった。

 ヘイリーから紡がれる祈りの言葉に耳を傾けながら、リズは自分に何ができるのか必死に考えを巡らせる。


 ふと、隣にいるメライアのお腹からぐうぅという控えめな音が聞こえてくる。

 朝一番の祈りの時間はみんな空腹でよくお腹が鳴る。

(朝のお祈りが終わったらすぐに朝食の準備をしなくちゃいけませんね)

 昨日畑で取れたばかりの新鮮な野菜はサラダにしよう。旬を迎えた野菜はきっと甘くて美味しい。それにケイルズが昨日町で買ってきた卵があるからとろとろのオムレツも作って……。


 するとそこでリズは心の中であっと声を上げ、思わず閉じていた目を開いた。

(ありました! ……私にも、できることがありました!)

 リズは良いことを閃いて頭の中であれこれと計画を立てる。


 すっかり興奮してしまったが祈りの途中であることを思い出して、慌てて目を閉じる。今度はしっかりとヘイリーの祈りの言葉に耳を傾け、天に祈りを捧げるのだった。

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