第5話
「そうかリズ。じゃあ一緒にスピナへ行こう」
「はい!」
ところが、丁度そこでリズのお腹がぐうぅと怪物のように声を上げた。
「あっ……」
恥ずかしくなってぱっと顔を伏せると、クロウが大きくてゴツゴツした手で頭を撫でてくれる。
「先走った俺が悪かった。まずは火を熾して食べ物を用意するよ。ちょっと待ってて」
クロウは優しく声を掛けると、手慣れた様子で小枝を集めて火を起こし、ご飯の準備を始めてくれた。その間、リズはアスランと一緒に少し離れた大木の影で休む。
(クロウさんと出会えたお陰で無事に樹海から出られそうですし、保護もしてもらえるので大変ありがたいですね。……クロウさんは私の救世主です!)
リズはクロウとの出会いを心の中で感謝した。
ただ、残る問題は自分の身体だ。小さな女の子になってしまった原因は不明とはいえ、いつもとの姿に戻れるのか分からない。
そもそもどうして突然身体が小さくなってしまったのだろう。
「いくら考えても、身体が小さくなった理由が分かりません……」
途方に暮れてぽつりと呟いていると、不意に頭上から声がした。
『リズの身体が小さくなったのは私たちのお陰なの』
「えっ……!?」
ギョッとして見上げると、そこには二つの白く光る球体がふわふわと浮かんでいる。
(この球体、崖から落ちる時にも見た気がします)
呆気に取られていると、光る球体はリズの目の前まで降りてきた。よく見ると、その球体はただの光る球ではなく、青色を帯びた小人と緑色を帯びた小人が蝶のような透明な羽をパタパタと動かしながら飛んでいる。
(な、何ですかこれ……!?)
口を半開きにして目を瞬いていると、緑色を帯びた小人が自己紹介してくれた。
『ヤッホー。僕は風の妖精。こっちにいるのは水の妖精。リズが僕たち妖精を認識できるようになって嬉しいー』
「よ、妖精!?」
そんな馬鹿な、とリズは思った。
妖精が見えるのは妖精の愛し子である聖女や聖力のある司教だけのはずだ。
リズは聖力すら持たないただの一般人。何の力も持たない一般人に妖精が見えるなんて、思い当たる考えはただ一つだけ。
「……こ、これはきっと幻覚ですね! 崖から落ちて私の頭はまだ混乱しているようです!」
リズは自分を納得させるようにパンッと手を合わせた。
そうだ、そうにちがいない! と、何度も頷いていると、青色を帯びた妖精が頬を膨らませる。
『幻覚じゃないのっ! リズは崖から落ちる時に聖力が覚醒したの。火事場の馬鹿力ってやつなの』
火事場の馬鹿力で聖女と同じように妖精が見えるようになるなんてあり得るのだろうか。
否、現に自分は妖精を見ることができているし、会話まで成立している。
『僕たちリズを助けるために、女王様のお力を借りてリズの身体を小さくしたー』
風の妖精はリズの身体が小さくなった理由を説明してくれる。
この不可解な現象は妖精の力がなければできない業だ。
「女王様? 女王様って妖精女王のことですか?」
『せいかーい』
「どうして女王様が私を助けてくださるのです?」
『女王様や私たちもリズが聖杯を壊した犯人じゃないって知ってるの。だから助けたの。それにドロテアが……』
「へえ、リズは妖精と会話ができるのか? いいな。俺も一度で良いから話してみたいな」
気づくと後ろにはクロウが神妙な表情をして立っている。
「お兄さん!」
リズはクロウにも妖精が見えていることに驚いた。
教会本部では妖精が見える修道女や修道士の話は聞いたことがなかった。てっきり聖力がある程度備わっている司教以上ではないと見えないものだと思っていたのに。そうではないのだろうか。
「もしかしてお兄さんにも妖精が見えるのですか? でも妖精が見えるのは司教様以上では……」
「俺の目にははっきりと二人の妖精が見えているよ。妖精が許可しない限り声は聞こえないけど」
クロウは懐から小さな包みを取り出した。中には金平糖が入っていて、二つ取り出すと妖精にそれぞれ渡していく。
妖精はぱあっと顔を綻ばせると金平糖を大事そうに抱えてどこかへ飛んでいってしまった。
「リズは王都育ちなのか? 都会だと空気が淀んでいるから強大な聖力を持つ司教以上の者にしか妖精の姿は見えない。だが、空気の澄んだ場所だと少し聖力があれば誰にでも見える」
「ふうん?」
リズは先程聖力に目覚めたばかりなのでクロウの説明とは事情が少し異なった。だが、詳しい事情を説明する必要もないので大人しくクロウの話に耳を傾ける。
そこでふと、リズの脳裏にドロテアの姿が浮かんだ。
(もしかすると叔母様は妖精たちに私を助けるようにお願いしてくれていたのかもしれません。王都だと司教以上にしか妖精が見えないようなので、タイミングを計れば彼らにお願いしやすいです。そうじゃなかったらあんなタイミングで妖精が助けに来てくれることもありません)
ドロテアは必ず助けると約束してくれた。きっと、彼女が妖精や妖精女王に頼んで自分のことを助けてくれたのだ。
胸の辺りがじんわりと熱くなって、リズは胸に手を当てる。
「さあ、ご飯の準備はできているから食べようか」
「……はい」
リズはクロウに連れられて、アスランと一緒に焚き火がある方へと移動した。
クロウが準備してくれた食事は干し肉とチーズを炙ったパンだった。
「いただきます」
クロウから手渡されたパンを受け取ると、リズはそれに噛みついた。
炙られたチーズは甘みとコクが口いっぱいに広がって下に敷いているパンとよく合う。干し肉も噛みごたえはあるが程よい塩加減が美味しい。
久々に食事を摂ったこともあり、リズは心が満たされていくのを感じた。
「ありがとうございます。とっても美味しかったです!」
食事を済ませて身支度を調えているクロウにリズはお礼を言う。
クロウはにっこりと微笑むと、リズの前に手を差し出した。
「元気になったみたいで良かった。それじゃあ今度こそ出発しよう。スピナはきっと君も気に入るところだ」
「はいっ! よろしくお願いしま……す!?」
突然リズはクロウに抱き上げられた。
ふわりと身体が浮いて、気づいた時にはアスランの背に乗せられている。
てっきり徒歩で目的地に向かうのだと思っていたのに。
クロウもアスランの背に乗ると、優しく彼のお腹辺りを手で叩く。
「俺が後ろから支えているけど、アスランのたてがみにしっかり掴まって」
クロウが耳元で囁いた途端、アスランが走り出す。
(わ、わわっ!!)
馬にも乗ったことがないリズは言われたとおりアスランにしがみつく。
アスランは木々を除けながら拓けた場所に出ると地面を蹴って翼を広げ、遂に空高く飛び立ったのだった。
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