第4話



 警戒していると、クロウがリズと視線が合うようにしゃがみこんできた。

「知らない人について行っちゃだめだと思っているのかもしれないけど、俺と君はもう友達だ。ほら友達の印にこのキャンディをあげよう」

「わ、私を子供扱いしないでくださいっ」


 むうっと頬を膨らませるものの、自分が今幼くなっていることを思い出す。

(そうです。このお兄さんからすれば私は小さな女の子……)

 ハッと我に返って視線を泳がせ、もじもじしていると、クロウが頭の上にぽんと手を置いた。


「そうだな、もう君はお姉さんだ。俺が悪かった。だけど、君一人でこれからどうするんだ? 出口も分からないだろう。それに旅は道連れ世は情けって言うじゃないか。あ、言ってることが難しいか? 俺はね、ここからかなり遠い場所で聖騎士をしている。一人で帰るのは寂しいから一緒に帰ってくれると嬉しい」

「かなり遠い場所?」


 ということは、田舎にある聖騎士団。第三部隊シルヴァか第四部隊ゲノモスのどちらかになる。

 しかし、聖騎士がどうしてたった一人で樹海にいるのだろう。普通こういった場所では数人と共に行動するものではないのだろうか。

 疑念を払拭できないリズはさらに警戒を強めてしまう。

 もしかしたら聖騎士を装った人攫いか物盗りかもしれない。


「お兄さんはどうしてこの樹海に一人でいるのですか?」

「この樹海は知る人ぞ知る貴重なキノコや薬草の宝庫だ。特に魔物から攻撃を受けた傷や毒なんかに効く。これがあれば聖力を持つ聖職者がいなくても、仲間の傷を早めに治すことができるし、毒の進行を遅らせることができるんだ」

 魔物から受ける傷は普通の薬では治らない。治すには特別な薬草に加えて聖力が込められた薬、または司教以上の聖力を豊富に持つ人間の祈りによる治癒が必要になる。

 毒の場合も同じで特別な薬草に加えて聖力が込められた薬と司教以上の浄化が必要になる。

 ほら見てごらん、というようにクロウは腰につけている麻袋の口を開く。そこにはこれまで見たこともないようなキノコや薬草がいっぱい詰まっていた。


「樹海は一度入れば二度と出られないなんて言われているけどそれは嘘だ。みんな自分の目だけを頼りにするから道に迷う」

「ふうん?」

「つまり、俺は相棒の目を借りて樹海を往き来することができる。見た方が分かりやすいかな」

 クロウは立ち上がると口に指を当て、空を見上げてピィィと指笛を吹き鳴らした。甲高い音が辺りに響き渡ると、やがてクロウとリズが立っている場所に黒い影ができる。

 空を仰げば見たこともない生物が羽ばたいていた。それはこちらに急下降してくると、クロウの隣に降り立った。



「わあ! なあにこれ!?」

 リズは目を丸くしてその生物を頭のてっぺんからつま先まで眺めた。

 それは真っ白なたてがみを持つライオンなのだが、背中には鳥類のような立派な翼が生えている。

「この子はアスラン。魔物だが幼い頃にうっかり助けたら懐いてそのまま大きくなった。赤ん坊の頃から人間と一緒にいるから、襲ってはこない。俺に道を教えてくれるし、危険だって知らせてくれる。とっても心強い相棒さ」

 リズはアスランのふさふさの毛並みを見て触りたくなった。もともと可愛いもふもふな動物が好きなので心をくすぐられる。触りたくて堪らない。


「あ、あの。アスランに触っても良いですか?」

「いや、この子は俺にしか懐かないから多分触らせてもらえな……」

 クロウが断りを言い終わる前にアスランが頭をリズの前に突き出した。

 リズは小さな手をそっと頭の上に載せて触り心地を確かめる。

「ふ、ふわふわあっ!!」

 あまりの気持ち良さに、リズはトロンとした表情を浮かべてからたてがみに顔を埋める。

 アスランのたてがみからはお日様の匂いがしてずっと顔を埋めていたくなってしまう。

(一度で良いから経験したかったのです! とっても幸せです~)

 ふわふわな毛並みを堪能した後で、リズはアスランにお礼を言って離れると、クロウが首を傾げながら頬を指で掻いていた。


「……おかしいな。アスランは俺以外に触られるのを嫌がるはずなんだけど」

 アスランはクロウによく懐いているようで、彼が頭を撫でると嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。確かに、クロウにはとても懐いているようだ。

(樹海は地上からだと出口が分からないけれど、アスランがいれば空から今どこにいるのかを把握できるから迷わずに出られます。……アスランの懐きようからしても、彼は悪人ではなさそう。あとは彼がどこで暮らしているかですね)


 王都と地方では距離が離れているので今回のような聖杯が壊れたという情報は、地方の教会へ届くまでに時間は掛かるが、比較的安全な場所から教会本部の動向を探ることはできる。

(教会本部が私の死体を確認することはないと思いますが、万が一生きていることがバレたらことですから)

 情報を得るためにも彼が地方の聖騎士団に所属しているなら、保護してもらっても良いのかもしれない。



 一先ず、リズはクロウがどこに向かうのかを尋ねることにした。

「クロウさんの帰る場所はどこですか? ここからそんなに遠いですか?」

「帰る場所は辺境地のスピナだ。俺はスピナにある要塞で、第三部隊シルヴァの隊長をしている。そこの教会の司教とも仲が良いからきっと君の面倒は見てもらえる」

「た、隊長さんなんですね! ごめんなさい、そうとは知らずに失礼なことを言ったかもしれません」

「随分大人びているね。だけど君が気にすることはないし、これからはお兄さん呼びで良いから」

 クロウがそう言うので、リズは彼のことを『お兄さん』と呼ぶことにした。


(辺境地スピナなら、彼についていっても大丈夫そうです。下手に王都や近くの地方都市へ行くよりかは安全ですから)

 スピナにある教会といえば聖国の最東端にあるソルマーニ教会だ。あそこなら教会本部の人間は滅多に訪れないし、交流もほとんどないはずだ。

 考え抜いた末、リズはクロウと共にスピナへ行くことにした。


「分かりました。私もお兄さんと一緒にそこへ行きます」

「それは良かった。――ところで、名前を聞いてもいいかな?」

「あ、えっと。私の名前は……リズ、です」

 今から行くところは東の辺境地で滅多なことがないと教会本部の人間は訪れない。だが、本当の名前を口に出すのはちょっぴり怖い。念のためリズは両親から呼ばれていた愛称を本名として使うことにした。

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