第32話 現在 ロヴィーサ奪還作戦(後編)

 ヨーコを乗せたティルデの黒イルカは、ほんの十分程度で港まで出ると、鮮やかに例の輸送艦に着艦した。

「本来は、飛行機なんて着艦できるはずがない場所なんだがなあ」

 船員たちはぴたりとヘリ用のスペースに止めた黒イルカを見て、呆れるような感心するような声をあげていた。

「無茶をするなあ。撃ち落とされても、文句は言えねえぜ」

 降り立ったヨーコとティルデを、体格のいい船員たちを後ろに従えたマイロ大佐が出迎えた。

「ここはただの輸送船ってことになっているんでしょ?」

 ヘルメットを脱いで脇にかかえたティルデは物怖じせずに近寄ってくる。『どうせ攻撃することなんてできはしない』と分かっているようだった。

 ヘルメット以外はパイロットスーツに着替えている暇もなかったので、少しだけ高級そうなカジュアルなスカート姿だった。後ろに従うヨーコも大学に行った時の格好のままだったので、少しいいところの女子大生二人がなぜか甲板にいる印象だった。

「俺たちとは限らないだろう。今、この国は内戦状態だ。緊張状態の中、そんな可愛いらしいとはいえ戦闘機が飛んでいれば攻撃されてもおかしくないさ」

 マイロ大佐は、色々と計算づくの上で飛んできたティルデの言葉を受け流すように軽いノリで応じていた。

「この程度、内戦なんて呼べるものではないでしょう」

 鼻で笑うように言いながらも、寂しさを含んだ表情にマイロ大佐をはじめ船員たちも思わず圧倒されていた。本物の内戦で生き延びてきた人間だけが持つ雰囲気なのだとヨーコも後ろから見て感じていた。

「そりゃ、そうだが……そういう話じゃないだろ」

 マイロ大佐の方も少し緊張を削がれたようで苦笑していた。マイロ大佐にとっても、この国の王政復古派なんていうのは遊びも同然だった。

「あなたたちが、何を企んでいようと興味はないわ。ロヴィーサを返して」

 百戦錬磨のはずの彼女が、駆け引きもなにもなく鋭い目つきでそう切り込んだ。

「ちょっと手伝ってもらえれば、それでいいさ」

 自分が有利な立場であること確信したようにマイロ大佐は余裕の表情で答えていた。

「お嬢ちゃんにな」

「えっ」

 マイロ大佐は、ティルデの後ろで隠れるように立っていたヨーコを指さした。

 そんな予感がして、覚悟してこの場にやってきたはずのヨーコだったが、やはりこのカタギには見えないけれど偉い軍人らしい人を前にするとびびってしまう。


「この前に見たロボットを動かしてもらえれば、それでいい」

「ロボット?」

 ヨーコたちはこの間も使用した巨大なエレベーターに乗せられていた。

 ティルデの方が、このような船に慣れておらず『この間のロボット』に関しても初耳で戸惑っていた。

「あれです。イムルケンへの反撃の際に使われたと噂される機動兵器です」

 ヨーコがティルデの耳元で囁いて教えていた。

「まだ、そこまで断言できるほど見せてないんだけどな」

「ひい。すいません」

 マイロ大佐が少し脅すように振り返ると、ヨーコはもうそれだけで怯えきっていた。

「わざわざ、この程度の兵器に?」

 ティルデはロボットだか戦車だか分からない機動兵器を目の前でじっくりと見定めていた。

「電磁パルス攻撃中にでも動かせる特別な起動兵器ですから」

「そうだとしても……。ここまでするもの?」

 ヨーコの噂話の解説に、うなずきつつもティルデは訝しんでいた。

 電磁パルス攻撃なんて、大国には対応されていて通用しない。サマリナやイムルケンといった田舎の小さな国では、奇襲としてはとても有効だろうけれど、それでも限界はある。

 こんな外国でクーデターもどきまで裏で操ってまで手に入れたいものだろうかという思いがあった。

「お嬢ちゃんは、この兵器のことを思い出したか?」

「い、いえ、知りません。て、適当な知識で言っています」

 ヨーコはすっかり怯えながら首を大きく横に振る。

 『それにしては的確だな』と笑いながら、ヨーコの肩を抱き機動兵器の方に連れて行こうとする。

「待ちなさい!」

 ティルデは立ちふさがる。

 やりとりを知らない人からすると、ヨーコを口説こうとしているマイロを邪魔するティルデの修羅場のようにしか見えない構図だった。

「ロヴィーサはどこ? ロヴィーサを返すのが先よ」

「そうです。ロヴィーサさんを解放してくれたら、私は何でもしますから」

 『いやそれも……』とティルデは言いかけたが、話が複雑になりそうだったのでまずはロヴィーサの無事を確認するために黙っていた。

「ふむ……。あれ? 今はどこにいる?」

 マイロ大佐は、部下に聞いた。

 最初にまず無理やり脅していうことを聞かせるかを悩んだようだった。

 ここまでもう色々と暗躍している以上は、ティルデやロヴィーサが世界的な有名人でなければそうしていたかもしれない。ただ、あとで面倒になることと天秤にかけた結果で大人しく交渉することを選んだように見える。

「シルベストク殿が、この船に連れてきております」

「……そうか」

 マイロ大佐は『余計なことを』と不満そうだった。人質は遠くにいて交渉した方が危険が少ない。そもそも、あまり人質をとるこの作戦をいい手だとは思っていなさそうでぶつぶつと文句を言っていた。 

「じゃあ、連れてこさせろ」

 そう言った瞬間にはもうシルベストクは姿を現していた。後手に手錠をしたロヴィーサを連れて歩いてきていた。

 目隠しもされていないし、口も封じられてはいない。見た限りは暴力を受けたようなあともないようなのでヨーコは多少の違和感を抱きながらもほっとしていた。

「シルベストク!」

 ティルデは怒りに満ちた目でシルベストクを睨み、怒鳴りつけていた。

 優秀な部下だと思っていた男からの裏切りに頭に血がのぼり詰め寄っていた。

「よしよし、じゃあ、返すから、お嬢ちゃんはこっちにきてもらえるかな」

 その隙にマイロは再びヨーコの肩を強く引き寄せた。

「あっ、ちょっと」

 ティルデは振り返って慌てていた。

 友だちが少し悪そうなおじさんに無理やりどこかに連れ込まれてしまうかのような絵面に、更に頭に血がのぼっていた。

「動かないでいてもらえますか。ティルデお嬢様」

「シルベストク、お前!」

 ティルデたちに仕える執事のように軽い注意をしただけに見えたが、シルベストクからは銃口が向けられていた。

 ロヴィーサを盾にした上に完全に妨害をしてくるシルベストクにティルデからは戦争中と同じような汚い言葉が発せられていた。

 周囲の船員たちからも、その行為にはざわめきがあった。『まさか、こんな世界的な有名人を殺したりしないよな』と思っているものが多かった。端的に言うと二人のファンはこの船の中にも多かった。

(とはいえ、殺意があるとも思えない……何がしたい?)

 ティルデは少しだけ冷静になると、シルベストクの動きをじっくりと観察していた。

 ロヴィーサに対する扱いが丁重なことを見ても、自分たちに憎しみがあるとは思えない。かといってマイロ大佐の考えに絶対服従というわけでもなく、一定の距離はありそうだった。

「それじゃあ、こいつを開けてもらえるかな」

「え、ええと……」

 ティルデが動けないうちに、マイロ大佐はヨーコを機動兵器の前に連れて行った。

 コックピットがあると思われる場所を指差しては、開けるように命令した。

(ええと、開ける? 開ける……? どうやっていたけっけ……)

 イムルケンとサマリナの戦争の記録には、この起動兵器のことは映像も写真も、公式には文章さえも全く残っていない。 

 イムルケンの首都制圧作戦で、多大な戦果をあげたという間接的な記録のほかは、クレイバードが乗って、暗躍してという噂があるのみだった。

 ヨーコほどのマニアであっても、何も残されていないではどうしようもない。

「どうした? 君はこの交渉にも応じられると思ってここに来たんだろう?」

 マイロ大佐は、少し焦ったような声でヨーコを急かしていた。時間がかかってしまえば、ティルデもシルベストクもどう動くかは分からない。この国のクーデターの行方にはあまり興味がないが、自分たちに危害がおよぶ恐れもあるだけに、さっさと要件だけ済ませてしまいたいところだった。

「夢ではええと……」

 ヨーコは夢で見たような気がする記憶だけが頼りだった。

(ただ、夢で見るのって圧倒的にサマリナ国内での話なのよね……)

 つまり、この謎の機動兵器に乗って隣国イムルケンに反撃で活躍した記憶は非常に限られていた。

(そういえば、大体は生徒視点だった……)

 ここに来る前は、謎の自信に満ち溢れていたけれど、ここに来て本当は自分は何も知らないんじゃないんだろうかという思いにとらわれてしまった。

 しかし、もし今、何もできずにこのマイロ大佐を怒らせてしまうと自分もロヴィーサ、ティルデもどんな目にあうか分からなかった。

(思い出せ。思い出せ自分)

 恐怖に襲われながら、なんとかしなくてはとヨーコは、機動兵器を目の前にして焦る。

 一瞬、何か映像が浮かんだ。

「こう……?」

 周囲から見れば、適当に機動兵器の装甲に手を伸ばしただけに見えたかもしれない。

 手を触れた場所が光り、しばらくすると何かが中で動き出す音がして、装甲が空いた。

「おおっ」

 マイロ大佐が、感激の声をあげる中、ヨーコ自身も驚いてこの機動兵器の空いたコックピットを見つめていた。

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