第31話 現在 ロヴィーサ奪還作戦(前編)

(あれ?)

 ヨーコはいつも見る夢と何か違ったなと思いながら、目をあけた。

(今日は珍しく生徒ではなくて、教官の夢だったな)

 寝ぼけ眼のまま、そう思い出していた。

 シーン自体は、映画でもよく取り上げられている有名な話だった。教官はここでレイ・クレイバードの名前を明らかにしたので、あれは単なる伝説ではなく本当にいた人物なのだと認識されるようになってしまい今でもクレイバード兄妹の中で一番有名な人間になってしまった。

(だから、あのシーンを夢にみるのはよくある……でも、今朝の夢は何か違う……)

 ヨーコは不意に軍船に乗せられた時の光る板を思い出していた。

(あれか……あれが鍵か……)

 そう思いながら立ち上がる。

「ここは……どこだっけ」

 少し記憶が混乱しているようで、知らない部屋のソファーで寝ていたのはなぜだっただろうかとすぐに思い出せなかった。

「ティルデさんについてきて……えーと、ここは……?」

 カーテンをずらし外を覗いてみれば、のどかな景色が広がっていた。クーデターの傷も何もない自然は、見たことがある眺めだった。いつもヨーコが暮らしている街や港を見下ろすことができる。

「この間の簡易飛行場の側かな……」

 この場所についた時には気がつかなかったが、この間、ロヴィーサと一緒に黒イルカから離陸した場所のすぐ側だった。

 ここはおそらく公園の管理施設や売店や飲食店が入っている建物だったのだろうけれど、今はティルデたちが貸し切り、彼女の部下たちが慌ただしく出入りをしていた。

 いわばサマリナ国の臨時大使館のようになっていた。

 設営を手伝って、疲れて一休みしたところだったんだと思い出していた。

(そして、さっきの夢は……) 

 部屋を歩き衣服を整えながら、さきほどの違和感を思い出していた。

(私が教官で……誰の名前を呼んでいた?)

 頭が整理できないままで、ドアに手をかけて部屋の外へとでていく。


「あ、ヨーコさん。もう休んでいなくて大丈夫?」

 レストランに入るなり、ティルデはヨーコにすぐに気がついて手を振ってくれる

 ティルデは、ヨーコが休んでいる間も昔はレストランだったスペースの一角に機材を運び込み数人のスタッフに囲まれて情報収集と各所への指示に忙しく働き続けているようだった。

(やっぱりティルデさんが、国家元首なんじゃないかな)

 スーツ姿の立派な男たちが、座っているティルデの横でかしずいているその様子を見て、ヨーコは口元が変な歪み方になった。

「いえ、十分休みました」

 遠慮がちに何か手伝えることはありませんかと以前なら聞いているところだっただけれど、今は違った。

 まっすぐ背を伸ばしたまま歩き、いかつい護衛の男性をすり抜けてティルデの横へと座った。

「反乱軍はどうなのですか?」

「大したことはないわ。この国の正規軍も取り囲んでいるし、時間の問題ね」

 ティルデもこの年の近い若い女性を相棒であるかのように扱っていた。周囲の年配の男性たちからはさすがに不満というか、何ものだろうという顔で見られていた。

「ロヴィーサさんは?」

「……シルベストクが連れ去った。そして、例の船に乗せられていることまでは突き止めた」

 不機嫌そうに、ティルデは整った顔を歪ませてそう言った。

「でも、シルベストクの狙いがさっぱり分からないわ」

「私たちを誘っているのかも……」

 ヨーコがぼそりとつぶやいた言葉に、ティルデは不審そうな目を向けたあとで、しばらく考え込んでいた。

「まあ、あのマイロとかいう男は、サウザード国の大佐なのは本当だけれど独自で動いているみたい」

 ティルデは、サウザード国が出てくるのなら大問題だけれど、そうでないのなら大したことはないと余裕の笑みを浮かべていた。

「それだけに、ロヴィーサが囚われているなら早く救出しなくちゃね」

 エーリカ国正規軍と王政派軍と、本格的な戦闘にでもなれば交渉の余地もなくなって攻撃を一方的に受けかねない。

「仕方ない。さっさと連絡して、交渉に入りましょうか」

 相手の要求も手の内も分からないままに、交渉することになるのは不満だが背に腹は代えられないとティルデが立ち上がったその瞬間だった。

 地震のような振動があって、立ち上がったティルデは揺れて座っているヨーコの両肩をしっかりと抱きかかえて耐えていた。

「お、治まった? 大したことはなかったかな」

 地震をあまり経験したことのないティルデは、少し動揺してヨーコの肩をつかむ手も強く、密着していた。

(これは幸運なのでは)

 そんなことを考えて非常時にも動じないヨーコを見て、ティルデも落ちついたようだった。

「地震……ではないみたいね。爆発? それにしても変な感じだけれど、大した被害もなくて……」

 そう言った瞬間に、横を見ると運び込んでいた通信機やレーダーから異音がして火も出ていた。

「えっ?」

「お下がりください。ティルデさま、ヨーコさま」

 驚くティルデをかばうように、部下たちが素早く立ち塞がり消火活動を開始する。ガソリンで動かしていたわけでもないので、火は大きくはならずにすぐに治まった。

「くっ、EMP兵器か!」

 ティルデは悔しそうに叫んだ。外国の街でこんな兵器を使うなんて許せないと言うが、せっかく運び込んだ機材が無駄になってしまった悔しさもあるようだった。

「サマリナとイムルケンの戦争で使われたっていうやつですか?」

「そうね。実際にどう使われたのかは私もよく知らないけど」

 ティルデは、今でも不満に思っているのかぶっきらぼうにそう答えた。

 サマリナは国内に侵略してきたイムルケンを退けると、強力な電磁波で電子機器を使えなくしてから、特別な機動兵器で攻め込んだ。

 ただ、この作戦はサマリナのほんの上層部しか知らないことだった。当時、すでに英雄扱いだったとはいえ、一パイロットだったティルデは知らない秘密の作戦だった。

 この時に、特別な機動兵器に乗り込んだのがクレイバードたちだったと言われている。

 ティルデたちの教官が、去ったあとも教え子を助けるために各所に働きかけてイムルケンに手痛い一撃を与えて戦局を有利に運んだ。

 そういう噂があった。

「子ども同士のフットボールの試合に、トップリーグの選手が五分だけ参加して試合をひっくり返していったみたいな噂があるわね」

 有り難いとは思いつつも、ティルデにとっても、本当に自分たちの元から離れていった教官が参加していたのかを含めて複雑な感情があるようだった。

「そのEMP兵器とその中でも自由に動ける機動兵器が、何故かこの国にあったということなんでしょうか?」

 ヨーコはそう疑問を口にしながら、何かを思い出そうとしていた。

(機動兵器……。やっぱり……。あの船にあったやつなのでは……)

 もっとちゃんと見ておけばよかったと思いながら、あの船で見せられたロボットみたいな戦車みたいな乗り物の姿をおぼろげながらも思い出していた。

「ティルデさん!」

「大丈夫、言いたいことは分かっているわ。この混乱のうちにあいつら脱出するつもりなのかもね」

 ティルデは窓の外、港の方を見ながらそう言った。双眼鏡を持ち出して、しばらく例の船を観察している。

 おそらく王政復古派は、彼らが焚き付けただけの存在だ。今も囮にして、自分たちは便利な兵器を回収して、逃げようとしているのだと予想できた。

「私としては、この国がどうなろうと知ったことではないのですが、ロヴィーサを連れていかれるわけにはいきません」

 ティルデとしては冷たく現実的なことを言った……つもりだった。

「ティルデさん……私も同じ気持ちです!」

 ただ、ヨーコの方がティルデよりも力いっぱいに、自分の国よりもロヴィーサが大事だと堂々と宣言したので、思わずティルデは引きつった笑いを浮かべてしまう。

「しかし、車はなんとか動くようですが……交通機関が大混乱のようです」

 護衛の人たちが駆け寄ってきては報告する。信号も路面電車も止まっているということだったので、街の近くを通り港に行って交渉するのにはかなりの時間と危険が伴うと教えてくれた。

「ちょうど、黒イルカがあるじゃない」

「えっ、し、しかし。あれは本来は着艦なんてできる船ではないですよ。黒イルカの方も計器などもおそらくちゃんと動きません」

 報告してくれた護衛の人だけではなく、他の部下らしい人たちも主人の戯言に大きく反応していた。ちゃんと止めておかないとこの人なら本気でやりかねないと思っていた。

「白イルカだったら自殺行為だけど……。黒イルカなら、目視でいけるわ」

 どうやら戯言などではなく、本気らしいことを知って部下たちは青ざめていた。

「私を誰だと思っているの」 

 実際に戦場で活躍した人に自信満々にそう言われてしまうと、部下たちも何も言い返せはしなかった。

 無謀なことはしてほしくはないのだが、今のティルデは公式には何の立場でもない。この事態には一番の適材であることは部下たちも認めて、なんとしても阻止というわけにもいかなかった。

「よし。それじゃあ、急いで準備して!」

 部下たちのしばらくの沈黙を納得してもらえたと受け取ったようで、ティルデはすぐに命令する。

「あ、あのティルデさん」

 部下たちが一斉に慌ただしく動き出す中で、ヨーコはティルデに近寄った。

「ん?」

「私も連れていってください」

 ヨーコのその言葉に、ティルデは困ったような顔を一瞬浮かべたが、その後は鋭い視線でヨーコの瞳を見つめていた。

「ヨーコさんは、何か役に立てますか?」

 危ないからと言われることばかりを想像していたので、少し意外なティルデの言葉にヨーコはたじろいだが、まっすぐ背を伸ばし目を見ながら答えた。

「きっとお役に立てます。おそらく、……私は……」

 軽く息を吸って宣言する。

「クレイバードです」

 しばらくの沈黙があった。

 その言葉を聞いて大笑いされたりするのではないかとも思っていたのに、ティルデはまっすぐ目を見て受け止めて軽くうなずいてくれる。

「一緒に行きましょう!」

 細かいことは聞かない。

 ティルデも何かを察したのか、それとも何かに賭けてみたくなったのか、そっとヨーコの背中を押した。

「ありがとう……。なんとしてもロヴィーサを助けましょうね」

 立ち上がって外へと向かうヨーコの耳元で小さく囁いた。部下の前では気丈に振る舞わないといけないのだろうとヨーコは察して何も言わなかった。

 ヨーコもヘルメットを被り二人で黒イルカに乗り込んだ。

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