第29話 現在 ロヴィーサの行方
幸いなことに大学やヨーコの下宿がある地域には被害はなく、ヨーコたち以外の学生も学内に留まっていた。
勉強をするほど落ち着いてもいられない学生たちは、立ち話をして情報を集めていないと落ち着かないようで、王政復古を狙う勢力のクーデターなのだという噂が、大学内でも駆け巡っていた。
「王政派?」
荷物をとりにいきつつ大学内の様子を確認してきたヨーコは、そんな噂を耳にしながら研究室に戻ってきた
ヨーコもそういう勢力があることは知っている。大学前や街角でたまに演説している人たちを見たことはあるし、旧王家の血を引くよぼよぼのお爺さんの新聞記事を見たことはあるのだが、その程度だった。
「まさか、冗談だろう。この国の王政なんて大した歴史もない」
アルフ教授はそう鼻で笑っていた。
担ぎ出したところで、付き従う民衆もいない。今の政府への批判だとしても、まだその辺の俳優でも担ぎ出した方がましだと言う。
「……つまり、これは?」
ヨーコは、街の中央から港にむけて立ち上っている煙を見ながら尋ねた。
外を見ながら、クーデターだとすると攻撃されている場所に違和感を覚えた。政府としょぼいながらも首都を防衛している軍を抑えるなら、もっと中央の議事堂や首相官邸と同時に北にある軍の施設を攻撃するのだろうと思う。
「まあ、王政派は利用されているだけだろうね。何か別の目的があるんだろう。こんな大掛かりなことができる裏にいる組織の方にはね」
アルフ教授は両手を広げてため息をついた。
確かにこれだけ攻撃をできる武器が、詳しくはないが我が国の王政派なんかに用意できるとはヨーコにも思えなかった。街の中心には装甲車も何台か向かっていったという目撃情報もある。
少し冷静になって現状を整理しながら、ヨーコは振り返った。
「別の目的って?」
「この国の地下深くには、秘密兵器が埋まっているとか」
笑いながらアルフ教授は言った。でも、意外に目が笑っていないなとヨーコは視線をずらしながら思っていた。
何故か、数年前からそんな噂があることも知っている。
(秘密兵器ってこの間のあれのことなんじゃないかな……)
今更ながらに船で見たロボットみたいな戦車のことを思い出していた。あれをマイロ大佐たちが動かし方も知らないままサウザードから運んでくるとは思えなかった。
「ちょっとでかけてきます」
ヨーコは、居ても立っても居られなくなり力強く宣言すると上着と鞄を抱えて外出の支度を調えていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫かい? 外は危ないよ」
今日はもうゆっくりしようとコーヒーを入れようとしたアルフ教授はそんなヨーコの姿を見て慌てていた。
「大丈夫です。ティルデさんたちが無事か確認しないと」
迷うことなく言い切ったヨーコを見て、『こうなったらこの娘は止められないんだよな』とアルフ教授は諦めにも似た顔で送り出すことにした。
「分かった。気をつけるんだよ」
「はい」
アルフ教授の声を最後まで聞く前に、ヨーコは飛び出していった。
「うーん。結構ひどい」
ヨーコは海の方に近づいていくたびに、深刻な建物の被害がでているのを目の当たりにする。
特に生活には影響がなさそうだった大学付近とは違い建物が崩れている箇所が何箇所かあった。死体こそ見なかったけれど、怪我している人や道路に大量の血があるのを発見してしまったりもした。
(何か変……)
「君! ここから先は立ち入り禁止だ。危ないから戻りたまえ」
港の方の被害を見ながら走っていると港に近い高台に向かうところで、警察の人たちに止められてしまった。
「この先は橋も道路も壊れている」
「大丈夫です。そっと歩いて友だちが無事か確認しにいくだけですから」
ヨーコは道の無い草むらを通りぬけようとしても、後ろも警察車両と何人も警察官が制止していた。
威圧的なわけではなく、本当に若い女の子が近寄るのを心配そうにおじさんたちが説得しようとしていた。
「あの通り、建物もいっぱい壊れているんだ。どこかが爆発してあの崖が崩れてもおかしくないんだ。なあ、お嬢ちゃん。やめておきな」
小太りで人のよさそうなおじさん警察官の説明した先に目を移すと、例のティルデやロヴィーサの滞在していたホテルも半壊していた。
「ひ、被害者は? どうなったんですか?」
「もう避難した。怪我人は病院に搬送されている。だから、あの辺には人はもういないよ。なあ、お嬢ちゃん」
おじさんも、他のもっと若い警察官も寄ってきてさっきよりも強めにここから退かせようとしていた。
(やっぱり、変だ。……まるで……)
今、圧迫してくる警察官のおじさんたちが……ではなく、おじさんたちの隙間から攻撃されて煙があがっている場所を覗きこみながらヨーコは思う。
「まるでホテルを狙って攻めたみたい」
ぼそりとつぶやいてしまった言葉に、警察官のおじさんたちも後ろを一度振り返ってうなずいていた。
「ああ、そうだな。いい景色ってだけで、別に何もない場所だったのにな」
「金持ちの外国人が憎かったんでしょうかね」
警察の人たちも、疑問に思っていたのか振り返りながら話し合っていた。とはいえ、クーデターを企むような人間の気持ちはどの道分からないと諦めているようだった。
「ホテルに行きたいのかい? でも、あの有様なのでもう立ち入り禁止だよ。避難所に行った方が探しているお友だちには会えるんじゃないかな」
あくまでも通すわけにはいかないと警察官たちは、立ち塞がりつつも親身になって相談に応じてくれていた。
(どうしよう……。言っていることは、ごもっともだけれど、避難所に、ロヴィーサさんたちが逃げるとは思えない……)
わずかな手がかりを求めて、強行突破をするかと悩んでいたところだった。
「ヨーコさん!」
高台へと向かう脇道から、一台の車が飛び出してきた。どこかで見たことのあるその車から、聞いたことのある声が聞こえた。
「えっ、ティルデさん?」
車の窓ガラスから顔をのぞかせていたのは、探していた一人であるティルデだった。
「良かった。無事だったんですね」
ヨーコは嬉しそうに駆け寄ると、車のドアに張り付いた。
「ちょうどよかったわ。……もしかして、ヨーコさんも私を探していた?」
「あっ、はい。探していました」
「そう。それじゃあ、まずは乗って乗って」
ドアを開けて、ティルデが奥へと移動する。
申し訳ない気持ちになりながらもヨーコは、背後の視線を感じてさっさと乗り込んだ。
外国の有名人でしかないとはいえ、警察官の人たちもティルデの顔も名前も知っているようだった。『もしかして』というざわめきが起きていた。
ティルデは変に制止される前に、車を発進させる。
ヨーコは車に乗り込む際に、運転手の姿を横目で確認してから座った。
(シルベストクさんじゃないんですね)
今日は、ホテルで立っていた護衛の人が運転を任せられていた。
「どうかした?」
市の郊外へと移動していく車の中で、隣にティルデから声をかけられた。
運転手を睨みつけているようにでも見えてしまったのだろうかと、一瞬、不安になったヨーコは明るい笑顔を作りながらティルデに答えていた。
「い、いえ。なんでもありません。ティルデさんの横に座ってささやかれると緊張してしまうと言いますか……」
紛れもなく本音で答えたけれど、すぐに真剣な表情になって横のティルデに尋ねた。
「ロヴィーサさんはいないんですか?」
いつも一緒というわけではないのだろうけれど、今、一緒にいないのは不自然で嫌な予感がした。
「えっ、ああ、そう……。ヨーコさんも知らないのね」
残念そうにティルデは、答えていた。
「部下がロヴィーサを見つけたと報告はしてきてくれて任せていたのだけれど、そのあと連絡がなくって……。ひょっとしてヨーコさんを探しにいったのかなと思っていたのに、違うのかしら」
「部下って、この間の大きい軍人さんですか?」
「え? ええ、そうよ。大学に迎えに行った時の仏頂面の大男」
「……ひょっとして、連れていかれてしまったのかもしれません」
「えっ? どういうこと?」
ヨーコの耳の近くでティルデは大きな声で驚いていた。
もっと早く報告するんだったと思いながら、ヨーコは、この間あったことをティルデに説明する。
「なるほど……黒イルカを使ったのは聞いていたのだけれど、シルベストクが、サウザードの軍人と組んで何か企んでいるかも……ってことね」
やはり知らなかったらしく、ティルデは考えこんでいた。
「サウザード国と協力するのは、当然のことなんだけど……。確かにちょっと変ね」
今のサマリナとサウザードは友好国だった。戦争の際も、戦後もいろいろな形で援助してもらっている相手だと言っていい相手だった。
「そのマイロとかいうサウザードの佐官が勝手にやっていることなのかもね。……ヨーコさん、あの船であってる?」
考えこんだあと、ティルデは窓の外を指さした。
郊外へと向かう道路にのったところで、真後ろから港を一望できた。
「そうです。あの船です」
この間、乗せられた船は港に停泊しているのが見えた。
艦尾のハッチが大きく開くと民間の輸送船を装うのはもうやめたとでもいうかのように堂々と兵隊と装甲車両が出入りしていた。
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