第28話 過去 クレイバード
「やってしまった」
私は、裸で教官のベッドで目を覚ました。
視線を左右に動かすとここは教官の部屋で、隣では裸の教官が寝ている。
耳をすませば、まだ静かな早朝の空気の中で小鳥のさえずりの声だけが聞こえる。
(なんて! よくある! 朝チュン!)
ドラマで良く見た光景すぎて、思わず感激さえしてしまう。むしろここが最前線の基地という珍しい環境なのが、恋愛ドラマ的には余計な要素だろうと思ってしまう。
別に酔っ払っていたわけではないので、昨晩のことははっきり覚えている。
無事に私たちがクシャウーロでの作戦を成功させて帰還したのを受けて、馬鹿騒ぎが起きていた。
作戦前は、一か八かという決死の覚悟で挑んだ作戦は、結果的には大勝利に終わった。
私たちの部隊の評価も変わる一戦だった。それまで変なルールの中で遊んでいるおままごとと思われていた白イルカは、状況によっては敵の本物の地上部隊にも大打撃を与えられることを証明することができた。
そんな中、教官は私を見つけると嬉しそうに抱きついてきた。
「よくやった。よく帰ってきてくれた」
「ちょ、ちょっと大げさ! 恥ずかしいから」
そう言って、罵倒しながら押し返そうとした。
教官は珍しく酔っ払っているのか、顔も赤くて……そして、目には涙を浮かべているようだった。
本当に心配してくれたことに、そもそも契約的には送り出して終わりのはずなのにこんな最前線まで着いてきてくれたことに感謝していた。
まあ、ちょっと他の教え子もいるのに、ティルデもロヴィーサも作戦には参加して活躍したのにまず私のところに飛んできてくれたことがさすがに嬉しさを感じていた。ロヴィーサたち、ガチ恋勢には少し悪いなという気持ちと優越感も少しは感じながらしばらくは酔っ払いでうざい教官の相手をしてあげようと思った。
(そして、つい朝まで相手をしてしまった……と)
横ですやすやと静かな寝息を立てている教官の顔に視線を移す。
(綺麗だな……。なんかお人形みたい……)
そっと、毛布に手を伸ばして上に引き上げて胸のあたりを見てみようとする。
(やっぱり、女の人っぽいけど……昨日の感触は……。うーん、両方『ある』のかな)
下半身も見てみたいなんて、そんな馬鹿なことを考えた瞬間に手首を掴まれた。
「ひっ!」
ほんのちょっと毛布を上げただけだというのに、教官には気が付かれて取り押さえられてしまった。すごい力で逃げる気にもなれなかった。
「あれ……ああ」
教官が目を開けると私と目があった。のぞきの現場を取り押さえられたかのように気まずい。いや、ほとんど覗きだったけれど。
「ああ、君か」
まだ寝ぼけた顔で教官は微笑んで、手首をつかんだ手をゆっくりと離してくれた。
「もしかして、やっちゃった?」
裸で寝ている自分の姿を見て、教官はこっちを見て尋ねた。
「ええ、まあ、そうみたいですね」
こちらも何も身に着けておらず、まだ感触が残っている。
「そう。普段は酔っ払ったりはしないんだけど、ごめんね」
教官はそう言った。酔うこともできないんだというふうに聞こえた。
謝られてしまうとなんとなく自分が情けなくなってしまう。
だから、ちょっと冗談めかして言ってやった。
「よかったですよ」
教官は、私の言葉を聞いて一瞬目を丸くしたけれどすぐにわずかに照れながら微笑んでいた。
「それは、よかった」
うーん。美人でかつ可愛い。
年上とは思えないキュートな笑顔に私はすっかりやられていた。
「教官っていったい何者なんですか?」
時々、教官が言う普通の人間じゃないという言葉が今さらに気になってしまった。
今までも気にならなかったわけじゃないけれど、聞くのがためらわれた。
それほど深く教官のことを知りたくないと思っていた。
要するに踏み込む勇気がなかったのだ。でも、今は違う。一歩踏み込んで聞いてみた。
「僕は……クレイバードなんだ」
あっさりとした答えだった。
教官にとっても嫌な、封印したい名前だったと思うのに、今は何も躊躇せずに答えていた。
「クレイバード。大戦の時に大活躍したエースパイロットの……一族なんでしたっけ?」
「一族……。まあ、そうだね」
自分で発生したその言葉に教官はおかしそうに笑っていた。
「レイ・クレイバード。僕はそう呼ばれていた」
自分の名前だとは言わない。言いたくないのだというそのひねくれた感情が私にも伝わってきた。
「クローンってやつなんですか?」
「クローン……うん、まあ、そう。いや、ちょっと違うな……」
自分のことだというのに、教官はしばらく考えこんでいた。
「体は……僕ら兄妹は割りと違ったよ。個体差があった。本当の兄妹くらいには……ね」
「七人兄妹なんでしたっけ」
「本当はもっといたんだ。生き残ったのが七人ってだけで」
説明を聞いてもますますわからなくなっていた。結局、なんなのだろう。
「クレイバードはシステムなんだ。最強のエースパイロットを量産するために……共有しているって感じかな」
「共有……?」
「それぞれが色々な記憶を保存して、次の戦いに活かすことができる。……そうだね。例えば昨晩の君の可愛い姿を保存して、共有することもできる」
ウィンクしながら、レイ・クレイバードはそう言った。
私は、細かいことは理解できないままだったけれど、真っ赤になりながら『それは、やめろ!』と叫びながら枕を投げつけていた。
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